日本原子力発電

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日本原子力発電株式会社
The Japan Atomic Power Company
種類 株式会社
略称 JAPC、原電、げんでん
本社所在地 日本の旗 日本
101-0053
東京都千代田区神田美土代町1番地1
設立 1957年11月1日
業種 電気・ガス業
事業内容 原子力発電所の建設、運転操作およびこれに伴う電気の供給
代表者 取締役社長 濱田康男
資本金 1,200億円(2011年3月31日時点)
売上高 連結:1,751億8,100万円
単体:1,742億7,300万円
営業利益 連結:124億1,700万円
単体:119億8,100万円
純利益 連結:8億1,200万円
単体:5億7,500万円
総資産 連結:8,164億7,900万円
単体:8,071億9千万円
従業員数 単体:1,361人
決算期 3月31日
主要株主 東京電力株式会社(28.23%)
関西電力株式会社(18.54%)
中部電力株式会社(15.12%)
北陸電力株式会社(13.05%)
東北電力株式会社(6.12%)
電源開発株式会社(5.37%)
九州電力株式会社(1.49%)
中国電力株式会社(1.25%)
株式会社日立製作所(0.92%)
株式会社みずほコーポレート銀行(0.71%)
三菱重工業株式会社(0.64%)
北海道電力株式会社(0.63%)
四国電力株式会社(0.61%)
外部リンク www.japc.co.jp
特記事項:各種経営指標は2011年3月期のもの。
発電設備:261万7000キロワット(大阪府全域の消費量に相当)
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日本原子力発電株式会社(にほんげんしりょくはつでん)は茨城県那珂郡東海村福井県敦賀市原子力発電所を持つ卸電気事業者。設立は1957年で、東海村にある東海発電所は日本最初の商業用原子炉である。略称として原電(げんでん)または日本原電(にほんげんでん)が使われる。 日本に商用原子力発電を導入するために、電気事業連合会加盟の電力会社9社[1]電源開発の出資によって設立された。

概要[編集]

日本原子力発電は、1957年5月に、電力会社の社長会で、電力会社9社が出資して『原子力発電振興会社』を設立する案が打ち出されたのがその始めである。この時に電力会社9社は、原子力開発は民間主体で行うことを考えており、当時の原子力委員会委員長であった正力松太郎はその方針を支持していた。

一方、同年7月には、国が主体となって設立された電源開発が原子力開発を政府主体で行う意見書を発表し、真っ向から対立することとなった。さらに、当時の経済企画庁長官であった河野一郎が政府主導の開発方針を支持し、正力と対立することとなった。

結局、正力が河野の意見を受け入れる形で、電力会社9社80%、電源開発20%の出資によって、日本原子力発電が設立された。

沿革[編集]

  • 1957年11月01日 - 日本原子力発電株式会社設立。
  • 1960年1月16日 - 東海発電所建設工事着工。
  • 1966年4月22日 - 敦賀発電所建設工事着工。
  • 1966年7月25日 - 東海発電所1号機営業運転開始。
  • 1970年3月14日 - 敦賀発電所1号機営業運転開始。
  • 1973年6月1日 - 東海第二発電所建設工事着工。
  • 1978年11月28日 - 東海第二発電所1号機営業運転開始。
  • 1981年4月1日 - 敦賀発電所1号機給水加熱器問題発生により運転停止。
  • 1982年1月22日 - 敦賀発電所1号機営業運転再開。
  • 1982年4月20日 - 敦賀発電所2号機建設工事着工。
  • 1987年2月17日 - 敦賀発電所2号機営業運転開始。
  • 1998年3月31日 - 東海発電所1号機営業運転停止。
  • 2001年12月4日 - 東海発電所の廃止措置に着手。
  • 2004年7月2日 - 敦賀発電所3,4号機建設準備工事開始。
  • 2011年3月11日 - 東北地方太平洋沖地震による被害で東海第二発電所1号機が自動停止[2]
  • 2011年5月2日 - 敦賀発電所2号機の1次冷却水で放射能濃度上昇[3]、7日に原子炉を手動停止[4]
  • 2013年5月 - 敦賀発電所2号機直下の断層「D-1破砕帯」が活断層と判定される。運転再開は困難に。15日、社が原子力規制委員会の専門家チームメンバーへ個別に抗議文書を、原子力規制庁を通じて送っていた事が明らかになる。

発電施設[編集]

  • 総出力には定期点検中の号機を含む。廃止された号機、建設中の号機は含まない。

原子力発電所[編集]

2箇所、261万7,000kW(2012年3月現在)

発電所名 原子炉型式 総出力 号機 出力 運転開始 所在地 備考
東海第二発電所 沸騰水型軽水炉 110万kW 1号機 110万kW 1978年11月28日 茨城県那珂郡東海村 東北地方太平洋沖地震により停止中。
敦賀発電所 沸騰水型軽水炉
加圧水型軽水炉
151.7万kW 1号機
2号機
35.7万kW
116万kW
1970年3月14日
1987年7月25日
福井県敦賀市 1・2号機とも定期点検中。
3・4号機(各153.8万kW)計画中。

廃止・解体中[編集]

1箇所

発電所名 原子炉型式 号機 出力 運転開始 運転終了 所在地 備考
東海発電所 黒鉛減速ガス冷却炉 1号機 16.6万kW 1966年7月25日 1998年3月31日 茨城県那珂郡東海村 解体作業中。

会社組織[編集]

役員一覧[編集]

取締役社長
濱田康男(元関西電力
取締役副社長
河島進
増田博
常務取締役
小島康壽(元経済産業省
高辻哲(元東京電力
鹿島文行
市村泰規
野中洋一
取締役
木村仁(元関西電力)
石橋英雄(元中部電力
石隈和雄
和智信隆
剱田裕史
前川芳土
取締役(非常勤)
勝俣恒久(東京電力)
廣瀬直己(東京電力)
八木誠(関西電力)
高橋宏明東北電力
永原功北陸電力
三田敏雄(中部電力)
北村雅良電源開発
常任監査役
巽良隆
監査役
木野内彰
社外監査役
下村節宏三菱電機
土屋光章みずほ総合研究所
相談役
森本浩志(前取締役社長)[5]

関連会社・団体[編集]

グループ企業(連結子会社
 設立:1973年(昭和48年)11月1日
 設立:1985年(昭和60年)9月10日
 設立:1996年(平成8年)7月1日
関連会社
リサイクル燃料貯蔵株式会社
関連団体(いずれも公益財団法人
げんでん ふれあい茨城財団
げんでん ふれあい福井財団

諸問題[編集]

  • データ改ざん問題(2007年
    • 経済産業省に提出した報告書で計15項目のデータ改ざんや隠ぺいがあったことが発覚し、関西電力とともに福井県に謝罪した。
  • データ流出問題(2007年)
    • 従業員の私有パソコンから敦賀発電所の雑固体減容処理設備に関する技術資料や写真など計482件の業務情報がファイル共有ソフトのネットワーク上へ流出した。
  • ドラム缶廃棄問題(2009年
    • 新潟市内の産業廃棄物処理施設で「日本原子力発電(株)東海発電所」「放射性廃棄物」等と記載されたドラム缶が発見されたが、ドラム缶製造業者の試作品であったため汚染は検出されなかった。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 当時沖縄電力は電気事業連合会に非加盟。現在でも日本原子力発電には出資していない。
  2. ^ 宮城県沖地震における東海第二発電所の原子炉自動停止について(3月11日16時現在の状況) 2011年3月11日 (PDF)
  3. ^ 敦賀原発2号機が運転停止へ 1次冷却水で放射能濃度上昇 - MSN産経ニュース” (日本語). 2011年5月2日閲覧。
  4. ^ 敦賀発電所2号機 1次冷却材中の放射能濃度の上昇について(原子炉手動停止について)” (日本語). 2011年5月6日閲覧。
  5. ^ 役員人事 日本原子力発電、2011年5月27日発表

参考文献[編集]

外部リンク[編集]