高島屋
| 本来の表記は「髙島屋」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| この項目には、一部のコンピュータや閲覧ソフトで表示できない文字(JIS X 0212やJIS X 0213にない漢字)が含まれています。 |
大阪店 (南海ビルディング)
|
|||||||
| 種類 | 株式会社 (日本) | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 市場情報 |
|
||||||
| 略称 | タカシマヤ | ||||||
| 本社所在地 | 〒542-8510 大阪府大阪市中央区難波五丁目1番5号 |
||||||
| 設立 | 1919年(大正8年)8月20日 (株式会社高島屋呉服店) |
||||||
| 業種 | 小売業 | ||||||
| 事業内容 | 百貨店業、建装事業、不動産業、 金融・リース業 他 |
||||||
| 代表者 | 鈴木弘治(代表取締役社長) | ||||||
| 資本金 | 560億2512万5471円 (2010年2月28日現在) |
||||||
| 発行済株式総数 | 3億3082万7625株 (2010年2月28日現在) |
||||||
| 売上高 | 連結:8,777億円 単独:7,064億円 (2010年2月期) |
||||||
| 純利益 | 連結:77億円 単独:15億円 (2010年2月期) |
||||||
| 純資産 | 連結:2,912億円 単独:2,355億円 (2010年2月28日現在) |
||||||
| 総資産 | 連結:7,850億円 単独:6,476億円 (2010年2月28日現在) |
||||||
| 従業員数 | 連結:9,324名 単独:5,835名 (2010年2月28日現在) |
||||||
| 決算期 | 2月末日 | ||||||
| 主要株主 | H2Oリテイリング(株)(10.00%) 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(8.36%) 日本生命保険相互会社(5.04%) (2011年5月31日現在) |
||||||
| 主要子会社 | 高島屋スペースクリエイツ株式会社(100%) 東神開発株式会社(100%) 高島屋クレジット株式会社(67%) |
||||||
| 関係する人物 | 飯田新七(創業者) | ||||||
| 外部リンク | www.takashimaya.co.jp | ||||||
株式会社髙島屋(たかしまや、英: Takashimaya Company,Limited)とは、大阪府大阪市中央区難波に本社を置く百貨店である。なお、大阪店は同社の登記上の本店である。日本百貨店協会に加盟しており、ハイランドグループを主宰している。なお新聞などでは、「高島屋」と康熙字典体の「高」の字で書かれることが多い。
目次 |
会社概要 [編集]
1831年(天保2年)、京都で飯田新七が古着・木綿商を開く。海外の博覧会に豪華な刺繍を施した着物などを出品し、数々の賞を受賞したことで、その後、宮内省御用達の栄誉を冠する。1919年(大正8年)には改組し、株式会社 高島屋呉服店として大阪・長堀橋に店を構える。1932年(昭和7年)には、現在の大阪店が入居する南海ビルディングが大阪・難波に竣工し、東洋一の規模を誇る大規模百貨店を開店する。また、翌年1933年(昭和8年)には、東京・日本橋に東京店を開店させ、知名度を飛躍的に高めた。戦後に入ると、相模鉄道と合弁し、横浜高島屋を開店させるなど、主要都市の要所への大型店舗の展開を成功させ、今日の地位を築いてゆく。
日本におけるショーウィンドウを早くから導入した百貨店でもあり、1969年(昭和44年)には、初の郊外店となる玉川高島屋SCを成功させ、その後の百貨店経営のモデルを打ち立てたことでも知られる。バラの花をイメージフラワーとして採用し、現在でも包装紙などに用いられている[1]。
売上の多い順に横浜店、東京店、大阪店、京都店と、大型店が多いのが特徴だが、横浜店と大阪店はターミナルデパートであるため、通過客が多い。だが、年商は法人・個人の外商や分店の売上などを含めれば1000億以上の店舗を複数(2008年(平成20年)2月期で上記4店舗、関連会社のJR名古屋店も併せると5店舗)有している日本で唯一の百貨店である。また、営業利益率は、単独で2.74%、百貨店連結で2.74%である。
同社は、関係の深い地方百貨店と提携しているハイランドグループという百貨店共同体の中核企業である。ただし、グループ各社との間では、業務提携関係は有するものの、資本関係を持つものではない。なお、高島屋自身は、みどり会(UFJグループ)の会員企業だが、ハイランドグループ自体は、UFJグループとは別である。
百貨店業界において、J.フロントリテイリングや三越伊勢丹ホールディングスの発足といった再編が進む中、同社は、大手老舗百貨店では数少ない独立系百貨店である。2008年(平成20年)10月に、電鉄系百貨店の阪急百貨店・阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オー リテイリングとの間で資本・業務提携をした。その際、2011年(平成23年)4月を目処に経営統合まで行う予定であったが、2010年(平成22年)3月25日に、経営統合を撤回して業務提携にとどめることを正式発表した。
2007年(平成19年)に朝日新聞がとったアンケートで、「好きな百貨店」の第1位に選ばれた。
1959年(昭和34年)の今上天皇(明仁親王)の結婚後より放送を開始した毎日放送制作の皇室報道番組「皇室アルバム」のスポンサーを1980年代から2003年(平成15年)3月まで1社で担っていた(その後は資生堂1社提供を経て、現スポンサーはフジッコほか)。
同社グループの経営理念は「いつも、人から。」、また同社の企業メッセージは「“変わらない”のに、あたらしい。」である。
沿革 [編集]
- 1831年(天保2年)1月10日 - 初代の飯田新七が、京都烏丸松原で、古着・木綿商「たかしまや」を創業。
屋号は、飯田新七の養父・儀兵衛が、近江国高島郡(現在の滋賀県高島市)の出身であることによる。幕末には官軍に物資を調達した。 - 1855年 - 古着商を廃止、木綿呉服商を開始。
- 1887年(明治20年) - 京都博覧会より、美術染織品を出品。貿易部を開設。
- 1888年(明治21年) - スペイン バルセロナ万国博覧会で銀碑を受賞。
- 1896年(明治29年) - 座売り販売から、陳列販売方式に変更。ショーウインドー設置。
- 1898年(明治31年) - 大阪店開店(心斎橋筋)。
- 1899年(明治32年) - フランス リヨン出張所開設。 通信販売地方係設置。
- 1900年(明治33年) - 東京店開店(京橋区西紺屋町)。
- 1902年(明治35年) - 流行案内「新衣裳」発刊。.
- 1904年(明治37年) - 髙島屋マークを商標登録。
- 1909年(明治42年) - 組織を改め「髙島屋飯田合名会社」設立。資本金100万円。
- 1912年(明治45年) - 京都店 烏丸高辻に新築移転。日本初の鉄筋コンクリート造り商業施設となる。
- 1916年(大正5年) - 東京店新築移転。(京橋区南伝馬町)。
: 貿易部門が高島屋飯田株式会社として独立。(後の丸紅飯田[2])。 - 1919年(大正8年)8月20日 - 組織を改め「株式会社髙島屋呉服店」。
- 1922年(大正11年) - 大阪店 堺筋長堀橋南詰に新築移転。
- 1930年(昭和5年)12月 - 「株式会社髙島屋」に商号変更。
- 1931年(昭和6年 - 「髙島屋均一ストア」 野田阪神、大正橋を皮切りにチェーン展開開始。年末までに26店開店。
- 1932年(昭和7年) - 南海店 開店(南海電鉄難波駅 南海ビルディング)。
- 1933年(昭和8年) - 東京店 新築開店(日本橋区通)。
- 1938年(昭和13年) - 均一ストアが「株式会社丸髙均一店」として独立。1941年には全国106店舗まで拡充。
- 1939年(昭和14年) - 長堀店を閉店し、南海店に統合。以降 南海店を大阪店と呼称。
- 1946年(昭和21年) - 京都四条河原町に「マーケットセンター」開設。
- 1949年(昭和24年)5月 - 大阪証券取引所及び東京証券取引所に上場。
- 1952年(昭和27年) - 包装紙のデザインに「バラ」を採用。以降バラが髙島屋のシンボルとなる。
- 1958年(昭和33年) - 「ニューヨーク髙島屋」オープン。
- 1959年(昭和34年) - ピエール・カルダンとライセンス契約。
- 1960年(昭和35年)12月 - 三和銀行提携「お買い物カード」(クレジットカード)発行。[3]
- 1963年(昭和38年)12月 - 「東神開発株式会社」を設立。
- 1968年(昭和43年) - 「タカシマヤ・クレジットカード」を発行。
- 1970年(昭和45年) - 株式会社50周年記念事業として、髙島屋史料館を創設(大阪店東別館3階 入場無料)。
- 1973年(昭和48年) - 「フランス髙島屋(ブティック・タカシマヤ)」がパリ オ・プランタン1階にオープン。
- 8月 - 株式会社髙島屋友の会を設立。
- 1977年(昭和52年) - POSシステム導入。
- 1981年(昭和56年) - ダイエーと業務提携開始。
- 1990年(平成2年)9月 - 「株式会社関東髙島屋」(立川店・大宮店・柏店・高崎店)を吸収合併
- 1991年(平成3年)1月10日 - 髙島屋創業160周年記念事業として、タカシマヤ・グループソング『We can do, Takashimaya』を制作、社員に無料配布した。(8cmシングルCD・非売品であり、一般販売はしていない)
- 1993年(平成5年) - 「シンガポール髙島屋百貨店」オープン。
- 1994年(平成6年) - 台北「大葉髙島屋百貨店」オープン。
- 1995年(平成7年)9月 - 「株式会社横浜髙島屋」(横浜店・玉川店・港南台店)、「株式会社岐阜髙島屋」、「株式会社泉北髙島屋」、「株式会社岡山髙島屋屋」(岡山店・津山店)、「株式会社米子髙島屋屋」の5社を吸収合併。売上高は百貨店業界で日本一になる。
- 1997年(平成9年) - インターネットショップ「タカシマヤ バーチャルモール」オープン。.
- 2001年(平成13年)‐ 伊予鉄百貨店(現伊予鉄高島屋)が髙島屋ハイランドグループに加盟。
- 2002年(平成14年)3月‐ 「伊予鉄百貨店」と提携により「株式会社伊予鉄高島屋(いよてつ髙島屋)」に商号変更。
- 2003年(平成15年)9月 - 「株式会社米子髙島屋」の新会社を設立し分社化。
- 2004年(平成16年)4月 - 「株式会社高崎髙島屋」「株式会社岐阜髙島屋」「株式会社岡山髙島屋」を分社化。
- 2006年(平成18年)3月 - 東京店本館が東京都選定歴史的建造物に選定される。
- 2008年(平成20年) - 大阪国税局の税務調査で、約2億9,500万円の申告漏れを指摘される。
エイチ・ツー・オー リテイリングおよび子会社の阪急阪神百貨店と3年以内の経営統合と目指すことで合意、資本・業務提携を行うと発表。
- 2009年(平成21年)6月30日 - 東京店本館が、百貨店の店舗としては初めて国の重要文化財に指定される。資本提携の一環としてエイチ・ツー・オー リテイリングと高島屋が相互に株式の10%を取得。
- 2010年(平成22年)
- 1月29日 - 株式会社岡山髙島屋が、両備ホールディングス株式会社と資本・業務提携。4月1日、両備HDに対して、第三者割当増資(株式の33.4%)を実施。
- 3月2日 - 大阪店の増床・リニューアル第1期分が先行開業。
- 3月25日 - エイチ・ツー・オー リテイリングとの経営統合の中止を決定。
- 9月1日 - 大阪店のリニューアル第2期分が開業。
- 2011年(平成23年)3月3日 - 大阪店の増床・リニューアルが完成、全館がグランドオープンした。
- 2012年(平成24年) - 「上海高島屋」オープン。
直営店 [編集]
20店舗(分店6店舗含む)
近畿 [編集]
- 大阪店
- 大阪市中央区難波5-1-5 南海ビルディング[6]
南海電気鉄道難波駅併設[7]。 - 登記上の本店だが、髙島屋では本支店の呼称は用いていない。
- 1898年 心斎橋筋、三ツ寺町通り交差点北東角に開業。呉服店として初めてショーウインドーにマネキン人形を置き、大型野外広告を出したことで話題になった。
- 1922年10月 堺筋 長堀橋南側 鰻谷南通りの交差点南東角に移転。岡田信一郎氏設計、竹中工務店施工。鉄筋コンクリート地下1階、地上7階建て 約10,000㎡。換気・暖房装置、エレベーター(客用4基、店用4基)設置。後のアルテビル長堀橋 2007年解体済。
- 1932年 南海店開店。南海難波駅大ビルディング(現在地)。久野節建築事務所設計、大林組施工 コリント様式の近代名建築。地下2階、地上7階建て 約33,000㎡。日本初の冷暖房を装備した百貨店となった。開業当初は「南海タカシマヤ」と呼称。長堀への出店から僅か10年であったが、地下鉄建設に伴いメインストリートが堺筋から御堂筋にシフトすることを見越し 新店移転を決断をしたもの。
- 1938年 呉服店系百貨店としては異例の食堂を開設。東洋一の大食堂となる。
- 1939年 長堀店を閉店し、南海店に統合。以降、南海店を大阪店と呼称。
- 1966年 浪速区日本橋にあった松坂屋大阪店が天満橋へ移転したのに伴い、同ビルを入手。東別館として使用することになった。外観や階段などは1934年建設当時のままである。館内に「高島屋史料館」を併設。
- 2011年3月 全館リニューアル。既存の本館と増床分を合わせて売場面積78,000㎡の規模となり、近畿地区最大級の百貨店へと変貌することとなった。、
- 堺店
- 泉北店
- 京都店
- 京都市下京区四条通河原町西入真町52
阪急京都線河原町駅地下直結。ビルの一部を阪急阪神東宝グループが所有。売場面積61,316㎡。 - 1831年 京都烏丸松原に創業。
- 1912年 烏丸高辻(現京都銀行本店)に新築移転。日本初の鉄筋コンクリート造り商業施設となる。耐火耐震の設備を施し、貿易店や美術織物の陳列場をあわせもつ総合的店舗だった。
- 1950年10月 現在地に移転。[9]正面玄関左横の土地の一部が買収できなかったため、建物の外観は凹んだ歪な形をしている。
- レストラン街「ダイニングガーデン 京回廊」は、空間全体を日本庭園に見立た回遊式で「水の庭」「石の庭」「光の庭」がある。
- 洛西店
- 和歌山店
関東 [編集]
- 東京店/日本橋店
- 東京都中央区日本橋)2-4-1 東京メトロ 日本橋駅 B1出口 売場面積50,481㎡。
- 1890年 「たかしまや東京出張所」設置。
- 1900年 「京都髙島屋飯田新七東京店」京橋区西紺屋町に開店。
- 1916年 京橋区南伝馬町の大通り沿いに 木造3階建て店舗新築、移転。
- 1923年 関東大震災により全焼。一カ月後、千代田生命ビル仮店舗で営業再開。
- 1927年 東京店(南伝馬町)再建。
- 1933年 現在地(東京市日本橋区通)へ移転。日本生命所有のビルで高橋貞太郎氏設計、大林組施工。鉄筋 地下2階、地上8階建て 約27,500㎡。1階ホールの柱はイタリアから取り寄せた大理石張り、天井には豪華なシャンデリアを3本吊るすなど 贅沢なもの。2006年「東京都選定歴史的建造物」に選定。2009年には国の重要文化財に百貨店として初めて指定された[10][11]。「上質生活百華店」を目指す髙島屋の象徴店舗(フラッグシップストア)の1つに位置づけられ、皇族やVIPの利用も多く同社を代表する店舗である。一時は増床のために建て替え計画が検討されていた。
- 1950年 屋上にタイ国から買い受けた子象「高子ちゃん」登場。公開初日には約17万人が押し寄せた。高子ちゃんは4年後上野動物園へ移動した。
- トリビア
- 東京店だけはバラの紙袋ではなく、東京店のイラストを描いた紙袋を使用している。
- 正面入口向かって6機のエレベーターには『エレベーターガール』が居り、そのエレベーターを使用する際は、客がエレベーターガールに何階に行くかを伝える事になっている。エレベーターの操作は(ドアの開け閉め・何階に行くボタン操作も含めて)全てエレベーターガールが行う。また彼女らは総合案内係の役目も果たしている。
- 東京メトロ銀座線・東西線にて、日本橋駅の車内放送アナウンスをする時に『次は日本橋、高島屋前です』とアねんねんナウンスするのは、前身・東京地下鉄道が地下鉄建設時に資金難で思う様に建設出来ず、目の前の中央通りに店舗を構える髙島屋が駅の建設資金を提供した経緯があり、その時の特約で、アナウンスを行うという取り決めがされた為である。したがって、高島屋が東京メトロ(旧・帝都高速度交通営団)に対し、広告料を払って宣伝してもらっている訳ではない。
- 新宿店
- 渋谷区千駄ヶ谷5-24-2 タイムズスクエアビル 新宿駅新南口 売場面積53,946㎡。
- 1996年国鉄清算事業団が貨物操車場跡地を再開発したビルで 2006年まで、レールシティ東開発との賃貸契約[12]で年間120億円を支払っていたため 大幅な赤字を出していた。契約期間満了に際して一部を自社物件化したため 負担は減少した。テコ入れを図るため、100億円を投資し、2007年(平成19年)春に全面改装を行った。
- 店舗はJR新宿駅新南口と直結しているものの、京王線・小田急線の改札口からは幾分離れている。2008年(平成20年)に東京地下鉄副都心線新宿三丁目駅が店舗寄りの明治通り直下に開業することに伴い、地下連絡通路が設けられた。
- 2005年から タイムズスクエア専門店の運営は東神開発となった。
- 玉川店
- 世田谷区二子玉川3-17-1 玉川髙島屋S.C 東急二子玉川駅西口 売場面積24,012㎡。
- 1969年「株式会社横浜髙島屋」の支店として開店。日本初の「本格的米国型のショッピングセンター」として成功した事例。デベロッパーは東神開発。
- 1995年 吸収合併。
- 立川店
- 立川市曙町2-39-3 ファーレ立川TMビル 多摩都市モノレール立川北駅。売場面積25,160㎡。
- 1961年 立川ビルディング「銀座デパート」に「髙島屋 東京ストアー」として入居。
- 1971年 「株式会社立川髙島屋」を設立、百貨店として開業。(立川駅北口 みずほ銀行立川支店の東側)
- 1984年 立川・大宮・柏・高崎が合併し「株式会社関東髙島屋」。
- 1990年 吸収合併。
- 1994年 立川駅北口 米軍基地跡地再開発事業により現在地に移転。伊勢丹立川店が駅よりの旧店舗付近に拡張移転してきたため、売上は地区2位に転落した。
- 2011年2月17日 より7・8Fに大塚家具が多摩センター三越から移転入居。
- 横浜店
- 横浜市西区南幸1-6-31 相鉄ジョイナス 売場面積53,950㎡。
- 1952年 相模鉄道が米国スタンダード・オイル社から西口用地24,688m²を買収。
- 1956年4月2日 横浜駅西口名店街(現.ジョイナス、平屋アーケード街)と髙島屋ストアが開店。
当初、相鉄では 直営百貨店の建設や三越の誘致が検討されていた。が、名店街も髙島屋ストアも非常に成功したため、2社の合弁で「株式会社横浜髙島屋」を設立し本格的百貨店を建設することになった。 - 1958年4月16日 横浜髙島屋 仮店舗で開業。
- 1959年10月1日 本設店舗開店。
- 1995年 吸収合併。合併後も相鉄ホールディングスは髙島屋主要株主の一つとして名を連ねている。
- 髙島屋の多店舗化は同店の好調に刺激される形で始められた。現在も売上高などで事実上の基幹店舗。一時は売り場面積でデパートとして国内最大になったこともある。なお、横浜店の売上は、港南台店、タカシマヤフードメゾン新横浜店を含めた数値が発表される。
- 2008年2月期に全面改装が行われた。投資額は約150億円。
- 港南台店
- 横浜市港南区港南台3-1-3 港南台バーズ JR根岸線港南台駅前 売場面積17,475㎡。
- 1976年4月14日 「株式会社横浜髙島屋」の支店の支店として開業。ビルのオーナーは相鉄ビルマネジメントで相鉄ローゼンも入居している。相鉄沿線ではない町に作られた「オール相鉄グループ」のショッピングセンター。
- 1995年 吸収合併。
-
- タカシマヤフードメゾン新横浜店
- 横浜市港北区新横浜2-100-45 キュービックプラザ新横浜」3-4F 売場面積2,500㎡。
- 2008年3月26日開店。キュービックプラザはJR東海が開発した複合駅ビル。
- 横浜店の分店で食料品販売を主体とする店舗。
- 大宮店
- さいたま市大宮区大門町1-32 大宮駅 東口駅前 売場面積17,300㎡。
- 1970年「株式会社大宮髙島屋」を設立・開店。(後.柏と合併「株式会社大宮柏髙島屋」)
- 1984年 立川・大宮・柏・高崎が合併し「株式会社関東髙島屋」。
- 1990年 吸収合併。
- 2013年4月24日に近隣の大宮ロフトが閉店したため、5月8日より地下2階に大宮タカシマヤスタジオ(旧:大宮ロフトスタジオ)が、6月21日より7階にジュンク堂書店が移転入居する予定である。
- 柏店
- 千葉県柏市)末広町3-16 柏高島屋ステーションモールT館 柏駅 西口
- 1973年 東武鉄道との提携により「株式会社柏髙島屋」を設立・開店。。(後.大宮を合併「株式会社大宮柏髙島屋」)
- 1979年 専門店ビル「柏ローズタウン」(運営:京葉興業株式会社)開業(現.S館専門店・S館TX)。
- 1983年 京葉興業を 東神開発株式会社が吸収合併。
- 1984年 立川・大宮・柏・高崎が合併し「株式会社関東髙島屋」。
- 1990年 吸収合併。
- 1992年 柏ローズタウンを増築し「柏高島屋ステーションモール」と改称オープン。
- 2008年10月1日に新館がオープン。
- 柏店の売上・入店客数はタカシマヤフードメゾンおおたかの森店も分も含めて計上される。
- 売場面積:髙島屋単独としてはT館18,860㎡+S館TX[13]8,650㎡の合計で27,510㎡、ステーションモール全体(S館専門店(含東急ハンズ柏店)16,300㎡、新館7,000㎡を含めた4館)で50,810㎡。
-
- タカシマヤフードメゾンおおたかの森店
- 千葉県流山市西初石6-185-2 流山おおたかの森S・C つくばエクスプレス、東武野田線流山おおたかの森駅前 売場面積3,500㎡。
- 2007年3月開店。柏店の分店で食料品販売を主体とする店舗。流山おおたかの森 S・Cの開発運営は子会社東神開発。
連結子会社の百貨店 [編集]
- 株式会社高崎髙島屋(高崎店)
- 群馬県高崎市旭町45 JR東日本・上信電鉄高崎駅西口。地上6階・地下3階建てで、売場面積19,346㎡。
- 1977年 開店。1984年 立川・大宮・柏・高崎が合併し「株式会社関東髙島屋」。1990年 吸収合併。2004年 再分社化。
- 株式会社岐阜髙島屋(岐阜店)
- 岐阜市日ノ出町2-25 金華橋通柳ヶ瀬 柳バス「髙島屋前」下車。売場面積23,924㎡。
- 1977年 開店。1995年 吸収合併。2004年 再分社化。
- 当初、大垣市のハイランドグループ加盟百貨店 ヤナゲンとの合弁で「ヤナゲン髙島屋」として計画されたが、最終的には髙島屋単独で開店した。
- 株式会社岡山髙島屋(岡山店)
- 岡山市北区本町6-40 日本生命岡山駅前ビル 岡山駅東口 売場面積19,493㎡。
- 1973年 5月 山陽新幹線岡山開業後に開店。1995年 吸収合併。2004年 再分社化。
- 中四国最大規模の地下街、岡山一番街と直結。村野藤吾設計のビル。
- 開店以来 強力なライバルである地元の天満屋(バスセンター併設)の後塵を拝し続けており、消費の低迷により採算が悪化。分社化され、株式の一部を両備ホールディングスが取得し再建を目指している。両備グループは、同店開業以来、物流とレストラン営業に携わっており[14]、ポイントカード「たまルン」が利用できる[15]。たまルンは、両備グループ和歌山電鐵のたま (猫の駅長)をキャラクターとしており、髙島屋が地元企業との共通ポイントカード゙を発行するのはグループとして初。
- 株式会社米子髙島屋(米子店)
関連会社の百貨店 [編集]
日本国内2店舗
- 株式会社ジェイアール東海髙島屋 ジェイアール名古屋タカシマヤ
- 名古屋市中村区名駅1-1-4 JRセントラルタワーズ(名古屋駅直上) 店舗面積55,429m²。
- 1992年12月25日創立、2000年3月15日開店。JR東海が株式70%を保有している。
- 名古屋駅新ビル(仮称)への増床(2016年春開業予定)により店舗面積は約87,000㎡に拡大し、高島屋グループ最大規模となる見通し。
詳細はジェイアール名古屋タカシマヤを参照
- 株式会社伊予鉄髙島屋 いよてつ髙島屋
- 愛媛県松山市湊町5-1 伊予鉄道松山市駅 店舗面積39,180m²。
- 1969年に「伊予鉄百貨店」を設立。1971年7月5日「いよてつそごう」として開店。そごう破綻後高島屋ハイランドグループに加盟。2002年 資本提携により社名変更した。伊予鉄道グループ。
詳細は伊予鉄高島屋を参照
海外2店舗
- 上海髙島屋百貨有限公司 上海髙島屋 Shanghai Takashimaya co.,ltd
- 大葉髙島屋股份有限公司 台北 大葉髙島屋 Dayeh Takashimaya co.,ltd
- 台湾 台北市士林區忠誠路二段55號 故宮博物院の近く、台湾の高級住宅街の天母に立地。
- 1994年 羽田機械との合弁会社。2000年より統一超商も出資。2004年 信義地区に2号店「統一高島屋」を建設する計画があったが破談になり、統一は阪急百貨店と提携で「統一阪急百貨」を開店させた。
- シンガポール髙島屋百貨店 Takashimaya Singapore Ltd
- 391 Orchard Road SINGAPORE 238873
- 東南アジア一のショッピング・ストリート、オーチャード通りに面する。
百貨店業以外の店舗 [編集]
日本 [編集]
東神開発 [編集]
- 玉川高島屋S・C(東京都世田谷区)
- 柏高島屋ステーションモール(千葉県柏市)
- 流山おおたかの森 S・C(千葉県流山市)
- 若葉ケヤキモール(立川市):2006年(平成18年)3月に高島屋立川若葉町物流センター跡地にできた郊外型ショッピングモール。開発は子会社の東神開発。核店舗はマルエツ(旧リンコス)。なお、高島屋自体は出店していない。
- シンガポール高島屋S・C
- イニミニマニモ(福岡県福岡市博多区・博多リバレイン内):日本リテールファンド投資法人との共同事業である。
海外 [編集]
過去に存在した店舗 [編集]
- 津田沼高島屋
- 千葉県習志野市谷津1-16-1 習志野サンペデック(現.モリシア津田沼) 津田沼駅南口
- 1978年10月開店。1988年8月閉店。
- 習志野市の再開発計画により建設された 日本生命所有のビルに ダイエーと共に入居(2核)。
- 北口には 西武ショッピングセンター(西友+パルコ)、新京成新津田沼駅のイトーヨーカ堂が先行出店していたため、激しい価格競争となった。また、隣の船橋駅前に西武百貨店、東武百貨店があり、更に1981年にららぽーと船橋ショッピングセンターも開業したため、売上は伸び悩んだ。
- 1981年には ダイエーが 髙島屋の株式を10.7%を買占め、強引に業務提携を迫ったため、両社間ばかりではなく 社内もギクシャクすることになった。
- 結果として、全く採算ベースに乗らない津田沼高島屋は10年で撤退することになり、以降 髙島屋が総武線沿線への出店することはなかった。
その後の詳細はモリシア津田沼を参照
- 津山店
- 岡山県津山市大手町5-10 対鶴ビル 中鉄バス大手町バス停1分 4,500㎡の小型店。
- 1991年開店。1999年3月閉店。
- 岡山髙島屋の支店として 地元資本「大手町デパート」の譲渡を受けて出店したが、郊外にジャスコ津山店が出店した影響で受け売上が伸びず 不採算店リストに載り撤退した。
- 愛媛県今治市大正町1-1-2 瀬戸内運輸バス 今治バスセンター併設。
- 前身は「百貨店 今治センター」(ハイランドグループ加盟)。1974年 資本提携により「せとうち高島屋」、1981年「今治高島屋」に社名を変更し テコ入れを行ったが、業績が向上しなかったため1984年に閉店した。
- 大見高島屋
- エアロプラザタカシマヤ
- ニューヨーク髙島屋 Takashimaya New York LLC
- 693 Fifth Avenue,New York,N.Y10022, U.S.A
- 1993年開店。2010年6月5日閉店。
- 「タカシマヤ・フィフスアベニュー」(100%出資子会社)が「フィフスビル」を所有し、「ニューヨーク髙島屋」はその子会社でテナントとして入居・営業していた。5番街の54・55丁目間で 地下1階・地上6階、売場面積1705㎡。撤退に伴い建物は売却され、両社とも清算された。
- パリ髙島屋 Paris, Takashiyama (France) S.A.
- Printemps, 64 Boulevard Haussmann, 75009 Paris, FRANCE
- 1973年パリ9区オースマン大通り「オ・プランタン」本店内に入居。日本人スタッフが免税手続きをすることで人気があった。2011年8月営業終了。現在、プランタンでは自社スタッフが直接日本人向けのサービスを行っている。
高島屋ストア
出店を断念した店舗 [編集]
- 新宿店(国鉄新宿駅東口ビル) - 新宿ターミナルビル(現在のルミネエスト新宿)への出店を計画したが、西武グループ等の競合他社の反撃で4社共同出資の専門店ビルになり、計画は白紙に戻った。
- この計画への執念はその後の新宿駅京王百貨店への出資(25%の持分法適用会社)やタカシマヤタイムズスクエアへと繋がった。
- 上野店(東京都台東区) - バブル期に、JR上野駅に建設が計画されていた駅ビルに出店構想があったが、バブル崩壊や東北・上越新幹線の東京駅延伸による乗降客の減少による地元の反対などから、駅ビルの建設計画自体が立ち消えになった。のちに上野アトレがオープンしている。
- 港北ニュータウン店(横浜市都筑区) - 横浜市営地下鉄センター南駅前に設定された共同化義務街区の入札へ応札し、第一交渉権を得た[16]。地上15階・地下4階、延べ床面積163,400m²の商業施設を構想したが、共同化義務街区の地権者組織との交渉が物別れに終わり、出店を断念した[17]。現在、センター南駅前には港北東急百貨店が出店している。
- 相模大野店(神奈川県相模原市) - 既に伊勢丹、岡田屋モアーズなどがあり、計画は白紙になった。
- 藤沢店(神奈川県藤沢市) - 1950年代から「高島屋ストア」を出店しており、同地に建設される「北口再開発ビル」に「横浜高島屋」の支店として入居することが内定していたが、隣地で営業していたさいか屋及び先行進出していた地方百貨店3社の猛反対にあい断念した。
- 博多店(JR博多駅) - 入居していた博多井筒屋を排除して進出が内定しかけたが、5万m²を超える大型店との主張を崩さなかったため、JR九州の主張する4万m²での出店に応じた阪急百貨店に一転して敗れ、出店の機会を逸した(博多阪急は2011年(平成23年)3月3日に、JR博多シティの核テナントとして開業した)。九州では、玉屋グループ(シンボルフラワーが同じ「バラ」)がハイランドグループの一員であるが、福岡県内の店舗が相次いで閉店に追い込まれたこともあり、これらに代わるハイランドグループ九州地区拠点としての出店を目指していた。このほか、福岡市天神と下川端にも出店構想があった。
クレジットカード [編集]
高島屋に関連するクレジットカードは、2013年2月の時点で以下の4種類が存在する。前3種については当該記事を参照。
- タカシマヤカード - 子会社である高島屋クレジットが発行。
- タカシマヤセゾンカード - クレディセゾンが発行。
- いよてつローズカード - 伊予鉄高島屋が日専連えひめと提携して発行。
- S・Cカードインターナショナル - 東神開発が三菱UFJニコスと提携して発行。玉川高島屋S・C全体の提携カードという位置付け。発行当初、汎用カードとしてはVISA加盟店専用で日本信販(当時)の加盟店では利用できなかったが、後に標準のNICOSカードベースへ変更され、フルサービスが受けられるようになった。年会費は初年度が無料、次年度以降は通常1050円であるが、年間12万円以上のショッピング利用で無料となる。
POSシステム [編集]
大阪店の増床・改装計画 [編集]
大阪店では、店舗東側に建っていた新事務館・事務別館・別館・南分館・南別館の後方施設を取り壊し、新館「TE館」を建設し増床した。加えて当初は従来店舗の一部のみを改装する予定[18]だったが、既存の本館と増床部を一体化し「新本館」となった。全面改装そのものの効果に加え、2009年3月に開通した阪神なんば線による波及効果[19]を狙った戦略とみられる。
投資額は340億円。従来の店舗で売り場が分散していたブランド店と洋品雑貨、レストランをそれぞれ集約・拡充し、増床前の約56,000m²に22,000m²のTE館を加えて、78,000m²の日本最大級規模となった。2006年(平成18年)秋に着工し、2009年(平成21年)秋に開業する計画であったが、2007年(平成19年)10月に全面開業を一年先送りし、2010年(平成22年)秋に変更すると発表した[20]。既存建物(本館)の改装を段階的に実施し、売り場の閉鎖など工事に伴う売り上げへの影響を最小限に抑えるのが狙いである。
増床部「TE館」の建設は2期に分けて行われ、第1期の南部分(事務所棟)が2007年(平成19年)冬に竣工し、2008年(平成20年)1月から使用を開始。第2期の部分は2009年(平成21年)秋に竣工した(南海ターミナルビル改装工事と同時プロジェクト)。
店舗の改装は3期に分けて行われ、2010年(平成22年)3月2日に、TE館・22,000m²(地下1階・地上9階)を含めた第1期分(既存売場の一部の改装を含む)が先行開業し、同年9月1日には地階や中央ゾーンの一部を改装したことによる第2期分がオープン。そして2011年(平成23年)3月3日に、既存売場の残りの部分が改装されたことで、全館がグランドオープンした(なんばCITYのリニューアルを含めた、南海難波駅のリニューアルは、2011年(平成23年)4月26日に完成)。
この増床・改装により、南海・難波駅のホームに直結した出入り口を本館3階に新設したほか、三菱東京UFJ銀行[21]が使用していた本館の地下一階から地上二階(銀行移転後の跡地は約1,300m²)の一部を売り場に変更。従来の本館とTE館の一体性を高めるほか、隣接する南海難波駅や商業施設「なんばCITY」「なんばパークス」[22]との回遊性も高めた。
丸井今井支援への動き [編集]
2009年(平成21年)2月19日の各報道によれば、民事再生法を申請した札幌市の百貨店「丸井今井」の支援企業として高島屋が名乗りを上げたことが判明した[23]。理由として高島屋の店舗が北海道に存在しないことが挙げられており、元々の提携先である伊勢丹(三越伊勢丹ホールディングス)の対応次第では、高島屋傘下に移行して再建を図る可能性があると見られていた(経営統合の結果直系となった札幌三越や、伊勢丹と業務提携関係にある東急百貨店札幌店との調整を迫られる事になる)。
同年4月19日には、札幌の本店の他、旭川・函館・室蘭の計4店の支援を表明した高島屋が、丸井今井の支援企業となることに合意した、との報道発表があった(三越伊勢丹HDは、札幌と函館の2店舗のみの支援を表明)。しかしその後、高島屋側と丸井今井側との間で支援額などの条件で折り合いが付かなくなり、合意が白紙撤回されたことにより、同年4月30日に三越伊勢丹HDが丸井今井を支援することに決定した。なお2011年(平成23年)現在は、三越伊勢丹HD傘下である札幌丸井三越と函館丸井今井の2社がそれぞれ運営する体制となっている。
関連会社 [編集]
- 株式会社アール・ティー・コーポレーション(東京都中央区)
- 株式会社伊予鉄高島屋(松山市)
- 株式会社エー・ティ・エー(東京都中央区)
- 株式会社グッドリブ(東京都中央区)
- 株式会社ジェイアール東海高島屋(名古屋市中村区) - ジェイアール名古屋タカシマヤの運営会社
- 株式会社センチュリーアンドカンパニー(東京都中央区)
- 高島屋クレジット株式会社(東京都中央区)
- 高島屋スペースクリエイツ株式会社(東京都中央区)
- 株式会社高島屋友の会(東京都中央区)
- 株式会社高島屋サービス(東京都中央区)-高島屋ビジネスサービスと高島屋ビルメンテナンスと高島屋物流と高島屋テレコムが合併して発足。
- 高島屋保険株式会社 (東京都中央区)
- 株式会社タップ(大阪市浪速区)
- たまがわ生活文化研究所株式会社(東京都世田谷区)
- 東神開発株式会社(東京都世田谷区)
- 株式会社ファッションプラザ・サンローゼ(東京都渋谷区)
- 株式会社ロジエ(東京都港区)
- ほか
かつての関連会社 [編集]
- 相鉄ローゼン - 相模鉄道系列のスーパーマーケット。相模鉄道と高島屋が設立した合弁会社、株式会社相高の流れを汲んでいた。後に吸収合併される際に商号変更が行われたが、高島屋にちなんで『ローゼン』(バラ)の名がつけられた。高島屋はその後、同社の経営から手を引き、現在は相模鉄道が完全子会社化している。お中元、お歳暮の包装紙に高島屋のものを使用でき、お買物券も両社のを相互利用できる。
- 高島屋ストア(当初は丸高ストア)- 大阪南部を中心にスーパーマーケットを数店営業していた。全店舗をイズミヤに営業譲渡。「デイリーカナート」として営業中。
- 高島屋日発工業 - 当社及び子会社の「高島屋工作所」と日本発条・トヨタ自動車によって設立された、自動車内装メーカー。高島屋がトヨタに株を売却したことから経営からは撤退し、社名も「タカニチ」に変更。現在は合併によりトヨタ紡織となっている。
- トヨタカローラ高島屋 - 1980年(昭和55年)あたりまで、都内にトヨタカローラ店を展開していた。また、輸入中古車販売店も運営していたこともあったが[24]、現在の消息は不明。
- 生活彩家 - 株式会社ハイ・リテイル・システムが運営のコンビニエンスストア。現在はポプラ傘下。
提供番組 [編集]
- 過去
- はやく起きた朝は…(フジテレビ) - 2010年(平成22年)4月 - 2011年(平成23年)1月、筆頭提供。「株式会社髙島屋」と提供読みがされていた。
- ロンパールーム(日本テレビ系列)- マスコットキャラクターである「ローズちゃん」(各店総合案内所に人形を展示)のオリジナルCM(人形アニメ)を放映していた。
- 皇室アルバム(毎日放送制作。1980年代から2003年(平成15年)3月まで、ただし1996年(平成8年)6月から1997年(平成9年)9月までを除く)
- 高島屋バラ劇場(TBS系列)
- 土曜ですこんにちは(フジテレビ系列)
- モーニングショー→スーパーモーニング(テレビ朝日系列・金曜)
ほか
- この他、『新婚さんいらっしゃい!』(朝日放送[25])―ペアマッチでの出場者プレゼント(スポンサー各社からの提供分を除く)の発送を担当している。
- また、かつては『がっちり買いまショウ』(毎日放送)にも協賛していた。
- 番組名不詳(ラジオ番組らしい)。放送内で使われていた曲に「バラ咲くおうち」(作詞作曲:当時のプロデューサ、唄:ダークダックス)が、ソノシートで存在する。2005年(平成17年)頃、横浜高島屋広報に問い合わせしたが、古すぎてそれ以上は不詳とのこと。ジャズ風な曲で前半にコーラスがあり、後半1/2はインストルメンタルだけという構成である。唄の途中に女性の声で「そう、横浜高島屋ね」とセリフがある。
高島屋が舞台となっている作品 [編集]
補足 [編集]
- ^ ただし、高島屋にとって元々バラが特別な意味を持っていたわけではない。1952年に包装紙にバラをあしらった結果、以降、バラが高島屋のシンボルフラワーとなったのである。そして、この包装紙などに使われているシンボルフラワーのバラの品種は、1980年(昭和55年)よりモダンローズが使用されていたが、2007年(平成19年)4月19日からイングリッシュローズに切り替えられた。またバラに関連することとして、高島屋のマスコットキャラクターとして「ローズちゃん」がいる。このローズちゃんは1962年に登場し、翌年にそのデザインが定まった。ただし、高島屋のマスコットキャラクターが初めて作られたのは、1959年の秋に作られた「ハピーちゃん」であって、ローズちゃんが最初のマスコットキャラクターではない。
- ^ 丸紅は 伊藤忠商事とともに住友銀行(現在の三井住友銀行)の融資系列下にあったが、高島屋飯田が戦後富士銀行の融資系列に移行したため、合併後の丸紅は芙蓉グループの中核企業となっている。百貨店の髙島屋は三和銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)の「三水会」に参加していたが、上記の関係でみずほグループとも関係がある
- ^ クレジットカードは同年に丸井が行っているが、百貨店と都市銀行が業務提携を行って実施したケースは国内初。
- ^ “高島屋、サイゴンセンターに15年出店[商業]”. NNA (2012年2月24日). 2012年2月25日閲覧。
- ^ “高島屋、ベトナム進出を正式発表 3年後にホーチミン市に出店”. 産経新聞 (2012年2月23日). 2012年2月25日閲覧。
- ^ 南海電気鉄道が所有。
- ^ 当時は南海難波駅も同じ建物内に入居していたが、戦後の改装時に難波駅自体が和歌山方にずらされ現在は高島屋のみ。
- ^ 大阪府都市開発の子会社
- ^ 戦前から当地への移転事業はあったが、基礎を打ったところで中断。鉄材は供出させられた。
- ^ “「気軽に立ち寄れる文化財」へ 高島屋東京支店の重文指定”. asahi.com (朝日新聞社). (2009年4月27日) 2010年5月15日閲覧。
- ^ “高島屋東京店 重要文化財指定記念” (プレスリリース), 高島屋, (2009年6月30日) 2010年5月15日閲覧。
- ^ 大規模小売店舗立地法届出内容一覧(東京都・平成17年度) (PDF) - 2012年7月14日閲覧
- ^ S館のうち、北側の部分の1階-6階に相当する部分で、1階-4階の専門店・5階のGAP・6階の子供服フロアが該当。7・8階の東急ハンズ、屋上のアップ・ゴルフスクール柏はこれに含まない。
- ^ 両備グループ代表メッセージ
- ^ たまルンが利用できるお店
- ^ 港北ニュ-タウン事業推進連絡協議会発行「港北ニュ-タウン」
- ^ 「横浜流通戦争」1993年(平成5年)苅谷昭久著、オーエス出版社 ISBN 4871903613
- ^ 既存の本館の他に南海ターミナルビル改装工事と耐震化の工事も兼ねた様子、段階的に耐震工事をしながらの改装を進める予定であった。
- ^ 此花・西淀川・尼崎・西宮・芦屋・神戸・姫路方面からの顧客獲得
- ^ 読売新聞(関西)2007年10月10日「高島屋 大阪店改装の工期延長」
- ^ 旧UFJ店舗の難波支店。現在は東向かいにある旧東京三菱店の難波駅前支店にブランチインブランチ
- ^ 「なんばパークス」の2期計画でも、高島屋は33億円を投じて、5,800m²の専門店街をつくり、2007年(平成19年)4月に開業した。
- ^ 高島屋が丸井今井支援へ名乗り 読売新聞、2009年2月19日
- ^ 当時のカーグラフィック誌に広告を載せていたこともあった。
- ^ 朝日放送の発足時からの大株主であるが、2012年(平成24年)現在は一社提供番組は持っていない。
ギャラリー [編集]
関連項目 [編集]
- ハイランドグループ
- タカシマヤタイムズスクエア
- ジェイアール名古屋タカシマヤ
- 伊予鉄高島屋
- 住江織物 - 長らくの間業務・資本的な提携関係にあり、高島屋は同社の筆頭株主になっている。
外部リンク [編集]
- 高島屋 公式サイト (日本語)
- 東神開発株式会社(玉川と柏地区のSCを管轄する関連会社)
- S・Cカードインターナショナル
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||