瀬戸内寂聴

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瀬戸内 寂聴
(せとうち じゃくちょう)
Setouchi Jakucho.png
瀬戸内寂聴(2012年)
ペンネーム 三谷 晴美
誕生 1922年5月15日(92歳)
日本の旗 日本 徳島県徳島市塀裏町
職業 小説家
国籍 日本の旗 日本
教育 学士文学
最終学歴 東京女子大学国語専攻部
活動期間 1956年 -
ジャンル 小説
代表作 夏の終り』(1963年)
『花に問え』(1992年)
『場所』(2001年)
主な受賞歴 新潮同人雑誌賞(1956年)
田村俊子賞(1961年)
女流文学賞(1963年)
谷崎潤一郎賞(1992年)
芸術選奨(1996年)
野間文芸賞(2001年)
文化勲章(2006年)
泉鏡花文学賞(2011年)
処女作 『痛い靴』(1956年)
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瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう、1922年大正11年)5月15日 - )は、日本の小説家天台宗尼僧。旧名は瀬戸内 晴美(せとうち はるみ)。

僧位大僧正1997年文化功労者2006年文化勲章学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子大学国語専攻部卒業。学位文学士(東京女子大学)徳島県徳島市名誉市民称号を取得。京都市名誉市民。元天台寺住職現名誉住職。比叡山延暦寺禅光坊住職。元敦賀短期大学学長。代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。近年[いつ?]では『源氏物語』に関連する著作が多い。これまでの著作により多くの文学賞を受賞した。

経歴[編集]

徳島県徳島市塀裏町の仏壇店瀬戸内商店)を営む三谷家の次女として生まれ、後に父が従祖母の家である瀬戸内家養子となり、女学校時代に晴美も瀬戸内に改姓。

東京女子大学在学中の1943年に21歳で見合い結婚し翌年に女の子を出産、その後夫の任地北京に同行。1946年に帰国し、夫の教え子と恋に落ち、夫と3歳の長女を残し家を出て京都で生活。

大翠書院などに勤めながら、初めて書いた小説「ピグマリオンの恋」を福田恆存に送る。1950年に正式な離婚をし、東京へ行き本格的に小説家を目指し、三谷晴美のペンネームで少女小説を投稿し『少女世界』誌に掲載され、三谷佐知子のペンネームで『ひまわり』誌の懸賞小説に入選。少女世界社ひまわり社小学館講談社で少女小説や童話を書く。また丹羽文雄を訪ねて同人誌『文学者』に参加、解散後は『Z』に参加。なお長女とは後年出家後に和解したという。

1956年、処女作「痛い靴」を『文学者』に発表、同年「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞。その受賞第1作『花芯』で、ポルノ小説であるとの批判にさらされ、批評家より「子宮作家」とレッテルを貼られる。その後数年間は文芸雑誌からの執筆依頼がなくなり、『講談倶楽部』『婦人公論』その他の大衆雑誌、週刊誌等で作品を発表。1959年から同人誌『無名誌』に『田村俊子』の連載を開始。並行して『東京新聞』に初の長編小説『女の海』を連載。この時期の不倫(三角関係)の恋愛体験を描いた『夏の終り』で1963年女流文学賞を受賞し、作家としての地位を確立する。以後数多くの恋愛小説、伝記小説を書き人気作家となるが、30年間、純文学の賞も大衆文学の賞も受賞しなかった。1992年一遍上人を描いた『花に問え』で谷崎潤一郎賞を受賞した。『源氏物語』の現代語訳でもその名を知られている。

修道女を志すも過去の行状から断念した。[要出典]1973年に今春聴(今東光)大僧正を師僧として中尊寺にて天台宗得度、法名を寂聴とする(戸籍上の氏名は、1987年に天台寺住職となった際に瀬戸内寂聴に改名)。翌年、比叡山で60日間のを経て、京都嵯峨野で寂庵と名付けた庵に居す。尼僧としての活動も熱心で、週末には青空説法(天台寺説法)として、法話を行っていた。1988年に出した『寂聴 般若心経』は1年で43万部を売るベストセラーとなる。

麻薬で逮捕された萩原健一の更生に尽くしたことや、徳島ラジオ商殺し事件の再審支援などの活動でも有名。山岳ベース事件等で死刑判決を受けた永田洋子とは、永田が獄中で出家して瀬戸内に手紙を書いたことから文通し、控訴審でも証人となった。永山則夫連続射殺事件で死刑執行された永山則夫とも親交がある。また、脳死による臓器移植にも反対している。1991年2月に湾岸戦争の停戦を祈って7日間の断食を行い、4月には救援カンパと故郷徳島の大塚製薬寄付の薬を持ってイラク訪問。同時多発テロの報復攻撃にも抗議し、短期間のハンガーストライキを決行した。また原子力発電にも反対の立場であり「反原発運動に残りの生涯は携わりたい」とインタビューで述べている。

上記のように進歩的文化人的な政治信条を持つが保守系論壇である文藝春秋にも度々寄稿している。また石原慎太郎稲盛和夫などの保守的文化人とも対談集を発刊するなど面識があった。

2005年には、瀬戸内を主人公としたテレビドラマ女の一代記』が放映された。この中でも、東京に住みだした後[いつ?]、二人の男性と恋愛関係にあった、と語っている。僧侶になったあとは男性との関係をいっさい断っているという。

地方講演などでは主に「笑うこと」が大切であるということを説き、座右の銘は「生きることは愛すること」だという。2007年8月11日、館長を務める徳島県立文学書道館(徳島市)での講演で、加齢黄斑変性のため右目が大部分見えなくなったことを明かした。

「金を取る宗教は偽物」を自らの持論としている。平野啓一郎を「豊潤な才能」と評し、金原ひとみの『蛇にピアス』を「(谷崎潤一郎の)『刺青』が霞んで見える」と評した。

2008年には、いわゆる「ケータイ小説」のジャンルにも進出。スターツ出版が運営するケータイ小説サイト「野いちご」にて、小説「あしたの虹」を「ぱーぷる」のペンネームで執筆していたことを、9月24日の記者会見で明らかにした。ペンネームや登場人物の名前の大半に、瀬戸内が長年携わってきた源氏物語関連からの引用が見られる(「パープル」は「紫式部」・主人公の恋人の「ヒカル」は光源氏、など)。

2012年5月2日脱原発を求める市民団体国有地にも関わらず無許可で設置した経済産業省本館前テント(不法占拠状態)の中で、脱原発を求めて決行したハンガーストライキに参加。ハンガーストライキは日没まで行われた[1]

年譜[編集]

主著[編集]

  • 白い手袋の記憶 朋文社 1957 のち中公文庫
  • 花芯 三笠書房 1958 のち文春文庫
  • 田村俊子 文藝春秋新社 1961 のち角川文庫、講談社文芸文庫
  • 夏の終り 新潮社 1963 のち文庫
  • 女徳(高岡智照尼がモデル)新潮社 1963 のち文庫
  • 女優 新潮社 1964 のち文春文庫
  • 妻たち 新潮社 1965 のち文庫
  • かの子撩乱 講談社 1965 のち文庫(解説:上田三四二
  • 輪舞 講談社 1965 のち文庫
  • 瀬戸内晴美自選作品 全4巻 雪華社 1966-67
  • 美は乱調にあり(大杉栄伊藤野枝)文藝春秋 1966 のち角川文庫、文春文庫
  • 煩悩夢幻(和泉式部)新潮社 1966
  • 朝な朝な 講談社 1966 のち文春文庫
  • 瀬戸内晴美傑作シリーズ 全5巻 講談社 1967
  • 鬼の栖(本郷菊富士ホテル)河出書房 1967 のち角川文庫
  • 愛の倫理(エッセイ)青春出版社 1968 のち角川文庫
  • 祇園女御 講談社 1968 のち文庫
  • 彼女の夫たち 講談社 1968 のち文庫
  • あなたにだけ サンケイ新聞社出版局 1968 のち文春文庫
  • 妻と女の間 毎日新聞社 1969 のち新潮文庫
  • お蝶夫人(三浦環)講談社 1969 のち文庫
  • 蘭を焼く 講談社 1969 のち文庫(解説:亀井秀雄)、文芸文庫
  • 遠い声(管野スガ)新潮社 1970 のち文庫
  • 恐怖の裁判 徳島ラジオ商殺し事件 富士茂子共著 読売新聞社 1971
  • 恋川(桐竹紋十郎)毎日新聞社 1971 のち角川文庫
  • 純愛 講談社 1971 のち文庫
  • ゆきてかえらぬ 文藝春秋 1971 のち文庫
  • 輪環 文藝春秋 1971 のち文庫(解説:亀井秀雄
  • 余白の春(金子文子)中央公論社 1972 のち文庫
  • 瀬戸内晴美作品集 全8巻 筑摩書房 1972-73
  • 京まんだら 講談社 1972 のち文庫
  • 瀬戸内晴美長編選集 全13巻 講談社 1973-74
  • 中世炎上(後深草院二条)朝日新聞社 1973 のち新潮文庫
  • ひとりでも生きられる(エッセイ)青春出版社 1973 のち集英社文庫
  • いずこより(自伝小説)筑摩書房 1974 のち新潮文庫
  • 色徳 新潮社 1974 のち文庫
  • 瀬戸内晴美随筆選集 全6巻 河出書房新社 1975
  • 嵯峨野より 講談社 1977 のち文庫
  • まどう 新潮社 1978 のち文庫
  • 草宴 講談社 1978 のち文庫
  • 比叡(純文学書き下ろし特別作品)新潮社 1979 のち文庫
  • 嵯峨野日記(随筆)新潮社 1980 のち文庫
  • 続瀬戸内晴美長編選集 全5巻 講談社 1981-82

(以後、晴美名義と寂聴名義が混在)

  • ブッダと女の物語 寂聴 講談社 1981 のち文庫
  • 伝教大師巡礼 寂聴 講談社 1981 のち文庫
  • インド夢幻 晴美 朝日新聞社 1982 のち文春文庫
  • 私の好きな古典の女たち 晴美 福武書店 1982 のち新潮文庫
  • 人なつかしき 晴美 筑摩書房 1983 のち文庫
  • 諧調は偽りなり(「美は乱調にあり」続き)晴美 文藝春秋 1984 のち文庫
  • ここ過ぎて 北原白秋と三人の妻 晴美 新潮社 1984 のち文庫
  • 名作のなかの女たち 前田愛、晴美共著 角川書店 1984 のち文庫、岩波同時代ライブラリー、岩波現代文庫
  • 青鞜 晴美 中央公論社 1984 のち文庫
  • ぱんたらい 晴美 福武書店 1985 のち文庫
  • 瀬戸内寂聴紀行文集 全5巻 平凡社 1985-86
  • 愛と命の淵に 寂聴、永田洋子 福武書店 1986 のち「往復書簡」として文庫
  • とわずがたり現代語訳・後深草院二条 晴美 新潮文庫 1988
  • 女人源氏物語 全5巻 寂聴 小学館 1988-89 のち集英社文庫
  • 瀬戸内寂聴伝記小説集成 全4巻 文藝春秋 1989-90
  • わが性と生 瀬戸内寂聴、瀬戸内晴美 新潮社 1990 のち文庫

(以後寂聴で統一)

  • 花に問え 中央公論社、1992年、谷崎潤一郎賞 のち文庫
  • 寂聴・猛の強く生きる心 梅原猛共著 講談社 1994 のち文庫
  • 愛死 講談社 1994 のち文庫
  • 白道(西行)講談社 1995 芸術選奨文部大臣賞 のち文庫
  • 現代語訳源氏物語 全10巻、講談社、1997-98 のち文庫
  • つれなかりせばなかなかに 妻をめぐる文豪と詩人の恋の葛藤(谷崎潤一郎佐藤春夫)中央公論社 1997 のち文庫
  • 孤高の人(湯浅芳子)筑摩書房 1997 のち文庫
  • 文章修業 水上勉共著 岩波書店 1997 のち光文社知恵の森文庫
  • 人生万歳 永六輔共著 岩波書店 1998
  • 寂聴あおぞら説法 光文社 1998
  • いよよ華やぐ 新潮社 1999 のち文庫
  • 場所(自伝小説)新潮社、2001年、野間文芸賞受賞 のち文庫
  • 瀬戸内寂聴全集 全20巻 新潮社 2001-02(解説・秋山駿)
  • 釈迦 新潮社、2002 のち文庫
  • 寂聴あおぞら説法2 光文社 2002
  • 人生への恋文 石原慎太郎共著 世界文化社 2003 のち文春文庫
  • 同時代を生きて―忘れえぬ人びと― 鶴見俊輔ドナルド・キーン共著 岩波書店 2004
  • 千年の京から「憲法九条」-私たちの生きてきた時代- 鶴見俊輔共著 かもがわ出版 2005
  • 寂聴あおぞら説法3 光文社 2005
  • 秘花(世阿弥)新潮社、2007
  • 寂聴あおぞら説法4 光文社 2008
  • わくわくどきどき 幻冬社、2010
  • 生ききる。 梅原猛共著 角川ONEテーマ新書 2011
  • 日本を、信じる ドナルド・キーン共著 中央公論新社 2012

瀬戸内寂聴を演じた女優[編集]

インターネットでの活動[編集]

  • 寂聴 あなたと話しましょう 〜動画相談室〜
    2008年8月に始まった、瀬戸内寂聴が出演するネット上の動画番組。将来に希望を見出すことが難しいと感じている世代(20代後半から30代の「就職氷河期」の世代)からの相談に対して、瀬戸内本人が答えていく。インタビュアーは、テレビ番組『情熱大陸』のディレクター、中村裕。
    現在[いつ?]は、携帯公式サイト「寂聴の人生相談室」にて更新中。インタビュアーは引き続き、中村裕が担当。
  • ケータイ小説 野いちご
    「ぱーぷる」の筆名で、「あしたの虹」を掲載(完結)。

備考[編集]

  • 僧侶尼僧)ゆえに一汁一菜、魚しか食さないと思われがちだが、80歳を超えた高齢ながら大の肉好きで酒豪でもある。清水ミチコはこれをしばしばモノマネのネタにしている。
  • 『the 寂聴』というムックも出している。

脚注[編集]

  1. ^ 2012年5月2日読売新聞東京版夕刊社会面

外部リンク[編集]