サンデーモーニング
| サンデーモーニング SUNDAY MORNING |
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|---|---|
| ジャンル | 報道・情報・ワイドショー番組 |
| 放送国 | |
| 制作局 | TBS |
| 監修 | 上西研三郎 |
| プロデューサー | 廣井紀年 / 西野哲史(制作P) |
| 出演者 | 関口宏 橋谷能理子 唐橋ユミ 柴田奈津子 滝本沙奈 岸井成格 張本勲 ほか |
| オープニング | 作曲:三枝成彰 |
| エンディング | 同上 |
| 外部リンク | 公式サイト |
| 関口宏のサンデーモーニング (放送開始から1994年3月まで) |
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| 放送時間 | 日曜日 8:30 - 9:54(84分) |
| 放送期間 | 1987年10月4日 - 1994年3月27日 |
| 関口宏のサンデーモーニング (1994年4月から1997年9月まで) |
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| 放送時間 | 日曜日 8:00 - 9:54(114分) |
| 放送期間 | 1994年4月3日 - 1997年9月 |
| 新サンデーモーニング | |
| 放送時間 | 同上90% |
| 放送期間 | 1997年10月 - 1999年3月 |
| サンデーモーニング | |
| 放送時間 | 同上90% |
| 放送期間 | 1999年4月 - 現在 |
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特記事項: ナレーション:鈴木麻里子 |
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『サンデーモーニング』(英字:SUNDAY MORNING)は、TBS系列(JNN)で、毎週日曜日の朝に生放送されている関口宏司会の報道ワイドショー・情報番組。略称は「サンモニ」など。TBS系列初の日曜日朝の報道ワイドショー番組として開始した。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 初期(1987年10月 - 1997年9月)
1987年10月4日に放送が始まった(当時の放送時間は8:30 - 9:54(以下、JST)、初期のみ一部地域では9:30まで)。1994年4月3日から放送開始が30分繰り上がって、8:00開始になった。
1997年9月までは『関口宏のサンデーモーニング』というタイトルで、北野大、ケント・ギルバート、三屋裕子、新堀俊明、定岡正二などがレギュラーコメンテーターとして出演。関口の所属事務所である三桂のタレントが多く出演した。制作スタッフは平日の『モーニングEye』とほとんど同じだった。1994年4月からは8:00開始の2時間に枠が拡大し、テーマ曲が変更されるなどリニューアルされた。
1996年に明るみになったTBSビデオ問題により番組制作を担当していた社会情報局が廃止され、制作を報道局に移管することで番組は継続することになった。
[編集] 新サンデーモーニング(1997年10月 - 1999年3月)
放送開始10周年を機に、1997年10月『新サンデーモーニング』に改題した。関口は残るものの出演者を総入れ替えした。アシスタントに中江有里、コメンテーターには矢崎滋、リポーターとして報道局記者や報道番組のキャスターが出演した。また、声優によるナレーションを導入。ナレーションには戸谷公次が担当した。
[編集] 現行(1999年4月 - )
1999年4月に再びリニューアルし、番組タイトルを『サンデーモーニング』と改めた。同年9月からは1997年まで使用していたテーマ曲や一部BGMを復活させ、コメンテーターを新たに起用、三桂やセント・フォース所属のアナウンサーがナレーターとして出演している。リニューアル当初はコメントを求めるために大学生が観客として出演する演出があった。2002年以降は、関東地区で15%前後の視聴率を獲得している。
[編集] 年末・新春スペシャルについて
年に1回、年末または年始に11:25まで拡大して放送され、代わりに「サンデージャポン」が休止となる。12月30日か31日が日曜の場合は「年末スペシャル」に、1月2日 - 4日が日曜の場合は「新春スペシャル」になるが、元日が日曜日の場合は休止[1]となり1週間前の12月25日に年末スペシャルとして放送される。スペシャル版は2部構成となり、第1部は通常のタイムスケジュールで進行され、9:40頃「風を読む」コーナー部分から第2部となり当年(または前年)をVTRで振り返り、来年(または今年)がどういう年になるかコメンテーターとともに討論する形式になる。2009年 - 2010年は1月3日が日曜にあたっていたが「新春スペシャル」はなく(特別番組で休止)、1週間前の2009年12月27日に年末スペシャル、翌年1月3日にレギュラー版を放送した。2010年 - 2011年は前年と同様に、12月26日に年末スペシャル、翌年1月2日はレギュラー版を放送。2011年 - 2012年は2011年12月25日に年末スペシャル(この年は「報道の日2011」記憶と記録そして願いの第一部として)、翌年1月8日はレギュラー版を放送。なお、曜日配列によっては、年末年始も休まず放送する。
[編集] 主なコーナーとタイムテーブル
- 8:00 - オープニング、メインニュース
- 8:45 - 週刊御意見番
- 9:20 - 一週間のニュース・週間天気
- 9:35 - 風をよむ(2011年3月11日の東日本大震災発生後は考(こう)・震災というコーナーに変わった。)
- 9:51 - 今週の一枚、エンディング
- 9:52 - 放送終了、『サンデージャポン』ジャンクション
※時間はあくまで目安として記している。
[編集] 出演者
[編集] 司会
[編集] アシスタント
太字は三桂所属
現在の出演者
- 橋谷能理子(2000年4月 - 〈斎藤と2期メンバー〉)
- 唐橋ユミ(2004年10月3日 - 〈鬼頭あゆみ・用稲千春と入れ替わり〉)
- 滝本沙奈(2009年7月5日 - 〈津島亜由子と入れ替わり〉
- 佐藤渚(TBSアナウンサー・2011年4月3日 -(柴田奈津子と入れ替わり〉
「週刊御意見番」専属アシスタントは2002年9月以前は川村美絵子が、同年10月から2008年9月までは今山佳奈がそれぞれ務めていた。今山退任後は専属担当者を決めず、橋谷以外の3人が持ち回りで担当していたが、2008年12月から唐橋が専属で担当するようになった。なお、今山不在の時は津島や唐橋が代理をしたこともあった。
過去の出演者
- 柴田奈津子(2008年10月 - 2011年3月〈今山佳奈と入れ替わり〉)
- 津島亜由子(2004年10月3日 - 2009年6月28日〈鬼頭あゆみ・用稲千春と入れ替わり〉)
- 今山佳奈(2002年10月 - 2008年9月〈城向あかり・佐藤まり江・川村美絵子と入れ替わり〉)
- 鬼頭あゆみ(2003年2月 - 2004年?〈橋谷・用稲・今山と4人体制に〉)
- 用稲千春(2001年4月 - 2004年?〈斎藤英津子と少し重なった後入れ替わり〉)
- 城向あかり(1999年9月 - 2002年9月〈5人でスタート〉)
- 佐藤まり江(1999年9月 - 2002年9月〈5人でスタート〉)
- 川村美絵子(1999年9月 - 2002年9月〈5人でスタート〉)
- 斎藤英津子(2000年4月 - 2001年6月〈橋谷と2期メンバー。米国へ〉)
- 村瀬美希(1999年9月 - 2000年7月〈5人でスタート〉)
- 森麻季(1999年9月 - 2000年7月〈5人でスタート。現在は日本テレビアナウンサーだが裏番組で担当していた〉)
- 浜尾朱美(筑紫哲也 NEWS23担当以前の1987年10月 - 1989年9月)
- 宮田佳代子(テレビ朝日・サンデープロジェクト担当以前)
- 広重玲子(早稲田大学在学時代に学生リポーターとして出演。後にTBSアナウンサー)
- ほか
初期の頃、司会の関口はアシスタントを「○○君」(例・橋谷君)と呼んでいたが、現在は「○○さん」と呼んでいる。
[編集] コメンテーター
コメンテーターの人名紹介テロップは、必ず「さん」付けされる。
[編集] 週刊御意見番
- 大沢啓二( - 2010年9月19日) - 2010年9月26日と10月3日は休演。10月3日に本人からの手紙を関口が紹介し、その中で「体調不良」を明らかにしていたが、10月7日に死去したため復帰はかなわなかった。
- 張本勲
- 大沢死去後の御意見番の体制
- 大沢死去後の2010年10月10日にはキャスター・コメンテーター一同が喪服調の衣装に着替え、張本1人でコーナーをやっていく事を決める様に進行していたが、翌週から張本と週替わりで様々なジャンルのスポーツ評論家の2人体制となり、初出演のスポーツ評論家は、フィリップとVTRで過去の成績や活躍を関口が紹介する。
- 今後もこの体制を続けるのか、頃合いを見てキャストを固定するのかは不明。10月17日からオープニングジングルがJNN系スポーツテーマ「コバルトの空」に変わり、コーナーテロップに入っていた大沢と張本のイラストは外されている。
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放送日 担当者 出身スポーツ競技 2010年10月17日 土橋正幸 プロ野球 2010年10月24日 高田繁 2010年10月31日 大古誠司 バレーボール 2010年11月7日 山田久志 プロ野球 2010年11月14日 村田兆治 2010年11月21日 佐々木主浩 2010年11月28日 瀬古利彦 陸上競技 2010年12月5日 北の富士勝昭 大相撲 2010年12月12日 松尾雄治 ラグビー 2010年12月19日 斉藤仁 柔道 2010年12月26日 江本孟紀 プロ野球 2011年1月2日 青木功 ゴルフ 2011年1月9日 王貞治 プロ野球 2011年1月16日 大八木淳史 ラグビー 2011年1月23日 鈴木大地 水泳 2011年1月30日 瀬古利彦(2回目) 陸上競技 2011年2月6日 石毛宏典 プロ野球 2011年2月13日 駒田徳広 2011年2月20日 達川光男 2011年2月27日 佐々木主浩(2回目) 2011年3月6日 金田正一 2011年3月27日 中西哲生 サッカー 2011年4月3日 中西哲生(2回目) サッカー 2011年4月10日 具志堅用高 ボクシング 2011年4月17日 槙原寛己 プロ野球 2011年4月24日 広澤克実 2011年5月1日 篠塚和典 2011年5月8日 山田久志(2回目) 2011年5月15日 朝原宣治 陸上競技 2011年5月22日 立浪和義 プロ野球 2011年5月29日 北別府学 2011年6月5日 衣笠祥雄 2011年6月19日 有藤通世 2011年6月26日 工藤公康 2011年7月3日 中畑清 2011年7月10日 佐々岡真司 2011年7月17日 柴田勲 2011年7月24日 王貞治(2回目) 2011年7月31日 山下大輔 2011年8月7日 川合俊一 バレーボール 2011年8月14日 香川伸行 プロ野球 2011年8月21日 大林素子 バレーボール 2011年8月28日 瀬古利彦(3回目) 陸上競技 2011年9月4日 (不在) 2011年9月11日 2011年9月18日 金田正一(2回目) プロ野球 2011年9月25日 大矢明彦 2011年10月2日 東尾修 2011年10月9日 木田勇 2011年10月16日 藤田平 2011年10月23日 佐々木主浩(3回目) 2011年10月30日 駒田徳広(2回目) 2011年11月6日 山田久志(3回目) 2011年11月13日 高木守道 2011年11月20日 達川光男(2回目) 2011年11月27日 西崎幸広 2011年12月4日 樋口久子 ゴルフ 2011年12月11日 松尾雄治(2回目) ラグビー 2011年12月18日 斉藤仁(2回目) 柔道 2011年12月25日 工藤公康(2回目) プロ野球 2012年1月8日 王貞治(3回目) 2012年1月15日 大八木淳史(2回目) ラグビー 2012年1月22日 沢松奈生子 テニス 2012年1月29日 浅香山親方 大相撲 2012年2月5日 佐々木主浩(4回目) プロ野球 2012年2月12日 川藤幸三 2012年2月19日 仁志敏久 2012年2月26日 広澤克実(2回目)
[編集] 週替わり
太字は三桂所属
- 浅井信雄(国際政治学者)
- 寺島実郎(日本総研会長、三井物産戦略研究所所長)
- 浅井慎平(写真家)
- 大宅映子(ジャーナリスト)
- 田中秀征(福山大学客員教授)
- 金子勝(慶應義塾大学経済学部教授)
- 幸田真音(作家)
- 佐高信(ジャーナリスト、週刊金曜日)
- 田中優子(法政大学教授)
- 伊勢崎賢治(東京外国語大学総合国際学研究院教授)
- 中西哲生(スポーツジャーナリスト)
- 西崎文子(成蹊大学教授)
- 辺真一(コリア・レポート編集長)
- 目加田説子(中央大学総合政策学部教授)
- 涌井雅之(造園家、桐蔭横浜大学特任教授)
- 町田徹(経済評論家、甲南大学外部講師)
- 河野洋平 (元衆議院議長)
- 春原剛(日本経済新聞国際部編集委員)
- 神保哲生(ビデオジャーナリスト)
過去の出演者
- 江川紹子(ジャーナリスト) - 2010年6月20日放送分より降板
[編集] 主なコーナー
[編集] メインニュース
3つ程度ニュースを取り上げ、VTRによる検証とスタジオトークを展開する。最近は手作り風の小道具を用意し、アシスタントがそれを用いながら原稿読みをしている。
[編集] 週刊御意見番
雑誌の中吊り(順番は中吊りの右側から順に進む)をイメージした項目フリップに沿って関口宏が進行し、大沢啓二と張本勲(2010年10月17日以降は、張本とゲストコメンテーター1名)がプロ野球を中心にスポーツのさまざまな話題について「球界のご意見番」として辛口のコメントをする。憤りを感じるネタには『喝』、素晴らしいネタには『あっぱれ』と称して、関口がそれぞれのワッペンを項目フリップに貼っていく。ゲストコメンテーター制になってからはゲストは一週のみ出演であり、コーナーの勝手が分からないのか、あまり積極的に『喝』や『あっぱれ』を言わないため、関口に促されて『喝』や『あっぱれ』を言うことが多い。赤丸が付いている記事はアシスタントのナレーション付きで紹介する。時に自分で製作した表を使ってその内容を詳しく解説することもある。
このコーナーは1999年7月頃に『親分は怒ってるんだぞ』という題のコーナーでスタートし、ほどなくして現在の形態となった。当初は20分程度のコーナーであったが、好評だったためだんだんと時間が延ばされ、2010年現在は40分程度となっている。前半で進行が遅れると後半の話題がカットされることがあり、その場合には中吊り風フリップにあった見出しの上に無地の紙が貼られて隠される。後半には日本ではあまり有名ではないスポーツが取り上げられることが多く、例えばカバディ、ペタンク、スポーツチャンバラといったものから、変わったところでは競技かるたをスポーツとして取り上げることもある。また、少年や高齢者のみで行われるスポーツ大会も後半で取り上げられる。これらについては参加した全員に対し健闘を称え「あっぱれ」をあげることが多い。
2009年から、日本人メジャーリーガーはその週の結果によって、活躍した選手は「エエジャー」、成績の悪かった日本人選手は「ダメジャー」という称号で紹介するようになり、2010年からはいいとも悪いともいえない場合の「どっちジャー」の称号も使用されている。
中西哲生出演時はサッカーに関する話題を中西が解説し、理論面からサポートする。その際に中西が「喝」「あっぱれ」を入れることがある。中西は同番組で2006年のドイツワールドカップでの予想を求められた際には、「予選リーグで3連勝もあれば3連敗の可能性もある」というコメントをしており、実際に日本はグループリーグで1分2敗を喫して敗退した。
スポーツが専門である中西以外のコメンテーターも関口からコメントを求められたり、自主的に発言することもある。特にラグビーの話題や出身校である早稲田大学関連の話題に関しては浅井慎平、横浜ベイスターズの話題に関しては浅井信雄、相撲の話題に関しては岸井成格、水泳やゴルフの話題に関しては大宅映子、卓球の話題に関しては佐高信、陸上競技の話題に関しては河野洋平と、その競技に縁のあるコメンテーターが発言し、「喝」「あっぱれ」の判定に影響を及ぼすこともある。
大沢や張本が地方の仕事などでスタジオに来られない場合に、バーチャル出演することがある。この場合、地方のスタジオから生出演している姿を、東京のスタジオの本来のポジションに合成する[2]。コーナー開始当初は大沢と張本のどちらかが出演できない場合に、TBS解説者である衣笠祥雄が出演することがあったが、その後はバーチャル出演もしくはどちらかのみの出演になった。
- 大沢は「あっぱれ」、張本は「喝」をよくつける傾向にある。また関口が「喝」「あっぱれ」をつけるように二人に促す場合もある。
- 著しく不愉快なものや、スポーツマンシップに反する行為については「大喝」をつける。
- プロ野球経験者ならではの視点で、特に野球に関しては素人から見れば「喝」をつけそうなネタでも、同情的なコメントをしたり、逆に称賛されるべきことに対して厳しいコメントをすることがある。
- 最近のプロ野球人気の低下を危惧しており、メジャーリーグの話題も「日本人選手のことが気になるだけで、別にどこが勝とうがどうでもいい」(大沢・張本両名は「メジャー嫌い」をこのコーナーで公言している)という発言や、TBSだけでなく他の在京キー局がプロ野球中継を削減していることに関して「なぜこんないい試合(=クライマックス・シリーズや国内のペナントレース)をテレビでやらないのか」とコメントしている。
- 野球に次いで積極的に発言するのはゴルフである(ゴルフの解説は小山武明が担当する。この際、小山は副調整室から出演し、関口が司会を務めていた『クイズ100人に聞きました』になぞらえて「屋根裏のゴルファー」と呼ばれる)。
- 大沢が全国野球振興会の元理事長で、振興会が設立に深く関わったプロ野球マスターズリーグ議長職を務めていたため、マスターズリーグ開催中はその試合内容を伝えることが多い。マスターズリーグが行われる冬季においては、コーナーの最後では懐かしの名選手の紹介を交えながら、マスターズリーグの珍プレー好プレー・開催予定のマスターズリーズの試合日程を伝えていた。
- 2005年12月にオリックスの仰木彬SAの死去の際に関口が「“あっぱれ”をあげましょう」と発言したが、張本から「亡くなっているのに“あっぱれ”はあげられません」と発言した。
- 通算安打の話題ではプロ野球記録保持者の張本の名前が、退場の話題では通算退場回数7回(生前歴代4位)の大沢の名前が必ず上がるため、毎回笑いを呼んでいる。
- 2000年代中頃からは大沢がその1週間で中心になった人物に関する自作自演歌(多くは替え歌)を歌いながら登場するのがこのコーナーがスタートする時のお決まりになっていた。ただし、災害などの不幸事が起きた場合は自粛する。大沢の死去後は、かつてのTBSスポーツ中継のテーマ曲「コバルトの空」で登場するようになった。
- このコーナーは土曜朝の情報番組『王様のブランチ』の「視聴率瞬間ランキング」にも毎週のように登場し、上位にランクする。
- プロ野球のハイライトでは実況音源がよく使われている。基本的にはテレビ放送からの中継音源だが、ラジオ放送から(TBS系でのテレビでの中継放送がないとき)の音源や、取材用に収録した音源が使われることもある(テレビ・ラジオ放送の音源はTBS系列局からの放送のみ使用)。ラジオの野球中継がJRN(TBSテレビの兄弟会社・TBSラジオがキー局)・NRN(ニッポン放送・文化放送がキー局)のクロスネットになっている局(東北放送・毎日放送・中国放送)の音源も、ネットワークの担当曜日に係わらず使用しているため、NRNナイターとして放送された中継音声が流れることもある。ただし、ヤクルト主催試合はラジオも含めてTBSに放送権がないため(ヤクルト主催試合の放映権はフジテレビにある)、実況音源なし、もしくはアフレコ実況となる(試合映像はフジテレビから提供)。2010年度からはTBSラジオでの土曜・日曜の野球中継が編成されなくなったため(ビジターチームの地元局向け裏送りは継続)、当該曜日の在京球団主催試合の音源がアフレコになるケースが増加している。
- プロ野球以外の一部のスポーツにもプロ野球同様のアフレコ実況が加えられている場合がある(Jリーグ、ラグビー、大相撲他)。
- 2010年5月23日放送分で、張本が途中降板した東北楽天ゴールデンイーグルスの岩隈久志へ「エースとしてマウンドを守るべき」と「喝」を入れた。この際、出演者である江川紹子は「途中降板もありなのでは」という意見を述べた。放映中には口論にならなかったものの、両者の関係がこじれたため、後日TBS側は何度か両者と話し合いをおこなった。しかし解決に至らず、江川は6月20日放映分への出演自粛をTBSから求められたとツイッターで明らかにした。江川は今後の出演予定は未定としていた。その後江川はツイッター閲覧者からの「復帰しないのか」という質問に、「張本さんがお出になっている間、私の復帰はない、とのことです。数日前、正式に通告がありました」と回答。番組関係者は、「江川さんとは年間契約などをしているわけではない。コメンテーターとしての出演をお願いしないということです」と説明した。
- 大沢が死去した週の週末となる2010年10月10日放送分では番組冒頭からスタジオに大沢の写真を置き、御意見番コーナーでは約半分を「追悼 大沢親分」として大沢の野球人生や番組に関する思い出などを振り返った。その後、同年12月19日放送分の2010年墓碑銘でも、少しではあるが取り上げられた。
- 1年の最後にはその年1年のスポーツを振り返るコーナーとして「総喝スペシャル」が放送される。2006年にはナンバーワンの喝とその主役に「大喝グランプリ」が送られた。
- 2008年の最後の放送では、大沢と張本それぞれが1年の間に印象に残った「喝」を取り上げた。
- 2009年の年末スペシャルでは、1年間放送されてきた喝のシーンを「あんな喝、こんな喝」と題して取り上げた。
- 「カツをいれる」という慣用句は、喝を入れるではなく活を入れるという表現が正しい。2010年11月21日に放送された平成教育委員会でこの問題が出題されたが、このコーナーの影響からか出演者の多くが「喝」と答えていて、司会の北野武も「大沢親分の喝」と発言しており、いかにこのコーナーの影響力が大きいかというのを物語っている。
- 2001年にアメリカ同時多発テロ事件が発生した際は2週休止になった。2011年3月13日と20日は東日本大震災による番組内容の大幅変更でコーナー自体が休止し、27日から再開したが、「喝」「あっぱれ」という表現は行わなかった。
[編集] 一週間のニュース・週間天気
サンデーモーニング開始以来続くコーナー。テーマ曲をBGMにして関口がその週の主なニュースを紹介し、コメンテーターに意見を求める。訃報も爽やかなテーマ曲が流れ続ける不謹慎な一幕もあった。現行では前半で取り上げなかった話題が中心。 一通りニュースを読み終わった後に関口による『カメラ外に出ます』という一言で映像がお天気カメラ(概ね横浜または皇居のカメラが多い)に切り替わり、それをバックに週間天気が表示され、スタジオからコメントが入れられ、その後次のコーナーに移る。
- 通常は前週の日曜から順番に取り上げていくが、2004年11月に発生した元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件の際は最初にとりあげて、前のコーナーからそのまま待機させていた大沢と張本にコメントを求めた。
[編集] 風をよむ
ニュースよりも主に世相の動きを取り上げ、通行人のインタビューを織り交ぜながら、コメンテーターの見解を聞いていく。現代の世相をそぎ切りつつ、明日の日本、世界を展望する。
- 現在のタイトルになったのは2002年になってからで、2000年までは「ブリッジ21」、2001年は「breeze21」というタイトルで放送していた。コメンテーターが発言する時にBGMとしてエンヤの「Only Time」が流れる。
- 2011年3月13日から休止され、代替企画として3月27日からは「考(こう)・震災」が放送されている。
[編集] 今週の一枚
番組のエンディングで行われ、CM前に一部分が隠された写真を見せ、CM明けに隠された部分をめくって紹介する。
- 世相を反映したと思われる光景・現象の写真が多い。
- 「風をよむ」が長引いた場合は中止される(この場合、最後にコメントする岸井の見解をCM明けにまわし、エンディングで岸井が見解を語る)。まれに、関口が写真を出そうとしたが、「あっ、時間がない?」と言って写真を下げる光景もある。かつては、中央競馬の主要GIレース(日本ダービー、有馬記念など)がある日にも中止して、出馬表を紹介していたこともある。
[編集] ○○年墓碑銘
通常放送の年内最終日限定のコーナーで「風をよむ」の代わりに行う。9:35頃、その年に亡くなった有名人・著名人を一気に紹介する。
[編集] 終了したコーナー
- 早わかり一週間
- 番組冒頭で、一週間のニュースをコンパクトに振り返る。このコーナーが放送されていた時期は本コーナーを3分程度放送してからオープニングが放送されたが、番組開始直後とオープニング、MC挨拶の間にCMが入るやや変則的な構成になっていた。
- ニュースのその後
- 世間を騒がせたニュースの現場の「その後」を、当時出演していた長岡杏子アナウンサーらが取材。
[編集] テロップ捏造事件
2003年11月2日の放送で、石原慎太郎東京都知事の「私は日韓合併を100%正当化するつもりはないが、(以下略)」という発言に「私は日韓合併を100%正当化するつもりだ」という正反対のテロップをつけ、音声・映像もテロップに合わせるように「…つもりは…」と切って編集し、放送した。コメンテーター達もその映像、テロップに沿って都知事を批判した。しかし一方では、後の番組のサンデージャポンでは普通に「つもりはない」と、石原都知事の発言を出していた(岸井成格はこの発言の翌日に石原都知事と面会したと発言していたが、テロップミスに気付いていなかった)。翌週の番組内にこの放送に関しての謝罪があったが、あくまでも「テロップミス」に対する謝罪であり、誤った批判に対する謝罪はなかった。石原知事は告訴し、2004年12月14日、番組制作にかかわったプロデューサーら4人が名誉毀損の疑いで書類送検されたが、その後刑事処分は不起訴となった。
その後石原都知事はTBSに相手に8000万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こしたが、2006年6月22日に東京地裁で和解が成立。TBSが誤報を認めて謝罪し、石原東京都知事は賠償請求を放棄した(同年6月23日未明のNHKラジオニュースで放送し、TBSは『イブニング・ファイブ』が伝えた)。
[編集] 備考
- 男性出演者は関口を筆頭に原則ノーネクタイ(冬季の場合はアスコットタイをする人もいる)などカジュアルな装いで出演(ご意見番の大沢のみ和装で出演していた)であるが、事件、事故など緊急時になると関口は(場合によっては男性出演者全員)スーツ・ネクタイ姿になる。
- 大沢死後最初の放送となった2010年10月10日の放送では出演者全員が黒めの服装で出演。
- 2011年3月11日の東日本大震災発生直後となる3月13日放送分から4月24日放送分までの毎週及び、12月25日の年末スペシャル(『報道の日』の第1部)では、スーツ・ネクタイ姿。
- その東日本大震災による原発停止の影響で電力不足が懸念された2011年夏季の放送では、ほぼ全ての男性出演者が半袖シャツにネクタイ姿という、他のニュース番組より度合いが強いクールビズの装いに統一されていた(但し、浅井慎平はノーネクタイ)。* ナレーションは女性アシスタントがスタジオで原稿を読む。時間が長くてもストレートニュースと構図は同じであり、芸能の話題はほとんど取り上げない(ただし、例外として大物芸能人が死去したときには採り上げることもある)ニュース、スポーツが内容の中心であり、政治や国際情勢に重きを置いている。
- 前述の2011年3月13日の放送では、前々日に発生した東日本大震災関連の特番のため8時から11時30分まで拡大放送された(詳細はそちらを参照)[3]。
- 番組の放送内容は出演者の嗜好に左右されるところが大きい。
- 番組中のテロップはTBS報道局の現行デザインではなく、1997年からのものを継続して使用し続けている(少なくとも「総力報道!THE NEWS」で一度デザインが変更されているので、それ以前のデザインであると思われる)。
- 1990年頃から女性リポーター専属事務所セント・フォースからもフリーアナウンサーを起用し始めている。1997年のリニューアル時に、報道局主導の制作に代わったことによりキャスター陣すべてをTBSのアナウンサーに代えた時期もある。現在、キャスターはTBSアナウンサーの佐藤渚以外、三桂とセント・フォース所属、レギュラーコメンテーター陣の一部が三桂所属とするスタイルに戻っている。
- キャスター陣は当初、アナウンス経験がない女子大生が多く起用されていたが、現在は局アナと、元局アナを含むフリーアナウンサーのみ起用されている。
- リベラルな切り口での番組構成のため、保守的なコメントを繰り返した文化人・タレントは短期間で招かれなくなる傾向がある。
- 東海地区(中部日本放送)・関西地区(毎日放送)・北部九州地区(RKB毎日放送)では常時15%以上の高視聴率を得ている(週間視聴率ベスト10にランクインされることもしばしばである)。特に関東において裏番組「THE・サンデー」が全盛であった頃も、関西地区・北部九州地区ではむしろ本番組の方が安定した視聴率を確保していた。回によっては、20%以上得ることもある。
- 湾岸戦争やイラク戦争に関しては、対話での解決よりも武力で国際紛争に介入するアメリカの姿勢を開戦当時から批判し、「爆撃の被害を受けたイラク」というスタンスで報道する。湾岸戦争終結後の1992年にはイラクでの現地取材を行い、アメリカが「化学兵器製造工場」だとして爆撃した施設を、「粉ミルク製造工場」であるとのイラクの主張に則って取材している。2008年現在、日本のテレビでイラク戦争に関する関心が遠のきつつある中、積極的に報道を続けている。
- 大相撲が若貴フィーバーに湧いていた1991年、NHKとテレビ朝日の「大相撲ダイジェスト」以外の番組は、1回の放映に原則1取組しか放映できなかったため、関口が「相撲協会さん、せめて2取組くらい放送させて下さい。」と発言したところ、その年の夏場所の映像の配信を日本相撲協会から拒否されたことがあった。この配信拒否は本番組のみならず、TBSテレビの全番組に及んだ。
- スポンサーは、8時台はネットスポンサーで、9時台はローカルスポンサー。
- この番組内で天気ループを表示している地域は非常に少なく、2010年6月現在では北陸放送・山陽放送・あいテレビ・大分放送・琉球放送の5局のみである。
- 番組内では飲み物(グラスに入っているストローの挿された冷たいお茶)が出されているが、浅井信雄だけは季節を問わずふた付の湯呑み茶碗に入ったお茶が出されている。
- 毎年4月上旬に『マスターズゴルフ』が生中継されるため、この時に限り8:30スタートになる。
[編集] スタッフ
- 構成:平松邦宏、雀部俊毅、田中陽一、藤井誠、大野剛
- 監修:上西研三郎
- ナレーション:鈴木麻里子
- TD:瀬戸博之、山田賢司
- VE:姫野雅美、下山剛司
- 音声:朝日拓郎、菅沼智博、渡邊学
- 照明:山本守
- カメラ:中村年正
- 美術制作:平原道夫
- 美術プロデューサー:中西忠司
- フラワーアレンジ:中川雅子
- 装置:西原武志(以前は、大道具操作)
- マルチ:小林篤(以前は、電飾)
- オブジェ製作:中島勘也
- AD:福永大輔、戸所佑輔
- ディレクター:松井幸雄、原哲男、市来忠紀、山本有人、塩飽達也、浦弘二、杉山拓、工藤和靖、吉田敦、片山薫、大橋孝大、近藤容一、八木仁士、重原由佳、松原健、溝口勝之、田向玲子
- 制作協力:東京ビデオセンター、ファーストハンド、メディア・バスターズ、泉放送制作、プロジェクトウィング、JOBX、81NEWS、幸喜、エフエフ東放
- 番組宣伝:本田三奈
- 協力:sankei(清水康三)
- チーフディレクター:水口康成、石川豊、遠山友季
- アシスタントプロデューサー:橋本敏雄
- 番組プロデューサー:廣井紀年
- 制作プロデューサー:西野哲史(2011年10月9日 - )
- 製作著作:TBS
[編集] 過去のスタッフ
- 制作プロデューサー:日野桂文、向山明生(2010年4月4日 - 2011年10月2日)
- 番組プロデューサー:鈴木宏友、赤坂知泰
- チーフディレクター:鮎澤毅、岡崎吉弘
- 制作協力:C3、千代田ラフト、TRIM
- ディレクター:深川隆司、中村有里、佐藤純一、遠藤靖、仙波幸英、本橋英明、進藤昭人、古橋大輔、飯村雅之、山瀧祥子、峠田浩、橋本梓
- TK:飛田亜也
- 番組宣伝:小池由起
- 大道具製作:藤満達郎
- 音響効果:アーツポート企画
[編集] ネット局
- JNN各局で放送中。
- 番組開始後に放送を開始または終了した局
- 1989年までの九州地区ブロックネット[4]は「窓をあけて九州」の放送のため、9:30までの飛び降り放送となっていたが、現在は「窓をあけて九州」が10:00に移動したため、フルネットで放送されている。
[編集] 地上デジタル放送
2006年6月までは、「みのもんたの朝ズバッ!」、「はなまるマーケット」と同じく、この番組を1080i方式のHD放送で流している放送局は製作局のTBSのみで、地方ネット局の地上デジタル放送では全て525i方式のSD放送(一部系列局は画角16:9のSD放送)となっていた。2006年6月4日深夜にNTT中継回線が完全にデジタル回線に切り替わり、以後は地方ネット局もHD放送となっている。
[編集] その他
- 琉球放送は、12月の第一日曜日に限りNAHAマラソン中継のため、午後からの時差放送。
- テレビユー福島は11月中旬の日曜に「ふくしま駅伝」を中継するため、9時半から時差放送。その後のサンデージャポンは休みになる。
- 中国放送では8月6日が日曜と重なった場合(過去に1989年、1995年、2000年、2006年)では原爆記念式典を生中継するため時差ネットとなる。2006年の場合は8:30 - 10:24であった。また、以前は「中国駅伝」(現在は終了)を生中継した際にも午後からの時差ネットとなっていた。
- 山陰放送は2000年9月24日にテレビ朝日系で放送されたシドニーオリンピック女子マラソン中継放送のためこの回のみ13:00からの遅れ放送となった。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- 水曜ノンフィクション(当番組と同じ制作スタッフ)
- ブロードキャスター
- スペースJ
[編集] 外部リンク
| TBS系列 日曜8時台前半枠(1994年4月 - ) | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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関口宏のサンデーモーニング
↓ 新サンデーモーニング ↓ サンデーモーニング |
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| TBS系列 日曜8時台後半枠(1987年10月 - ) | ||
|
日曜放談
【60分繰り上げて継続】 |
関口宏のサンデーモーニング
↓ 新サンデーモーニング ↓ サンデーモーニング |
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|
| TBS系列 日曜9時台前半枠(1987年10月 - ) | ||
|
兼高かおる世界の旅
【60分繰り上げて継続】 |
関口宏のサンデーモーニング
↓ 新サンデーモーニング ↓ サンデーモーニング |
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|
| TBS 日曜9:30 - 9:45枠(1987年10月 - ) | ||
|
世界の結婚式
【土曜10:00に移動して継続】 |
関口宏のサンデーモーニング
↓ 新サンデーモーニング ↓ サンデーモーニング |
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|
| TBS 日曜9:45 - 9:54枠(1987年10月 - ) | ||
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YOU&遊
※9:45 - 10:00 |
関口宏のサンデーモーニング
↓ 新サンデーモーニング ↓ サンデーモーニング |
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