高橋源一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
高橋 源一郎
(たかはし げんいちろう)
Replace this image JA.svg
画像募集中
ペンネーム 高橋 源一郎
(たかはし げんいちろう)
誕生 1951年1月1日(63歳)
日本の旗 日本広島県尾道市
職業 小説家文芸評論家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 横浜国立大学経済学部除籍
活動期間 1982年 -
ジャンル 小説翻訳文芸評論
文学活動 ポストモダン文学
代表作 さようなら、ギャングたち』(1981年)
『優雅で感傷的な日本野球』(1988年)
『ゴーストバスターズ』(1997年)
日本文学盛衰史』(2001年)
『さよならクリストファー・ロビン』(2012年)
主な受賞歴 三島由紀夫賞(1988年)
伊藤整文学賞(2002年)
谷崎潤一郎賞(2012年)
処女作 『さようなら、ギャングたち』(1981年)
配偶者 あり
谷川直子(離婚)
室井佑月(離婚)
子供 橋本麻里(長女)
男児2人
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

高橋 源一郎(たかはし げんいちろう、1951年1月1日 - )は、日本小説家文学者文芸評論家明治学院大学教授。出身は広島県尾道市日本テレビ放送番組審議会委員。

古今東西の名作からマンガ・テレビといったマスカルチャーまでを引用し、パロディパスティーシュを駆使するシニカルな手法と相反する抒情的な作風により、日本を代表するアヴァン・ポップ文学の担い手として注目される。競馬評論家としても活動している。

4度の離婚歴と5度の結婚歴がある。1人目の妻との間にもうけた長女はフリーライターの橋本麻里。2人目の妻との間に長男がいる。3人目の妻である谷川直子、4人目の妻である室井佑月はともに小説家(谷川は結婚時は雑誌編集者で、離婚後に小説家デビュー)。なお、室井との間には男児をもうけている。5人目の妻との間にも男児2人。合計で子どもは5人になる。

来歴[編集]

広島県尾道市の母の実家に生まれる。1歳まで大阪の帝塚山の父の実家にておもに祖母の手で育てられた[1]。実家は尾道駅近くで自転車屋を営んでおり、新藤兼人が店員として働いていたことがあるという[2]尾道市立土堂小学校在学時に自転車屋が廃業したため一家で東京に移り、世田谷区立船橋小学校を経て麻布中学校に入学。1964年灘校に転入。このころ鮎川信夫谷川雁鈴木志郎康等の現代詩を読み、感銘を受ける。また灘中の同級生、竹信悦夫から多大な文学的影響を受けた。高校時代より無党派のデモに参加。1969年東京大学を受験する予定だったが、東大入試の中止により京都大学を受験して失敗、二期校である横浜国立大学経済学部に入学した。しかし大学紛争中のストライキでほとんど授業が行われず、活動家として街頭デモなどに参加する日々を送る[3]。同年11月、学生運動に加わって凶器準備集合罪で逮捕・起訴され、東京拘置所で半年を過ごす。その体験が原因で一種の失語症となり、書くことや読むことが思うようにいかなくなる[4]。横浜国立大学は除籍となった[3]

1972年、土木作業のアルバイトを始め、鉄工所や化学工場、土建会社などを10年ほど転々とした。この頃に競馬に興味を持つようになる。1979年より失語症のリハビリテーションとして小説を書きはじめ、1980年に『すばらしい日本の戦争』で群像新人文学賞に応募、最終選考まで残るものの、瀬戸内寂聴を除く全選考委員から酷評され落選。このときに担当した編集者に勧められて長編小説の執筆を開始し、1981年に『さようなら、ギャングたち』で群像新人長編小説賞へ応募、優秀作と評価されデビューを飾る。この『さようなら、ギャングたち』は蓮實重彦吉本隆明などからの絶賛を受けた。1982年、同作品でデビュー。

1984年に『虹の彼方に(オーヴァー・ザ・レインボウ)』を、1985年に『すばらしい日本の戦争』に手を加えた『ジョン・レノン対火星人』を発表。『さようなら、ギャングたち』と合わせて3部作とした。1987年ジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』を翻訳、ベストセラーとなった。1988年、『優雅で感傷的な日本野球』により第1回三島由紀夫賞を受賞。高橋、小林恭二佐伯一麦島田雅彦松浦理英子山田詠美吉本ばなな井口時男中沢新一朝吹亮二岩森道子高瀬千図という候補総勢12人、小説・評論・詩歌の三方にわたる大混戦となったなか、選考委員の大江健三郎江藤淳の2票を獲得して受賞した。この時の賞金100万円は全額、日本ダービーにつぎ込み、一瞬にして使い果たした[5]

1990年の『惑星P-13の秘密』以降は1997年の『ゴーストバスターズ』まで小説の発表がなく、エッセイ、時評などを中心に執筆した。1991年湾岸戦争への自衛隊派遣に抗議し、柄谷行人中上健次津島佑子田中康夫らとともに声明を発表した。

1997年より『群像』に『日本文学盛衰史』の連載を開始し、2001年に刊行。近代文学が成立していく過程での明治期の文学者たちの苦悩を、テレクラやアダルトビデオといった現代風俗のなかに再現し、翌年伊藤整文学賞を受賞した。この作品は賛否がかまびすしく、同賞の受賞は津島佑子の強い推薦によるものである。『日本文学盛衰史』以降は『官能小説家』『君が代は千代に八千代に』『ミヤザワケンジ・グレーテスト・ヒッツ』と、それまでに比して小説の発表が増えている。2005年明治学院大学国際学部教授に就任。

2012年、『さよならクリストファー・ロビン』により谷崎潤一郎賞を受賞。現在は野間文芸賞すばる文学賞中原中也賞文藝賞萩原朔太郎賞選考委員。

小林多喜二の『蟹工船』が2008年に再脚光を浴びたのは、同年1月9日に毎日新聞東京本社版の朝刊文化面に掲載された、高橋と雨宮処凛との対談がきっかけになったといわれる[6][7]

なお、先祖は米沢藩山形県)の家老だったという[8]

競馬評論家としての活動[編集]

競馬好きが高じて、1988年サンケイスポーツ東京本社版の競馬面で予想コラム「こんなにはずれちゃダメかしら」を連載開始。2010年現在も連載継続中で、実に20年以上に渡る長期連載となっており、過去に書籍化されたこともある。

1990年代よりテレビの競馬関連の番組にも進出。『スポーツうるぐす』(日本テレビ)では、司会の江川卓と予想対決を繰り広げたほか、『ドリーム競馬 KOKURA』(テレビ西日本制作分)ではゲストとして度々出演。盟友だった佐藤征一アナウンサーが定年の関係もあって番組の表から遠ざかった後は、コメンテーター的司会として毎回出演するようになった。この2つの番組によって、高橋は「競馬好き作家」としてすっかり有名になった。

なお、レギュラーとして出演していた『DREAM競馬』については、2007年2月11日の放送を最後に藤城真木子ともども降板したが、それから半年後の8月12日の放送は、同年で唯一BSフジにおいて全国放送されることもあり、この日限りながら復活出演となった(降板時はTNCローカル放送だったため、TNC以外の視聴者には降板挨拶がなされなかった)。

著書[編集]

小説[編集]

  • さようなら、ギャングたち』(1982年、講談社)のち文庫、文芸文庫
  • 『虹の彼方に - オーヴァー・ザ・レインボウ』(1984年、中央公論新社)のち新潮文庫、講談社文芸文庫
  • ジョン・レノン対火星人』(1985年、角川書店)のち新潮文庫、講談社文芸文庫
  • 優雅で感傷的な日本野球』(1988年、河出書房新社)のち文庫
  • 『ペンギン村に陽は落ちて』(1989年、集英社)のち文庫、ポプラ文庫 
  • 『惑星P-13の秘密 - 二台の壊れたロボットのための愛と哀しみに満ちた世界文学』(1990年、角川書店)のち文庫
  • 『ゴーストバスターズ - 冒険小説』(1997年、講談社)のち文庫、文芸文庫
  • 『あ・だ・る・と』(1999年、主婦と生活社)のち集英社文庫
  • 日本文学盛衰史』(2001年、講談社)のち文庫
  • 『ゴヂラ』(2001年、新潮社)
  • 『官能小説家』(2002年、朝日新聞社)のち文庫
  • 『君が代は千代に八千代に』(2002年、文藝春秋)のち文庫
  • 『性交と恋愛にまつわるいくつかの物語』(2005年、朝日新聞社)のち文庫 
  • ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』(2005年、集英社)のち文庫 第16回宮沢賢治賞
  • 『いつかソウル・トレインに乗る日まで』(2008年、集英社)
  • 『「悪」と戦う』(2010年、河出書房新社)のち河出文庫
  • 『恋する原発』(2011年、講談社)
  • 『さよならクリストファー・ロビン』(2012年、新潮社)
  • 『銀河鉄道の彼方に』(2013年、集英社)

随筆・評論など[編集]

  • 『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』(1985年、宝島社)のち新潮文庫
  • 『ジェイムス・ジョイスを読んだ猫』(1987年、講談社)のち文庫
  • 『文学がこんなにわかっていいかしら』(1989年、福武書店)のち文庫
  • 『追憶の一九八九年』(1990年、スイッチ書籍出版部)のち角川文庫
  • 『競馬探偵の憂鬱な月曜日』(1991年、ミデアム出版社)
  • 『文学じゃないかもしれない症候群』(1992年 朝日新聞社)のち文庫
  • 『競馬探偵のいちばん熱い日』(1993年、ミデアム出版社)
  • 『文学王』(1993年、ブロンズ新社)のち角川文庫
  • 『平凡王』(1993年、ブロンズ新社)のち角川文庫
  • 『正義の見方 世の中がこんなにわかっていいかしら』(1994年、徳間書店)
  • 『競馬探偵の逆襲』(1995年、ミデアム出版社)
  • 『これで日本は大丈夫 正義の見方2』(1995年、徳間書店)
  • 『競馬漂流記』(1996年、ミデアム出版社)
  • 『こんな日本でよかったら』(1996年、朝日新聞社)
  • 『タカハシさんの生活と意見』(1996年、東京書籍)
  • 『いざとなりゃ本ぐらい読むわよ』(1997年、朝日新聞社)
  • 『文学なんかこわくない』(1998年、朝日新聞社)のち文庫
  • 『即効ケイバ源一郎の法則 勝者のセオリー・敗者のジンクス』(1998年、青春出版社)
  • 『競馬探偵T氏の事件簿』(1998年、読売新聞社)
  • 『退屈な読書』(1999年、朝日新聞社)
  • 『もっとも危険な読書』(2001年、朝日新聞社)
  • 『一億三千万人のための小説教室』(2002年、岩波新書
  • 『人に言えない習慣、罪深い愉しみ - 読書中毒者の懺悔』(2003年、朝日文庫)
  • 『私生活』(2004年、集英社インターナショナル)
  • 『読むそばから忘れていっても 1983-2004マンガ、ゲーム、ときどき小説』(2005年、平凡社)
  • 『ニッポンの小説 - 百年の孤独』(2007年、文藝春秋)のちちくま文庫
  • 『おじさんは白馬に乗って』(2008年、講談社)
  • 『大人にはわからない日本文学史』(ことばのために)(2009年、岩波書店)
  • 『13日間で「名文」を書けるようになる方法』(2009年、朝日新聞出版)のち文庫 
  • 『さよなら、ニッポン ニッポンの小説2』(2011年、文藝春秋)
  • 『「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について』(2012年、河出書房新社)ISBN 4309020925
  • 『非常時のことば 震災の後で』(2012年、朝日新聞出版)
  • 『国民のコトバ』(2013年、毎日新聞社)
  • 『ぼくらの文章教室』(2013年、朝日新聞出版)

詩など[編集]

  • 『泳ぐ人』(操上和美写真、1984年、冬樹社)
  • 『朝、起きて、君には言うことが何もないなら Tokio feminites』(英隆写真、1986年、講談社)
  • 網浜直子写真集 ラヴレター(山岸伸撮影、1994年、風雅書房)

翻訳[編集]

  • ジェイ・マキナニー『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』(1987年、新潮社)のち文庫
  • 『ロンメル進軍 - リチャード・ブローティガン詩集』1991年、思潮社)
  • マーカス・フィスター『こっちをむいてよ、ピート!』(1995年、講談社「世界の絵本」)
  • ジョン・ロウ『あかちゃんカラスはうたったよ』(1996年、講談社「世界の絵本」)
  • マーカス・フィスター『ピートとうさんとティムぼうや』(1996年、講談社「世界の絵本」)
  • ラドヤード・キプリング文、ジョン・ロウ絵『アルマジロがアルマジロになったわけ』(1998年、講談社「世界の絵本」)
  • ジョン・ロウ『まっくろスマッジ』(2000年、講談社「世界の絵本」)

共編著[編集]

  • 『日本の名随筆 競馬』(1997年、作品社)
  • 『この官能小説がスゲェ! ベストセレクション』(高橋源一郎と官能小説研究会編、2002年、ベストセラーズ)
  • 『21世紀文学の創造別巻 日本語を生きる』(谷川俊太郎平田俊子共著、2003年、岩波書店)
  • 『顰蹙文学カフェ』(山田詠美共著、2008年、講談社)
  • 『言葉の見本帖』(荒川洋治加藤典洋関川夏央平田オリザ共編著、2009年、岩波書店)
  • 『柴田さんと高橋さんの「小説の読み方、書き方、訳し方」』(柴田元幸共著、2009年、河出書房新社)
  • 『沈む日本を愛せますか?』『どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?』(内田樹共著、2010・12年、ロッキング・オン
  • 『弱さの思想: たそがれを抱きしめる』(辻 信一との対談、2014/2/20、大月書店)

出演[編集]

映画[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

  • ソニー ワープロ PRODUCE(1988年)

脚注[編集]

  1. ^ 高橋源一郎 『さようなら、ギャングたち』 講談社文芸文庫、1997年、363頁(自筆年譜)
  2. ^ 『にほん風景物語』BS朝日、2013年10月1日放送
  3. ^ a b 高橋源一郎 『さようなら、ギャングたち』 講談社文芸文庫、1997年、365頁(自筆年譜)
  4. ^ 高橋源一郎 『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』 宝島社、1985年、32-36頁
  5. ^ 高橋が買っていたメジロアルダンは、ゴール直前にいったん先頭に立つも一度競り勝ったはずのサクラチヨノオーの粘り腰に再度逆転を許し、2着に終わっている。
  6. ^ プロレタリア文学:名作『蟹工船』異例の売れ行き - 毎日jp(毎日新聞)
  7. ^ 週刊現代、2008年6月7日号 48頁-49頁
  8. ^ 2009年9月17日放送「アナタの名字SHOW」にて本人の発言。

外部リンク[編集]