架空戦記

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架空戦記(かくうせんき)は、仮想戦記(かそうせんき)もしくはIF戦記(いふせんき)、バーチャル戦記などとも呼ばれる小説漫画等の戦記の一ジャンルである。

基本的に過去の戦争に関連した歴史や、その転換点となった戦いの推移・結果が史実と異なっていたらどうなっていたであろうか、という架空の歴史を前提に描かれるものと、未来の戦争をシミュレーションするものの二系統がある。前者は「日本軍が史実と異なる第二次世界大戦で活躍する、もしくは勝利する」作品で、劇画調の戦闘シーンを描いた表紙絵で装丁された若年者向けライトノベルが多い。

過去の歴史を題材とした作品には、実在する歴史的な、特に計画資料などで、もしやもするとそれが実行されていたかもしれない事件、事由を題材にしたものと、まったくの作者自身の想像によるようなものがある。前者の場合には学術的な資料的価値が高いものもあるため、一概にひとくくりに論じることはできない。また、後者の例に多いが、一時のブームに乗ってゲーム作家など異業種からの参入が相次いだことや、現実にはありえない超兵器が登場したり、未来のテクノロジーを過去へ持ち込んだりなど、荒唐無稽な作品も数多い。

目次

[編集] 架空戦記の源流

未来の戦争をシミュレーションするものとしては、1887年(明治20年)に高安亀次太郎がロシアとアメリカの対立を描いた『世界列国の行末』、同じく1887年(明治20年)の南進論を盛り込んだ須藤南翠『旭章旗』などが先駆けとされている。戦争の相手国は、ロシア中国ドイツなど時代背景や創作の動機により様々だった。明治期には南進論を受けたアジアを舞台にした軍事冒険小説が中心となり、架空戦争というよりは冒険小説の傾向を強くして、押川春浪海野十三らが独自の世界を築き上げ一時代を作った。最も多く書かれたのは、将来起こるであろう日米による未来戦争をテーマにした小説であり、第二次世界大戦前の昭和初期の1930年代にかけて数々の作家によって書き継がれた。海軍少佐福永恭助による1934年(昭和9年)の『小説日米戦未来記』など、作者のほとんどは軍人で、警鐘を鳴らすため政治的主張を込めたものが多く、小説としては概して出来が悪いと評される。これらは、日本SFの一つの潮流と後の研究者から評価を受けている。日本以外でも、1897年にはアメリカ海軍ハミルトン大尉の『日米開戦未来記』、1925年にはイギリスの元海軍情報機関員ヘクター・C・バイウォーター(en:Hector Charles Bywater)による『太平洋大海戦』(The Great Pacific War)、1930年アメリカ陸軍エリオット少佐による『米国武官の見たる日米未来戦』といったものが書かれている。

第二次大戦の敗戦後、欧米SFの影響を強く受ける形で日本SF界は再出発した。そのサブジャンルとして「歴史改変」を扱った物が日本SF界にも早くから導入されており、初期の代表作としては小松左京の『地には平和を』(1961年(昭和36年))や豊田有恒の『モンゴルの残光』(1967年(昭和42年))、高木彬光の『連合艦隊ついに勝つ』(1971年(昭和46年))などを挙げることが出来る。1971年には半村良の『戦国自衛隊』が発表された。陸上自衛隊員1個小隊戦国時代(史実と微妙に異なるパラレルワールド)へタイムスリップする物語で、天下統一への過程が軍事シミュレーション的であった。本作は(1979年(昭和54年))に映画化されて大ヒットしているが、原作小説や漫画版と異なり、シミュレーション性は失われていた(タイムトラベルパラレルワールドの項目も参照されたし)。

豊田有恒の『タイムスリップ大戦争』(1975年(昭和50年))、『パラレルワールド大戦争』(1979年(昭和54年))も、同趣向の作品であったが、太平洋戦争の時代を舞台に選んでいることで、現在の架空戦記の先駆としては、直接的な物と思われる。

また、1978年(昭和53年)に元NATO軍司令官ジョン・ハケットの『第三次世界大戦 -1985年8月』がベストセラーになった。冷戦下という時代背景もあり、その後、1970年代終わりから1980年代はじめにかけて二見書房第三次世界大戦シリーズ(『第三次世界大戦 日本海封鎖せよ!』『第三次世界大戦アジア篇 中ソ戦争勃発す!』『日本篇 ソ連軍日本上陸!』『続・日本篇 ミンスク出撃す!』『国後島奪回せよ! 第三次世界大戦米ソ激突す!』など)をはじめ多数の第三次世界大戦ものが出版された。これらの作品の多くは軍事ジャーナリストによって書かれSF色はなく、近未来軍事シミュレーション小説であった。この第三次世界大戦ブームが後の架空戦記ブームに少なからぬ影響を与えたと考えられる。

後に『艦隊シリーズ』と並ぶ荒巻義雄の2大架空戦記として扱われるようになる『要塞シリーズ』も、当初はこの系列に属していた。

[編集] 架空戦記ブーム

いわゆる架空戦記の嚆矢とされるのは檜山良昭の『日本本土決戦』(1981年)に始まる本土決戦三部作であろう。そして、ブームに直接火をつけたのが1988年に出版されたタイムスリップものの『大逆転! ミッドウェー海戦』(リムパックへ向かう途上の海上自衛隊護衛艦が1942年のミッドウェー海戦直前にタイムスリップして介入)、『大逆転! レイテ海戦』(現代の日ソの潜水艦レイテ沖海戦に介入)、『大逆転! 戦艦「大和」激闘す』(現代の沖縄県米軍上陸直前にタイムスリップ)の大逆転シリーズである。従来の作品がタイムトラベルというSF的ギミックをテーマにしていたのに対して、檜山の作品ではタイムトラベルは歴史改変の単なる小説的手段であり、なぜタイムトラベルが起きたかという説明はほとんど(時には全く)なく、作品は檜山の豊富な軍事知識による戦闘描写が主であった。SFが低迷し始めていた時期であり、新しいジャンルの可能性を見い出した出版各社は続々と同様の歴史改変モノを出版し始めた。また、ブームの原動力とも言うべき荒巻義雄の『艦隊シリーズ』(1990年2000年)が爆発的ヒットを遂げた。やがて、歴史改変にタイムトラベルを介さない(もしくは何らかの外部からの介入をにおわせるが本筋とはほとんど関係ない)軍事シミュレーションが主流となり、従来のSFとは一線を画した「架空戦記」というジャンルが成立し、「架空戦記ブーム」が訪れる。

1990年代には大量の架空戦記が出版された。SFとの境界ジャンルであり、これを手がけるSF作家もいたが、一般にはSFとは区別され、担い手の多くは架空戦記を専門とする作家に書かれた。彼らのほとんどは元々架空戦記を含むSFのマニアで、パソコン通信の関連フォーラムで熱心に発言していた者(アクティブメンバー)も少なくない(作品中に他のアクティブメンバーたちを実名で出演させた者も数人いる)。ハードカバーで刊行されることは少なく、主にノベルズと呼ばれる新書判サイズでシリーズで発行されることが通例である。

[編集] 代表的な作家と作品

代表的な架空戦記作家には前述の檜山良昭荒巻義雄の他に、谷甲州川又千秋佐藤大輔横山信義志茂田景樹霧島那智谷恒生などがいる。

ハードSF作家の谷甲州の『覇者の戦塵』シリーズは満州事変の直後に北満州に大油田が発見されたことから始まり(史実の大慶油田、戦後に発見されている)、技術者や中堅士官の視点からの太平洋戦争の歴史改変を描き、トラクター、量産型駆逐艦レーダーの開発など地味ながらも緻密な設定が特徴。

SF作家の川又千秋の『ラバウル烈風空戦録』は日本海軍の戦闘機パイロットの視点から史実とは異なる経過をたどる太平洋戦争を描き、主人公の乗る二式双発単座戦闘機や烈風(史実では未完成)などの架空兵器が登場。

佐藤大輔はボードシミュレーションゲームデザイナーを経て作家デビューした。主な作品には以下のシリーズがあるが、ほとんどが未完のままとなっている。

  • 征途』:戦後も生き残った戦艦大和を中心に分断国家となった日本を描く。『宇宙戦艦ヤマト』へのオマージュ的作品。一連の佐藤作品の中で唯一完結したシリーズである。
  • レッドサン ブラッククロス』:大陸領土を持たず海洋通商国家となった日英同盟(ジャングロ・アクシス)と、第二次世界大戦に勝利しヨーロッパを征服したナチス・ドイツとの第三次世界大戦を描く。
  • 『侵攻作戦パシフィック・ストーム』:南北戦争南部連合が勝利し、アメリカ合衆国(北部)とアメリカ連合国(南部)に分断された世界。日本の急速な経済的台頭に危機感を抱いた合衆国は、これを抑制すべく限定戦争をしかけてくる。
  • 『遥かなる星』:キューバ危機が米ソ核戦争へ発展。全面核攻撃によって合衆国は崩壊する。共産陣営が圧倒的に優勢な核戦争後の世界で、唯一の資本主義大国となった日本は、来るべき第四次世界大戦から逃れるために宇宙への脱出を目指す。
  • 『信長シリーズ』(複数の出版社から別タイトルで出ているため仮称):本能寺を脱出した織田信長は、山崎で羽柴秀吉と共に明智光秀を破る。そして秀吉らによる九州攻略、信長自身による小田原攻略、柴田勝家の叛乱(第一次関ヶ原の合戦)、徳川家康との対決(第二次関ヶ原の合戦)へ。

戦略面に重きを置き説得力を持たせた世界設定と諧謔に富んだ登場人物の群像劇が特徴。史実とはやや異なる精神主義に陥らない合理的な日本人像を書いている。

横山信義は代表作『八八艦隊物語』の後日談ともいうべき『鋼鉄のレヴァイアサン』でデビューし、以後多数の架空戦記を発表している。艦隊戦を得意とし、その戦闘描写の巧みさには定評がある。

  • 『八八艦隊物語』:ワシントン海軍軍縮条約が成立せず、八八艦隊ダニエルズ・プランの戦艦群がすべて建造される。大艦巨砲主義が生き残ったまま繰り広げられる太平洋戦争。
  • 『修羅の波濤』:真珠湾攻撃が失敗し、機動部隊壊滅。日本軍は南洋諸島の一部を放棄して守りを固める。一方米軍は戦前からの計画を前倒しして反攻に転じるが、拙速が祟って苦戦を強いられる。
  • 『修羅の戦野』:『波涛』の続編。日米講和から1年後、満州に侵攻したソ連軍を日米連合軍が迎え撃つ。
  • 『ビッグY 戦艦大和の戦後史』:沖縄特攻が燃料不足で中止され、終戦後「モンタナ」として米海軍に編入された大和はアメリカの世界戦略に組み込まれて各地を転戦。一方日本では旧乗員を中心に返還運動が起こる。
  • 『蒼海の尖兵』:ソ連軍の介入によって満州事変が失敗した世界。日本はアメリカおよび自由イギリス政府の同盟国としてイギリス本土を占領したドイツに宣戦布告するが、インド洋経由で大西洋を目指す連合艦隊の前にオランダ、フランスそしてイギリス軍までもが立ちはだかる。

1990年代のブームの時期に最も多く架空戦記の作品を発表したのが、志茂田景樹霧島那智谷恒生である。

直木賞受賞作家の志茂田景樹は当時タレントとしてのメディアへの露出が多く(『笑っていいとも』にレギュラー出演など)、派手な髪型服装とユニークな言動で人気を集めていた。ミステリー小説、伝奇小説などを手掛けていた志茂田はブームの初期から架空戦記に参入して速いペースで多数の作品を発表した。主な作品に、『激烈!帝国大戦』『帝国の艦隊』『極光の艦隊』などがある。また、諸葛孔明三国志の人物が連合艦隊の提督に憑依する『孔明の艦隊』など突飛な設定の作品もあり、その最たるものが長嶋茂雄監督率いる巨人軍戦国時代へタイムスリップする志茂田の真骨頂とも言える架空戦記『戦国の長嶋巨人軍』である。

霧島那智若桜木虔を主宰とする2~4人の合作のペンネームで(2006年現在は若桜木のみ)、合作の分業であることと若桜木の業界屈指の速読速筆もあり(若桜木は速読の本を出している)驚異的な出版ペースで200冊近くの架空戦記を出している。主な作品に、『不沈戦艦強奪作戦発動』、『大殲滅!機動部隊ハワイ大海戦』、『戦艦空母大和の進撃』などがある。

なお、霧島那智の一員であった瑞納美鳳は若い女性であり、希少な女性架空戦記作家であったことから「架空戦記界のマドンナ」と呼ばれた(瑞納は2002年に脱退、その後は別ジャンルで同人誌を中心に活動している)。同じく一員だった松井永人(後の松井計)は霧島那智を脱退後、単独で架空戦記小説(『叛逆の艦隊』など)を書いていたが、やがて貧窮してホームレスに転落。その実体験を書いた『ホームレス作家』(2001年)がヒット。その後はルポルタージュを中心に活動している。

海洋小説を中心に高い評価を受けた谷恒生2003年逝去)も、1990年代に数十冊の架空戦記を執筆している。作中に登場する艦船や兵器(特に主役級の)は非現実的な性能の物も多い(『超大本営』シリーズの大和は最大速力が50ノット以上、新型の零戦は最高速650km/h以上の高速機など)が、リアリティよりエンターテイメント性を重視した結果であろう。なお、一冊ごとにその構成が起承転結にのっとっており、シリーズの途中の巻だけ読んでもほとんど問題ないのも特徴である。主な作品に、『超大本営・戦艦大和』『超連合艦隊』『超帝国無敵艦隊』『栄光の艦隊・超戦艦「武蔵」』『戦艦空母摩利支天』『超戦艦空母長門改』などがある。

またSF・ミステリ作家の山田正紀は上記の作品とは全く着眼点が異なる作品を発表している。

  • 機神兵団』:1930年代の中国大陸にエイリアンが出現し、日本軍と交戦。その死体から回収した技術で日本を初めとする列強各国が巨大ロボット「機神」を開発して戦う。SF色の強い作品で第26回星雲賞を受賞し、アニメ化もされた。
  • 『影の艦隊』:戦後、千島列島に「日本群島人民共和国」が建国される。理想に燃えて新国家へ向かった若者達は、しかし裏切られ、ソ連の手先として代理戦争に駆り出される。軍事色よりも、むしろ若者がまだ熱かった時代への郷愁が強い作品である。

[編集] その他の主な架空戦記

  • 小説
    • 紺碧の艦隊』『旭日の艦隊』(荒巻義雄) - 戦死するまでの記憶を持ったまま後世(パラレルワールド)の自分に「転生」した人々が、その記憶を元によりよい歴史を作ろうとする。
    • 『亜欧州大戦記』(青木基行) - ソ連がフランス侵攻中のナチス・ドイツを背後からの奇襲で滅ぼし、そのままフランスまで蹂躪する。日本は米英と組んで対ソ戦に突入する。
    • 『帝国大海戦』(伊吹秀明) - 日英同盟が第一次大戦後も継続された世界で米・仏・蘭対日・英(途中で伊も対米英戦に参戦)での第二次世界大戦を描く。仮想戦記ブーム初期のステレオタイプな『弱いフランス&イタリア』感に囚われず、善戦・勇戦する蘭・仏・伊が特色である。後の荒川佳夫や吉田親司らが続く「強いフランス・イタリア」の先駆的小説。
    • 『デュアル・パシフィック・ウォー』(荒川佳夫) - 合衆国と南部連合に分断されたアメリカで第二次南北戦争が始まり、日本も合衆国の同盟国として参戦する。
    • 『戦艦越後の生涯』(中里融司) - 八八艦隊が実際に建造され、そして関東大震災で損傷した天城の代艦として50cm砲を備えた越後も建造された世界の日米戦を描く。すべての戦艦に「船魂」と呼ばれる美少女が憑いている萌え架空戦記でもある。
    • 『鉄槌』(橋本純) - 日本はハル・ノートを受諾するが、欧州の戦争に介入したいアメリカは日本への圧力と挑発を繰り返し、ついに開戦に追い込む。緒戦で艦隊を壊滅させられた日本は米軍を意図的に九州へ上陸させ、占領地でゲリラ戦を繰り広げる。
    • 『大日本帝国欧州電撃作戦』(林譲治 / 高貫信士) - 開戦早々、日米艦隊が真珠湾沖で相討ち。切り札を失った両国は停戦、日本は連合国の一員としての欧州派兵を要求される。
    • 兵隊元帥欧州戦記』(林譲治) - 開戦直前に北アフリカへ派遣された戦車部隊、ミッドウェーの敗戦を隠蔽するためにドイツ海軍へ出向させられたパイロットなどの活躍によって枢軸軍が優勢になっていく。
    • 『クリムゾン・バーニング』(三木原慧一) - ロシアから亡命してきたレーニン、スターリンらによって革命が起こり共産主義化したアメリカ。史実より早く開国し工業化・民主化の進んだ日本は、イギリスやドイツなどと同盟を結んでこれと対決する。
    • 『愚連艦隊』(羅門祐人) - 維新志士の生き残りと称する長官と実験空母に改造された陸奥を中心に、兵器も人も問題大有りの寄せ集め部隊が行き当たりばったりで勝ち進む確信犯的ハチャハチャ架空戦記。
    • 終戦のローレライ』(福井晴敏) - 広島市に原爆が投下され、日本の敗戦間近な1945年が舞台。東京に投下される第3の原爆を阻止するため、特殊音響兵装「ローレライ・システム」が搭載された潜水艦「伊五〇七」が出撃する。
    • 戦国自衛隊』(半村良) - 陸上自衛隊の補給部隊が戦国時代にタイムスリップする。映画化・漫画化された。
    • 戦国自衛隊1549』(福井晴敏) - 誤って戦国時代に飛ばされた現代戦力を使い、歴史改変を狙う織田信長と、それに対抗して送り込まれた陸上自衛隊が交戦する。

この他、戦国時代を扱った架空戦記作家には桐野作人(『覇戦 関ヶ原』など)、工藤章興(『反関ヶ原』など)などがいる。

  • 漫画
    • ジパング』(かわぐちかいじ) - 海上自衛隊イージス艦が太平洋戦争中にタイムスリップする。アニメ化された。
    • 夢幻の軍艦大和』(本そういち) - 現代の少年クルスが、太平洋戦争中と21世紀を行き来できる力を身に付ける。クルスはゲーム感覚で戦争に介入し、後知恵で日本を優位に導くが、その結果当然歴史が変わり、現代日本はクルスの予想外の、好ましくない変化をしていく…。

[編集] 現況

SF・ファンタジーやミステリーの不振もあり、1990年代には多くの書店の新書版売り場のかなりのスペースを架空戦記が占めていた。2000年代に入る頃にはブームは縮小して出版社の多くが架空戦記から撤退し、あるいは戦国時代三国志のシミュレーション小説に移行したが、かえってそちらの方が架空戦記よりも売れなかったと言われている。

2000年には、海上自衛隊の最新鋭イージス護衛艦「みらい」が太平洋戦争にタイムスリップするかわぐちかいじの漫画『ジパング』が発表され、ヒットしている。

また、『ガンパレードマーチ』、『ゼロの使い魔』、『図書館戦争』のように、「従来からあった架空の世界の架空の乱世を舞台にした青春物、もしくは士官や戦士を育成する特殊な学園物に、架空戦記並みの詳細な軍事知識を盛り込んだ」漫画・ゲームやライトノベルが登場、隆盛となった。一方、架空戦記の側でも登場人物やストーリー展開をライトノベル仕立てにした作品が現れて来ている。

[編集] 架空戦記の問題点

[編集] 粗製濫造の問題

1990年代前半のブーム期に、架空戦記作品が粗製濫造された観は否めず、批判本などでもしばしば指摘されてきた。軍事評論家の井上孝司も評論家として著書を世に出す前から何度も採り上げており、大半の作品を「妄想戦記」と切り捨て、押井守のように架空戦記を受け入れている人物も「この業界はオンリーワン」と指摘している。批判される点は、歴史、軍事知識があっても小説としての文章力・構成力が不足している作品(=小説として面白くない)がある事、逆に文章力はあっても作者自身に基本的な知識が欠けており、物語の展開が御都合主義で無理があり、考証に誤りも多い点、以上の理由により購入した読者を失望させている点などである。(類似の現象として1980年代前半まではSFが、後半にはヒロイック・ファンタジーが、そして90年代後半には新本格ミステリーが同じように粗製濫造され、同じようにジャンルそのものが衰退した)。以下、批判文献を元に上記3点について説明する。

第一の点については如月東が小説家としての経験の少ない、または素人が書いたと思われるものがあることを指摘している。無味乾燥で文章に面白味が無いという点、表現がワンパターン、余り意味の無いスペック表や擬音でページを埋めるといった点も批判されている。もっとも、こうした欠点はノンフィクションや歴史小説でも批判される。『世界の艦船』の書籍紹介コーナー「ブックガイド」ではしばしばそうした指摘が行なわれているし、押井は佐藤の小説の解説で司馬遼太郎の文章を悪文と評価している。

第二の点については、他分野で経験のある作家が書いた場合は、いちおう小説の体をなした作品が出来上がるが、付け焼刃で勉強するなら良い方で、酷い場合は全く勉強せずに己のあやふやな知識だけで一気に書き上げるために、(トリビアなことではなく、書く前にちょっと事典でも引けば分るような)かなり基本的な部分で間違いだらけになり、国際政治的にも軍事的にも物理的にも絶対にありえないことが作中で平気でまかり通る作品も多い。また、知識のありようも問題となる。つまり部分的に細かい知識があってもそれが体系だっておらず(例:太平洋戦争のおおよその流れと日本の軍艦や軍用機については知ってるが、軍組織、補給や整備、他国の軍隊や当時の国際情勢については知識が乏しい、など)、ピンポイントのアイディアだけで書き始めたためにストーリーに整合性がなくなり、支離滅裂な、およそ小説の体をなしていない作品は共通して批判の対象となり、佐藤大輔のような同業からさえ、『レッドサン ブラッククロス密書』で揶揄されている。

但し、知識の不足は架空戦記のみならず、軍事スリラーやノンフィクションでも批判の対象となってきた。トム・クランシー麻生幾も「ブックガイド」に類する書評等で致命的な瑕疵を指摘されている。軍事分野の雑誌以外でも、SAPIOなどで韓国の架空戦記が批判されたこともあった。反戦作品でも『アドルフに告ぐ』や『火垂るの墓』のように歴史考証の致命的ミスを批判されている作品もある。歴史小説も、司馬遼太郎のようにあり方を問われ、多数の創作が交じっている事を根拠に後の架空戦記批判に近い趣旨の批判を受けたこともあり、『坂の上の雲では分からない日本海海戦』という本も出版されている(皮肉にも、この本自体もまた軍事知識の誤りを多く指摘され、専門家から「程度の低い間違い」「全く理解していない」と批判されることとなった[1])。ウェブサイトでは日本人の書いた日本が第二次世界大戦に勝利する架空戦記が特に批判するものがあり、専門の書籍まで出版し、書名からして狙い撃ちになっているものもある。しかし、上記の条件から外れてさえいれば安心して読める、考証の程度が高いとは言えず、そうした印象は誤っていると言える。

第三の点については小説家としての技量のない素人に近い人間が書いたり、知識の乏しい作家が参入することになったのは、架空戦記が売れ筋のブームであったために出版社が作品の質よりもとにかくタイトル数を揃える必要があったからであると解釈される事が多い。知識が豊富でなおかつ小説家としての技量を有する作家は限られており、しかも、この様な作家は資料調査に時間をかけ筆が遅いという傾向があった。しかも、当時の編集者は専門的で地味な話は売れないとして嫌い、分りやすく派手な話を求めたと言われ、佐藤大輔は処女長編の征途を5巻で発行する予定だったにも関わらず売れ行きの問題で3巻で打ち切られたと『コマンドマガジン』の酒場インタビューで述べている。横山信義も同人時代に書いた作品がたまたま編集者の目に止まってデビューに至っており、その過程からは後年の「らいとすたっふ」のような、作家を育てようという積極性は見られない。1970年代の宇宙戦艦ヤマトブーム、2000年代の戦艦大和ブームのように、編集者たちは知名度の高い戦艦大和や零戦が大活躍する話を求め、表紙が大和か否かで売上が違ってきたとも言われている。その結果、そもそも小説になってない作品や考証性の乏しい荒唐無稽な作品が大量に出回る事態が生じたと考えられるようになったとされる。如月東も「空母」や「連合艦隊」という頻出度合いの高いキーワードを組合わせただけの架空戦記が出版される寓話に著書に掲載し、やっぱり勝てない?制作委員会はその著書の序文でこうした特定の固有名が一人歩きする傾向を嘆き、本文でも戦艦大和や零戦を狙い打ちにした章を設けている。

しかし、荒唐無稽とされマニアからは見向きもされなかった作品でも長期に渡り次々と出版され続け、特に志茂田と霧島の作品が最も多かった事実はブームの本質を知る上で留意すべきである。彼らの作品に一定数以上の読者があり売上が見込めたから出版され続けたのである。当時のブームの売上を支えたのがパソコン通信(1990年代の主流)やインターネットで積極的に意見を書き込むマニアではなく、軽い読み物として架空戦記を求める一般読者(社会常識以上の歴史軍事知識を持たない)であったということである。

執筆ペースが卓越していた志茂田や霧島、谷恒生のような作家は、手軽な娯楽作品としての新作を欲する一般読者の要求に応える能力があり、当時の出版社は彼らを必要としたと考えられる。

[編集] トンデモ、“火葬”、スーパー系

とりわけ荒唐無稽でかつ小説としての評価が低い作品は「トンデモ架空戦記」と呼ばれた。ただし、荒唐無稽な設定でもアイディアが面白く、文章と構成が優れていれば、つまり小説として面白ければ読者は十分に楽しめたことから「トンデモ」はブーム最盛期を過ぎた頃から必ずしも悪い意味では使われなくなり、代わって「火葬戦記」という言葉が誕生する。読んで字の如く、「焼き捨てて葬り去りたい出来」という意味であり、「仮想」戦記とひっかけている。

また、架空戦記全体を「スーパーロボットリアルロボット」に倣って「スーパー系架空戦記」と「リアル系架空戦記」に分けることもある。この場合、スーパー系架空戦記は主として上記の(良い意味でも悪い意味でも)トンデモな作品を指し、リアル系は「主人公たちの活躍で日本が大勝利」するようなことはなく、フィクションならではの「お約束」や「ご都合主義」が少ない作品を指す。ただし、設定や描写がリアルだとして高い評価を受けている作品でも人によっては「面白いがよく読むと矛盾点がある」としてスーパー系に含めることがあるなど、その境界線は明確ではない。

[編集] シリーズの長期化と未完

執筆ペースの優れた志茂田や霧島、谷恒生らはシリーズものの次を読みたいという読者の要求にすぐに応えることが出来たが、一方で緻密な考証をする作家は執筆に時間がかかり出版ペースが遅く、シリーズが完結しないことも少なくない。佐藤大輔の『レッドサン ブラッククロス』『侵攻作戦パシフィック・ストーム』『遥かなる星』などは未完のまま放置されており、完結したシリーズは『征途』のみである。川又千秋の『ラバウル烈風空戦録』は未完のまま1997年以降中断していたが、2005年に8年ぶりに『翼に日の丸』というタイトルで再編集の上完結している。谷甲州の『覇者の戦塵』はシリーズ開始から十数年、出版社を変えつつ継続しているが、出版ペースは年1~2冊であり、果たして何年後に完結するかも分らず、また初期の作品は店頭では既に売られておらず入手がやや困難になっている。

[編集] 軍国主義礼賛

第二次世界大戦を舞台に日本が開発していた起死回生の秘密兵器の活躍によって連合国を打ちのめしたり、逆に連合国と共闘しナチス・ドイツを倒すというような作品(大戦末期に寝返り連合国となったイタリアルーマニアなどに自国を擬えている)、また近代・近未来を舞台にしたものでは中国台湾韓国イスラエル、日本やアメリカ等に対し宣戦布告し(大半は資源や領土を求める不当な帝国主義に基づいている)日本が主権国家の自由と尊厳のために戦うというような作品がしばしば見られることから、一部国内メディアまたは海外から日本の軍国主義的なナショナリズムの風潮の表れとして報道されるような場合もある。

もっとも、軍事小説やポリティカル・フィクションなどにおけるそういった自国中心の傾向は日本だけに限った話ではなく、たとえばアメリカの作品ではよくソ連ロシア)、中国キューバといった旧東側陣営、またはイラクイランリビアといったイスラム圏反米国が悪役として描かれ、また時として日本がその対象に選ばれる。韓国の作品では日本が朝鮮半島の再侵略をもくろむ、という設定が多く見られる。また、中国ではそれぞれ日中戦争朝鮮戦争を舞台に日本軍、アメリカ軍と戦うという内容のゲームが発売されている。いずれにせよ、特定の国家や民族を中心とする世界観や善悪二元論に基づいた作品は自国中心主義であり、他国に対するステレオタイプな見方や誤解、偏見も見られるなど外国人に不快感を与える内容となりがちである。

先述の「スーパー系」において顕著であるが、すべてをあたかもゲームのように鳥瞰する「神の視点」を中心として物語が進み、戦闘の陰惨な現実や戦災に遭った民間人の悲惨さや銃後の困窮した生活、それにお世辞にも快適とはいえない軍隊内での日常(特に上下関係にまつわるトラブルや体罰)などの身近で現実的な側面はあまり描かれず、結果として戦争と軍隊をかなり美化して描く傾向がある。これは前者については日本本土に戦火が及ぶような作品が少ないこと(実質的には日本の負けで終わっているような作品でも、大抵はそうなる前に講和が成立する)、後者については軍隊生活の実体験を持つ作者がほとんどいないことも起因するが、そもそも読者(特にブームを実質的に支えていた非マニアの読者)が両者を共に好まないためでもあると思われる。また兵器のスペックなどの正面装備については一定のリアリティを確保できていても、兵站や補給、それを支える国家経済についてはなおざりになってしまうことが多々見られる。

[編集] 分かれる評価と批判本

以下の記述は日本軍や太平洋戦争に限定されず、一般論として述べたものである。しかし、出版事例から前記の例が多くある。作家や読者が求める結果を出すために恣意的に歴史を改竄するのは本末転倒な現実逃避であり、正に娯楽であると言える。したがって、史実を重視する軍事マニアや歴史マニアやSFマニアに広く受け入れられているとは言い難い。生粋の軍事マニアや研究者ヤSFファンを自認する人間は架空戦記に対し、「邪道」として切り捨てるか、良くても何の興味も持たないかの二者択一的な反応を示すことが多い。架空戦記の売れ行きに危機感を覚え、批判本も何冊か出版されている。

ただし、ここには幾つかの落とし穴がある。まず、当人が「自分は詳しい知識がある」と自認し批判的なスタンスをとっていても実際には粗雑な知識の場合がある。典型例は「日本軍だから○○」「戦車だから△△」といった思い込みで失敗することである。この種の思い込みは当人の体験や受けた教育、思想により余りにもバリエーションが多く個別の事例を挙げるのは不適当なほどだが、実際には「事実は小説より奇なり」の言葉通り、その人には信じられなくても本当にあった話が無数に存在し、中には単なる例外的ケースではなく対象全体に当て嵌まる物もある。また、知識が中途半端に付き始めると次のような症状も見られる。例えば、「宇垣纏はコテコテの大艦巨砲主義者」といったものである。この場合、確かに最初は事実だったのだが山本五十六の元で働いた際には自分の主張を殺してサポート役に徹し、開戦後は航空機の有用性を高く評価するようになり徐々に宗旨変えしていった事が戦時日誌の戦藻録などから明らかになっている。歴史上の人物も人間である以上、公の態度や本心がTPOで変化することがあるのは当たり前であり、固定観念だけでは判断出来ない事も多い。

また、架空戦記に批判的な本に見られた傾向として「批判者に都合の良いダメなIFを勝手に想定しそれを批判する」というものがある。例えば、『創竜伝』(文庫版)8巻の座談会で田中芳樹山本弘は「IF小説が流行っているが、太平洋戦争で日本が勝てば戦後の日本は治安維持法や特高警察が残る暗黒の世界なるがそれでいいのか」と批判している。(この両者に限らずSFマニアは架空戦記を軽蔑する傾向が強い)この場合確かに両者の発言の部分は事実と言ってよい。だが、すべての作家が太平洋戦争を改変した小説を執筆している訳ではないし、改変の内容によっては全く異なる歴史を歩み、太平洋戦争そのものが消滅しているケースもある。太平洋戦争を扱った作品でも『征途』『八八艦隊物語』のように日本が敗北するケースもある。そして例え日米戦を取扱った作品でも、『侵攻作戦パシフィック・ストーム』『クリムゾンバーニング』のように日本が民主主義体制で作者が否定されたIFを題材としているとは限らないのである。如月東のように個別の作品に焦点を絞り批判した本も存在するが、その作品に対して批判する事が出来ても、売れ行きが批判した作品に依存している状況では「作家に食べさせてもらっている」状況となる。北村賢志の場合は特定の戦記に絞った解説を回避したが、書名の『虚構戦記研究』とはズレが生じている。

結局、批判者が想定した「ダメなIF」が架空戦記に採用されているかどうかは作家の軍事知識と執筆路線に依存する。例えば『大戦略 日独決戦』などで過度にオカルトなヒトラーを描いた檜山良昭は意図的なものだったと発言している。後に出版された『やっぱり勝てない?太平洋戦争』では書名等では架空戦記と書かれていないものの、内容は架空戦記を狙い打ちにしたものであり、上記の矛盾を抱えていると言える。しかし、同書には架空戦記を批評した項目もあり、軽蔑を隠そうともしていない(しかしそこでの推薦作品は青山智樹のスーパー系作品『陸上戦艦大和』である)。

また軍事評論も多くこなす井上孝司は「『逆転指南書』の多くは戦術レベルの話に終始していて、たとえば『ミッドウェイ海戦ではこうすれば負けなかった』的な内容になっている場合が多いように見受けられる」と述べている。しかし作家の一人である横山信義はそれより以前『海鳴り果つるとき』の著者の言葉で「こうすれば勝てたと言う程傲慢ではありませんが」と述べており、評価の高さの源にあるバランス感覚を見せた。横山信義は近年「戦術レベル」に絞った中篇小説も発表しているが、元々は佐藤大輔なども手がけたことがあり、意図的に戦術に絞った小説の流れがあった。そもそも戦術レベルの改変に留めるか、戦争の帰趨を変更するレベルの改変を行うかによって設定を使い分けるのがまともと言われることの多い架空戦記作家のスタンスで、同盟国や戦略の重要性などは分かった上でプロットを設計している。様々な受容の仕方が想定される小説で、必ず史実の太平洋戦争に勝利するシナリオを前提とした批判は無意味であると言える。また、戦術(や兵器)が取り上げられる事が多いのは読み手の需要がそうした瑣末な部分に集中しているからとも言える。しかし、読者の側も「分かった上で嘘に付き合ってる」者が多くいると考えられ、その遊戯を本気になって叩く事は余計なお世話というものだろう。

最後に見られる点は歴史の因果関係を間接的に否定することである。架空戦記のリアリティが問題になるのは改変の出来やその後の影響について注意深く設定されているかであり、佐藤大輔の言葉を借りるなら「箱庭を造り込む楽しさ」である。例えば『レッドサン ブラッククロス』世界の1940年代を指して「史実での1940年代の日本は技術も工業力もないのにこの世界では何の脈絡も無く新兵器を大量に登場する」と批判しても、史実とは異なる経緯や社会情勢を数十年重ねた末の新兵器であり、「その設定でも○○という新兵器には△△という要素技術が必要だからそれが満たされてないこの設定にはリアリティが無い」といったような批判はありえても、史実の同時期の話を持ち出しても意味がない。むしろ小説の世界で構築された因果関係はもとより、史実でその兵器が登場した背景に理解が及んでおらず、結果として史実の因果関係も否定してしまっている者もいる。ただし、歴史が再現実験不能なものである事は留意する必要がある。どれほど確実性が高そうに見えても「ああしていたらこうなる」かどうかは誰も100%の検証はできない。その意味で史実絶対主義は正しい。ただ、史実絶対主義を掲げ批判を行う者の心理(自分が得た知識を金棒として優越感を得たいと言ったような)には注意が必要だろう。一方小説は娯楽であり、この点を了解した上で更に逆手に取り、時間犯罪者やタイムマシーンを小説に登場させ、その扱いに苦労するドタバタ劇の作品も多く書かれて来た。

また、批判側と作家が双方の立場に立つと言う矛盾を孕んだ現象も見られる。『歴史群像』には三木原慧一、林譲治などを筆頭に何人かの架空戦記作家が研究家として常連の執筆者に名を連ねている。また、佐藤大輔も何度も歴史評論を行った事がある。横山信義の作品はコーエーの取締役でもある戦史研究家の横山恵一が監修している。北村賢志は確かに架空戦記を批判したが、その際にウォーゲームを推奨している。ダイスの目を操作しない限りは有用な面もあるが、ウォーゲーム全盛期の雑誌ではゲーム製作の意図ゲームバランスについて様々な議論が行われ、佐藤に至ってはゲームデザイナーから架空戦記の大御所になってしまった。また別の例として『やっぱり勝てない?太平洋戦争』の執筆者の多くは「Warbirds」というウェブサイトを中心に情報交換を行っているが、そのサイトには架空兵器のイラストや設定資料を掲載したページがあり、商業作家顔負けの凝った設定から荒唐無稽なものまで多様な兵器が存在する。戦術や戦略のIFについて大塚好古をはじめ執筆者達も交えて多く議論されている。この関連として、架空戦記と歴史群像の双方にイラストを提供している者やプラモの箱絵と小説の表紙の双方を手がける高荷義之上田信といった絵師や野上隼夫のような海洋画家もいる。絵師はともかくとしても、このような二足のわらじが孕む矛盾については商業的な問題からか、積極的にコメントする姿勢は見られない。佐藤大輔はかなり自覚的らしく、「ウォーゲーム自体が余裕が生み出したものなんだと思う。いくさで遊んじゃおうなんて、気持ちに余裕のない連中に出来る事じゃない」等の発言を残している(佐藤は基本的にゲーム、リプレイ記事、仮想戦記を同一の意図、動機の元に見なしている)。宮崎駿のように最初は批判していたが、自分が好む設定の梅本弘の仮想戦記は一転して賛美し、自分の漫画連載でも結局仮想戦記をやってしまった人物もいる。

[編集] その他の批判

一時のブームは軍事に詳しくない一般読者や、ごく一部の「仮想戦記マニア」が短期間のうちに1ジャンルを消化しきったことによって起こった一種のバブルだったと見る向きがある。また、こういった経緯から「軍事マニアはしょせん願望充足と現実逃避が好きなだけ」という誤解が広まる事を憂慮する者も少数存在する。娯楽と割り切り、現実逃避を嬉々として楽しむマニアもいるため部分的には真実であり、本質的にフィクションである以上、作者もストーリーを成立させるに都合のい部分のみを史実から抜き出している点はやむを得ない事実である。

また、上記のように自分自身は「フィクションだから」「娯楽作品だから」、現実の都合の悪い点を恣意的に無視・改変して現実逃避しているのに、その作品中において現実に活動している左派や反戦運動を「現実を見ていない」「現実から逃げている」愚者として批判的に記述する(時に本編と関係なく批判を挿入する)ダブルスタンダードを指摘する意見もある。ただし、こうしたダブルスタンダードは架空戦記に限らず他のフィクションでも指摘されている。例えば田中芳樹創竜伝』ではあらかじめ「小説だから」と予防線を張った上で「自衛隊の90式戦車は川を渡ると川底の石で底面が割れる」という珍説や社会評論を書いている。他にも『美味しんぼ』や『はだしのゲン』のようにフィクションという逃げ道を作った上で、作中で作者が気に入らない保守派の人間を罵倒や無能視する発言を登場人物にさせる手法が批判されている作品も多い。

マニア系作品の場合、作者も読者も、先人の研究した史料や分析が多数揃っている第二次世界大戦の史実・戦略・兵器などには異常に詳しいが、それ以外の戦争(特に自分の目で見、自分の頭で判断するしかないアメリカ同時多発テロ事件以降の非対称戦争)には、一般人と同程度の知識しか持たない者が多い。その結果、異なる時代や世界(現実の非対称戦争も)にまで第二次世界大戦スタイルの政治・戦争様式を安易かつワンパターンに導入する傾向、または、その視点でしか政治・軍事を論評できない、何を語るにもナチスドイツや旧日本軍の戦例しか引用できない、案外底の浅い傾向も強い(ただし、非対称戦争を表現できる架空戦記作家が皆無というわけではない)。ただし、こうした問題は別に架空戦記に限らない。戦前の軍事研究が専門の山田朗は現代戦の知識が皆無なのを軍事ブログで指摘され批判されている。また、歴史マニア(いわゆる「歴女」など)にも自分の好きな戦国時代や三国志などの前近代戦については非常に詳しいが、近現代戦の知識が不足している人間が結構多い。その結果、第二次大戦に平気で戦国時代や三国志の常識(20代・30代のイケメンが将軍や提督になれると思っている)を当てはめてしまうケースもよくある。

なお、第二次世界大戦の重要な側面であった各種イデオロギーと、それが国民の精神、そして指導者の判断に非合理的な影響を及ぼし、時に国家規模での非人道的な行為を引き起こした点、そういう「空気」の中で合理的な正論を述べても猛反発を受けるだけで、時に発言者の生命の危険さえあった点については、荒唐無稽路線や戦闘シーン重視路線を採用した作品程、恣意的に軽視される傾向にある(もっとも、ドイツやソ連が「敵役」として登場する作品ではむしろ強調されることもある)。娯楽作品としては当然の判断ではあるが、これもまた史実をというより、イスラム原理主義や、その脅威に対する反イスラム的思想、また反日思想や、反中嫌韓思想が互いに呼応して各国の社会全般に非合理的で感情的な反発、ひいてはテロヘイトクライムを引き起こし、各国の正式な外交や軍事にまで悪影響を及ぼしている21世紀初頭の現実を反映したものとはいえない。

ただしリアリティを追及する作家の元ではメインテーマ扱いとなることもある。例えば分断国家に擬して戦後日本を総括すると銘打った『征途』や現代の東京がテロリストによって核攻撃を受ける『東京地獄変』は随所に工夫が見られ、『レッドサン ブラッククロス』や『遥かなる星』では分断国家となったアメリカの両側の市民感情が引き裂かれる様子が描かれる。また佐藤大輔はこれらの描写に対する見解と言うべき発言を業界事情も含め多く残しているが、「20世紀がイデオロギーの世紀だったと言うが賛成できない。異なる経済システム同士の戦いであり劣ったソヴィエトは滅び、支配地域ではいじましい民族主義が取って代わった」という内容の主張をしている(もともと佐藤は既存の思想信条や宗教全般(左右を問わない)や、それを盲信する者を蔑視する傾向がある)。

また、キャラクター設定に関する批判もある。例えば不自然なまでに理性的で視野が広く聡明で、往々にして反体制的ですらある人物が主人公的立場にいることが多く、ひどいものになると抑圧的な体制下で、絶対的な上意下達の軍隊組織の一員であるにも関らず、その言動が不自然なまでに野放しで、何を言ってもやってもおとがめなしになっていたりする(もっとも、これは戦争を扱った娯楽作品の主人公としてはよくあるキャラクター造形)。トンデモ度の高い作品ではこうした才能あるはみ出し者の若手とその若手の思いつきを何でも採用してくれる理想の(というより都合のいい)上司、もしくはそうしたはみ出し者自身が率いる組織が、あらゆる規則を無視して軍事どころか国政・外交まで壟断、戦争どころか世界の行く末まで変えるという、軍国主義というより全体主義を妄信するかのような展開をたどることもある。ただし多くの作品では、そのような人物は現実と同様に少数異端であり、いくつかの局面で活躍することはできても戦争自体の流れを変えることはできないというオチを採用し、男や特定の兵器への美学を追求する為の駒として使う傾向にある。

[編集] 架空戦記の題材

よく取り上げられる題材としては以下のようなものがある。

  1. もし日本朝鮮半島ドイツのような分断国家になっていたら?(ソ連が実際に分割占領を提案していたがアメリカの反対で消えた)
  2. もし大日本帝国ポツダム宣言を受諾せず(あるいは失敗し)アメリカのダウンフォール作戦が決行されていたら?
  3. もし史実より強力な兵器(優秀な戦艦航空母艦その他の艦艇、航空機戦車、さらには自動小銃対戦車ロケット弾電波探信機ヴァルター機関(ワルター機関)、核兵器等々に至るまで)の開発・量産に成功し、実戦配備がされていたら?
  4. もし史実にあった失策や失敗がなかったら?
  5. もし史実にない事件が起きていたら?
  6. もし史実に存在しない人物や組織・機関が誕生していたら?
  7. もし史実と違った作戦を行っていたら?
  8. もし史実と違った戦略戦術を採用していたら?
  9. タイムトラベルにより未来の技術や兵器、もしくはまだ現実化していない歴史に関する情報を持ち込んでいたら?
  10. 将来、どこかの国が崩壊、あるいは侵略してきたら?

題材となる時代は第二次世界大戦(主に太平洋戦争)が圧倒的に多いが、戦国時代や幕末日露戦争第一次世界大戦、冷戦期(#架空の冷戦)未来の戦争(宇宙戦争等)等を扱う作品もある。

第三次世界大戦やアジアでの地域戦争(北朝鮮崩壊や中国の台湾侵攻など)といった近未来の紛争を扱った作品(大石英司などの小説、あるいは小林源文などの漫画)までも架空戦記とされることもあるが、これらの作品は1990年代の架空戦記ブーム以前から広く存在しており、そもそも過去の歴史の改変(架空の出来事)を扱っているのではなく、起こりうる未来を扱っており性格が全く異なるものであるとして『ポリティカル・フィクション』や『テクノ・スリラー』に分類する意見も強い。

このジャンルは主に70年代後半~90年代前半に隆盛し、「○○軍が日本に侵攻し(もしくは日本周辺で戦争を起こし)、自衛隊が応戦(もしくは架空の日本製ハイテク兵器が活躍)するというかなりステロタイプな内容が多かった。○○にはその当時の仮想敵国(旧ソ連、中国、北朝鮮)が入る。なお、70年代の円高ドル安期から80年代のバブル経済期にはアメリカまでもがこれに加えられ、「日本が○○軍の攻撃を受けるが日本の弱体化を望むアメリカ軍は傍観する」「アメリカが好況な日本を妬んでジャパンバッシングを武力攻撃にエスカレートさせてくる(そして自衛隊に返り討ちにされる)」という作品が一世を風靡した。

そしてバブル崩壊ソ連崩壊湾岸戦争、その後の地域紛争の多発とアメリカの圧倒的な一極支配、日米安保の事実上の軍事同盟化と日本の(特に軍事面での)対米従属、さらにはアメリカ同時多発テロ事件以降の非対称戦争の時代の到来といった情勢の変化に応じて、冷戦時代のソ連脅威論を背景とした作品に代わって、日本周辺における低烈度紛争やテロを扱った作品、紛争地域への自衛隊派遣を描いた作品などが書かれるようになっている。

[編集] 架空の冷戦

厳密には架空戦記に含まれないものもあるが、第二次世界大戦太平洋戦争の逆転劇が起こった世界で、その戦後において史実の米ソ冷戦と同じような事象が異なる組み合わせで描かれる作品。

日本で書かれた作品の場合は、以下のような展開が代表的である。

  • 日本、ドイツイタリアを中心とした枢軸国が、圧倒的な連合国に対し最終的に勝利を収めるが、日本は本来軍国主義国家ではなく、(イギリスと同じ)立憲君主制であったという前提の下で、ナチズムファシズムとは相容れず、対立状態へと移行していき、結局は史実の米ソと同じように日独間で冷戦が始まってしまうというもの。
    この場合、日本が史実のアメリカ役に、完全に独裁体制となっていたドイツが史実のソ連役とされる。つまり現実の勝者と敗者が入れ替わる現象がおきる。この考え方の根底にあるのは、「アメリカと日本が資本主義の成熟段階で同じような道を歩んできた」という歴史観であると同時に、「ナチス・ドイツとソビエト連邦のファシズムナチズム)と共産主義が根本的に同じなのではないか?」という思想に基づくものである。
    またアメリカ合衆国は東西に分断されており、ケースは様々だが西部は日本(大日本帝国)の勢力圏となり、軍事的には日本に依存しつつ経済成長を図る。逆に東部はドイツ(第三帝国)の支配下で完璧な監視社会となり、ユダヤ人や黒人を標的にした徹底的な人種迫害が行われるという史実の東西ドイツのようになると考えられている。ソ連は連邦そのものがドイツ第三帝国の中に飲み込まれてしまう。タイ満州国は日本の重要な同盟国とされ、中国は国共分断が続いている。連合国ではありながらイギリスは(ドイツに占領されていなければ)戦後は日本とつるんでいたりする。
  • 日本が分断国家になり、現在の朝鮮半島のように冷戦の最前線となるもの(架空の日本も参照)。
    この場合、アメリカ(資本主義)陣営の(南)日本は史実の戦後日本をベースに描かれるが、西ドイツ韓国をモデルにした要素も加わっている。一方、ソ連(共産主義)陣営の(北)日本は一党独裁体制で、傀儡政権打倒・祖国統一を唱えて軍備拡大を進めているというケースが考えられる。
  • 日本が第二次世界大戦前から、あるいは開戦後の早い時期から米英との協調路線を取ってドイツを中心とする枢軸国と戦い、戦後はドイツやソ連との冷戦になるもの。
    日本国内では明治憲法が一部改正されるなど民主化が進み、陸海軍では米国製の兵器なども配備されている。満州国にはアメリカ資本が導入され、日本もそのおこぼれに預かっているか、さもなくばソ連に占領されている。

なお、欧米で書かれた作品でも米独冷戦などを描いた例がある。

これらの根底には、タイムパラドックスの理論のひとつである「時間の自己修復作用論」が存在している。これは、川をせき止めて局所的に流れを変えても、下流では水は元の流れへと戻ってしまうことに例え、タイムトラベルで過去にあった事象を大きく変更させる事象を引き起こしても、時間は元の流れに戻ろうとし、結局別の存在が似たような事件を起こしてしまうであろうというものである。

代表的な作品には以下のような物がある(本編は大戦期が舞台で、エピローグとして戦後について触れられているものを含む)。

[編集] 架空戦記に登場する実在の人物

架空戦記は現実の歴史を題材にしている以上、ほとんどの作品において実在した人物(特に軍人や政治家)が登場することになる。彼らの言動はその人物に対する著者の評価が如実に反映される(#分かれる評価と批判本参照)ことが多いが、意図的に実像とは異なる性格付けをされたり(極端な例では『覇龍の戦録』の井上成美など)、「単なるヒーローとやられ役」以上の描写がなされないこともある。

また、現実の世界では軍事・政治以外の分野での業績によって名を知られている人物が軍人や政治家として登場する作品(『征途』の福田定一/司馬遼太郎ロバート・A・ハインラインら、『龍神の艦隊』の小林盛夫/柳家小さん、『巡洋戦艦「浅間」』のチャールズ・リンドバーグなど)、逆に有名な軍人・政治家がそれ以外の職業で登場する作品、著者の個人的な知り合いや出版社を通じて応募した読者が実名で「出演」する作品などもある。

[編集] 日本以外の架空戦記

勿論、こうした小説は日本国外にも存在する。特に日本の「架空戦記ブーム」に触発された大韓民国においても同様のブームが生じた。当然のことながら、敵対国として人気があるのは歴史的な経緯のある日本であり、いわゆる「反日小説」の一環として見なされることも多い(ただし、日本の太平洋戦争ものの架空戦記の著者・読者の全てが反米主義者とは限らないのと同様に、大韓民国の架空戦記の著者・読者の全てが「反日」という訳ではない)。なお、大韓民国の架空戦記事情に関しては野平俊水大北章二の共著『韓日戦争勃発!?-韓国けったい本の世界』に詳しい解説がある。

また、アメリカ合衆国ドイツなどでも架空戦記は出版されており、一定のファンを獲得しているようである。アメリカの架空戦記で邦訳されたものではピーター・アルバーノ著の『第七の空母』シリーズ(徳間書店より2004年8月時点で4巻まで刊行・邦訳版の1巻発売時にアメリカでは7巻まで刊行されていたとのこと)がある。

[編集] 参考・関連文献

  • 横田順彌『日本SFこてん古典』(早川書房、1980年~1981年)
  • 猪瀬直樹『黒船の世紀 ガイアツと日米未来戦記』(小学館、1993年)
  • と学会『トンデモ本の世界』(洋泉社、1995年)
  • 野平俊水『韓国・反日小説の書き方』(亜紀書房、1996年)
  • 如月東『落日の艦隊 シミュレーション戦記批判序説』(KKベストブック、1998年)ISBN 4831493201
  • 如月東『検証!バーチャル艦隊の軍事力』(同文書院、1998年)ISBN 481037548X
  • 如月東、DTM編『バーチャル艦隊の軍事力2 徹底研究 架空戦記の“実戦”力』(同文書院、1999年)ISBN 4810375781
  • 北村賢志『虚構戦記研究読本 兵器・戦略編』(光文社、1999年)ISBN 4769809338
  • 北村賢志『虚構戦記研究読本 戦術・作戦編』(光文社、1999年)ISBN 4769809328
  • 野平俊水・大北章二『韓日戦争勃発!?-韓国けったい本の世界』(文藝春秋、2001年)
  • 神聖大ちゃん帝国『トンデモ架空戦記の世界 普及版Ver.6』(2004年・同人誌
  • やっぱり勝てない?制作委員会『やっぱり勝てない?太平洋戦争』(シミュレーションジャーナル、2005年)ISBN 4890631860

[編集] 脚注

  1. ^ 『軍事研究』40巻11号(ジャパン・ミリタリー・レビュー,2005年) p99-122

[編集] 外部リンク

以下の3つは軍事評論家井上孝司による架空戦記批判

[編集] 関連項目