メタフィクション
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メタフィクション (metafiction) とはフィクション(小説、虚構)の一種で、フィクションの仕掛けを意図的に描き出すものを指す。
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[編集] 概要
メタフィクションは、それが作り話であることを意図的に読者に気付かせることで、虚構と現実の関係について問題を提示する。多くの場合イロニーを伴い、自己言及的である。表象主義演劇と対比すれば、表象主義演劇が観客に劇を見ているという事実を意識させるのに対し、メタフィクションは読者にフィクションを読んでいるという事実を意識させる。
こうした特徴は、古くは9世紀の『千夜一夜物語』やセルバンテス『ドン・キホーテ』、14世紀のチョーサー『カンタベリー物語』にも見られるが、メタフィクションといえばまず想起されるのはポストモダン文学である。1960年代にジョン・バース、ロバート・クーヴァー、カート・ヴォネガット、ウィリアム・H・ギャスといった作家たちを通じて脚光を浴びた。この時期に書かれた古典的な例として、バース『びっくりハウスの迷子』、クーヴァー『The Babysitter』、ヴォネガット『スローターハウス5』、ギャス『Willie Master's Lonesome Wife』が挙げられる。またイタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』は下記の「小説を読む人物に関する小説」にあたり、メタフィクションの習作と見ることができる。ほかにも、アラン・ロブ=グリエ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、トマス・ピンチョン、ポール・オースター、莫言といった幻想文学作家やスタニスワフ・レム、フィリップ・K・ディック、筒井康隆らSF作家にメタフィクションの作品が多い。
典型的なメタフィクション的仕掛けには次のようなものがある。
- 小説を書く人物に関する小説。
- 小説を読む人物に関する小説。
- 表題、文章の区切り、プロットといったストーリーの約束事に抵触するストーリー。
- 通常と異なる順序で読むことができる非線形小説。
- ストーリーに注釈を入れつつストーリーを進める叙述的脚注。
- 著者が登場する小説、監督が登場する映画やドラマ。
- ストーリーに対する読者の反応を予想するストーリー。
- ストーリーの登場人物に期待される行動であるがゆえにその行動をとる登場人物。
- 自分がフィクションの中にいる自覚を表明する登場人物(第四の壁を破る、とも言う)。
- フィクション内フィクション。
メタフィクションは、ロジャー・ゼラズニイの『真世界アンバー』に登場するロジャーのようにわずかな間だけ現れることもあれば、ローレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』のように作品の中核を成すこともある。
メタフィクションの要素はアニメーションにも見られる。テックス・アヴェリーが1940年代に作った革新的なカートゥーンにはしばしば自己言及的な対話やプロット、登場人物から視聴者への呼びかけが使われている。ハンナ・バーベラが制作したテレビアニメ『チキチキマシン猛レース』では、ブラック魔王がナレーターと口論をしたり、ナレーターが視聴者にミルクちゃんへの応援をあからさまに求めたりする。日本のアニメーション作品では浦沢義雄が脚本を担当した『はれときどきぶた』にその特徴が顕著に出ている。
アニメ『マクロス』シリーズは、その主要な原作者河森正治による複数の発言によれば[1][2][3]、全体が架空の世界で作られた創作物、いわば暗黙的な作中作である、という構造をもつ。このシリーズのすべての作品は「マクロス世界の歴史的出来事をモチーフにして後日制作された創作作品である」という設定を与えられている。たとえば、テレビアニメ『超時空要塞マクロス』は架空世界の歴史的事実をテレビドラマ化したものであり、アニメ映画『愛・おぼえていますか』は戦勝20周年を記念して2031年に公開された歴史映画とされる。架空世界の史実は直接ではなく常に作中作を介してのみ描かれるので、視聴者が知ることのできる出来事がすべて(架空世界での)歴史的事実とは限らない。
[編集] 脚注
[編集] 関連文献
- パトリシア・ウォー著、結城英雄訳 1『メタフィクション: 自意識のフィクションの理論と実際』 泰流社、1986年、ISBN 4884705343
- Linda Hutcheon, Narcissistic Narrative: The Metafictional Paradox, Routledge, 1984, ISBN 0415065674.
