高浜町

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高浜町
たかはまちょう
日章旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 福井県
大飯郡
団体コード 18481-1
面積 72.15km²
総人口 11,152
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 155人/km²
隣接自治体 おおい町綾部市舞鶴市
町の木 杜仲
町の花 はまなす
高浜町役場
所在地 〒919-2292 福井県
大飯郡高浜町宮崎第71号7番地の1
電話番号 0770-72-1111
外部リンク 高浜町

高浜町位置図(福井県)

:市 / :町
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高浜町(たかはまちょう)は福井県の南西部にある

目次

[編集] 地理

高浜町は福井県の最西端に位置し、青葉山(別名・若狭富士)を境にして京都府舞鶴市などと接している。また、北陸地方の最西端の市町村でもある。日本海若狭湾)に面し、海水浴場が豊富で、夏期には多くの海水浴客が訪れる。また若狭湾リアス式海岸が楽しめる。

[編集] 歴史

高浜町は大飯郡の西部地域でしかないため、以下大飯郡全域の歴史を記載する。

古代および大和政権下においては、大飯郡の名が示すように大炊寮という役所が管轄する地域であった。安倍氏や高橋氏など天皇家の食材を司る豪族が、拠点の一つを岡津地区や青郷に構え、塩や魚といった海産物を朝廷に納めていた。

鎌倉時代には北条得宗家が若狭の守護を務めた。

室町時代初期は一色氏が守護を務め、中期には若狭武田氏が替って守護に任命された。若狭武田氏は足利将軍家とも縁戚であり都の公卿や高僧も若狭武田氏の威勢を頼み多数若狭へ下向していた。しかし戦国時代に、代々の武田家の家臣の身でありながら武田氏に謀反を起こし従わなくなった逸見氏が勢力を得る。青郷は足利将軍家の領地である御料所であったが、室町幕府内で奉公衆の地位にあり、代官でもあった大草氏を攻めた逸見氏は青郷をも自領とした。同じく足利将軍家の直属の家臣であったおおい町の本郷氏領・佐分氏領をも攻め、大飯郡全域をほぼその勢力に治め、小戦国大名となる。しかし、より強大な織田信長の勢力が大飯郡に及ぶと、あっさりと臣従した。青郷を追われた大草氏は、その後、足利義昭の即近として傍に仕え、足利義昭を15代将軍として擁立するため奔走、細川藤孝らとともに大活躍した。また、逸見氏は、若狭武田家初代武田信栄の菩提寺である長福寺を郊外に移転させ、その地に高浜城を築いた。 織豊期の領主は、変遷したが、関ヶ原後、徳川家康論功行賞により、京極家の兄弟が、それぞれ若狭、丹後の国持大名となった。この時期に小浜城主京極高次の弟、宮津城主京極高知の娘婿、八条 皇子が丹後・若狭を遊覧し青葉山にちなむ和歌を詠んだ。はちじょう の みこ とは八条宮智仁親王のことで、京都八条通りに有名な、桂離宮を造営した人物である。歌人であった親王は、親族の領国であった丹後・若狭の名所をめぐり多数の歌を残した(嫁の実家の宮津にある天橋立の歌が中でも多い)。 江戸時代中期以降は小浜藩の一部となり、一国一城令により、高浜城は廃城。和田に代官所が置かれた。

明治維新後、この地域には旧高浜町、青郷村、和田村、内浦村の各自治体が置かれたが、これらが合併して今日に至る。

[編集] 若狭高浜藩(最後の高浜城主・木下利房

江戸徳川家康からも木下利房は大飯郡全域の領有を許され高浜藩2万石が成立した。利房は関ヶ原の戦いにおいて西軍に属したため戦後領地を没収されたが、あらたに備中足守において25000石を領することを認められ足守藩主となった。

[編集] 人口

高浜町と全国の年齢別人口分布図(比較) 高浜町の年齢・男女別人口分布図
紫色は高浜町
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 11,818人
1985年 12,310人
1990年 12,425人
1995年 12,201人
2000年 12,119人
2005年 11,630人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

  • 総務課
  • 企画情報課
  • 保健課
  • 福祉課
  • 住民課
  • 農林水産課
  • 商工観光課
  • 建設課
  • 上下水道課
  • 出納室

[編集] 町長・町議会

  • 町 長:野瀬豊
  • 副町長:日村健二
  • 議 長:山本富夫

[編集] 歴代町長

  • 湯浅銀次郎
  • 松岡謹吾
  • 浜田倫三
  • 田中通
  • 今井理一

[編集] 経済

人口は平成2年をピークに減少しているが、その減少幅は小さく、同じ若狭地方でも過疎化に悩む他の市町村とは状況を異とする。その一番の要因は町内の内浦地区にある関西電力原子力発電所の存在で、町の大きな財源でもある。また関西電力の協力の下、2003年には町内を横断する小浜線が電化された。敦賀市、旧大飯町と共に地方交付税(普通交付税)の不交付団体である。

産業面では他地域に遅れを取るものの、2006年(平成18年)には舞鶴市に本社をおく半導体製造メーカーのHitZハイテクノロジーが進出し、町内の工業団地を完売した。

また経済的な繋がりとして、舞鶴都市圏に属し、隣接する舞鶴市と日常的な交流が深く、また若狭地方の中心都市である小浜市とも交流がある。

  • 産業人口(2005年国勢調査)
    • 第一次産業:  520人
    • 第二次産業: 1,615人
    • 第三次産業: 3,665人

[編集] 漁業

  • 高浜漁港
  • 小黒飯漁港
  • 音海漁港
  • 上瀬漁港
  • 内浦漁港

[編集] 立地企業

[編集] 金融機関

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

[編集] バス路線等

[編集] 道路

高速道路
町内にはないが、おおい町境のトンネルを抜けてすぐに舞鶴若狭自動車道大飯高浜ICがある。
一般国道
国道27号
都道府県道
福井県道16号坂本高浜線
京都府道・福井県道21号舞鶴野原港高浜線
福井県道149号音海中津海線
福井県道150号青郷停車場線
福井県道236号高浜港高浜停車場線
福井県道237号畑若狭和田停車場線
福井県道241号赤礁崎公園線
福井県道266号犬見崎和田線
福井県道・京都府道772号高浜舞鶴線
福井県道802号小浜大飯高浜自転車道線

[編集] 姉妹都市

[編集] 日本国内

[編集] 日本国外

[編集] 名所・旧跡

若狭和田海水浴場
  • 中山寺 - 聖武天皇勅願寺と伝える。本堂および本尊・馬頭観音坐像は国の重要文化財に指定。若狭三十三カ所第33番札所。
  • 馬居寺 - 聖徳太子創建と伝える。本尊馬頭観音坐像は国の重要文化財に指定。
  • 八穴の奇勝 - 明鏡洞など
  • 若狭たかはまエルどらんど - 体験型自然科学学習館。トロピカルワンダー(水族館、有料)には、アマゾンの巨大淡水魚などが床一面の巨大水槽で泳ぎ、現地の研究室風の展示室などがあり、熱帯を研究する探険家の気分が味わえる(P無料)。
  • 郷土資料館
  • 五色山公園 - 牡丹ツツジの名所
  • 長福寺 若狭武田氏 初代 武田信栄の菩提寺 若宮地区
  • 大成寺 室町幕府内で奉公衆だった大草氏の庇護のもと、栄えた。足利将軍家ゆかりの寺。
  • 若狭和田海水浴場 環境省の『快水浴場百選』に選定されている美しい遠浅の海岸。広い砂浜では、ビーチフットボール中部大会も行われている。
  • 城山公園 - 岬にある城山一帯の公園。砂の一粒ひとつぶが、こまかく砕かれた貝殻でできた美しい砂浜は、若狭の不思議のひとつ(地学的には、岩で砕かれた貝殻がいちばん波の穏やかなこの地域で堆積するためと言われる)。城山展望台、トイレ完備(P完備、夏場のみ有料)。

[編集] 自然 ・ 景観

  • 青葉山 -若狭富士とも呼ばれる名山。
  • 三国岳 - その名が示す通り、若狭国・丹後国・丹波国の交わる場所に位置する山。
  • 若狭和田海水浴場 - 日本の夕陽百選(NPO・日本列島夕陽と朝日の郷づくり協会選定)及び快水浴場百選(環境省選定) 
  • 城山公園 - 日本の夕陽百選(NPO・日本列島夕陽と朝日の郷づくり協会選定)
  • 日引の棚田 - 日本の棚田百選(農林水産省選定)

[編集] 主な有名人

  • 朽木英次(元ラグビー日本代表)
  • 高橋聡文(プロ野球選手、中日ドラゴンズ
  • 大西雄三(日清食品) 2008年琵琶湖マラソン4位

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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