民間軍事会社

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GK シエラ社のコントラクター(アフガニスタン)。
PMSCのコントラクターはジュネーヴ条約の適用を避けるため軍服を着用しないので(後述)、民間人に近い服装の上からボディアーマータクティカルベストを着用している。
廃墟と化したファルージャ
PMSCsコントラクター殺害事件から始まった戦いは9.11後最大の激戦へと発展した。

民間軍事会社(みんかんぐんじかいしゃ)とは、直接戦闘要人警護や施設、車列などの警備軍事教育兵站などの軍事サービスを行う企業であり、新しい形態の傭兵組織である。

PMC(private military company または private military contractor)、PMF(private military firm)、PSC(private security company または private security contractor)などと様々な略称で呼ばれるが、2008年9月17日にスイス・モントルーで採択されたモントルー文書で規定されたPMSC(private military and security company、複数形はPMSCs) が公的な略称である。

冷戦の終結により各国で軍縮が進む一方で、民族紛争テロリズムが頻発した1980年代末期から1990年代にかけて誕生し、2000年代対テロ戦争で急成長した。国家を顧客とし、人員を派遣、正規軍の業務を代行したり、支援したりする企業であることから、新手の軍需産業と定義されつつある。

概要[編集]

主な業務としては軍隊や特定の武装勢力・組織・国に対して武装した社員を派遣しての警備・戦闘業務に加え、兵站整備訓練など旧来型の傭兵と異なり提供するサービスは多岐に渡る。軍の増派がたびたび政治問題化していることや、より多くの兵士を最前線に送るために後方支援や警備活動の民間委託が進んだこと、民間軍事会社の社員の死者は公式な戦死者に含まれない等の理由がその背景にある。従来であれば正規軍の二線級部隊が行ってきた警備や後方業務を外注する民間組織としてイラクとアフガニスタンで正規軍の後方を支える役目を担っている[要出典]

その一方で軍人民間人傭兵のどれにも当てはまらない非常に曖昧な存在であることや、需要が増大し急速に規模が拡大したため、管理が行き届かず多くの不祥事(2007年にブラックウォーター社が引き起こした民間人虐殺事件など)を起こした事などが問題になっている。また、2004年3月に、PMSCsコントラクターが民衆に惨殺され、町を引きずり回された後に焼却、橋に吊るされるという事件が発生。これが原因となりファルージャで多国籍軍と武装勢力が軍事衝突し、4月と11月の戦闘を合わせて多国籍軍側100人以上、武装勢力と民間人にそれぞれ1000人以上の死者が出た。

2008年9月、スイスの国際会議においてアメリカや欧州諸国、中国、イラク、アフガニスタンなど17カ国は民間軍事会社に国際法を順守させるため、各国に対して適切な監督・免許制度の導入、採用時の審査の厳格化、戦時の民間人保護を規定した国際人道法や人権法に関する社員教育の強化など適切な監督を求める具体的な指針を盛り込んだモントルー文書を採択した[1]

名称[編集]

日本では民間軍事会社民間軍事請負企業民間警備会社などと呼称される。民間軍事会社を示す英語での正式な名称が決まったのは2008年9月17日にスイス・モントルーで採択されたモントルー文書PMSC (private military and security company)(およびその複数形のPMSCs (… companies))の略語が使用されてからである。

民間軍事会社で働く戦闘要員はプライベート・オペレーターコントラクター(contractor 請負人、契約者)と呼ばれる。

正式名称が決定される前は、民間軍事会社について報道機関や文献によって異なる名称が使用されており、PMC(private military company または private military contractor)、PMF(private military firms)、PSC(private security company または private security contractor)とさまざまだったが、モントルー指針にならいアメリカ国防総省や民間軍事会社の管理組織であるIPOAやBAPSCもPMSCの語を使用していることから、現在ではPMSCが正式名称となっている。

国際政治学者のP・W・シンガーは『戦争請負会社』(邦訳版:日本放送出版協会 (2004/12)原著:Cornell University Press (July 2003))でPMFと表記し、2004年のイラク国内で活動する民間軍事会社の各種ライセンスに関する規定と、武器を使用するルールや手順を定めている「CAP oder 17」ではPSCと明記され、ブラックウォーターUSA社が起こした事件に関する公聴会では、質問側がPMCを使用したのに対し、ブラックウォーター社側はPSCと答えている。

private security company (PSC) は、直訳すると民間保安会社(民間警備会社)となり、民間軍事会社と違い、単なる戦争屋や傭兵集団といった悪いイメージよりも、警備や安全提供などといった良いイメージをされやすくなるため、民間軍事会社側は公式文章やCMウェブサイトなどでPSCを用いることが多い[2](ただし、古い文献では、民間軍事会社側もPMCと呼称していることが多い)。また、軍隊の民営化に肯定的な意見を持つ者も、PSCを使用する傾向にある。逆に、民間軍事会社に批判的な記事や、古い文献、映画ゲームなどではPMC、PMFが用いられることが多い。1995年のNHKのテレビ番組[3]では、民間軍事会社の社長は「コントラクター」に相当する人間を「guards(警備員)」と呼び、NHKも「民間の警備会社」や「警備員」と訳している。

歴史[編集]

アフガニスタン警察の隊員(左)と握手するイギリスの民間軍事会社のコントラクター(右)。
グルカ兵のコントラクター(アフガニスタン、ナンガハル州)
武装勢力に銃撃されたアメリカ海兵隊員(第2次ファルージャ戦

民間軍事会社の登場[編集]

第二次世界大戦後からダインコープSAS創始者のデビッド・スターリングが経営するウォッチガード・セキュリティといった企業が間接的な軍事サービスを行い、コンゴ動乱ローデシア紛争などでは傭兵が戦闘や護衛にも関わっていたが、1991年ソ連崩壊に伴う冷戦の終結により、アメリカ合衆国を中心とした各国は肥大化した軍事費と兵員の削減を開始し、数多くの退役軍人を生み出した。冷戦終結以降の世界では超大国同士がぶつかりあう大規模な戦闘の可能性は大幅に少なくなったものの、テロリズムや小国における内戦民族紛争など小規模な戦闘や特定の敵国が断定できない非対称戦争が頻発化した。

優秀な軍歴保持者は有り余り、軍事予算の大幅な削減に伴い軍隊のコスト面での効率化が求められ、そして小規模の紛争が頻発する。この3つの要素が民間軍事会社を生み出す土壌を与える事となった。まさに戦争のアウトソーシングである。

こうして、民間軍事会社の元祖とも言える「エグゼクティブ・アウトカムズ」が誕生し、既存の軍関連会社も次々と民間軍事会社化していった。

1990年代[編集]

1989年南アフリカ共和国で誕生したエグゼクティブ・アウトカムズ(Executive Outcomes,略称EO)社は、フレデリック・ウィレム・デクラークネルソン・マンデラ政権下で行われたアパルトヘイト政策の廃止や軍縮によって職を失った兵士を雇用することで、優秀な社員を多数有する会社となった。

特に第32大隊などの精鋭部隊に所属していた黒人兵士を多く雇用していたが、彼らはアンゴラ内戦で家族や財産を失い、逃げ延びた先の南アフリカでは白人達に周辺国への軍事介入や同じ黒人の弾圧に動員され、アパルトヘイト廃止後行き場を失った者達だった(EO社の解体後はポムフレットなど辺境の町で貧しく暮らしている)。

EO社はアンゴラ内戦中の1993年アンゴラ政府と契約を結び、正規軍の訓練と直接戦闘を実行。結果アンゴラ全面独立民族同盟に壊滅的被害を与えることに成功し、20年続いた内戦をわずか1年で終結させた。その後、国際社会の圧力でアンゴラ政府はEO社との契約を打ち切り、国連が平和維持を行うことになったが平和維持部隊は任務に失敗し、アンゴラは内戦に逆戻りした。

また、シエラレオネ内戦では、残虐な行動と少年兵を利用することで知られた反政府勢力革命統一戦線(RUF)の攻勢で、先に展開したグルカ・セキュリティー・サービス社はロバート・C・マッケンジーを捕食されるなど大きな被害を出し撤退、首都フリータウンも陥落寸前の状態であったが、EO社はわずか300人の部隊でRUFに壊滅的被害を与え、RUFが占拠していたダイヤモンド鉱山を奪還することで和平交渉の席に着かせることに成功した。しかし、こちらもアンゴラと同様に内戦に逆戻りした。

EO社は次第に肥大化し、戦闘機攻撃機攻撃ヘリコプターなどの航空兵器や、戦車歩兵戦闘車のような強力な陸上兵器、負傷者輸送用のボーイング707なども運用するようになったが、危機感を抱いた南アフリカ政府によって1998年に解体された。しかし、内戦の戦局をも変えてしまう民間軍事会社の登場は世界に衝撃を与えた。

2000年代[編集]

1990年代に登場した民間軍事会社は、その後急速に業務を拡大していき、2001年アメリカ同時多発テロ事件以降からはイラクアフガニスタンでの活動が注目を集めるようになった。しかし、急速な組織拡大から法規の作成が追いつかず、管理する法律も組織も無い無法状態が続いたため、殺人や虐待など数々の不祥事を起こしてきた。

2001年にはアメリカで民間軍事会社の管理組織であるInternational Peace Operations Associationが発足、2006年にはイギリスでアメリカとは異なる民間軍事会社管理組織であるBritish Association Of Private Security Companiesが発足した。イギリスの場合は非常に厳格に民間軍事会社にISOやBSの取得を義務付けておりプレゼンテーションにおいてもイギリスの会社はアメリカと違うことを強調している。

イラクにおける管理組織は連合国暫定当局が行ってきたが解体にともない2004年8月に連合国暫定当局から分離したNPO法人としてPrivate Security Company Association of Iraqが発足した。イラクでは連合国暫定当局が最後に発行した CPA Order17という規定に基づいて行動していたが、この規定は大変に問題のあるもので、民間軍事会社はイラクの法律に従う必要が無く、あらゆる免責特権を認め、税金も免除するなど民間軍事会社を完全に治外法権化する物であった。

2007年9月にはブラックウォーターUSAのコントラクターがイラクで輸送部隊の護衛中に市中で無差別発砲を行いイラク人を17人射殺するという事件が起きると、イラク政府も厳しい措置を取らざるを得なくなり、2009年1月1日でCPA Order17の無効を宣言し、民間軍事会社から免責特権を剥奪した。これ以降、民間軍事会社はイラクの国内法に従う義務が生じPrivate Security Company Association OF Iraqは2009年現在は実質的に活動していない。

このような無法状態を改善しようとする動きもあり、2008年9月17日にスイスモントルーで17ヶ国によって採択されたモントルー文書で初めて国際的な規制が出来た。指針であり条約ではないため、国際法としての拘束力は無いが、新たな条約締結へ向けた活動が行われている。

業務[編集]

民間軍事会社は、それまでの傭兵が担っていた直接戦闘行為に特化した戦闘集団ではなく、兵站・整備・訓練・教育・戦闘に関するアドバイスも行い、従来の“戦争の犬たち”(フレデリック・フォーサイス同名の小説より)と揶揄される荒くれ者、無法者が集まる「血に飢えた戦闘集団」というイメージと一線を画すよう努めている。

国際政治学者のP・W・シンガーは三分類しているが、多様化する民間軍事会社の業務はそれ以外にも多岐にわたっている。

直接戦闘参加型(実戦と指揮)[編集]

アメリカ軍兵士(右)と警備活動を行うアジア・セキュリティー・グループ社のコントラクター(左)

民間軍事会社が連隊大隊などの正規軍のような、戦術単位での部隊を編成することは無く、他国の正規軍との直接戦闘は行わない。主に民間軍事会社が戦う相手は、テロリストゲリラなど軍人ではなく、警察では手に負えない「犯罪者」とされる相手であり、会社の装備も戦車や戦闘機などは保有しておらず、従来の傭兵よりも重装備化した警備員に近い形態が多い一方、MiG-27MiG-23Su-25といった戦闘機、攻撃機やMi-24攻撃ヘリコプター、BMP-2歩兵戦闘車といった装備を運用(契約国が保有していたものを借用する場合もある)していたエグゼクティブ・アウトカムズ社のような例もある。また、西欧資本の民間軍事会社であってもM16シリーズといった西欧製の小火器を使用するとは限らず、価格面や現地での信頼性を意識してAK47シリーズなど、東欧製の小火器で武装しているケースも少なくない。

特定の政府組織や国と契約を結び、戦闘を専門とする実戦部隊を派遣し、その国の地下資源の供給地となる施設の警備、また軍の後方兵站輸送部隊の警護や要人警護国連NGO職員、観光客や報道陣が特定の危険地域を通過する際の護衛任務なども担っている。イラクとアフガニスタンではアメリカの国防総省だけでなく国務省からも多くの仕事を請けており、アメリカ軍に国務省職員の警護にまで人員を割く余裕が無いため、イラクとアフガニスタンに展開している国務省職員の警護の大半を民間軍事企業が受け持っている。

自動小銃や携帯対戦車兵器など軽装歩兵と同等の装備を持つゲリラやテロリストの襲撃が予想される地域での警備は拳銃警棒を持った軽装な警備員は役に立たない。このような地域を移動する場合にはガントラックなどの簡易装甲車に軽機関銃をすえつけて常に周囲に銃口を向けて威嚇しながら移動することで、敵の襲撃意思そのものを削いで襲撃を断念させることで安全を確保するような警護体制がとられる。また、道路を頻繁にパトロールすることで爆発物の設置を断念させる業務も受け持っている。このように基本的には敵に襲撃を断念させる状況を作り出すことが主目的であり、直接の戦闘行為は最後の手段である。

近年、アメリカ軍とCIAはパキスタンでMQ-1 プレデターMQ-9 リーパーといった武装無人機による空爆を行っているが、この空爆の目標となるテロリストの捜索に民間軍事会社が使用されている。これは冷戦終結後にCIAの人員削減が行われたことで対テロ戦が活発化した現在人員不足に陥っていることや、コストの安さ、作戦が失敗した場合に政府の責任が問われないといった理由がある[4]。また、無人機の操縦に関しても民間会社の社員が担当する場合があるが、攻撃に関しては交戦規定の関係で兵士が行っている[5]

このような警備やその結果としての戦闘に従事する民間軍事会社のコントラクターらは、ジュネーヴ条約で「傭兵」として扱われないために、正規軍の兵士のような軍服を着用することはめったにない。このため民間人に近い服装の上に、ボディアーマーや銃器を装備をした「PMC装備」と呼ばれる独特の外見が特徴である。(正規軍でも特殊部隊の隊員や情報部員などが、このような格好をすることがある)

兵站・整備・物流請負型(非殺傷的援助と補助)[編集]

戦争はその戦闘力を維持するための兵站や兵器の整備といった後方支援も重要である。以前は軍で行っていた司令部の設営や兵器の整備などの業務を代わって担うのがこのタイプの民間軍事会社である。傭兵というよりは中世時代の酒保商人のような仕事をしていると言える。具体的な内容としては、以下の3つが挙げられる。

生活環境提供[編集]

兵士の宿舎設営に始まり、食事を中心とする日常の生活に必要とされるサービスの提供、及び基地内のショッピングモールの運営[6]

輸送業務[編集]

物資の空中投下を行うブラックウォーター社のCASA C-212輸送機。

陸路・海路・空路とその輸送手段は幅広い。イラク戦争においてもクウェートからイラクまでの物資の輸送は主にこれらの民間軍事会社が受け持っている。

主に陸路によるコンボイ輸送をIED即席爆弾・路上爆弾や武装勢力の襲撃などの数多くの危険を伴いながら業務を遂行。米本土から高収入に惹かれて数多くの一般人がこの業務に従事し昨今では業務中での負傷や業務災害に関する訴訟が頻発している。

また、ヘリコプターや飛行機などの航空機による輸送では地上から銃撃される可能性を前提とした運行となり、荷物にパラシュートをつけて空中投下など一般の荷役業務では認められない運搬方法も行うため、一般の航空会社ではとても扱えない。そのためブラックウォーターエアシップなどの民間軍事会社の系列となる航空会社が業務を請け負っている。

兵器の整備[編集]

兵器のハイテク化に伴い、その運用もハードウェアソフトウェア共に複雑化しており軍隊だけでその運用方法の教育を実施することが困難となってきている。こうしたハイテク兵器の運用・保守点検は当該兵器の開発企業が受け持っていたが、軍事上問題のない部分や高度な技術を要しない部分については開発企業以外にも直接外注化され、これを請け負う専門の民間軍事企業が現れている。

戦略・戦術のアドバイザー及び地元兵員の訓練・教育業務(助言と訓練)[編集]

主に、将官佐官クラスの退役軍人が運営する民間軍事会社。戦闘作戦における戦術心理戦などのアドバイスや現在イラクにおいて進んでいるイラク政府への権限委譲で不可欠な国軍の訓練プログラムなどを受け持つ民間の軍事顧問といえる。これらの企業は実際戦争が起きている地域や国だけでなく、自国本土においても軍事訓練に関するプログラムを実施しており、戦場に派遣される前の民間軍事会社所属の社員の教育も実施している。

近年は上記のサービスに加え、Xe社やクロアチア嵐作戦を指揮したといわれるMPRI社などのように、イラクやアフガニスタンでの経験を元に、新たな兵器や既存兵器のアップグレード・キットを開発し、販売する動きも頻繁になってきている。

ビジネスサポート[編集]

イラクでビジネスや取材などの活動を行うために民間軍事会社であるG4Sが入国手続き、警備、宿泊施設の提供などを行っている。2010年6月には日本でもG4Sがイラクビジネスセミナーを開いて民間軍事会社による入国手続きや移動時の警備、宿泊施設の提供などについて説明している[7]

長所と短所[編集]

長所[編集]

高コストパフォーマンス[編集]

自国で軍隊を創設し維持し、運用するには莫大な費用がかかり、使用する兵器もどんどん複雑化、高額化している。また軍事費での一番の比率を占める人件費は正に軍事費削減の一番のキーである。少ない兵力を運用する上ではいかなる時でも即座に対応できる民間軍事会社のフットワークの軽さは大変魅力である。

統計上の戦死者数を減らせる[編集]

民間軍事会社所属の社員が正式な戦死者数としてカウントされないことも、軍にとって無視できない利点である。ベトナム戦争に代表されるように戦争を継続する上での最大の懸念は自国兵士の想定以上の被害数であり、このことは世論の戦争に対する支持率を大きく左右し、民主主義国家にとってはより重要な要素である。

民間軍事企業に所属する社員は軍の公式の戦死者リストや負傷者リストにカウントされないため、戦争における人的被害者数を数値上少なくできる。

民間軍事企業関連の人間がイラクにどのくらいいるのかは軍の上層部でも正確な数は把握していないのが現状である。民間軍事会社に所属している人間の死亡者数は一説には300~500人に達するという[要出典]

短所[編集]

戦時国際法での位置づけが不明瞭[編集]

軍と共に作戦行動を共にすることが多いにも拘わらず、社員らの戦争犯罪に関しては軍の法令を適用できず、正規兵と比べ処罰が軽すぎる[要出典]ことが問題となっている(戦争犯罪の加害社員にとっては利点となる)。

主な事例としては、キューバのグアンタナモ刑務所におけるイラク人捕虜の虐待では実際に虐待行為に参加した米軍兵士は軍法会議で厳しい判決を受けるも、刑務所を運営していたタイタン社所属の社員は比較的軽い処分で処理された。また、コソボ紛争では民間軍事企業所属の社員が地元の少女2人をレイプし、その様子をビデオカメラに収めるという行為にも拘わらず、同じく軽い処分で済まされた。そしてイラク戦争において、民間人を無差別に銃撃して「テロリスト相手の正当防衛」と偽証したブラックウォーター社社員に対しても、これといった処罰は行なわれなかった。

また、活動がジュネーヴ条約に規制されないことから、社員らに戦争犯罪的な行為が『業務』として正式に命じられることもある。一方、社員側もジュネーヴ条約やハーグ陸戦条約に基づいた捕虜としての権利を認められずに、奴隷的強制労働や裁判無しでの「処刑」に処される可能性があるなどのデメリットを有する[要出典]

傭兵が正規兵の代わりに「汚れ仕事」を命じられる、その『役得』として正規兵以上の略奪暴行を働く、そして敗れた傭兵は正規兵とは異なりどう虐待されても文句は言えないのは古代以来延々と続く問題であり、傭兵を使う限り抜本的な解決は困難である[要出典]

ストライキや契約破棄[編集]

民間軍事会社であることから、作戦の遂行に拘わらず会社内での社員に対する待遇問題や保障問題によるストライキが起き、予定されていたサービスが供給されない可能性がある。また、契約内容と実際の戦場のリスクを天秤にかけた結果割りに合わないと判断し一方的に契約を破棄した場合に、会社と社員に対しせいぜい債務不履行による損害賠償請求ができるだけで、正規の軍人のように抗命罪敵前逃亡罪などで軍法会議に告発して処罰する事が不可能なため、軍事作戦に致命的な影響を及ぼしかねない(彼らにとってはあくまで契約に基づいたビジネスである)など、不安材料も多々はらんでいる。ただし、契約と契約先の意向が社員の安全よりも優先されるのが民間企業の民間企業たるゆえんであり、これらの点は実際問題としては考えにくい[誰によって?]

軍人の引き抜きによる訓練コストのタダ乗り[編集]

ここ近年[いつ?]では民間軍事企業に所属する将官クラスの退役軍人による優秀な人材のヘッドハンティングが大きな問題となっている。国を守る為の人材として国の多額の税金を費やして教育された特殊部隊員や空軍パイロットなどの優秀な人材が30代の一番脂の乗り切った時期に数多く民間軍事企業に引き抜かれてしまうのである。

アメリカの特殊部隊グリーンベレーの隊員の年収はおよそ5万ドル程度[要出典]と言われているが、同部隊所属の肩書きがあればイラクでは1日で1000ドルは稼げると言われている[誰によって?]

また、部隊の運用に無理解な上層部に愛想を尽かした現役軍人達が、経験者である退役軍人が経営する民間軍事会社に『転職』することも多い。

死傷者への福利厚生が薄い[編集]

戦傷によって肉体的・精神的に障害を負って勤務できなくなった場合、正規の軍人であれば勲章を授与され、傷痍軍人として恩給廃兵院など、福利厚生を利用する権利が国から与えられるが、民間軍事会社の社員の場合、公式の戦傷者として認定されないために上記の権利が与えられず、「使い捨て」にされる可能性がある(「使い捨て」で安くすむ側にとってはメリット)。

当然、死亡しても公式には戦死者として認定されないため、遺族に国から弔慰金が支給されることは無い。単なる業務災害、事故死である。

十分な救助が受けられない可能性[編集]

アメリカ軍を始め先進民主主義国の軍隊では戦友は絶対に見捨てないという意識が確立しており、付加価値の低い兵士数名であっても多額の経費をかけてでも救助を行う。また先進国の軍隊では救助専門の部隊がいるのが普通である。これは兵士自身も守るべき国民の一部であり、兵士を見捨てないことは士気を維持する上で絶対に必要なことでもある。しかし、民間軍事会社の場合、十分な支援の受けられない可能性がある(露骨な背信行為があれば、社員同士の不和や不信感より組織として瓦解する危険性もあるため、悪質に見捨てることは少ないとしても)。

また、負傷した場合にも正規の軍であれば、衛生兵応急処置を行い後送して軍医の治療を受けられるなどのシステムが確立しているが、民間軍事会社の場合にはこのような救急医療システムが整備されているとは言い難く、負傷した場合の救護が十分に受けられない可能性がある。

民間軍事会社の兵士がいくら高給であるといっても、これは福利厚生がないことや十分な救助が受けられない可能性の代価にすぎない。

低い忠誠心[編集]

傭兵である彼らはあくまで金銭目的のビジネスマンであって、国家への“忠誠”に必ずしも縛られていない。ゆえに高度な軍機への接触、またそれらを用いた任務には就かせられない。常に懸念される寝返りの恐れ(とはいえ、契約に際して必要不可欠な「信頼関係」を決定的に損なうため裏切り・離反の可能性は少ないともいわれる)、忠誠心の低さは、中世の傭兵以来基本的に変わることはない。

また、精強でも忠誠心がなく信用されない傭兵と、たとえ無能でも忠誠心だけは確かで信用の置ける「忠臣」との感情的な対立が軍の運用に悪影響をもたらすのも、中世以来の伝統である。元々近代国民国家が徴兵国民皆兵制度というシステムを編み出したのは、傭兵のこうした欠点の反映でもある。

人員数と報酬[編集]

1991年の湾岸戦争時には全兵士における民間軍事会社社員の比率は100:1と言われていたが、2003年のイラク戦争時はおよそ10:1と言われている。イラクに駐留する民間軍事会社の人員は、一説にはアメリカ人が3千人から5千人。イギリスなどのヨーロッパ人南アフリカ人では7千人から1万人。貧困国の出身者では1万5千人から2万人。イラク現地で雇用された者が2万5千人から3万人と言われている。また、受注した会社がさらに他の会社に仕事を丸投げしたり再発注しており、イラクに駐留する民間軍事会社の正確な社員数を把握する事の障害にもなっている。

1994年のルワンダ紛争においてはエグゼクティブ・アウトカムズ社はいつでも1500人規模の部隊を展開出来る準備を整えていた。(これはアフガニスタン侵攻時のアメリカ海兵隊の先行侵攻部隊と同規模である。)ちなみに作戦期間は4週間を計画しており、1日あたりの費用はおよそ60万ドル。(国連など、依頼する組織が無かったため実現されず。)

アメリカ人イギリス人など欧米圏の社員を雇用する際には、正規軍の兵士(特にデルタフォースDEVGRUといった有名特殊部隊に所属する元兵士を優遇する)を雇用することが主体であるが、社内の基準を満たしていれば(厳格な選抜試験を受けさせる会社もあれば、契約書にサインすれば誰でも入れる会社もある)、警察官や軍隊経験のない一般市民を雇用することもある。南アフリカ人の社員(多くは英国系の会社に所属する)の場合、上記のEO社のようにアパルトヘイトに参加して職を失った白人の元兵士である場合が多く、そのことをPMCに批判的なジャーナリストや南アフリカ政府の関係者から批判されることもある。

先進国の人員だけを雇用して警備などをしては、限られた人件費が高騰することや素早く効率的に人材を供給できないという事情から、フィジーネパールフィリピンコロンビアなどの、近年まで内戦や紛争状態にあり、実戦経験者が豊富な貧困国から元兵士が送られている割合が多い。アメリカのブラックウォーター社においては貧困国の出身者が警備要員の4割、「トリプル・キャノピー社[8]」に至っては8割を占めている。トリプル・キャノピー社は設立当初実態のない会社でありながらも大型契約を取得し、チリ人やフィジー人と少数のアメリカ人を雇って、イラク全土にある13ヶ所の連合暫定施政当局に1000人もの警備員を派遣した。

また、イラク現地では多くのイラク人が雇用されている。G4Sの場合は英国人2名にイラク人6人で身辺警護小隊を編成しており、欧米人の将校下士官に現地人の兵士という構成が取られている。このような雇用方式は「エリニュス社[9]」や「ハート・セキュリティ」など、他の英国系民間軍事会社でも用いられる方針である。イラク人は警備員だけではなく、空港の荷物チェック係といった非戦闘員としても雇用されている。

元有名特殊部隊所属の肩書きを持つ人材は1日で1000ドル程度の収入が見込めるが、ネパールのグルカ兵が民間軍事会社で働いた場合の給料は月給1000ドル程度である。ただ、ネパールの公務員の平均年収が1300ドルであることから考えると月給1000ドルという給料は彼らの所得水準から見ると大変に高額である。このため、貧困国の兵士にとっては民間軍事会社のコントラクターになって得る給料は普通に働く場合の10倍以上にもなり、一攫千金を夢見るに十分な額である。

逆に日本などの先進国の国民から見れば一般企業の賃金と大差の無い、もしくはそれ以下の給与水準であり、危険性に比して薄給で、日本人が民間軍事会社で就労しても大金を稼げるとはいえない。実際にイラクで死亡した日本人コントラクターの年収は四百数十万円程度で、軍歴が長く下士官であったことから考えれば先進国の正規軍と変わらない報酬である。このため、民間軍事会社の給与は裕福な先進国の国民から見れば安く、貧困国の国民から見れば高給ということになっている。

なお、民間軍事会社においても兵士は兵士、下士官は下士官で終わりという点に変化はなく、たとえ入社前に歴戦の勇士でも、入社後にどれだけ実績を重ねても、入社前に幕僚課程や上級士官課程を取得していない者は現場指揮官以上に昇進できない。また、学閥ならぬ「過去に所属していた部隊閥」も深刻である。[独自研究?]

民間軍事会社の日本人[編集]

日本では銃刀法警備業法により警備員の装備品は警戒棒など非殺傷性の護身用具に限定されているため、日本国内に武力を持つ民間軍事会社は存在しないが、日本人が海外の民間軍事会社に入社する例はある。

2005年5月には、イラクで米軍の業務委託を受けていたクウェートの輸送会社「P.W.Cロジスティックス社」の車列を警備していたイギリスの警備会社「ハート・セキュリティー社[10]」の車列に対して武装勢力の攻撃があり、同社の従業員として雇われていた日本人が負傷し、拉致された後、死亡した。この日本人はかつて陸上自衛隊に2年間の勤務経験(第6普通科連隊に配属され、退職時は第1空挺団に所属)があり、その後フランス外人部隊に21年間在籍し、その間に外人部隊の最精鋭部隊である第2外人落下傘連隊での勤務経験もあった。

2014年8月に、「民間軍事会社社長」の日本人男性、湯川遥菜がシリアで拘束される。この男性はいわゆるミリタリーショップを経営していたものの軍隊・自衛隊に所属した経験はなく、会社の実績を作るためシリア入りし、日本から薬を送るなどして独自に自由シリア軍やイスラム戦線を支援していた。しかし戦闘においてイラクとシャームのイスラーム国(ISIS)の勢力に確保され、写真家を自称するも銃を手にした状態だったため放免されなかった。現在、ISIS側はインターネットで犯行声明を出している。[要出典]

民間軍事会社・関連企業一覧[編集]

協会組織[編集]

アメリカ[編集]

イギリス[編集]

その他[編集]

関連作品[編集]

民間軍事会社が登場する作品の一覧』を参照。

脚注[編集]

  1. ^ 民間軍事会社の指針採択 国際人道法順守で17カ国 共同通信 2008年9月18日
  2. ^ 軍事研究』2008年10月号 pp.94–107
  3. ^ ETV特集「20世紀最強の軍隊 グルカ」。1995年放送のグルカ兵に関するドキュメンタリー。部隊縮小計画によって職を失ったグルカ兵が、民間軍事会社と契約してシエラレオネ内戦に派遣される様子が放送されている。
  4. ^ 毎日新聞ニュースサイト[リンク切れ]
  5. ^ 毎日新聞ニュースサイト[リンク切れ]
  6. ^ 米軍のクウェートの基地内には米本土と遜色のない規模のショッピングモールが併設されており、給料日には兵士達も気軽にショッピングを楽しむことができる。
  7. ^ コンバットマガジン9月号
  8. ^ グリーンベレーのトム・カーティスとマット・マンによって設立された民間軍事会社。後に元デルタフォースのイギー・バルデラスも経営陣に入る。
  9. ^ 元イギリス軍人のジョナサン・ガラットと南アフリカの外交官でナミビアの統治副責任者であるショーン・クリアリーによって創設された民間軍事会社。
  10. ^ イギリス特殊部隊SASの元隊員リチャード・ベセルが設立した会社で、実態は民間軍事会社である。

参考資料[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]