敦賀市

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つるがし
敦賀市
Kehi matsubara02s3200.jpg
Flag of Tsuruga, Fukui.svg
敦賀市旗
Tsuruga Fukui chapter.JPG
敦賀市章
1952年3月28日制定
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 福井県
団体コード 18202-8
面積 251.20km²
総人口 67,959
推計人口、2012年1月1日)
人口密度 271人/km²
隣接自治体 福井県南越前町美浜町
滋賀県高島市長浜市
市の木 マツ
市の花 ハギ
市の鳥 ユリカモメ
敦賀市役所
所在地 914-8501
福井県敦賀市中央町二丁目1番1号
敦賀市本庁舎(2006年)
外部リンク 敦賀市

敦賀市位置図(福井県)

― 市 / ― 町
特記事項 府省や企業・団体によっては、近畿地方に入る場合がある。
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敦賀市(つるがし)は、福井県南西部(嶺南)の、敦賀湾に面する都市である。古代より港湾を中心に栄え、北陸道畿内を結ぶ位置から近代以降は鉄道や道路の要衝ともなっている。原子力発電所でも知られる。昆布が特産物でもある。

目次

[編集] 概要

気候は季節風の強まるでも、日本海沿岸地域では比較的穏やかとされる。古代より畿内と北陸道を結ぶ北陸街道が通り、また畿内や瀬戸内海に繋がる水運を利用できる琵琶湖からは愛発関を越えてすぐ北側に位置するため交通の要衝とされ、街道沿いには氣比神宮が鎮座して門前町が形成されて、敦賀港とともに発展した。

近代には、欧亜国際連絡列車の日本側入口として、外国製の地球儀には、3~4都市しか記載されない日本の都市の1つとして、敦賀を含めた物が多く見られた(1970年代辺りまでこうした地球儀が国内でも販売されていた)。現在も鉄道高速道路(予定)の接合地であり、3本の直轄国道(8号、27号、161号)が走り、重要港湾敦賀港には、北海道行きのフェリー定期航路や、大韓民国行きのコンテナ船航路が開設されているなど、日本海側の交通の要衝である。

明治期に短期間(現在の福井県の領域を統轄したのは3年半)県庁所在地だったこと、第二次世界大戦前に市制を敷いた点や、市街地の規模から、福井県嶺南の代表都市とされる。2007年に市制施行70周年を迎えた。1960年代以降、原子力発電所や関連施設を誘致し、歴代の敦賀市長は1968年発足の全国原子力発電所所在市町村協議会会長をつとめている。

[編集] 地理

現在の市域は、令制国での越前国敦賀郡と区域が一致しているが、観光などでは、「若狭」、「若狭・敦賀」、「近江・若狭・敦賀」などの地域区分を使用されることも多い。これは敦賀郡が難所「木の芽峠」で他の越前地域と交通遮断されていること、江戸時代に若狭藩(小浜藩)領であったこと、敦賀より北の越前よりも風俗が若狭あるいは近江に近いことが理由とされている。[1] 福井県の地域区分で言う嶺南と一致する。[2]

[編集] 位置

敦賀市は、木ノ芽峠のすぐ南側で、若狭湾の最も奥に位置する。更に、日本海側と太平洋側が最も接近する地域(分水嶺)が、敦賀(若狭湾の最も奥)と琵琶湖最北岸を結ぶ線である。琵琶湖の北端から市街地まで20kmも離れていないため、過去には何度も琵琶湖と日本海を結ぶ水路建設の話が持ち上がった。

[編集] 地形

敦賀港(漁港)

典型的な扇状地地形であり周囲三方を山に囲まれている。またリアス式海岸である若狭湾の東端に位置する。湾は海に入ると急激に水深が下がることから、古代より良質な天然漁港であった。上記の理由により平地が少なく、市の大部分は山林で占められている。

[編集] 歴史

[編集] 平安時代まで

[編集] 鎌倉時代から戦国時代

[編集] 江戸時代

[編集] 明治維新から第二次世界大戦まで

[編集] 第二次世界大戦後

[編集] 人口

Demography18202.svg
敦賀市と全国の年齢別人口分布(2005年) 敦賀市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 敦賀市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
敦賀市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 56,445人
1975年 60,205人
1980年 61,844人
1985年 65,670人
1990年 68,041人
1995年 67,204人
2000年 68,145人
2005年 68,402人
2010年 67,765人
総務省統計局 / 国勢調査

[編集] 行政

[編集] 市の機関

高浜町や旧大飯町と共に、地方交付税(普通交付税)の不交付団体であるが、税収の落ち込みなどのため2010年度より22年ぶりに地方交付税の交付を受ける見通しとなった。[4]

  • 敦賀市本庁 - 敦賀市中央町二丁目1番1号
  • 敦賀市長:河瀬一治 (1995年から)
  • 敦賀市議会議員:26人(2007年統一地方選挙より)

[編集] 福井県・国の機関

福井県(警察、学校は別掲)
  • 嶺南振興局
    • 二州県民サービス室
    • 二州健康福祉センター
    • 敦賀土木事務所
    • 敦賀港湾事務所
国の機関

[編集] 産業

  • 産業人口(2005年国勢調査)
    • 第一次産業: 869人
    • 第二次産業: 9,816人
    • 第三次産業: 23,379人

[編集] 工業

[編集] 運送業

[編集] 漁業

  • 浦底漁港
  • 立石漁港
  • 白木漁港

[編集] 加工業

[編集] 製菓業

[編集] 電力業

[編集] 建設業

[編集] 地域

[編集] 健康

  • 平均年齢 43.5歳(2005年国勢調査)

[編集] 市街地

市街地(アーケード商店街を中心とした笙の川以東)と、新市街地(通称新木崎通り若葉交差点から昭和町交差点までの通りを中心とした笙の川以西)の二つに分けられる。敦賀空襲の後、区画整理されたため市街地でも戦前の面影がある町並みは一部にとどまる。

港町として栄えてきた市街地には各所に史跡・旧跡が立地し、農地は殆ど無く殆どが住宅地か商業地である。敦賀駅前から敦賀港付近にかけてのアーケード街は全長2km以上という大規模なものだが、全体として活気に乏しく、半ばシャッター通りと化しているが更にその加速化を危惧する声もある。一方、2006年秋に敦賀駅までの直流電化(新快速電車乗り入れ)により、敦賀駅が京阪神からより身近となったことから、同様に直流電化による新快速電車乗り入れでやや活気づいた長浜市の例を鑑みて、状況が好転する希望的観測をする向きもある[誰によって?]

国道8号に指定されているアーケード街の一部は、かつて北陸道の幹線としてトラックや観光バスが行き交ったことから夜間にラーメン屋台が出るようになり、現在でも、市内外から屋台の「敦賀ラーメン」を目当てに客が訪れる。毎年9月2、3、4日の敦賀まつり期間中は、アーケード街一帯から氣比神宮にかけて数多くの露天商が出店し大変混雑する。

敦賀都市計画マスタープランによると、北陸新幹線敦賀駅駅舎整備事業と平行して東口を新設、現在の敦賀駅前通りを東へ延伸し国道8号敦賀バイパスに接続、その周囲に「中高年齢層の利用も考慮した」商業施設や住宅施設を整備する計画となっている。国道8号敦賀バイパスの全通により、中心部の混雑緩和には貢献しているものの、観光客や運送業者等が敦賀を素通りする空洞化の加速が危惧されている。そこで、バイパス全通による交通量の減少を見越して、旧来からの国道8号の車道・歩道等の整備が計画されている。

新市街地は以前は水田・畑しかなかったが、2本の通りを中心として商業地や住宅地(分譲マンション・賃貸アパート・戸建住宅)が広がっており、市の人口が横ばいのなか増加傾向にある。特に片道2車線の福井県道142号松島若葉線(通称新木崎通り)周囲には広い敷地を生かしたロードサイドショップが多く立地するようになった。高等学校や短期大学、専修学校が近くに立地しているため若者が集まりやすいといえる。敦賀市本庁舎や敦賀警察署といった役所関係も、もとは市街地に立地していたのがこの付近に移転した経緯がある。新木崎通りの南端に日本海さかな街ができてからは、休日になると観光客が訪れるようになった。ただ、新市街地は敦賀駅から離れるうえ、二次交通が未熟なのが現状である。

[編集] 姉妹都市・提携都市

日本国内
その他の国

[編集] 公共機関

[編集] 警察

[編集] 消防

[編集] 学校

[編集] 幼稚園

[編集] 小学校

  • 敦賀市立赤崎小学校(赤崎)
  • 敦賀市立粟野小学校(莇生野)
  • 敦賀市立粟野南小学校(公文名)
  • 敦賀市立咸新小学校(井川)
  • 敦賀市立沓見小学校(沓見)
  • 敦賀市立黒河小学校(御名)
  • 敦賀市立常宮小学校(常宮)
  • 敦賀市立中央小学校(野神)
  • 敦賀市立敦賀北小学校(曙町)
  • 敦賀市立敦賀西小学校(結城町)
  • 敦賀市立敦賀南小学校(清水町一丁目)
  • 敦賀市立中郷小学校(岡山町一丁目)
  • 敦賀市立西浦小学校(色)
  • 敦賀市立東浦小学校(杉津)
  • 敦賀市立松原小学校(松島町)

[編集] 中学校

  • 敦賀市立粟野中学校(金山)
  • 敦賀市立気比中学校(清水町一丁目)
  • 敦賀市立松陵中学校(松葉町)

[編集] 高等学校

[編集] 短期大学

[編集] 専修学校

[編集] 交通

陸上交通では、福井舞鶴京都米原の四方との、海上交通では北海道への結節点となっている。

[編集] 鉄道

西日本旅客鉄道

[編集] 主な道路

[編集] 有料道路

[編集] 国道

[編集] 福井県道・滋賀県道

[編集] 路線バス

[編集] 港湾

航路

[編集] マスメディア

[編集] 新聞

[編集] 放送

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事

[編集] 景勝地

[編集] 社寺・日本庭園

[編集] 敦賀港、周辺の博物館

[編集] 旧跡

[編集] その他

[編集] 原子力発電広報施設

  • 日本原子力研究開発機構 - アクアトム(神楽町二丁目)、アトムプラザ(木崎)、エムシースクエア(白木一丁目)
  • 日本原子力発電 - 敦賀原子力館(明神町)、げんでんふれあいギャラリー(本町二丁目)
  • 福井県 - 福井原子力センターあっとほうむ(吉河)

[編集] 祭事

[編集] 関連人物

[編集] 出身有名人

[編集] ゆかりのある人物

  • 恒良親王後醍醐天皇の皇子。金ヶ崎城にて捕われ、後に殺害された。金崎宮祭神。
  • 尊良親王:後醍醐天皇の皇子。金ヶ崎城にて自害。金崎宮祭神。
  • 大谷吉継敦賀城主。関ヶ原の戦いで西軍につき自害。
  • 武田耕雲斎水戸藩士。天狗党首領。敦賀郡新保にて幕府側に投降。一党は敦賀で幕府側により虐待され、武田をはじめその多くが処刑されたものの、彼らに同情的であった敦賀側と水戸側には後日姉妹都市関係が誕生した。敦賀の歴史をまとめた本には、天狗党を手厚く待遇したとある。また、桜田門外の変における水戸と彦根の和解を仲介したのは敦賀である。
  • セルゲイ・プロコフィエフ:ロシアの作曲家。敦賀港にて日本上陸。
  • 杉原千畝:外交官。命のビザで知られる。
  • 古関裕而:「大敦賀行進曲」を作曲。市の盆踊り曲の一つとして市民に知られる。
  • 安部公房:作家。小説『箱男』の舞台は敦賀市である。同書の中に収録されている洋館の写真は、敦賀の歴史的建造物である旧・大和田別荘(現在は解体されている)である。
  • ブルーノ・タウト:建築家。来日の際に敦賀港に上陸。その模様は著書『ニッポン』にも記されている。
  • 泉鏡花:作家。『高野聖』の冒頭に敦賀の駅前旅館でのシーンが登場する。
  • 志賀直哉:作家。『暗夜行路』の中に敦賀が登場する。
  • 芥川龍之介:作家。『芋粥』の中に敦賀が登場する。
  • 田山花袋:作家。紀行文の中で敦賀の風光を愛でている。
  • アムンゼン:冒険家。敦賀港に寄港。
  • かんべむさし:作家。関西学院大学在学中、広告研究会サマーストア出店のため毎夏を敦賀で過ごす。エッセイでしばしば回顧するほか、連作中篇「遠い街・恋の街」の最終話の舞台を敦賀に設定。
  • 小泉武夫:発酵学者、食物エッセイスト。敦賀の魚介を愛ししばしばエッセイで取り上げる。
  • 実相寺昭雄:映画監督。長編映画第2作『曼陀羅』の舞台を敦賀に取る。京都と日本海に挟まれた北近畿地方の風土に強い関心を持つ。
  • 瀬戸内寂聴:作家。敦賀短期大学第二代学長。
  • 海野弘:評論家・文化史家。日本のモダン建築を探訪した『光の街 影の街』の中で敦賀の旧・大和田銀行や大和田別荘などを取り上げている。
  • 池内紀:ドイツ文学者・エッセイスト。『日本風景論』(角川選書)の中で「幻の防壁――松島」と題して、敦賀を取り上げている。
  • 五木寛之:作家。『五木寛之全紀行』(東京書籍)第五巻の中で、「陰のなかの陽・敦賀」と題して、敦賀を取り上げている。
  • 林芙美子:作家。代表作『浮雲』は、主人公が敦賀港に降り立つ場面から始まる。

[編集] 市外局番

敦賀市の市外局番は、料金単位区域(敦賀MA)と同一の範囲を持つ0770(市内局番は20~49)で統一されており、以下の区域への通話は市外局番不要かつ市内通話料金が適用される。なお、小浜MAも同じ市外局番(市内局番は50~79)であるが、MAが異なるため、市外局番が必要である。

なお、西日本電信電話による級局区分は、2級局である。


[編集] 脚注・出典

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  1. ^ a b 滋賀県のはじまり
  2. ^ 越前敦賀和菓子処 紅屋と言う店もある。(寛政5年創業)
  3. ^ 敦賀の由来となった角鹿(つぬが)のこと、敦賀市立角鹿中学校
  4. ^ 産業経済新聞、2009年12月5日付
  5. ^ かつては敦賀中継局と呼ばれ、ラジオ第1放送は大阪放送局管轄の放送局で呼出符号はJOBK7であった。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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