大畑大介
| 生年月日 | 1975年11月11日(37歳) | |
|---|---|---|
| ポジション | スリークォーターバック | |
| 所属 | 神戸製鋼 | |
| 身長 | 176cm | |
| 体重 | 82kg | |
大畑 大介(おおはた だいすけ、1975年11月11日 - )は、日本の元・ラグビー選手。現役時代には、ジャパンラグビートップリーグの神戸製鋼コベルコスティーラーズに所属。2008年のラグビーシーズンに発足したトップリーグキャプテン会議では、2009年シーズンまで初代代表を務めた。
2010年シーズンを最後に現役を引退した。引退後は、神戸製鋼コベルコスティーラーズのアンバサダーとして、全国各地や各種メディアなどでラグビーの振興・普及活動を展開。また、2012年6月からは、追手門学院大学地域文化創造機構の客員特別教授に就任している。
目次 |
人物 [編集]
1996年、アジア選手権に出場する日本代表(ジャパン)に選ばれて全試合に出場し、韓国との最終戦で初キャップを獲得。
1997年、京都産業大学ラグビー部の主将として関西大学ラグビーリーグ戦を制し、大学選手権2回戦にて早稲田大学相手に69 - 18 と歴史的大勝。FWの威力と共に大畑が縦横無尽に走り回り完勝した。準決勝は関東学院大学に完敗。
1999年の香港セブンズで、日本代表は下位チームによるトーナメントグループ(ボウルトーナメント)に回ったが、その決勝のスコットランド戦の終了間際、大畑は自陣ゴール前から、「大会史上最高」とも評された独走トライで日本を逆転勝利に導き、ボウルトーナメント出場国の選手としては史上初のMVPを獲得した。
2002年7月6日、国立競技場でのワールドカップアジア最終予選台湾戦で、テストマッチにおける日本新記録となる8トライを記録。そして2006年5月14日、花園ラグビー場でのグルジア戦で3トライを挙げてテストマッチ通算65トライとし、オーストラリアのデイヴィッド・キャンピージが保持していた64トライの世界記録を更新した。
ワールドカップでは、1999年と2003年の2大会で日本代表の全試合(計7試合)にフル出場し、計3トライを記録している。
2006年アジア選手権(兼ワールドカップアジア最終予選)では主将を務める。2004年にも1度務めたが、当時の主将だった箕内拓郎の代役としてだった。
スピードとパワーを兼ね備えており、TBSのスポーツマンNo.1決定戦で2回優勝(2001年、2003年)するなど、現役のプロスポーツ選手の中で屈指の身体能力の持ち主である。同番組の競技「ショットガンタッチ」では、13m50cmという歴代2位の記録を持っている。また、他のテレビ・ラジオ番組では、たびたび明るいキャラクターを発揮。地元・関西地方では、現役時代にも、ラグビーシーズン中にラジオパーソナリティやスポーツキャスターを務めていた(後述)。
2006年のトップリーグ最終節ヤマハ戦で右アキレス腱を断裂し、2007年上半期をリハビリに費やす。2007年8月10日、「リポビタンDチャレンジ2007 日本代表 vs アジア・バーバリアンズ ラグビーワールドカップ2007 日本代表壮行試合」にて、見事復帰、アジア混合チームにトライを上げ快勝した。2007年ワールドカップにおいても、副将に選ばれている。2007年8月25日、イタリアで行われたポルトガルとの本大会に向けた調整試合で左アキレス腱を断裂。
2008-2009シーズン・トップリーグ第1節NEC戦で復活。元南アフリカ代表ヤコ・ファン・デル・ヴェストハイゼンのパスをカット。一気に50mを走りきり、復活トライをあげた。その後チームは、トップリーグプレーオフに進出するが、2009年2月1日の準決勝東芝戦で左肩を亜脱臼。そのまま退場した。
2010年より株式会社スポーツカンパニーとマネジメント契約したが、2010-11トップリーグ開幕を前に同シーズンを最後に引退することを表明。2011年1月9日、リーグ最終戦の豊田自動織機戦で右ひざ膝蓋腱を断裂。これを最後に選手生活にピリオドを打つこととなった。なお、この右ひざの手術の翌日、外泊許可を取って「さんまのまんま」の収録に参加している(放映日は関西テレビ 2011年1月29日、フジテレビ 2011年2月6日)。高校の同級生であるテキサス・レンジャーズの建山義紀投手とボストン・レッドソックスの上原浩治投手が出演すると云うことで、3人揃うのは滅多にないから、とのことであった。
2012年6月15日に、追手門学院大学地域文化創造機構の客員特別教授へ就任することが発表された。同大学では不定期で講演を実施するほか、2013年に発足予定の女子ラグビー部のプロデュースにも携わる予定である。
主な記録 [編集]
- 通算テストマッチトライ記録(69トライ)
- テストマッチ年間トライ数世界タイ記録(2002年17トライ)
- テストマッチ1試合トライ数日本記録(2002年7月6日、中華台北戦)
プロフィール [編集]
経歴 [編集]
- 1984年、大阪ラグビースクールに入ってラグビーを始める。
- 1991年、東海大学付属仰星高等学校へ入学。
- 1994年、京都産業大学へ入学。京都産業大学ラグビー部入部。
- 1998年、神戸製鋼へ入社。
- 2001年〜2002年、神戸製鋼に在籍したまま、日本のオフシーズンを利用して、シドニー(オーストラリア)の ノーザンサバーブス・クラブでプレー。
- 2002年、神戸製鋼を退社し、フランスのモンフェラン・クラブ(ASモンフェランデーズ。現・ASMクレルモン・オーベルニュ)へ移籍。ただし外国人枠に阻まれ、正式契約を結ぶことはできなかった。
- 2003年、神戸製鋼コベルコスティーラーズに復帰。
- 2006年末現在、日本代表58キャップ保有。
受賞歴 [編集]
- 2003-04トップリーグベスト15・ファンサービス賞
- 2005-06トップリーグベスト15
- 2010-11功労賞
著書 [編集]
- 大畑大介著『不屈の「心体」──なぜ闘い続けるのか』([文春新書]2009年12月)ISBN 9784166607327
- 大畑大介著『トライ』(PHP研究所,2003年10月)ISBN 9784569631035
その他 [編集]
上記の通り建山義紀と上原浩治は、東海大学付属仰星高等学校時代の同級生。1年生の時には、3人とも同じクラスに所属していた。大畑が現役を引退した2011年以降は、前述の『さんまのまんま』や、大畑が準レギュラーで出演中の『亀山つとむのかめ友 Sports Man Day』(MBSラジオ)などで3人による対談の模様が放送されている。
出演番組 [編集]
現在 [編集]
以下の番組には、2011年の現役引退後から出演。
- スポーツドミンゴ(NHK BS1)2011年4月からキャスターを担当
- ちちんぷいぷい(MBSテレビ、関西ローカル)2011年10月から月曜日にレギュラーで出演
- Mr.サンデー(フジテレビ・関西テレビ共同制作、フジテレビ系全国ネット)不定期でコメンテーターとして出演
- サタ☆スポ(FM OSAKA、JFN系列一部地域ネット)珠久美穂子とともにパーソナリティを担当
以下の番組には、現役時代から出演。
- 全国高等学校ラグビーフットボール大会(MBSテレビ)
- 神戸製鋼が大会への協賛を始めた2005年度から、関西ローカルで放送するハイライト番組にゲスト解説者として出演。
- 亀山つとむのかめ友 Sports Man Day(MBSラジオ)
- 「かめ友」(週替わりレギュラー)の1人として出演。2011年10月以降の出演日には、15分前まで放送されている『ちちんぷいぷい』との掛け持ちで登場する。また、亀山の代わりにパーソナリティを務めることもある。
他にも、プロ野球のオフシーズンに放送される「ムキムキ!ノーサイド劇場」(ABCラジオ、『元気イチバン!!ぶっちぎりプレイボール』→『スポーツにぴたっと。』金曜日に内包されるラグビー情報コーナー)にも定期的に出演。同局の看板番組『おはようパーソナリティ道上洋三です』にも、実父が熱心なリスナーであることなどが縁で、現役時代から折に触れてゲストで登場している。
過去 [編集]
いずれも現役時代に出演
- いのちの響(TBSテレビ)
- 大畑大介のLet's Try スポーツ!(MBSラジオ)ラグビーシーズン中にもパーソナリティとして出演
外部リンク [編集]
- 神戸製鋼コベルコスティーラーズ アンバサダー 大畑大介
- 日本ラグビーフットボール協会メンバーズクラブサイト「日本代表選手紹介」
- sportscompany.co.jp所属事務所(株)スポーツカンパニー公式サイト
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