高島屋
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大阪店(南海ビルディング)
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| 種類 | 株式会社 | ||||||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒542-8510 大阪府大阪市中央区難波五丁目1番5号 |
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| 設立 | 1919年(大正8年)8月20日 (株式会社高島屋呉服店) |
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| 業種 | 小売業 | ||||||
| 事業内容 | 百貨店業、建装事業、不動産業、 金融・リース業 他 |
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| 代表者 | 鈴木弘治(代表取締役社長) | ||||||
| 資本金 | 560億2512万5471円 (2010年2月28日現在) |
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| 発行済株式総数 | 3億3082万7625株 (2010年2月28日現在) |
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| 売上高 | 連結:8,777億円 単独:7,064億円 (2010年2月期) |
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| 純利益 | 連結:77億円 単独:15億円 (2010年2月期) |
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| 純資産 | 連結:2,912億円 単独:2,355億円 (2010年2月28日現在) |
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| 総資産 | 連結:7,850億円 単独:6,476億円 (2010年2月28日現在) |
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| 従業員数 | 連結:9,324名 単独:5,835名 (2010年2月28日現在) |
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| 決算期 | 2月末日 | ||||||
| 主要株主 | エイチ・ツー・オーリテイリング株式会社(10.00%) 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(8.36%) 日本生命保険相互会社(5.04%) (2011年5月31日現在) |
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| 主要子会社 | 高島屋スペースクリエイツ株式会社(100%) 東神開発株式会社(100%) 高島屋クレジット株式会社(67%) |
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| 関係する人物 | 飯田新七(創業者) | ||||||
| 外部リンク | www.takashimaya.co.jp | ||||||
株式会社髙島屋(たかしまや・英: Takashimaya department store)は、大阪市中央区難波に本社を置く百貨店。日本百貨店協会加盟。
新聞等では、高島屋と康熙字典体の「髙」で書かれることが多い。
目次 |
[編集] 会社概要
1831年(天保2年)、京都で飯田新七が古着・木綿商を開く。海外の博覧会に豪華な刺繍を施した着物などを出品し、数々の賞を受賞したことで、その後、宮内省御用達の栄誉を冠する。1919年(大正8年)には改組し、株式会社 高島屋呉服店として大阪・長堀橋に店を構える。1932年(昭和7年)には、現在の大阪店が入居する南海ビルディングが大阪・難波に竣工し、東洋一の規模を誇る大規模百貨店を開店する。また、翌年1933年(昭和8年)には、東京・日本橋に東京店を開店させ、知名度を飛躍的に高めた。戦後に入ると、相模鉄道と合弁し、横浜高島屋を開店させるなど、主要都市の要所への大型店舗の展開を成功させ、今日の地位を築いてゆく。
日本におけるショーウィンドウを早くから導入した百貨店でもあり、1969年(昭和44年)には、初の郊外店となる玉川高島屋SCを成功させ、その後の百貨店経営のモデルを打ち立てたことでも知られる。バラの花をイメージフラワーとして採用し、現在でも包装紙などに用いられている[1]。
売上の多い順に横浜店、東京店、大阪店、京都店と、大型店が多いのが特徴だが、横浜店と大阪店はターミナルデパートであるため、通過客が多い。だが、年商は法人・個人の外商や分店の売上などを含めれば1000億以上の店舗を複数(2008年(平成20年)2月期で上記4店舗、関連会社のJR名古屋店も併せると5店舗)有している日本で唯一の百貨店である。また、営業利益率は、単独で2.74%、百貨店連結で2.74%である。
同社は、関係の深い地方百貨店と提携しているハイランドグループという百貨店共同体の中核企業である。ただし、グループ各社との間では、業務提携関係は有するものの、資本関係を持つものではない。なお、高島屋自身は、みどり会(UFJグループ)の会員企業だが、ハイランドグループ自体は、UFJグループとは別である。
百貨店業界において、J.フロントリテイリングや三越伊勢丹ホールディングスの発足といった再編が進む中、同社は、大手老舗百貨店では数少ない独立系百貨店である。2008年(平成20年)10月に、電鉄系百貨店の阪急百貨店・阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オー リテイリングとの間で資本・業務提携をした。その際、2011年(平成23年)4月を目処に経営統合まで行う予定であったが、2010年(平成22年)3月25日に、経営統合を撤回して業務提携にとどめることを正式発表した。
2007年(平成19年)に朝日新聞がとったアンケートで、「好きな百貨店」の第1位に選ばれた。
同社グループの経営理念は「いつも、人から。」、また同社の企業メッセージは「”変わらない”のに、あたらしい。」である。
[編集] 沿革
- 1831年(天保2年) - 初代の飯田新七が、京都烏丸松原で、古着・木綿商(屋号「たかしまや」)を創業。屋号は、飯田新七の養父・儀兵衛が、近江国高島郡(現在の滋賀県高島市)の出身であることによる。幕末には官軍に物資を調達した。
- 1898年(明治31年) - 心斎橋に進出。
- 1909年(明治42年) - 髙島屋飯田合名会社を設立
- 1916年(大正5年) - 貿易部門が高島屋飯田となる[2]。
- 1919年(大正8年)8月20日 - 髙島屋飯田合名会社が組織変更し、株式会社高島屋呉服店創業。
- 1922年(大正11年) - 大阪店が長堀橋に移転。
- 1930年(昭和5年)12月 - 株式会社髙島屋に商号変更。
- 1932年(昭和7年) - 南海が難波駅にターミナルデパートを開設するに当たり、テナントとして入居(現在の大阪店。開業当初は「南海タカシマヤ」)。1939年まで長堀店も使用された。
- 1933年(昭和8年) - 東京店が日本生命の建設したビル(現在の東京店。当時は日本生命館)に移転。
- 1949年(昭和24年)5月 - 大阪証券取引所及び東京証券取引所に上場。
- 1952年(昭和27年) - バラの花をイメージフラワーとして採用。
- 1959年(昭和34年) - 当時の皇太子明仁親王(今上天皇)の結婚後より放送を開始した毎日放送制作(NETテレビ(現・テレビ朝日)系→TBS系)全国ネットの皇室報道番組「皇室アルバム」のスポンサーを1980年代より務める(2003年(平成15年)3月で降板し、同番組のスポンサーは資生堂に変わった)。
- 1960年(昭和35年)12月 - 三和銀行と提携し、クレジットカード(「お買い物カード」と呼んだ)の取り扱いを開始。クレジットカードは同年に丸井が行っているが、百貨店と都市銀行が業務提携を行って実施したケースは国内初。
- 1963年(昭和38年)12月 - 東神開発株式会社を設立。
- 1970年(昭和45年) - 株式会社50周年記念事業として、高島屋史料館を創設。現在・大阪市浪速区日本橋の高島屋東別館(旧松坂屋大阪店、1934年竣工)3階にある。(入場無料)
- 1973年(昭和48年)8月 - 株式会社髙島屋友の会を設立。
- 1981年(昭和56年) - ダイエーと業務提携開始。
- 1990年(平成2年)9月 - 株式会社関東髙島屋(立川店・大宮店・柏店・高崎店運営会社)を吸収合併
- 1991年(平成3年)1月10日 - 高島屋創業160周年記念事業として、タカシマヤ・グループソング『We can do, Takashimaya』を制作、社員に無料配布した。(8cmシングルCD・非売品であり、一般販売はしていない)
- 1995年(平成7年)9月 - 株式会社横浜髙島屋(横浜店・玉川店・港南台店)、株式会社岐阜髙島屋(岐阜店)、株式会社泉北髙島屋(泉北店)、株式会社岡山髙島屋(岡山店・津山店)、株式会社米子髙島屋(米子店)の百貨店子会社5社を吸収合併。売上高は百貨店業界で日本一になる。
- 1997年(平成9年) - 株主総会対策での総会屋を巡る商法違反事件が発覚。国税庁より1996年(平成8年)迄の7年間で約45億円の申告漏れを指摘される。
- 2001年(平成13年)‐ 伊予鉄百貨店(現伊予鉄高島屋)髙島屋ハイランドグループに加盟。
- 2002年(平成14年)3月‐ 伊予鉄百貨店と資本提携により、伊予鉄高島屋(いよてつ髙島屋)に名称変更。
- 2003年(平成15年)9月 - 米子店について会社分割を行い、子会社として株式会社米子髙島屋を設立。
- 2004年(平成16年)4月 - 岡山店、岐阜店、高崎店の3店舗について会社分割を行い、子会社としてそれぞれ株式会社岡山髙島屋、株式会社岐阜髙島屋、株式会社高崎髙島屋を設立。
- 2006年(平成18年)3月 - 東京店本館が東京都選定歴史的建造物に選定される。
- 2008年(平成20年) - 大阪国税局の税務調査で、約2億9,500万円の申告漏れを指摘される。
エイチ・ツー・オー リテイリングおよび子会社の阪急阪神百貨店と3年以内の経営統合と目指すことで合意、資本・業務提携を行うと発表。
- 2009年(平成21年)6月30日 - 東京店本館が、百貨店の店舗としては初めて国の重要文化財に指定される。資本提携の一環としてエイチ・ツー・オー リテイリングと高島屋が相互に株式の10%を取得。
- 2010年(平成22年)
- 1月29日 - 子会社の株式会社岡山髙島屋が、両備ホールディングス株式会社と資本・業務提携。4月1日、両備HDに対して、第三者割当増資(株式の33.4%)を実施。
- 3月2日 - 大阪店の増床・リニューアル第1期分が先行開業。
- 3月25日 - エイチ・ツー・オー リテイリングとの経営統合の中止を決定。
- 9月1日 - 大阪店のリニューアル第2期分が開業。
- 2011年(平成23年)3月3日 - 大阪店の増床・リニューアルが完成、全館がグランドオープンした。
- 2012年(平成24年)2月23日 - ベトナム進出を発表。2015年(平成27年)にホーチミン市の大型複合施設「サイゴンセンター」内に1号店を出店する予定である[3][4]。
[編集] 直営店舗
20店舗(分店6店舗含む)
[編集] 近畿圏
- 大阪店(大阪市中央区)[5]:登記上の本店。南海電気鉄道難波駅に併設[6]。開業時は「南海タカシマヤ」と呼称。建物(南海ビルディング)は南海電気鉄道[7]が所有。久野節(久野節建築事務所)設計、大林組施工のコリント様式の近代名建築であり、日本の百貨店では初めて冷暖房を完備した。昭和初期の竣工。御堂筋の終端に位置し、ミナミの玄関口に位置する。なお、後述する同店の増床・リニューアルが完了したことで、既存の本館と増床分を合わせて売場面積78,000㎡の規模となり、近畿地区最大級の百貨店へと変貌することとなった。
- 泉北店(堺市南区):南海から乗り入れる泉北高速鉄道の泉ヶ丘駅前で、横浜市の港南台店と同様に泉北ニュータウン駅前ショッピングセンターに併設(同ショッピングセンターを含む駅前商業施設を「パンジョ」といい、大阪府都市開発の子会社である、株式会社パンジョが管理している。株式会社パンジョにとって高島屋泉北店は核店舗である)。売場面積21,349㎡。
- 京都店(京都市下京区):京都は高島屋発祥の地であるが、同店は本店ではない。1950年(昭和25年)10月に創業の地である烏丸高辻(現京都銀行本店)から現所在地の四条河原町に店舗を移転した。[8]同店は地下で阪急河原町駅とつながっている。ビルの一部は阪急阪神東宝グループが所有。売場面積61,316㎡。正面玄関左横の土地の一部が買収できなかったため、建物の外観は凹んだ歪な形をしている。
[編集] 関東圏
- 東京店(日本橋店、東京都中央区):日本生命が1933年(昭和8年)に建設した現本館を賃借する形で現在地へ移転。日本橋三越本店および伊勢丹新宿本店本館と並び東京都選定歴史的建造物に選定され、2009年(平成21年)6月30日には国の重要文化財に百貨店として初めて指定された[9][10]。重厚な建物で、テレビCM等に登場するなど地域のランドマーク的存在である。またその佇まいから高島屋の本店ないし日本橋三越本店と混同されることも多い。「上質生活百華店」を目指す高島屋の象徴店舗(フラッグシップストア)の1つに位置づけられ、皇族やVIPの利用も多く同社を代表する店舗である。売場面積50,481㎡。正式名称は東京店だが、ホームページや広告・パンフレットなどでは「日本橋店」もしくは「日本橋タカシマヤ」と称している。通称「日高(ニッタカ)」。一時は増床のために建て替え計画が検討されていた。
- また、東京店だけは他の高島屋の店舗とは別の紙袋(バラの紙袋ではなく、東京店のイラストを描いた紙袋)を使用している。
- なお、正面入口向かって6機のエレベーターには『エレベーターガール』が居り、そのエレベーターを使用する際は、客がエレベーターガールに何階に行くかを伝える様になっている。エレベーターの操作は全てエレベーターガールが行う。あわせて、総合案内の役目も果たしている。
- 東京メトロ銀座線にて、日本橋駅の車内放送アナウンスをする時に『次は日本橋・高島屋前です』とアナウンスするのは、東京メトロ銀座線の前身・東京地下鉄道が地下鉄建設時に資金難で思う様に建設出来ず、目の前の中央通りに店舗を構える髙島屋が建設資金を提供した経緯がある為であり、その時の特約でスポンサーとしてアナウンスを行うという取り決めがあるからである。したがって、高島屋が東京メトロに広告料を払って宣伝してもらっている訳ではない。
- 新宿店(渋谷区):旧国鉄の貨物操車場跡地を国鉄清算事業団による再開発により1996年(平成8年)に竣工したタカシマヤタイムズスクエアの主テナント。2006年(平成18年)まで家主であったレールウェイ東開発(独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構子会社)への年120億円という家賃負担が重く大幅な赤字が続いていたが、契約期間満了に伴う一部自社物件化などで賃料が大幅に減少したことから赤字は大幅に減少。テコ入れを図るため、100億円を投資し、2007年(平成19年)春に全面改装を行った。売場面積53,946㎡。店舗はJR新宿駅新南口と直結しているものの、京王線・小田急線の改札口からは幾分離れている。2008年(平成20年)に東京地下鉄副都心線新宿三丁目駅が店舗寄りの明治通り直下に開業することに伴い、地下連絡通路が設けられた。
- 立川店(立川市):元々はJR立川駅北口前(みずほ銀行立川支店の東側のモノレール線路付近)に位置していたが、バスターミナルや多摩都市モノレール立川北駅などの建設に伴う駅前再開発により、都市再開発地区のファーレ立川内に移転した。その後、高島屋旧店舗の跡地近くに移転した伊勢丹立川店との競合で、売上は地区2位に転落した。2011年(平成23年)2月17日より7・8Fに大塚家具が入居(多摩センター三越内の多摩センター店から移転)。売場面積25,160㎡。
- 玉川店(世田谷区):1969年(昭和44年)に開店。玉川高島屋S.Cの核店舗。日本初の本格的な郊外型百貨店として成功し、今日でも城南地区の基幹店舗である。通称タマタカ。売場面積24,012㎡。
- 横浜店(神奈川県横浜市西区):当初は相模鉄道との合弁であったため、相模鉄道の所有している駅ビルである相鉄ジョイナスに入居している。駅裏口で油槽所の跡地を同社が取得し、当時の相鉄経営陣が当初は直営百貨店を作ることを、次いで三越の誘致を検討したがいずれも成功せず、漸く高島屋の誘致に漕ぎ着けたが、それでも最初は「高島屋ストア」としての出店であった。高島屋の多店舗化は同店の好調に刺激される形で始められた。現在も売上高などで事実上の旗艦店舗。一時は売り場面積でデパートとして国内最大になったこともある。売場面積53,950㎡。なお、横浜店の売上には、港南台店の売上も含んでいる。通称「横高(ヨコタカ)」。2008年(平成20年)2月期に全面改装が行われた。投資額は約150億円。
- 港南台店(横浜市港南区):港南台バーズと併設。横浜店の分店。売場面積17,475㎡。
- タカシマヤフードメゾン新横浜店(横浜市港北区): 食料品販売を主体とする店舗で横浜店の分店。JR東海東海道新幹線・JR東日本横浜線・横浜市営地下鉄ブルーラインが交差する新横浜駅で、JR東海が開発した複合駅ビル「キュービックプラザ新横浜」に2008年(平成20年)3月26日開店。売場面積2,500㎡。
- 大宮店(埼玉県さいたま市大宮区):JR東日本・東武・埼玉新都市交通大宮駅東口。売場面積17,300㎡。
- 柏店(千葉県柏市):JR東日本・東武柏駅西口。東武鉄道と提携してステーションデパート(柏高島屋ステーションモール)として展開。2008年(平成20年)10月1日に新館がオープンした。柏店の売り上げには下記のおおたかの森フードメゾンの売り上げも含まれる。売場面積:高島屋単独としてはT館18,860㎡+S館TX[11]8,650㎡の合計で27,510㎡、ステーションモール全体(S館専門店(含東急ハンズ柏店)16,300㎡、新館7,000㎡を含めた4館)で50,810㎡。
- 高崎店(群馬県高崎市):高崎駅西口。売場面積19,346㎡。
[編集] その他地域
- 岐阜店(岐阜市):岐阜市の繁華街である柳ヶ瀬(やながせ)に立地。岐阜市内に残る唯一の百貨店。売場面積23,924㎡。当初、大垣市の百貨店・ヤナゲン(ハイランドグループに加盟)との合弁で「ヤナゲン高島屋」として計画されたが、最終的には高島屋単独で開店した。
- 岡山店(岡山市北区):JR西日本岡山駅東口。中四国最大規模の地下街、岡山一番街と直結。1973年(昭和48年)5月、山陽新幹線岡山開業後に開店。村野藤吾設計の「日本生命岡山駅前ビル」にテナントとして入居。売場面積19,493㎡。開店以来強力なライバルである地元の天満屋の後塵を拝し続けており、加えて消費の低迷もあることから採算が悪化。分社化され、株式の一部を両備グループが取得し再建を目指している。
- 米子店(米子市):日本海側唯一の店舗。売場面積16,407㎡。
[編集] 関連店舗
[編集] 関連会社の百貨店の店舗
日本国内2店舗
- いよてつ高島屋(松山市・松山市駅前):1969年(昭和44年)9月1日創立、1971年(昭和46年)7月5日開店。伊予鉄道グループ・株式会社伊予鉄高島屋。旧株式会社いよてつそごう→株式会社伊予鉄百貨店。店舗面積39,180m²。
- ジェイアール名古屋タカシマヤ(名古屋市中村区・名古屋駅JRセントラルタワーズ内):1992年(平成4年)12月25日創立、2000年(平成12年)3月15日開店。JR東海グループ(株式の70%をJR東海が保有)・株式会社ジェイアール東海高島屋。店舗面積55,429m²。
日本国外2店舗
[編集] 百貨店業以外の店舗
[編集] 日本
[編集] 東神開発
- 玉川高島屋S・C(東京都世田谷区)
- 柏高島屋ステーションモール(千葉県柏市)
- 流山おおたかの森 S・C(千葉県流山市)
- 若葉ケヤキモール(立川市):2006年(平成18年)3月に高島屋立川若葉町物流センター跡地にできた郊外型ショッピングモール。開発は子会社の東神開発。核店舗はマルエツ(旧リンコス)。なお、高島屋自体は出店していない。
- シンガポール高島屋S・C
- イニミニマニモ(福岡県福岡市博多区・博多リバレイン内):日本リテールファンド投資法人との共同事業である。
[編集] 海外
[編集] 過去に存在した高島屋の店舗
(出店予定だった店舗は●印)
[編集] 国内
- 足利店(栃木県足利市通2丁目にあった) - 高島屋ストア経営、現在のいぶきビル。
- 津田沼高島屋(千葉県習志野市・津田沼駅南口) - 駅前再開発ビル「習志野サンペデック」にダイエーと共同出店したが経営不振から、1988年(昭和63年)(1988年(昭和63年))8月撤退。高島屋のフロアはダイエーのディスカウント業態「エキゾチックタウン」となったが、2005年(平成17年)にダイエーも撤退。現在は商業施設「モリシア津田沼」。
- 新宿店●(国鉄新宿駅東口ビル) - 新宿ターミナルビル(現在のルミネエスト新宿)への出店を計画したが、西武グループ等の競合他社の反撃で4社共同出資の専門店ビルになり、計画は白紙に戻った。
- この計画への執念はその後の新宿駅京王百貨店への出資(25%の持分法適用会社)やタカシマヤタイムズスクエアへと繋がった。
- 上野店●(東京都台東区) - バブル期に、JR上野駅に建設が計画されていた駅ビルに出店構想があったが、バブル崩壊や東北・上越新幹線の東京駅延伸による乗降客の減少による地元の反対などから、駅ビルの建設計画自体が立ち消えになった。のちに上野アトレがオープンしている。
- 港北ニュータウン店●(横浜市都筑区) - 横浜市営地下鉄センター南駅前に設定された共同化義務街区の入札へ応札し、第一交渉権を得た[12]。地上15階・地下4階、延べ床面積163,400m²の商業施設を構想したが、共同化義務街区の地権者組織との交渉が物別れに終わり、出店を断念した[13]。現在、センター南駅前には港北東急百貨店が出店している。
- 相模大野店●(神奈川県相模原市) - 既に伊勢丹、岡田屋モアーズなどがあり、計画は白紙になった。
- 藤沢店●(神奈川県藤沢市) - 現在の藤沢さいか屋のビルに出店を計画していたが、地元の反対で頓挫した。
- 岸和田店(大阪府岸和田市) - 岸和田市堺町に戦前に出店。
- エアロプラザタカシマヤ(大阪府泉南郡田尻町) - 関西国際空港ターミナルビル直結のホテル(JALホテルズ)・商業ビル「エアロプラザ」に出店していた。利用者の減少による経営難のため、2004年(平成16年)に閉店。その後、2012年(平成24年)3月より格安航空会社であるPeachの暫定的なチェックイン施設が跡地に設けられる事になった[14]。
- 津山高島屋(岡山県津山市) - 地元デパート「大手町デパート」を譲り受けて出店したが、津山インターそばに完成したジャスコ津山店や、津山市街地再開発施設「アルネ・津山」内に出店する天満屋津山店の影響を受けて、不採算店候補に上がり、天満屋津山店の開店を待たずして1999年(平成11年)3月撤退。
- せとうち高島屋(愛媛県今治市) - 瀬戸内運輸との共同出資で同社バスターミナルに出店したが、経営不振から撤退。
- 博多店(JR博多駅) - 入居していた博多井筒屋を排除して進出が内定しかけたが、5万m²を超える大型店との主張を崩さなかったため、JR九州の主張する4万m²での出店に応じた阪急百貨店に一転して敗れ、出店の機会を逸した(博多阪急は2011年(平成23年)3月3日に、JR博多シティの核テナントとして開業した)。九州では、玉屋グループ(シンボルフラワーが同じ「バラ」)がハイランドグループの一員であるが、福岡県内の店舗が相次いで閉店に追い込まれたこともあり、これらに代わるハイランドグループ九州地区拠点としての出店を目指していた。このほか、福岡市天神と下川端にも出店構想があった。
- 水戸店(茨城県水戸市) - 高島屋ストア経営。 JR水戸駅北口に高島屋ローズランドとして営業していたが、現在は撤退。
[編集] 海外
[編集] POSシステム
[編集] 大阪店の増床・改装計画
大阪店では、店舗東側に建っていた新事務館・事務別館・別館・南分館・南別館の後方施設を取り壊し、新館「TE館」を建設し増床した。加えて当初は従来店舗の一部のみを改装する予定[15]だったが、既存の本館と増床部を一体化し「新本館」となった。全面改装そのものの効果に加え、2009年3月に開通した阪神なんば線による波及効果[16]を狙った戦略とみられる。
投資額は340億円。従来の店舗で売り場が分散していたブランド店と洋品雑貨、レストランをそれぞれ集約・拡充し、増床前の約56,000m²に22,000m²のTE館を加えて、78,000m²の日本最大級規模となった。2006年(平成18年)秋に着工し、2009年(平成21年)秋に開業する計画であったが、2007年(平成19年)10月に全面開業を一年先送りし、2010年(平成22年)秋に変更すると発表した[17]。既存建物(本館)の改装を段階的に実施し、売り場の閉鎖など工事に伴う売り上げへの影響を最小限に抑えるのが狙いである。
増床部「TE館」の建設は2期に分けて行われ、第1期の南部分(事務所棟)が2007年(平成19年)冬に竣工し、2008年(平成20年)1月から使用を開始。第2期の部分は2009年(平成21年)秋に竣工した(南海ターミナルビル改装工事と同時プロジェクト)。
店舗の改装は3期に分けて行われ、2010年(平成22年)3月2日に、TE館・22,000m²(地下1階・地上9階)を含めた第1期分(既存売場の一部の改装を含む)が先行開業し、同年9月1日には地階や中央ゾーンの一部を改装したことによる第2期分がオープン。そして2011年(平成23年)3月3日に、既存売場の残りの部分が改装されたことで、全館がグランドオープンした(なんばCITYのリニューアルを含めた、南海難波駅のリニューアルは、2011年(平成23年)4月26日に完成)。
この増床・改装により、南海・難波駅のホームに直結した出入り口を本館3階に新設したほか、三菱東京UFJ銀行[18]が使用していた本館の地下一階から地上二階(銀行移転後の跡地は約1,300m²)の一部を売り場に変更。従来の本館とTE館の一体性を高めるほか、隣接する南海難波駅や商業施設「なんばCITY」「なんばパークス」[19]との回遊性も高めた。
[編集] 丸井今井支援への動き
2009年(平成21年)2月19日の各報道によれば、民事再生法を申請した札幌市の百貨店「丸井今井」の支援企業として高島屋が名乗りを上げたことが判明した[20]。理由として高島屋の店舗が北海道に存在しないことが挙げられており、元々の提携先である伊勢丹(三越伊勢丹ホールディングス)の対応次第では、高島屋傘下に移行して再建を図る可能性があると見られていた(経営統合の結果直系となった札幌三越や、伊勢丹と業務提携関係にある東急百貨店札幌店との調整を迫られる事になる)。
同年4月19日には、札幌の本店の他、旭川・函館・室蘭の計4店の支援を表明した高島屋が、丸井今井の支援企業となることに合意した、との報道発表があった(三越伊勢丹HDは、札幌と函館の2店舗のみの支援を表明)。しかしその後、高島屋側と丸井今井側との間で支援額などの条件で折り合いが付かなくなり、合意が白紙撤回されたことにより、同年4月30日に三越伊勢丹HDが丸井今井を支援することに決定した。なお2011年(平成23年)現在は、三越伊勢丹HD傘下である札幌丸井三越と函館丸井今井の2社がそれぞれ運営する体制となっている。
[編集] 関連会社
- 株式会社アール・ティー・コーポレーション(東京都中央区)
- 株式会社伊予鉄高島屋(松山市)
- 株式会社エー・ティ・エー(東京都中央区)
- 株式会社グッドリブ(東京都中央区)
- 株式会社ジェイアール東海高島屋(名古屋市中村区) - ジェイアール名古屋タカシマヤの運営会社
- 株式会社センチュリーアンドカンパニー(東京都中央区)
- 高島屋クレジット株式会社(東京都中央区)
- 高島屋スペースクリエイツ株式会社(東京都中央区)
- 株式会社高島屋友の会(東京都中央区)
- 株式会社高島屋サービス(東京都中央区)-高島屋ビジネスサービスと高島屋ビルメンテナンスと高島屋物流と高島屋テレコムが合併して発足。
- 高島屋保険株式会社 (東京都中央区)
- 株式会社タップ(大阪市浪速区)
- たまがわ生活文化研究所株式会社(東京都世田谷区)
- 東神開発株式会社(東京都世田谷区)
- 株式会社ファッションプラザ・サンローゼ(東京都渋谷区)
- 株式会社ロジエ(東京都港区)
- ほか
[編集] かつての関連会社
- 相鉄ローゼン - 相模鉄道系列のスーパーマーケット。相模鉄道と高島屋が設立した合弁会社、株式会社相高の流れを汲んでいた。後に吸収合併される際に商号変更が行われたが、高島屋にちなんで『ローゼン』(バラ)の名がつけられた。高島屋はその後、同社の経営から手を引き、現在は相模鉄道が完全子会社化している。お中元、お歳暮の包装紙に高島屋のものを使用でき、お買物券も両社のを相互利用できる。
- 高島屋ストア(当初は丸高ストア)- 大阪南部を中心にスーパーマーケットを数店営業していた。全店舗をイズミヤに営業譲渡。「デイリーカナート」として営業中。
- 高島屋日発工業 - 当社及び子会社の「高島屋工作所」と日本発条・トヨタ自動車によって設立された、自動車内装メーカー。高島屋がトヨタに株を売却したことから経営からは撤退し、社名も「タカニチ」に変更。現在は合併によりトヨタ紡織となっている。
- トヨタカローラ高島屋 - 1980年(昭和55年)あたりまで、都内にトヨタカローラ店を展開していた。また、輸入中古車販売店も運営していたこともあったが[21]、現在の消息は不明。
- 生活彩家 - 株式会社ハイ・リテイル・システムが運営のコンビニエンスストア。現在はポプラ傘下。
[編集] 提供番組
- 現在
- 過去
- ロンパールーム(日本テレビ系列)- マスコットキャラクターである「ローズちゃん」(各店総合案内所に人形を展示)のオリジナルCM(人形アニメ)を放映していた。
- 皇室アルバム(毎日放送制作。1980年代から2003年(平成15年)3月まで、ただし1996年(平成8年)6月から1997年(平成9年)9月までを除く)
- 高島屋バラ劇場(TBS系列)
- 土曜ですこんにちは(フジテレビ系列)
- モーニングショー→スーパーモーニング(テレビ朝日系列・金曜)
ほか
- この他、新婚さんいらっしゃい!(朝日放送[22])―ペアマッチでの出場者プレゼント(スポンサー各社からの提供分を除く)の発送を担当している。
- また、かつては『がっちり買いまショウ』(毎日放送)にも協賛していた。
- 番組名不詳(ラジオ番組らしい)。放送内で使われていた曲に「バラ咲くおうち」(作詞作曲:当時のプロデューサ、唄:ダークダックス)が、ソノシートで存在する。2005年(平成17年)頃、横浜高島屋広報に問い合わせしたが、古すぎてそれ以上は不詳とのこと。ジャズ風な曲で前半にコーラスがあり、後半1/2はインストルメンタルだけという構成である。唄の途中に女性の声で「そう、横浜高島屋ね」とセリフがある。
[編集] 高島屋が舞台となっている作品
[編集] 補足
- ^ 包装紙等に使われているシンボルフラワーのバラの品種は、1980年(昭和55年)よりモダンローズが使用されていたが、2007年(平成19年)4月19日からイングリッシュローズに切り替えられる。
- ^ 1955年(昭和30年)に丸紅と合併し丸紅飯田となった(1972年(昭和47年)、再び丸紅と改称)。丸紅はもともと同根の伊藤忠商事とともに住友銀行(現在の三井住友銀行)の融資系列下にあったが、高島屋飯田が戦後富士銀行(現在のみずほコーポレート銀行)の融資系列に移行したため、合併後の丸紅は芙蓉グループの中核企業となっている。百貨店の髙島屋は三和銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)の「三水会」に参加していたが、上記の関係でみずほグループとも関係がある
- ^ “高島屋、サイゴンセンターに15年出店[商業]”. NNA (2012年2月24日). 2012年2月25日閲覧。
- ^ “高島屋、ベトナム進出を正式発表 3年後にホーチミン市に出店”. 産経新聞 (2012年2月23日). 2012年2月25日閲覧。
- ^ 大阪・日本橋にある高島屋別館は、旧松坂屋大阪店の建物を利用したもので、外観や階段などは松坂屋時代のままである。館内に「高島屋史料館」があり、高島屋の歴史がよく分かる。
- ^ 当時は南海難波駅も同じ建物内に入居していたが、戦後の改装時に難波駅自体が和歌山方にずらされ現在は高島屋のみ。
- ^ 南海電気鉄道の主要株主でもある。百貨店を子会社に持たない南海電鉄は高島屋と提携している。
- ^ 戦前から当地への移転事業はあったが、基礎を打ったところで中断。鉄材は供出させられた。
- ^ “「気軽に立ち寄れる文化財」へ 高島屋東京支店の重文指定”. asahi.com (朝日新聞社). (2009年4月27日) 2010年5月15日閲覧。
- ^ 高島屋 (2009年6月30日), “高島屋東京店 重要文化財指定記念”, プレスリリース 2010年5月15日閲覧。
- ^ S館のうち、北側の部分の1階-6階に相当する部分で、1階-4階の専門店・5階のGAP・6階の子供服フロアが該当。7・8階の東急ハンズはこれに含まない。
- ^ 港北ニュ-タウン事業推進連絡協議会発行「港北ニュ-タウン」
- ^ 「横浜流通戦争」1993年(平成5年)苅谷昭久著、オーエス出版社 ISBN 4871903613
- ^ 日刊航空 2011年8月29日号「関空、エアロプラザ内に暫定旅客施設」
- ^ 既存の本館の他に南海ターミナルビル改装工事と耐震化の工事も兼ねた様子、段階的に耐震工事をしながらの改装を進める予定であった。
- ^ 此花・西淀川・尼崎・西宮・芦屋・神戸・姫路方面からの顧客獲得
- ^ 読売新聞(関西)2007年10月10日「高島屋 大阪店改装の工期延長」
- ^ 旧UFJ店舗の難波支店。現在は東向かいにある旧東京三菱店の難波駅前支店にブランチインブランチ
- ^ 「なんばパークス」の2期計画でも、高島屋は33億円を投じて、5,800m²の専門店街をつくり、2007年(平成19年)4月に開業した。
- ^ 高島屋が丸井今井支援へ名乗り 読売新聞、2009年2月19日
- ^ 当時のカーグラフィック誌に広告を載せていたこともあった。
- ^ 朝日放送の発足時からの大株主であるが、2011年(平成23年)現在は一社提供番組は持っていない。
[編集] ギャラリー
[編集] 関連項目
- ハイランドグループ
- タカシマヤタイムズスクエア
- ジェイアール名古屋タカシマヤ
- 伊予鉄高島屋
- 住江織物 - 長らくの間業務・資本的な提携関係にあり、高島屋は同社の筆頭株主になっている。
[編集] 外部リンク
- 高島屋 公式サイト (日本語)
- 東神開発株式会社(玉川と柏地区のSCを管轄する関連会社)
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