柳美里

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柳 美里
(ゆう みり)
誕生 1968年6月22日(46歳)
日本の旗 日本神奈川県横浜市
職業 小説家劇作家
言語 日本語
国籍 韓国の旗 韓国
最終学歴 横浜共立学園高等学校中退
活動期間 1994年 -
ジャンル 小説戯曲ノンフィクション
代表作 『フルハウス』(1996年)
『家族シネマ』(1997年)
『8月の果て』(2004年)
主な受賞歴 泉鏡花文学賞(1996年)
野間文芸新人賞(1996年)
芥川龍之介賞(1997年)
木山捷平文学賞(1999年)
処女作 石に泳ぐ魚』(1994年)
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柳 美里(ゆう みり、유미리1968年6月22日 - )は、神奈川県横浜市中区出身[1]在日韓国人小説家劇作家である。国籍韓国横浜共立学園高等学校中退、演劇活動を経て1994年に小説家デビュー。1997年芥川賞受賞。作品には私小説が多く、無頼派の系譜を継ぐ作家と評されることがある。

現在は神奈川県鎌倉市在住。 家族は長男と内縁の夫。父親は元・釘師。母親は不動産会社を経営。

経歴

祖父は韓国密陽市で靴屋を営み、健脚で幻の東京五輪のマラソン選手候補であった。 1968年6月22日6:18 茨城県土浦市にて生まれる[2]。父は、祖父が経営するパチンコ店「旭御殿」に釘師として勤めていたが、祖父が韓国に帰国したため失職し、横浜市南区黄金町のパチンコ店「三益球殿」に再就職する。1歳をむかえる前に横浜市に転居、以後横浜市で育つ。

横浜共立学園中学校卒業、1983年に横浜共立学園高等学校に入学するもいじめにあい、1年で退学し、翌年東由多加率いるミュージカル劇団東京キッドブラザースに最年少で入団。1986年、同劇団第9期研究生の卒業公演「ウィンターナイトドリーム」に出演する。8月、東京キッドブラザースのセカンドカンパニー「PAN and CIRCUS」旗揚げ公演「BILLY ビリィ BOY!」に役者として参加。地方公演(名古屋・大阪・京都・高松)にも出演する。[3]

演出助手を経て、1987年に演劇ユニット「青春五月党」を旗揚げ。 1988年、『水の中の友へ』で劇作家としてデビューする。1993年、『魚の祭』で第37回岸田國士戯曲賞を受賞(宮沢章夫と同時受賞)。 1994年、処女小説「石に泳ぐ魚」を文芸誌『新潮』に発表し小説家としての活動を開始。『石に泳ぐ魚』は、実在の顔に腫瘍を持つ韓国人女性をモデルにしたことで、モデルとされている本人によりプライバシーを侵害されたとして訴訟問題に発展し、2002年最高裁で出版差し止め判決が出された。一部の図書館ではこの判決を受けて、同書及び同じ文章を掲載した文芸誌『新潮』の該当部分を閲覧禁止にしている(詳細は石に泳ぐ魚を参照)。1996年、『フルハウス』で第24回泉鏡花文学賞、第18回野間文芸新人賞を受賞。

1997年、『家族シネマ』で第116回芥川龍之介賞を受賞。在日韓国人による芥川賞受賞は、韓国メディアを賑わせた。後に柳が帰国した際、空港には数百人の韓国人が出迎えた。この年2月に『家族シネマ』と『水辺のゆりかご』の出版を記念し、東京と横浜の4書店でサイン会が行われる予定だったが、「独立義勇軍」「新右翼」を名乗る男性から「サイン会を中止しろ。もし中止しなければ客に危害を加える」との脅迫電話が書店にかかり、二度目の電話で「爆弾を仕掛ける」とエスカレートしたため、出版社、書店、所轄の警察署が協議して急遽中止の決定がなされる。その後、記者会見を開き、版元である講談社と角川書店の話し合いの結果、次善の策として中止から4ヵ月後の6月11日に日本出版クラブ会館にて厳戒態勢の下、サイン会を開く。[4]これは日韓両国の新聞テレビで扱われたほか、『ル・モンド』『ニューヨーク・タイムズ』『BBCワールド』などでも表現の自由が侵害されていると報じられている。またこの問題は新しい歴史教科書をつくる会小林よしのり(ただし最初に騒動にふれた時は柳に同情的だった)、西尾幹二藤岡信勝らとの論争に発展した。

1999年、ラジオ番組『柳美里のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)が第36回ギャラクシー賞奨励賞を受賞。 同年、『ゴールドラッシュ』で第3回木山捷平文学賞を受賞。酒鬼薔薇事件に触発されて描かれた作品として話題となった。2000年1月、長男丈陽誕生。既婚者の男性との間にできた子であり、相手の男性とは後に破局している。6月にこれらの経緯を赤裸々に綴った自伝小説『』を出版、同作品で翌年に第7回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞。『命』はその後『生』『魂』『声』と書き継がれ4部作をなした。

2002年朝日新聞夕刊にて、五輪マラソンランナーを目指していた祖父を題材にした作品『8月の果て』の連載を開始(2004年まで)。2003年奥田美和子のプロデュースを担当(2005年まで)。この年福田和也リリー・フランキー坪内祐三と共に、文芸誌『en-taxi』を創刊。以後同誌に責任編集として携わる。なお福田和也とは一時激しく敵対していたが、その後和解[5]。『en-taxi』責任編集は2007年まで続けていたが、この年に発行された同誌19号で、かねてから柳自身のフォトログで批判していた演劇プロデュースユニット阿佐ヶ谷スパイダースの主宰、長塚圭史が特集されるに当たり降板している。

2007年、初の書下ろしとなる児童書『月へのぼったケンタロウくん』を出版。12月、『週刊現代』において『オンエア』連載開始。 『オンエア』は当初、ペンネームを「芥川龍」とした性別不明の芥川賞受賞作家の連載としてスタートしたが、これは週刊現代編集部の意向である。編集部としては覆面作家として話題性を高める意図があった模様だが、柳が自身のブログで自分が執筆者であることを早々に暴露した。

2008年2月、自身のフォトログに、泣いている長男の顔写真とともに「子供が嘘をついたので8時間ひっぱたき、学校を休ませ、罰として朝食も昼食も与えなかった」「糞野郎ッ!」などと掲載した[6]ことにより、書き込みを見た一般人が「児童虐待ではないか」と児童相談所に通報し、児童福祉司3人(男性2名、女性1名)が柳の自宅を訪問する事態にエスカレートした。[7]さらに柳が「オンエア」執筆のため都内ホテルで缶詰になっているときに、「週刊女性」編集者が柳の長男を尾行し、柳が編集者への怒りをフォトログに書いたことによって掲示板が荒れる。「週刊女性」編集長がJ-CASTニュースの取材に応じたため、柳もJ-CASTニュース編集部を訪問し、一連のフォトログの記述について「感情を排して事実を書くエッセイでは、ブログが面白くなりません。そこで、フィクションのように、炎上覚悟でそのときの生の感情をそのまま出すことにしています」と説明した[8]

2009年9月、前年の「虐待騒動」を題材にして初ノンフィクション『ドキュメント「児童虐待」』を『G2』に発表。2010年5月、連載に書下ろしを加えた『ファミリー・シークレット』を上梓する。 2011年5月11日には、長谷川博一とのカウンセリングを中心としたNHKスペシャル「虐待カウンセリング~作家 柳美里・500日の記録~」が放送される。

人物

1996年以降は、小説エッセイブログ・フォトログなど執筆活動に専念し、演劇活動はしていない。ただし、2007年から「柳美里演劇カムバックサイト『青春五月党2007』」を連載。

戯曲、小説などは詩的だと評価され、また、詩的すぎると批判もされるが、司馬遼太郎は「研ぎ澄まされた文章」と評価している。[9]

2004年よりネットを通じて知り合った15歳年下の男性と同棲中。柳自身のフォトログにおいても「珍念」という名前で頻繁に登場している。犬3匹と猫8匹の他にも多数の小動物を飼う。

Twitterロックンロール好きを公言し、甲本ヒロトチバユウスケマキシマムザ亮君らの音楽を特に好んで聴いている。また、Shing02のライヴに足を運んだり、夏フェスにも頻繁に出向いている。

また、落語を日常的にCDで聴き、立川談春とは交流がある。

東由多加と柳美里

東由多加とは「東京キッドブラザース」入団後まもなくの16歳の頃から(東は当時39歳)約8年間同棲し、別れた後も東の死去まで交流があった。18歳の時、東由多加に「あなたは演じるより書きなさい」とアドバイスされ、以後は舞台女優としてではなく、劇作家として演劇に携わるようになった。既婚者である男性との間に長男を妊娠し、結局その男性と破局した際も東由多加はよき相談相手であった。

東が2000年4月に死去するまでの3ヶ月間、柳の長男を一緒に育てたが東の臨終には立ち会えなかった。東由多加の葬儀の際は葬儀委員長を務める。その際、「私のたった1人の師で、柳美里という作家を生み出した人。最期をみとれず悔しい」と語った。初の児童書であり、初の書下ろしである『月へのぼったケンタロウくん』は、2000年4月に死去した東由多加との「生まれてくる子どものために物語を残そう」という約束をかなえたものである。

略年譜

著書

小説

随筆

戯曲

  • 『静物画』 而立書房、1991年11月
  • 『向日葵の柩』 而立書房、1993年1月
  • 『Green Bench』 河出書房新社、1994年3月
    『グリーンベンチ』角川文庫、1998年12月 「向日葵の柩」を併録。解説・筒井康隆
  • 『魚の祭』 白水社1996年1月
    角川文庫、1997年12月 「静物画」を併録。解説・斉藤由貴

ノンフィクション

  • 『ファミリー・シークレット』講談社、2010年5月 文庫、2013年3月
  • 『ピョンヤンの夏休み わたしが見た「北朝鮮」』講談社、2011年12月

対談・共著

児童書

その他

  • 『いじめの時間』新潮文庫、2005年4月
    「潮合い」を収録。
  • 新潮社編『空を飛ぶ恋 ケータイがつなぐ28の物語』新潮文庫、2006年6月
    「7時間35分」を収録。
  • 集英社文庫編集部編『作家24人の名作鑑賞 私を変えたこの一冊』集英社文庫、2007年6月
    「偉大なギャツビー/フィッツジェラルド」を収録。
  • 江原啓之『もっと深くスピリチュアルを知るために』新潮文庫、2007年12月
    「私のエハラ体験」を収録。
  • 『29歳』日本経済新聞出版社、2008年11月
    「パキラのコップ」を収録。

映像化された作品

  • 『家族シネマ』監督 パク・チョルス
  • 『女学生の友』
  • 『ルージュ』NHKドラマ
  • 『命』監督 篠原哲雄
  • 『雨と夢のあとに』テレビ朝日系ドラマ

解説その他 執筆書籍

解説

帯コメント

脚注

  1. ^ 出生地は茨城県土浦市だが、生後まもなく横浜に転居する。
  2. ^ LaLaTV「鏡リュウジの星ものがたり #21」
  3. ^ http://www.endless-kid.net/seconddata/pan/index.html
  4. ^ 『仮面の国』
  5. ^ 福田和也との共著『響くものと流れるもの──小説と批評の対話』(2002年03月01日発行)
  6. ^ http://news.livedoor.com/article/image_detail/3496628/?img_id=351665
  7. ^ 「今日のできごと 第8回 『虐待騒動』」(『創』2008年4月号)
  8. ^ http://www.j-cast.com/2008/02/15016745.html
  9. ^ 『窓のある書店から』
  10. ^ LaLaTV「鏡リュウジの星ものがたり #21」
  11. ^ 「『8月の果て』闘争記」(『en-taxi』2004年秋号)
  12. ^ 『週刊現代』08年11月29日号から12月20日号、全4回

参考文献

  • 川村湊編『現代女性作家読本 8』鼎書房、2007年2月 ISBN 4907846398
  • 文藝』河出書房新社、2007年夏
  • 永岡杜人『柳美里―〈柳美里〉という物語(新鋭作家論叢書3)』勉誠出版、2009年11月 ISBN 978-4585055129
  • 原仁司 編『柳美里 1991-2010』翰林書房、2011年2月 ISBN 978-4877373108

関連項目

外部リンク