安部公房

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安部 公房あべ こうぼう1924年3月7日 - 1993年1月22日)は、東京府北豊島郡(現東京都北区)生まれ(本籍地北海道旭川市)の小説家SF作家劇作家演出家脚本家。本名は漢字は同じであるが、公房の読み方は「きみふさ」。

目次

[編集] 来歴・人物

満州医科大学(現・中国医科大学)の医師である父・安部浅吉と、母・よりみの長男として生まれる。1925年、1歳の時に家族と共に満州(現・中国東北部)に渡り、奉天市(現・瀋陽市)に居を構え幼少期を満洲で過ごす。小学校では五族教育を受けている。1940年に満洲の旧制奉天第二中学校を4年で卒業。帰国して旧制成城高等学校(現・成城大学)理科乙類に入学。冬に、軍事教練の影響で肺浸潤にかかり休学し、奉天の実家に一時的に帰って療養する。

1943年9月、戦時下のため繰上げ卒業し、10月に東京帝国大学医学部医学科に入学。1944年20歳の時に文科系学生の徴兵猶予が停止されて次々と戦場へ学徒出陣していく中、「次は理科系が徴兵される番だ」と感じた事と「敗戦が近い」という噂を耳にして、本土決戦に巻き込まれることを避けるために中学時代の友人と「重度の肺結核である」との診断書を偽造し、「療養のため」と称して大学を休学して、年末に船で満州の奉天に帰る。1945年は実家で開業医となった父の手伝いをして過ごし8月15日の終戦を迎える。

1945年の冬に発疹チフスが大流行して診療にあたっていた父が感染して死亡する。1946年に敗戦のために家を追われ、奉天市内を転々としながらサイダー製造などで生活費を得る。年末、引き上げ船にて帰国(この際、船中でコレラが発生した体験が後の『けものたちは故郷をめざす』の背景となる)。 北海道の祖父母宅へ一家で身を寄せる。1947年23歳の時に単身上京して大学の一学年下のクラスに復学する。三月、女子美術専門学校(現・女子美術大学)の学生である山田真知子(後年、画家として安部の作品の装訂や舞台美術を手掛けることになる)と学生結婚する。1948年に卒業するものの、医師国家試験に不合格となる。

1947年に、安部は満洲からの引き上げ体験のイメージに基づく『無名詩集』を、謄写版印刷により自費出版した。詩人ライナー・マリア・リルケや哲学者マルティン・ハイデッガーの影響を受けたこの62ページの詩集には、失われた青春への苦悩と現実との対決の意思が強く込められていた。

同じく1947年に、安部は「粘土塀」と題した処女長編を、成城高校時代のドイツ語担当教員・阿部六郎の許に持ち込んだ。この長編は、一切の故郷を拒否する放浪の後に、満洲の匪賊の虜囚となった日本人青年が書き綴った、三冊のノートの形式を取った物語であった。「粘土塀」の内容に深い感銘を受けた阿部は、この作品を文芸誌『近代文学』の創刊者の一人である埴谷雄高に送り、「粘土塀」の内の「第一のノート」が翌年2月の『個性』に掲載された。この作品が縁となって、安部は埴谷雄高、花田清輝岡本太郎らの運営する「夜の会」に入会した。埴谷、花田らの尽力により、1948年10月に「粘土塀」は『終りし道の標べに』と題されて真善美社から一冊の単行本として刊行された。埴谷は安部を高く評価しており、後の『壁』の書評においては、安部が自分の後継者であるばかりか、自分を越えたとまで述べている。1950年には、勅使河原宏瀬木慎一らと共に「世紀の会」を結成した。

1951年『近代文学』2月号において、安部の短編「壁―S・カルマ氏の犯罪」が発表された。「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』やフランツ・カフカの諸作品(安部は評論や対談などにおいてカフカに最大級の評価と賛辞を贈っており、「カフカはつねに僕をつまずきから救ってくれる水先案内人です」とも語っている)に触発されて生まれた作品であり、テーマとして満洲での原野体験や、花田清輝の鉱物主義の影響が含まれていた。「壁―S・カルマ氏の犯罪」は1951年上半期の第25回芥川賞を、石川利光の「春の草」(『文學界』)と同時受賞した。選考会の席上で、「壁」は選考委員の宇野浩二から酷評されたものの、同じく選考委員の川端康成および滝井孝作の強い推挙が受賞の決め手となった。同年5月に、「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、「S・カルマ氏の犯罪」と改題の上、短編「バベルの塔の狸」および短編集「赤い繭」と共に、石川淳の序文を添えて、安部の最初の短編集『』として出版された。

1950年代には前衛芸術の立場に関心をもち、野間宏とともに『人民文学』に参加する。その流れで、『人民文学』が『新日本文学』と合流してからは新日本文学会に所属し、日本共産党に所属していた時期もあった。しかし1961年に、日本共産党が綱領を決定した第8回党大会に批判的な立場をとり、党の規律にそむいて意見書を公表し、その過程で党を除名される。

1973年に自身が主宰する演劇集団「安部公房スタジオ」を発足させ、本格的に演劇活動をはじめる。発足時のメンバーは、新克利井川比佐志伊東辰夫伊藤裕平大西加代子粂文子佐藤正文田中邦衛仲代達矢丸山善司宮沢譲治山口果林の十二名。安部公房スタジオは堤清二のバックアップにより日本では主に渋谷西武劇場で、海外公演もそれぞれ積極的に行ない、1979年のアメリカ公演での上演作品「仔象は死んだ」はその斬新な演劇手法が反響を呼び、以後各国の演劇界に影響を与えたが、日本では思うような評価が得られず、1980年代に活動を休止してしまう。

安部はドイツの思想家エリアス・カネッティを、彼がノーベル文学賞を受けた1981年前後から注目していたが、同じ頃に親友であるドナルド・キーンの薦めでコロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスを読み、その作品に衝撃を受ける。以後、安部は自著やテレビなどで盛んにカネッティやマルケスを紹介し、かれらの作品を一般の読者に広める功績を残した。

1992年12月25日深夜に脳内出血で倒れ、退院後も自宅療養を続けるが、1993年1月20日から症状が悪化し、1月22日早朝に急性心不全により死去。享年68。

大江健三郎は、安部公房をカフカフォークナーと並ぶ世界最大の作家と位置づけており、安部がもっと長生きしていれば、ノーベル文学賞を受賞したであろうと言う事を述べている。

上記の事からノーベル文学賞候補に何度も挙げられる事が多かったが、受賞する事はなかった。

日本人で初めてワープロで小説を執筆した作家である(1984年から使用)。使っていたワープロはNECの『NWP-10N』と『文豪』であった。またピンク・フロイドの大ファンであり、まだ普及する以前にシンセサイザーを購入して使用していたなど意外な一面を持っていた(その当時シンセサイザーを所有していたのは冨田勲NHK(電子音楽スタジオ)、そして安部の三人のみだったが、職業的な面以外で使用していたのは安部のみである)。NHKで放送されたインタビュー番組では、所有機で自身の演劇作品のためにみずから製作した効果音等を公開している。また、安部はクラシックの作曲家ではバルトークを好んでいた。喫煙家。

安部公房は、趣味の領域を越えた写真マニアとしても知られ、彼ならではのインテリジェンスに満ちた作品を多く残している。現在、それらの一部は現行版の安部公房全集(新潮社)の箱裏と見返しに見ることができる。愛機はコンタックスで、安部が好きな写真のモチーフはごみ捨て場など。

ジャッキを使わずに巻ける簡易着脱型タイヤ・チェーン『チェニジー』を発明したことでも有名。

[編集] 略歴

  • 1948年 - 処女小説『終わりし道の標べに』を刊行。
  • 1950年 -「赤い繭」で戦後文学賞を受賞。
  • 1951年 -「壁 S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞を受賞。
  • 1958年 - 戯曲『幽霊はここにいる』で岸田演劇賞受賞。
  • 1963年 -『砂の女』で、読売文学賞を受賞。
  • 1967年 - 戯曲『友達』で谷崎潤一郎賞を受賞。
  • 1968年 -『砂の女』でフランスの最優秀外国文学賞を受賞。
  • 1973年 - 演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、主宰。
  • 1974年 - 戯曲『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞。
  • 1975年 - 5月13日、アメリカ・コロンビア大学から名誉人文科学博士の称号を受ける。
  • 1977年 - 米国芸術科学アカデミー名誉会員に推される。
  • 1986年 - 簡易着脱型タイヤ・チェーン『チェニジー』により「第10回国際発明家エキスポ86」で銀賞を受賞
  • 1992年 - 12月25日深夜、執筆中に脳内出血による意識障害を起こし入院。
  • 1993年 - 1月22日、急性心不全のため、死去。享年68。

参考

[編集] 作品リスト

[編集] 小説

[編集] 戯曲

  • 『無関係な死・時の崖』
  • 『友達・棒になった男』
  • 『幽霊はここにいる・どれい狩り』
  • 『緑色のストッキング・未必の故意』
  • 『安部公房創作劇集』
  • 『安部公房戯曲全集』

[編集] 映画

  • 『壁あつき部屋』 脚本
  • 『おとし穴』 原作・脚本
  • 『砂の女』 原作・脚本
  • 『他人の顔』 原作・脚本
  • 『燃えつきた地図』 原作・脚本
  • 『友達』 原作

[編集] ラジオドラマ

  • 『ひげの生えたパイプ』
  • 『お化けが街にやって来た』
  • 『棒になった男』昭和32年11月29日放送 文部省芸術祭奨励賞受賞
    演出/大坪二郎 音楽/佐藤勝 出演/宇野重吉 芥川比呂志

[編集] 評論

  • 『死に急ぐ鯨たち』
  • 『内なる辺境』
  • 『反劇的人間』(ドナルド・キーンとの対談集)
  • 『砂漠の思想』
  • 『猛獣の心に計算器の手を』
  • 『裁かれる記録』

[編集] 詩集

  • 『無名詩集』 (自費出版)

[編集] 紀行

  • 『東欧を行く-ハンガリア問題の背景』

[編集] 関連人物

[編集] 参考文献

  • 谷真介編『安部公房文学語彙辞典』増補版、スタジオVIC、1981年4月。
  • 谷真介著『安部公房レトリック事典』、新潮社、1994年8月。ISBN 4-10-399101-1
  • 谷真介編著『安部公房評伝年譜』、新泉社、2002年7月。ISBN 4-7877-0206-8

[編集] 外部リンク