石川淳

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石川 淳
(いしかわ じゅん)
誕生 1899年3月7日
日本の旗 日本東京市浅草区
死没 1987年12月29日(満88歳没)
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
教育 学士
最終学歴 東京外国語大学仏語科
活動期間 1935年 - 1987年
ジャンル 小説
文学活動 無頼派新戯作派
代表作 普賢』(1936年)
『焼跡のイエス』(1946年)
『紫苑物語』(1956年)
至福千年』(1967年)
狂風記』(1980年)
主な受賞歴 芥川龍之介賞(1937年)
芸術選奨(1957年)
読売文学賞(1981年)
朝日賞(1982年)
処女作 『佳人』(1935年)
『佳人』以前のいくつかの翻訳作品もある。
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石川 淳(いしかわ じゅん、1899年明治32年)3月7日 - 1987年昭和62年)12月29日)は、日本小説家作家東京府浅草生まれ。本名(きよし)。

目次

[編集] 来歴・人物

東京市浅草区福吉町1番地にて銀行家の斯波厚の次男として生まれる。厚は幕臣だった石川家から札差を営んでいた斯波家へ養子に入った人である。次男の淳は石川家を継ぐため15歳のころ養子に入った。旧制新堀小学校(現在の台東区立台東中学校)から旧制京華中学校(現在の京華高等学校)を経て、慶應義塾大学予科に入学するも中退し、1920年大正9年)に東京外国語学校仏語科を卒業。中学時代、通学途上の電車中で、出勤する森鴎外の顔を見たという逸話がある。

1921年(大正10年)7月から10月まで横須賀海軍砲術学校講師。1922年(大正11年)7月から1923年(大正12年)3月まで海軍軍令部に勤務。1923年9月から1924年(大正13年)3月まで慶應義塾にて仏語講師。この頃、いくつかの習作がある。1924年4月、旧制福岡高等学校(新制九州大学教養部の前身)の仏語講師として福岡に赴任。年俸は1600円(2006年の貨幣価値で800万円ほど)であった。

教師時代の入学試験の作文の問題に「新聞紙」というタイトルがあり、その答案が文系の志願者はすべてがジャーナリズムとしての新聞について、理系の志願者はすべて用紙としての新聞の紙についての答案だったことに困惑したというものがある。このことをエッセイとして発表すると、作家花田清輝が、自分はそのときの受験生だったということを文章に書いている。

1925年(大正14年)11月21日文部省から派遣された法学博士蜷川新の講演会がきっかけで学生運動が発生。石川は、この事件に関連して左翼学生に加担したとの理由で辞職を勧告され、1926年(大正15年)3月に依願退職した。東京に戻った後は、アンドレ・ジッドの『背徳者』(L'Immoraliste)などの翻訳をおこなう。

小説家としての再出発は、1935年(昭和10年)の『佳人』発表からである。1937年(昭和12年)、『普賢』で第4回芥川賞を受賞。その直後、1938年(昭和13年)の『文学界』1月号に発表した「マルスの歌」が発禁処分を受けたこともあって、戦時中は創作に制約を受け、森鴎外における史伝の意味を明らかにした『森鴎外』などの評論や、江戸文学の研究に没頭する。

終戦後は旺盛な活動を始め、『焼跡のイエス』『処女懐胎』などの作品を発表。太宰治織田作之助らとともに「無頼派」と呼ばれた。その後、安部公房に師事されるようになり、安部の作品集『壁』に序文を寄せている。その他にはエッセーも多く残した。1967年(昭和42年)、中国の文化大革命の際には三島由紀夫川端康成・安部公房とともに共同声明を発表し、中国を批判した。大岡信丸谷才一らとともに歌仙連句の興行をはじめ、現代文学における共同制作の追求もおこなった。

石川の作品には、和漢洋にわたる学識を背景にした現代社会への批判精神があふれている。そこに、若いころにかかわったアナキズムの考え方がくわわり、一見奇想天外とも思える設定のなかに、「精神の運動」と評価されるダイナミズムをみることができる。1970年代に石川のブームが起き、以降は文庫本も次々に再刊されたのは、当時のラテンアメリカ文学マジック・リアリズムとよばれた雰囲気と、石川の作品との間に流れる共通性が読者に感得されたことが、大きく貢献している。

代表作に『紫苑物語』『至福千年』『狂風記』などがあり、中でも『狂風記』は多くの若者に支持され、ベストセラーとなった。晩年まで旺盛な活動を続け、『蛇の歌』連載中に死去した。

全集は、筑摩書房で数度出され、1989年平成元年) - 1993年(平成4年)にかけ翻訳も入れ、最終版全19巻が刊行された。

夫人・石川活による回想録『晴のち曇、所により大雨 回想の石川淳』(筑摩書房、1993年)がある。

孫は探検家・写真家の石川直樹

[編集] 受賞歴

[編集] 作品一覧

  • 佳人 (1935)、思索社 1948 のち講談社文芸文庫ほか
  • 貧窮問答
  • 葦手 新潮文庫に収録
  • 山桜 版画荘 1937
  • 普賢 版画荘 1937 のち新潮文庫角川文庫講談社文芸文庫  
  • マルスの歌 (1938) 新潮文庫に収録
  • 白描 三笠書房、1940 のち角川文庫、集英社文庫 
  • 森鴎外(作家論) 三笠書房、1941 のち角川文庫、岩波文庫ちくま学芸文庫
  • 渡辺崋山(伝記) 三笠書房、1941、筑摩叢書 1964 
  • 義貞記 桜井書店、1944 
  • 黄金伝説 中央公論社、1946 のち講談社文芸文庫ほか 
  • 焼跡のイエス (1946) 新潮文庫、1949 のち講談社文芸文庫ほか 
  • かよひ小町 中央公論社、1947 
  • 文學大概(評論)中央公論社、1947 のち角川文庫、中公文庫  
  • 無尽灯 文藝春秋新社、1948 
  • 処女懐胎 角川書店、1948 のち新潮文庫 
  • 石川淳著作集 全4巻 全国書房、1948-49 
  • 最後の晩餐 新潮社、1949 
  • 夷齋筆談 新潮社、1952 のち冨山房百科文庫  
  • 夷齋俚言 文藝春秋新社、1952、ちくま学芸文庫(上記と併せ) 
  • 鷹 大日本雄弁会講談社、1953 のち講談社文芸文庫(下記と併せ) 
  • 珊瑚 大日本雄弁会講談社、1953 
  • 夷齋清言(評論)新潮社、1954 
  • 鳴神 筑摩書房、1954 
  • 虹 大日本雄弁会講談社、1955 
  • 落花 新潮社、1955 講談社文芸文庫に収録 
  • 新釈雨月物語 大日本雄弁会講談社
角川文庫、「新釈雨月物語 新釈春雨物語」ちくま文庫  
  • 紫苑物語 講談社、1956 のち新潮文庫、講談社文芸文庫 
  • 諸国畸人伝 (史伝)筑摩書房、1957 のち筑摩叢書、中公文庫 
  • 白頭吟 中央公論社、1957 のち講談社文芸文庫
  • 修羅 中央公論社、1958  のち講談社文芸文庫
  • 霊薬十二神丹 筑摩書房 1959 のち講談社文芸文庫 
  • 影 中央公論社、1959 のち講談社文芸文庫 
  • 古事記(現代語訳)古典日本文学全集、筑摩書房、1960 
「新釈古事記」 角川書店 1983、ちくま文庫 1991  
  • 夷斎饒舌 筑摩書房、1960 
  • 石川淳全集全10巻・限定版 筑摩書房、1961-62
  • おまへの敵はおまへだ(戯曲) 筑摩書房、1961 のち講談社文芸文庫 
  • 夷斎遊戯 筑摩書房、1963 
  • 喜寿童女 筑摩書房、1963 のち講談社文芸文庫
  • 荒魂 新潮社、1964 のち講談社文芸文庫 
  • 西游日録 筑摩書房 1965
  • 一目見て憎め 中央公論社 1967 講談社文芸文庫に収録 
  • 至福千年 岩波書店、1967、岩波文庫 1983
  • 石川淳全集全13巻 筑摩書房、1968-69、※増補版.第14巻 1974  
  • 天馬賦 中央公論社、1969 のち同文庫 
  • 夷斎小識 中央公論社、1971 のち同文庫 
  • 文林通言(文芸時評) 中央公論社、1972 のち中公文庫、講談社文芸文庫
  • 間間録 毎日新聞社(現代日本のエッセイ) 1973
  • 前賢余韻 岩波書店 1975  
  • 夷斎虚実 文藝春秋(人と思想) 1976-1巻選集
  • おとしばなし集 集英社文庫 1977
  • 夷斎座談 対談集 中央公論社 1977 のち中公文庫上下 
  • 石川淳選集 全17巻 岩波書店 1979-81、復刊1993 
  • 江戸文學掌記 新潮社、1980 のち講談社文芸文庫 
  • 狂風記 集英社上下、1980 のち同文庫上下
  • 酔ひどれ歌仙 青土社 1983 丸谷才一等と
  • 六道遊行 集英社、1983 のち同文庫 
  • 天門 集英社、1986 
  • 夷斎風雅 集英社 1988
  • 蛇の歌 集英社、1988(絶筆・未完)
  • 浅酌歌仙 集英社 1988 丸谷ほか2名と
  • 石川淳全集 全19巻 筑摩書房 1989-93-翻訳も収む
  • 安吾のゐる風景・敗荷落日 ほか全24篇 講談社文芸文庫、1991
  • 石川淳短篇小説選 ちくま文庫 2007
  • 石川淳長篇小説選 ちくま文庫 2007
  • 石川淳評論選 ちくま文庫 2007 各.菅野昭正

[編集] 翻訳

  • 赤い百合 (アナトール・フランス)、春陽堂 1923、同文庫 1932、のち三笠文庫、角川文庫
  • 背徳者 (ジッド)新潮社 1924 のち同文庫
  • 悩めるジァン・リュック (セエ・エフ・ラミュズ C. F. Ramuz)叢文閣 1926 
  • 法王庁の抜け穴 Les Caves du Vatican (ジッド)岩波文庫 1928
  • モリエル集 第1.2.3 春陽堂 1933

[編集] 関連人物

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