ドナルド・キーン
| ドナルド・ローレンス・キーン (Donald Lawrence Keene) |
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|---|---|
| ペンネーム | ドナルド・キーン |
| 誕生 | Donald Lawrence Keene 1922年6月18日(89歳) ニューヨーク州ニューヨーク市 |
| 職業 | 文学者・文芸評論家 |
| 国籍 | ( |
| ジャンル | 文学研究・文芸評論・随筆 |
| 主題 | 日本文学・日本文化 |
| 代表作 | 『日本文学史』(1976年〜) 『明治天皇』(2001年) |
| 主な受賞歴 | 菊池寛賞(1962年) 山片蟠桃賞(1983年) 読売文学賞(1985年) 日本文学大賞(1985年) 福岡アジア文化賞芸術・文化賞(1991年) 勲二等旭日重光章(1993年) 朝日賞(1998年) 毎日出版文化賞(2002年) 文化勲章(2008年) |
ドナルド・ローレンス・キーン(Donald Lawrence Keene, 1922年6月18日 - )は、アメリカ合衆国出身の日本文学研究者、文芸評論家。コロンビア大学名誉教授。
日本文化を欧米へ紹介して数多くの業績を残した。称号は東京都北区名誉区民[1]、ケンブリッジ大学、東北大学ほかから名誉博士。賞歴には全米文芸評論家賞受賞など。勲等は勲二等。2008年に文化勲章受章。「ドナルド・キーン」での表記が多い。
目次 |
[編集] 来歴・人物
ニューヨーク市ブルックリンで貿易商の家庭に生まれる。9歳のとき父と共にヨーロッパを旅行し、このことがきっかけでフランス語など外国語の習得に強い興味を抱くようになる。両親の離婚により母子家庭に育ち、経済的困難に遭遇したが、奨学金を受けつつ飛び級を繰り返し、1938年、16歳でコロンビア大学文学部に入学。同校でマーク・ヴァン・ドーレンやライオネル・トリリングの薫陶を受ける。同じ頃、ヴァン・ドーレンの講義で中国人学生と親しくなり、そのことがきっかけで中国語特に漢字の学習に惹かれるに至る。
1940年、厚さに比して安価だったというだけの理由で49セントで購入したアーサー・ウェイリー訳『源氏物語』に感動。漢字への興味の延長線上で日本語を学び始めると共に、角田柳作のもとで日本思想史を学び、日本研究の道に入る。コロンビア大学にて、1942年に学士号を取得。日米開戦に伴って米海軍日本語学校に入学し、日本語の訓練を積んだのち情報士官として海軍に勤務し、太平洋戦線で日本語の通訳官を務めた。通訳時代からの友人にオーティス・ケーリ(のち同志社大学名誉教授)やアイヴァン・モリスがいる。
復員後コロンビア大学に戻り、角田柳作のもとで1947年に修士号を取得。同年、ハーヴァード大学に転じ、セルゲイ・エリセーエフの講義を受ける。1948年から5年間ケンブリッジ大学に学び、同時に講師を務める。同校ではバートランド・ラッセルに気に入られ、飲み友達として交際した。このころ、E・M・フォースターやアーサー・ウェイリーとも交際。この間、1949年にコロンビア大学大学院東洋研究科博士課程を修了。
1953年京都大学大学院に留学。京都市東山区今熊野の下宿にて永井道雄と知り合い、生涯の友となり、その後は永井の紹介で嶋中鵬二とも生涯の友となった。1955年からコロンビア大学助教授、のちに教授を経て、同大学名誉教授となった。
1982年から1992年まで朝日新聞社客員編集委員。1986年には「ドナルド・キーン日本文化センター」を設立した。1999年から「ドナルド・キーン財団」理事長。2006年11月1日源氏物語千年紀のよびかけ人となる。
日本に関する著作は、日本語のものが30点、英語のものもおよそ25点ほど出版されている。近松門左衛門、松尾芭蕉、三島由紀夫など古典から現代文学まで研究対象の幅は広く、主に英語圏への日本文化の紹介・解説者として果たした役割も大きい。英語版の万葉集や19世紀日本文学、中国文学のアンソロジーの編纂にも関わった。
1976年には、日本語版、英語版それぞれの『日本文学史』の刊行が開始された。近世、近代・現代、古代・中世の三部に大きく分かれる。2011年冬より、『著作集』(新潮社、全15巻)刊行が始まった。
2011年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震を契機に、コロンビア大学を退職後は、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明した[2]。日本に帰化した後は氏名漢字表記として鬼 怒鳴門(キーン ドナルド)を使用する予定であるとも発言している(戸籍上はカタカナを検討しているとのこと)[3]。2011年9月1日には永住の為来日し『家具などを全部処分して、やっと日本に来ることができて嬉しい。今日は曇っているが、雲の合間に日本の畑が見えて美しいと思った』と流暢な日本語で感慨を語った。また東北を訪れ仙台市の講演など被災地を訪問して被災者を激励したいとも話している[4]。
クラシック音楽、特にオペラの熱心な愛好家であり、関連する著書にエッセイ集『音盤風刺花伝』『音楽の出会いとよろこび』(音楽之友社刊)がある。
友人であった安部公房からは、明治天皇について書くことを告げると、書けば右翼から脅迫に遭うだろうと忠告された。何年かを経て実際書いてみると、どこからも脅迫されず逆に意気消沈したという。
交流のあった作家らは、上記の他に谷崎潤一郎、川端康成、吉田健一、石川淳、司馬遼太郎、篠田一士など。かつて大江健三郎とも親しかったが、大江の態度の変化によって疎遠になった。大江から避けられるようになったことについて『私と20世紀のクロニクル』p.223-224では原因不明としている。ただ、大江の縁があって、安部と終生の親友になれた。井上靖文化賞授賞式の際にキーンが出席出来なかった代わりに大江がスピーチに参加した。
[編集] 受賞・栄典
[編集] 受賞歴
- 1962年 菊池寛賞
- 1969年 国際出版文化賞
- 1983年 山片蟠桃賞
- 1983年 国際交流基金賞
- 1985年 読売文学賞
- 1985年 日本文学大賞
- 1991年 第2回福岡アジア文化賞 芸術・文化賞
- 1990年 全米文芸評論家賞
- 1997年 朝日賞
- 2002年 毎日出版文化賞
- 2010年 第5回安吾賞
他多数
[編集] 栄典
[編集] 名誉博士
- 1978年 ケンブリッジ大学
- 1990年 セント・アンドルーズ大学
- 1995年 ミドルベリー大学
- 1997年 東北大学
- 1998年 早稲田大学(名誉文学博士)
- 1999年 東京外国語大学
- 2000年 慶應義塾大学
- 2000年 敬和学園大学(名誉文化博士)
- 2007年 杏林大学
- 2011年 東洋大学
[編集] 著作
[編集] 単著
- 『日本人の西洋発見』藤田豊、大沼雅彦共訳 錦正社 1957
芳賀徹訳、中公叢書 1968、中公文庫 1982 - 『碧い目の太郎冠者』谷崎潤一郎序文、中央公論社、1957 のち中公文庫
- 『日本の文学』 吉田健一訳 解説三島由紀夫、筑摩書房、1963、のち中公文庫
- 『文楽』 吉田健一訳 金子弘撮影 谷崎潤一郎序文 講談社 1966
増補版 「能・歌舞伎・文楽」松宮史郎補訳、講談社学術文庫 2001 - 『日本の作家』 中央公論社 1972 のち中公文庫
- 『日本との出会い』篠田一士訳 中央公論社 1972 のち中公文庫
- 『生きている日本』 江藤淳・足立康訳 朝日出版社 1973
改題・増補改訂「果てしなく美しい日本」 足立康改訳 講談社学術文庫 2002 - 『日本文学散歩』 篠田一士訳 朝日選書 1975
- 『日本文学史 近世篇』(World in the Wall) 全2巻
徳岡孝夫訳 中央公論社 1976-77/中公文庫全3巻 2011.1-5 - 『ドナルド・キーンの音盤風刺花伝』 中矢一義訳 音楽之友社 1977
改題 「わたしの好きなレコード」 中公文庫 1987 - 『日本文学を読む』新潮選書 1977
- 『日本を理解するまで』新潮社 1979
- 『日本文学のなかへ』文藝春秋 1979
- 『日本細見』 中矢一義訳 中央公論社 1980 のち中公文庫、紀行文
- 『音楽の出会いとよろこび 続音盤風刺花伝』 中矢一義訳 音楽之友社 1980
改題 「音楽の出会いとよろこび」 中公文庫 1992 - 『私の日本文学逍遥』 新潮社 1981
- 『ついさきの歌声は』 中矢一義訳 中央公論社 1981 音楽論
- 『日本人の質問』 朝日選書 1983
- 『日本文学史 近代・現代篇』 (Dawn to the West) 全8巻
徳岡孝夫・角地幸男・新井潤美共訳 中央公論社 1984-92 函入り - 『百代の過客 日記にみる日本人』 金関寿夫訳 朝日選書上下 1984、のち函入り全1巻 朝日新聞社 講談社学術文庫 2011
- 『少し耳の痛くなる話』 塩谷紘訳 新潮社 1986
- 『二つの母国に生きて』 朝日選書 1987
- 『続百代の過客 同 近代篇』 金関寿夫訳 朝日選書上下 1988、のち函入り全1巻 朝日新聞社
- 『日本人の美意識』 金関訳 中央公論社 1990、中公文庫 1999
- 『古典を楽しむ 私の日本文学』 朝日選書上下 1990
- 『声の残り 私の文壇交遊録』 金関訳 朝日新聞社 1992、朝日文庫 1997
- 『古典の愉しみ』 大庭みな子訳 JICC出版局 1992、宝島社文庫 2000
- 『このひとすじにつながりて』 金関訳 朝日選書 1993
- 『日本語の美』 中央公論社 1993、中公文庫 2000
- 『日本文学の歴史』全18巻、中央公論社、1994-97
- ソフトカバー装丁で、『日本文学史』に、古代・中世編(土屋政雄訳)を加えた。
- 『明治天皇』角地幸男訳 新潮社 上下 2001、新潮文庫 全4冊 2007
- 『足利義政 日本美の発見』角地幸男訳 中央公論新社 2003、中公文庫 2008
- 『明治天皇を語る』新潮新書 2003 講演体
- 『日本文学は世界のかけ橋』たちばな出版 2003
- 『私の大事な場所』中央公論新社 2005、中公文庫 2010
- 『思い出の作家たち―谷崎・川端・三島・安部・司馬』 松宮史朗訳 新潮社 2005
- 『渡辺崋山』角地幸男訳 新潮社 2007
- 『私と20世紀のクロニクル』角地幸男訳 中央公論新社 2007
改題『ドナルド・キーン自伝』 中公文庫 2011 - 『日本人の戦争 作家の日記を読む』角地幸男訳 文藝春秋 2009 文春文庫 2011
- 『ドナルド・キーン著作集』(全15巻)新潮社、2011-、「日本文学史」以外の代表作を収録
[編集] 共著
- 『日本人と日本文化』司馬遼太郎との対談 中公新書 1972/中公文庫 1984、改版1996 ISBN 4121002857
- 『反劇的人間』 安部公房と対談 中公新書 1973、のち文庫
- 『東と西のはざまで』 大岡昇平と対談 朝日出版社 1973
- 『悼友紀行 三島由紀夫の作品風土』 徳岡孝夫共著 中央公論社 1973、のち文庫
- 『日本の魅力 対談集19篇』 中央公論社 1979
- 『宮田雅之切り絵画集 おくのほそ道』 解説担当 中央公論社 1988
英訳版「おくのほそ道」、講談社学術文庫 2007、芭蕉の原文併収 - 『世界のなかの日本 十六世紀まで遡って見る』 司馬遼太郎対談 中央公論社 1992、中公文庫 1996
- 『同時代を生きて 忘れえぬ人びと』 瀬戸内寂聴、鶴見俊輔、岩波書店 2004
- 『戦場のエロイカ・シンフォニー 私が体験した日米戦』 小池政行聞き手 藤原書店 2011
[編集] 出典
- ^ http://www.city.kita.tokyo.jp/docs/service/138/013845.htm
- ^ “日本国籍取得、永住へ=ドナルド・キーンさん”. 時事通信. (2011年4月15日) 2011年4月16日閲覧。
- ^ 『中日新聞』夕刊、2011年6月14日付。『中日新聞』朝刊、2012年2月12日付。
- ^ 読売新聞2011年9月3日13版37面永住決めたキーンさんが日本到着「希望持とう」
[編集] 関連項目・人物
- 日本学
- 日本文学
- エドワード・G・サイデンステッカー
- アーサー・ウェイリー
- エドウィン・O・ライシャワー
- ロイヤル・タイラー
- 永井道雄
- 嶋中鵬二
- 三島由紀夫 中央公論社、同文庫でキーン宛ての「書簡集」が刊行された。
- 谷崎潤一郎
- 川端康成
- 池島信平
- 石川淳
- 小西甚一
- 安部公房
- 吉田健一
- 千宗室
- 篠田一士
- 司馬遼太郎
- 丸谷才一
- 佐々木茂索
[編集] 外部リンク
- ドナルド・キーン日本文化センター(コロンビア大学内)