スペースオペラ

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スペースオペラ(Space opera)とはサイエンス・フィクションの分類の一つで、一言で言ってしまえば、「宇宙活劇」である。スペオペと略されることもある。

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[編集] 概要

「スペースオペラ」という呼び方は、1920~30年代に、アメリカの読み捨て大衆雑誌(パルプマガジン―日本の漫画雑誌に相当)に掲載された娯楽性の強い活劇SFの総称として、従来からあったソープオペラ(昼メロ)、ホースオペラ(安上がりに作った西部劇)から付けられた。

全盛期にはスペースオペラ専門誌が何誌も出版される程の人気を誇っていた。

スペースオペラのもっとも基本的なスタイルは、ヒーローが、馬の代わりに超光速の宇宙船を操り、西部の荒野ではなく大宇宙を駆け巡って、二丁拳銃の代わりに光線銃を撃ちまくり、山賊や悪漢ならぬベム異星人マッドサイエンティストをやっつけ、とらわれの美女を助ける(ここは共通)というもので、ホースオペラ、西部劇の換骨奪胎である。宇宙海賊もしばしば登場し、海洋冒険小説を宇宙に映したものという見方も可能である。

SFの一ジャンルであるが、科学に対する態度はハードSFとは対極的で、相対性理論お構いなしで光速の壁を破り(ある作者と友人の評論家のやり取りで、作家が弾き出した超光速に対して評論家が「E=MC^2だ」と異議を唱えるが、「法則は所詮法則。これは観察し尽くされた事実だ」と作家が返す話がある)、惑星・銀河の一つや二つ軽く破壊するというような荒唐無稽な筋が多い。半裸の美女や異形の怪物がパルプマガジンの表紙を飾り、どぎつい描写と安っぽい文章から高い評価は与えられず、「スペースオペラ」という呼称には蔑称の意味合いもあった。しかし、それらの凡百の作品の中から数多くの名作が生まれており、現在のSFシーンの底流の一つとなっているのも事実である。

日本にスペースオペラを普及させた最大の功労者は、SF作家にして翻訳家、かつ海外SFコレクターでもある野田昌宏である。海外スペースオペラの紹介本『SF英雄群像』などで紹介されたスペースオペラ作品が、日本のSFファンの間で受け入れられている作品と大きく重なるほどの影響力を持った。

ただし、用語としてはスペースオペラの概念も多様化した面がある。『宇宙西部劇』としての性格は薄くなって、SF的舞台設定に政治や戦略を中心としたSF史劇的作品がスペースオペラと分類される傾向も多い。またたとえば野尻抱介は、『クレギオン』シリーズにおいてかなり科学的考証にこだわりを見せながら、自らあとがきでこの作品をスペースオペラであるとしている。野尻はその理由を、当作品の主題を単なる科学的論理の提示にとどまらず、そこにおける人間関係においていることによるとしている。

[編集] ニュー・スペースオペラ

70年代に入って登場した、アメリカの作家ラリー・ニーヴンノウンスペースシリーズは、質的な向上やハードSFとの融合をはかった作品で「ニュー・スペースオペラ」と呼ばれた。

また90年代以降にイギリスで活発に書かれている、やはりハードSF的設定で、遠未来の宇宙を舞台に、スケールの大きなSFアイデアとガジェットで描かれる宇宙活劇(主な作家は、ポール・J・マコーリイケン・マクラウドアレステア・レナルズチャールズ・ストロスなど)も、「ニュー・スペースオペラ」と呼ばれる。

[編集] 著名なスペースオペラ作品

[編集] 海外作品

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[編集] ゲーム

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[編集] 小説

[編集] 漫画

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[編集] ゲーム

[編集] 関連項目

[編集] 映画

[編集] テレビシリーズ

[編集] その他関連項目