特殊空挺部隊

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特殊空挺部隊(とくしゅくうていぶたい)、略称SAS (Special Air Service) は、イギリス陸軍特殊部隊である。

概説[編集]

機械化された近代戦争において敵陣内での主要施設(通信、輸送など)の潜入破壊工作専門の特殊部隊としては、世界で二番目の特殊部隊である。「Air」の語から空軍を連想しやすく、「空軍特殊部隊」という誤訳がたまに見られるが、陸軍の部隊で、第二次世界大戦中に空挺作戦による敵陣への進入を想定して生まれた名称である。

現在の各国に置かれている特殊部隊の手本となった。オーストラリアなどイギリス連邦諸国には、本家と合同訓練を実施した上で、名称まで同じSASとした特殊部隊がいくつか存在している。「特殊空挺部隊」と訳されるが、現在の部課は空挺・海挺・偵察・山岳に分かれており、破壊工作や敵陣付近での軍用車による偵察活動だけでなく、イギリス国王など国内外の要人の警護、テロ行為に対する治安維持活動(北アイルランド)、および、人身および捕虜の救出作戦の実行など、幅広い分野で活躍している。

対になる組織として、海兵隊特殊舟艇部隊 (SBS、Special Boat Service) がある。

沿革[編集]

3ヶ月に及ぶパトロール任務から帰還したSASの一部隊。
1943年1月頃、北アフリカにて
特別な装備を施されたSAS用ジープ。
1944年11月、ドイツガイレンキルヒェン付近にて

SASは、第二次世界大戦中に組織された特殊部隊であるが、当初は、現在一般的に知られているようなエリート部隊ではなかった。エリートによる特殊部隊という点では、1940年ブリティッシュ・コマンドスの創設が先である。

デビッド・スターリング少佐により提案されたものであり、航空機を破壊するために、その知識や操縦経験を持つ者も多く集められた。そして先に同様の特殊任務を行っていた長距離砂漠挺身隊英語版(LRDG、Long Range Desert Group) と共同し、1941年から実戦投入された。創設当時のSASは戦後のような人質救出訓練などは行われておらず、ドイツアフリカ軍団の補給線や飛行場を攻撃する小規模な部隊であった。

最初の任務では、その名の通りの空挺作戦も実行されているが失敗。その後は、機関銃を取り付けた武装ジープで最前線を大きく迂回して砂漠を踏破、敵の飛行場に機関銃を乱射しながら殴り込み、駐機中の航空機をダイナマイトで爆破し、コクピットに手榴弾を投げ込んで破壊した他、ジープに取り付けた重機関銃を乱射して戦闘機連絡機などの小型の軍用機を銃撃、爆薬類が尽きると手斧で破壊するなど、文字通り突撃部隊として活動し、最終的に300機以上に損害を与えたという。

また「Special Air Service」という名称は、当初64名しかいない部隊に「SAS旅団L分遣隊」という、より大規模な上位の精鋭空挺部隊があり、その一部であるかのように偽装して名付けられ、以降もそのまま使われているものである。北アフリカでの任務の終結後、同隊は5個連隊に拡大し、「Who Dares Wins(挑む者に勝利あり/危険を冒す者が勝利する/敢えて挑んだ者が勝つ)」をモットーとして数々の後方撹乱、破壊工作を成功させた。戦後、その有効性を高く評価され、今日の特殊部隊のパイオニアとしての地位を築くこととなった。

部隊の性質上、第二次世界大戦が終結するとともに一旦解散したが、戦後、植民地のマラヤ(マレーシア)での紛争に対応するため第22連隊として再編成された。この頃はまだ目立つ存在ではなかったが、1980年ロンドンの駐英イラン大使館占拠事件で対テロ専門の対革命戦部隊 (CRWウィング、Counter Revolution War)の存在が明らかとなり、広くその名を知られることとなった。

数々の実戦経験、特に対テロの実績に基づく非常に高い能力を持つ。アメリカ陸軍第1特殊作戦部隊デルタ分遣隊(デルタフォース)や警察のSWAT等の、諸機関の対テロ特殊部隊のモデルともなった。また、在ペルー日本大使公邸占拠事件などのテロ事件で現地政府の特殊作戦の側面支援なども行っている。

年表[編集]

部隊編制[編集]

イギリス陸軍(正規軍)[編集]

  • SASは、特殊部隊指揮官 (DSF) の下に配置され、第22SAS連隊と国防義勇軍2個連隊より構成される。
    • 第22SAS連隊
      • A中隊
      • B中隊
      • C中隊はローデシア軍SASとなり実質的には現存しないが、マラヤ動乱とローデシアでの活躍を称え部隊名のみ残されている。
      • D中隊
      • G中隊
      • ORU(作戦調査班)
      • 第264通信中隊
      • 訓練中隊
      • 付属専門部隊
      • CRW中隊(対革命戦) - 各戦闘中隊が6ヶ月単位での当番制
      • R中隊(予備役)
        • 各専門小隊 - それぞれの戦闘中隊には、4つの専門分野に特化した小隊があり、それぞれの小隊には、4名編成のパトロール隊がある。
          • 航空小隊 - 空挺作戦、ヘリボーン担当。
          • 機動小隊 - 車両運用による偵察作戦担当。中東の砂漠やアフリカの平地の戦場で活躍する。
          • 舟艇小隊 - 洋上作戦を担当する。海軍のSBSと共同で訓練を行う。
          • 山岳小隊 - 山岳地帯の厳しい環境下における作戦を担当する。イギリスには標高の高い山岳がないため、ドイツ連邦陸軍の特殊部隊とアルプス山脈の高原をつかって合同訓練が行われる。
            • パトロール隊 - 部隊の最小行動単位で、通信要員、医療要員、爆発物取り扱い要員、語学要員の4名編制である[1]

国防義勇軍(予備役)[編集]

  • 第21SAS連隊
    • A中隊
    • C中隊
    • E中隊
  • 第23SAS連隊
    • B中隊
    • D中隊
    • G中隊
  • 第63SAS通信中隊 - 第21SAS連隊、第23SAS連隊を支援する。

キリング・ハウス[編集]

「キリング・ハウス」は、SASの訓練施設である。この施設は各種テロ状況を実演できる一連の部屋で、人質救出CQBの訓練に使用される。または、ここで奇襲攻撃戦術を学び、敵と味方、人質の区別を即座にできるようにする。 このキリング・ハウスは、アメリカ陸軍デルタフォースの訓練施設である「恐怖の館」の手本(見本)となった。

登場作品[編集]

映画[編集]

1982年、イギリス。1980年のイラン大使館占拠事件をモデルとした映画。
1996年、イギリス。『ブラヴォー・ツー・ゼロ』の関連作品。クリス・ライアンのノンフィクションをポール・グリーングラスが映画化。
1999年、イギリス。SASの「ブラヴォー・ツー・ゼロ」部隊で唯一生還したアンディ・マクナブによる1993年のノンフィクションの映画化。
2011年、オーストラリア。実際の事件を基に、元SAS隊員への報復テロを依頼された殺し屋を題材とした映画。

TV番組[編集]

ディスカバリーチャンネル製作のドキュメント番組。
トム・クレッグ、ディアマド・ローレンス、2002年放送開始。イギリスのテレビドラマ。

ゲーム[編集]

第二次世界大戦時のSASをモチーフとしたタクティカル・シューティングアクション。
konami of europe から発売されたPCゲーム。
プレイヤーキャラ "ソープ" が所属している。
国際特殊部隊タスクフォース141にソープ他、数々のSAS隊員が所属している(英海兵隊のSBSやオーストラリアのSAS(en:SASR)、ニュージーランドのSAS(en:NZSAS)から来た隊員も所属していると思われる)。
英軍キャンペーンでエバンス軍曹とプライス大尉が第六空挺師団から転属
湾岸戦争を舞台に、プレイヤーは最大4名で編成された第22SASかアメリカ陸軍特殊部隊デルタフォースのどちらかの部隊を選択する。
登場人物であるザ・ボスとゼロ少佐ことデイビット・オウは、かつて第22SAS連隊の立ち上げに関わったこととなっている。
プレイヤーのキャラクターとしてSASを購入、使用する事が可能。
カウンターテロリストのキャラクターとしてガスマスクやフード付きスーツを装着したSASを選択する事が可能。

漫画[編集]

1988年~94年。主人公の平賀・キートン・太一は、数々の戦果を上げた元SASの兵曹長で、サバイバル教官としても勤務したという設定。
主人公のパッキーが交換将校としてSASに所属、駐英イラン大使館占拠事件フォークランド紛争に参戦した。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 語学要員については、外国での作戦実行に最低必要な読解および会話能力を備えていなければならないが、イギリスは以前の帝国の遺産として世界中に利権があるので、外国語教育が充実している。イギリスの第3政党である自由民主党の前党首であるパッディ・アッシュダウン男爵の前歴はSBSの部隊長で、香港中国語の通訳の教育を受けている。