エフエム大阪

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エフエム大阪
FM OSAKA Co.,Ltd
放送対象地域 大阪府
系列 JFN系
略称 fmo
愛称 FM大阪
FM OSAKA
FO
コールサイン
  • JOBU-FM
開局日 1970年4月1日
本社 〒556-8510
大阪府大阪市浪速区湊町1-3-1
湊町リバープレイス
北緯34度40分6.38秒
東経135度29分44.75秒
座標: 北緯34度40分6.38秒 東経135度29分44.75秒
演奏所 本社と同じ
親局 / 出力 大阪 85.1MHz / 10kW
主な中継局 中能勢 77.4MHz
公式サイト http://www.fmosaka.net/
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株式会社エフエム大阪
FM OSAKA Co.,Ltd
Minatomachi-River1.jpg
湊町リバープレイス
2002年7月からエフエム大阪の本社・スタジオが入っている)
種類 株式会社
略称 FM大阪・FMO
本社所在地 日本の旗 日本
556-8510
大阪府大阪市浪速区湊町1丁目3番1号
湊町リバープレイス7階
設立 1969年昭和44年)8月21日
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づく一般放送事業他
代表者 代表取締役社長 田辺善仁
資本金 2億円(2010年4月1日時点)
売上高 22億8,288万円(2010年3月期)
営業利益 6,455万円(2010年3月期)
純利益 4,707万円(2010年3月期)
純資産 11億7,175万円(2010年3月31日時点)
総資産 19億6,903万円(2010年3月31日時点)
従業員数 31人(2010年4月1日時点)
決算期 3月
主要株主 大阪府
大阪市
朝日新聞社
電波新聞社
阪急阪神ホールディングス
大阪ガス
関西電力
主要子会社 エフエム大阪インフォメディア
エフエム大阪ビジネス
エフエム大阪音楽出版
ネットワークス851
関係する人物 前田一(元社長)
外部リンク http://fmosaka.net
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株式会社エフエム大阪(エフエムおおさか、英称:FM OSAKA Co.,Ltd)は、大阪府放送対象地域とする放送局で、JFN系列の準キー局である。

通常表記はFM大阪、もしくはFM OSAKA2008年3月までの表記はfm osaka)、FO(エフオー)。略称はfmoであるが、一般的にはほとんど浸透していない(かつては公式略称としてFMOが使用されていた時期もあった)。

概要[編集]

企業情報[編集]

2010年10月1日現在、日本電波塔が20%を保有している(#前田一族との関係の項も参照)。

周波数・送信所[編集]

  • 飯盛山送信所
    • 所在地:大阪府大東市北条2377(飯盛山
    • コールサイン:JOBU-FMJOBU-FCM見えるラジオ
    • 周波数:85.1MHz
    • 出力:10kW
    • 送信所の建物と送信用アンテナはNHK大阪FM放送と共用。鉄塔はFM802も共用。
    • 開局当初は、中之島の新朝日ビル(フェスティバルホールのあったビル)の屋上に送信設備があった[2]が、NHK-FMの送信所が生駒山から飯盛山に移転することになったため[3]、合同で送信塔を建設し設備を共有することになった。このため非常時(台風等の災害による停電等)にはNHKの技術陣のバックアップを得られ、点検保守が容易になったという。中之島から飯盛山に移った後、サービスエリアが格段に広くなったとFM大阪の中では評価されていたという。

沿革[編集]

朝日新聞大阪本社ビル(開局当初から2002年7月までエフエム大阪の本社が入っていた)
  • 1969年
    • 3月31日 - 大阪府民間FM放送への免許申請が統合された新大阪音楽放送(設立中)へ予備免許交付。ただし、8月31日までに会社設立を行うことと、設立までの間、予備免許の効力は停止とされている[5]
    • 8月21日 - 経営者である大阪音楽エフエム放送株式会社が設立される(これにより、8月28日に予備免許の効力発生)。
  • 1970年
  • 1971年6月 - 海抜313メートルの飯盛山へ送信所移転、サービスエリアが従来から30%広がる[2]。中之島で2台あった送信機のうち、5月上旬に1号機を搬出、5月下旬から試験電波発射。この後に2号機も移設され、7月上旬には飯盛山でも2台体制となった。従来の中之島の鉄塔は飯盛山へのSTL用として転用[5]
  • 1980年8月 - 開局10周年を記念して「音づくりこの10年」という記念誌が発行された[8]
  • 2002年7月 - 開局以来30年以上朝日新聞大阪本社ビルから放送してきたが、浪速区湊町の複合施設「湊町リバープレイス」へ本社を移転。7月22日13時をもって湊町リバープレイスからの放送となり、今日に至っている。
  • 2010年3月15日 - ほかの在阪ラジオ5局と共同でインターネットでのサイマル放送「radiko」を試験的に開始した。ただし、このサービスは地方局に配慮して、当面の間は配信エリアを大阪京都兵庫奈良の2府2県に制限されていた[9]。このため、今までFM大阪が受信不可能だった京都府丹波丹後地方や兵庫県丹波・但馬播磨西部でもradikoを介してクリアな音質で聴けるようになった。同年12月1日からは和歌山県滋賀県でも開始。

1990年代[編集]

1989年FM802JFL)開局以来、聴取率で802の後塵を拝することになる。そこで平日の帯番組をリニューアルして巻き返しを図る。キャッチコピー「EASY851」(イージーはちごーいち)を採用し、FM802に対抗し、さらには在阪AM局(ABCラジオMBSラジオラジオ大阪)から若年層のリスナーを奪うこととなる。

特徴的な番組としては、学生をターゲットにした早朝の『ミック宮川のASA-REN 5』、女性リスナーへ向けた『若宮テイ子のBREAKFAST CLUB』や『JAC851』、帰宅時間に放送する梅田マルビル内タワーレコード梅田店から公開生放送『Jay-Land Shuffle』、金曜日午後の『COUNT DOWN KANSAI TOP100』、洋楽専門『GETSU-MOKU19』が挙げられる。1990年代後半は一貫してスペシャルウィーク(聴取率調査週間)は『Hit Parade』として展開した。新事業としてラジオショッピング『ラジマート』、DJ養成スクール(FM Osaka DJアカデミー)を立ち上げた。特にDJ養成スクールでは自局をはじめ、地方局の番組で活躍しているDJを多数輩出している。

選曲ではFM802が一切流さないアイドル(ジャニーズなど)の楽曲を積極的に流したほか、ブレイク前からシャ乱QJUDY AND MARYを強くプッシュしていた。また1990年代後半の声優ブームの時には椎名へきるもプッシュしていた[10]。こうして、802との差別化を図り、さらにはAM局の深夜番組を苦戦に追いやっている。

また、1989年度春季の編成でそれまで平日の放送は長年6:00開始、翌朝3:45終了(週末は終了時刻が変則)だったものを、日曜深夜~月曜未明を除いて5:00を1日の基点とした24時間放送に移行した。大阪府を拠点とするFMラジオ局ではNHK、民放を通して初めての終夜放送となった。

関西圏における小室哲哉旋風の火付け役[編集]

FM802とは選曲の傾向や番組の色合いが大きく違っていたため、ある意味でリスナーの棲み分けがあった。その例の一つが小室ファミリーの楽曲である。エフエム大阪は早くから積極的に取り上げる一方、FM802が小室楽曲の締め出しを決める。その直後は聴取率で802に接近するが、首位の座を奪還するには至らなかった。

1990年代、月曜日から木曜日の夕方に放送されていたJポップ専門番組『Jay-Land Shuffle』内のミニ番組「BRAND NEW COMMER」ではDJ KOO小室哲哉が出演し、まだ小室ブームが起こる前のプロデューサー黎明期にEUROGROOVEANISS大谷健吾など多くの新曲を披露し、リリース情報を積極的に伝えた。

2000年代[編集]

FM802の堅調や国内で数少ない独自路線を貫いているα-Stationの台頭に加え、本社移転後に行った大改編以降、聴取率の下落が顕著になる。また、移転以前と比べて頻繁に番組編成を変更するようになり、極めて厳しい状況に立たされる。

2006年度決算で、売上高が前年度比18.4%のマイナス、純損失4億円で5期連続の赤字となった。事態打開を図るため、系列キー局のTOKYO FMへ経営支援を要請した。結果、同社の関連会社であるジャパンエフエムネットワーク(JFNC)からの経営支援を受けることとなり、前田一社長をはじめとする常勤役員が総退陣。エフエム大阪出身のJFNC専務・原田久夫が新社長に就任した。2007年8月から9月にかけて、全曜日で放送していた早朝の生放送を廃止し朝の全国ネット番組のネットを開始。夜間ではこれまでネットされていなかった『やまだひさしのラジアンリミテッドDX』などJFNCからの供給番組の増加などが起こった。これにより2007年10月に、FM福岡に「JFN系地方局で最も自社制作番組の多いFMラジオ局」の座を譲ることになった。

その後、ある程度経営の安定化に成功したのか、2009年4月改編で平日早朝の自社制作帯番組が復活している。また、2009年・2010年のキャッチコピーは「Link Your Next!」(直訳すると「隣の人とつながろう」)だった。

逆に在阪AM各局に対しては年々優位さが増している。その要因として、FM802の番組路線や、前述の「選曲規制」を敬遠するリスナーが少なくないことや昼間時間帯に若年層をターゲットにした番組編成にしていることが挙げられる。平日夜間はJFNネット番組の比率は高まるものの、AM局と比べると聴取率が安定している。若年層のシェアだけに限ればFM802開局後、『MBSヤングタウン』(平日枠)、『ABCミュージックパラダイス』など若者向けの番組が次々打ち切られ、平日夜間の番組路線の変動が激しいことなどから証明するように在阪AM各局でのシェアは急激に低下している。またFM802開局当時から聴き続けているリスナー(主に30代後半以降)がなかなかAMに戻らない現状もある。

2011年3月31日から、4月1日にかけて、特別番組『West for East 〜POWER OF MUSIC〜』が放送された。

自社制作コンセプトの復活[編集]

2009年4月1日、『PEACE!』の放送が始まる。前述のように、経営がある程度安定したことが原因とみられるが、これまでの『SKY from OSAKA』『クロノス from OSAKA』という、5:00 - 8:20のJFN A/Bラインのうち、東京ローカル部分のみの差し替え放送をやめ、再び大阪ローカル番組の中にAライン番組を内包させる構成となった。

また、2010年秋には『スカッシュ!』を立ち上げ。約4年ぶりに平日の帯番組が5時スタートとなった。2011年5月には、平日は5:00 - 22:00にかけて自社制作中心の編成を行い[11]、深夜4時台は依然としてファイル配信番組で編成。平日深夜は『扉-TO VILLA-』をJFNから放送し、水曜は大阪制作だったが、『扉』の終了で再びネット受けを取りやめ、大阪ローカルに戻った。水曜日は『扉』を担当していたRIOが続投している。

このほか、早朝に10分間の全国ネット番組『Love in Action!』を制作したり、土曜の自社制作早朝ワイド『気分は、バーディラッシュ!』を岡山香川滋賀徳島にネットするなど、新規の番組販売も行った。また、週末を中心にTOKYO FM制作番組の「大阪のみ」へのネット開始を行っている。なお、2011年10月からは土曜朝の番組であるサタ☆スポが全国放送となった(東京など一部地域除く)。

自社制作枠の減少・他局の台頭[編集]

2012年3月をもって『スカッシュ!』が終了し、2012年4月から、5時台はファイル配信番組、6時台はJFN Bラインのネット受けが再開され、平日早朝の自社制作帯番組が姿を消した。これにより、平日の自社帯番組のスタートは8:20と大幅に繰り下げられている。[12] また、同時に平日深夜枠においても、2012年3月をもって大阪ローカルを取りやめ、2012年4月からは『BIG SPECIAL』のネット受けとなり、大幅に自社制作枠が減少している。なお、BIG SPECIALはFM大阪のネット受け開始後より、『扉』時代と同様に大阪制作の曜日が復活している。

さらに、2012年4月に行われたFM COCOLOのFM802への事業譲渡後は、聴取率において厳しい状況に立たせられている。2013年4月度の関西圏ラジオ聴取率調査では、FM全局シェアでFM COCOLOに抜かれ、初の3位に転落している[13]

2013年10月中旬から、自社制作帯番組において、これまでホームページ内のリクエストフォームからのみ受け付けていたリクエストやメッセージだが、番組宛ての専用メールアドレスによる受け付けも開始された。(番組内ではどちらの方法もアナウンスされている。)

前田一族との関係[編集]

元社長の前田一は、日本電波塔(東京タワー)や南大阪新聞(現在の産経新聞の起源)、関西テレビ、ラジオ大阪などを創業した大阪出身の実業家・前田久吉の孫、ラジオ大阪元社長・日本電波塔元会長兼社長だった前田富夫の子にあたる。

富夫は元々ラジオ大阪の大株主であったが、2004年読売新聞などマスメディア集中排除原則の上限を超えて放送局に出資していたとされる事例が多数報道されたことを契機として総務省が行った調査[1]で、放送エリアの重なる当社の株式を20%保有していたことが発覚し、マスメディア集中排除原則に抵触。ラジオ大阪の株式は父・久吉が創業した産経新聞社に売却した。

ちなみに、総務省 電波利用ホームページでは、2005年の富夫死去後も2009年9月1日時点では名義はそのままとなっていたが(エフエム大阪は上場会社ではないため、株式を譲渡するときは名義を変更しなければならない株券電子化は義務付けられていない)、2010年10月1日現在では富夫の弟の前田伸(2007年6月からエフエム東京社外取締役)が社長を務める日本電波塔が20%を保有しており、この間に譲渡されたものと思われる。なお、日本電波塔はKiss FM KOBEの運営を承継した兵庫エフエム放送にも19.2%出資している。

局名表記の変遷[編集]

当局の局名表記は開局から1999年3月までは「FM大阪」であったが、同年4月に「fm osaka」に変更し、新聞番組表表記も「fm osaka」になった。

2008年4月1日から、英文表記を大文字の「FM OSAKA」に変更、新聞の表記などは「FM大阪」に戻した。同時に、ステーションキャラクターであった犬のマスコット「ハチ」もその役目を終えた。

特徴[編集]

放送時間[編集]

5:00を起点として、原則終夜放送を行っている(日曜日深夜=月曜未明2:00 - 5:00をメンテナンスタイムで不定期で休止する場合がある)。

社会啓発活動[編集]

エフエム大阪では、近年、社会啓発に関するキャンペーンを多く行っている。『MUSIC COASTER ∞』など中高生の聴取率が高い番組内でも積極的に啓発活動を行うため、幅広い世代に伝えることができる。番組・ホームページ・イベントを通してキャンペーンを行う。

STOP! DRUNK DRIVING PROJECT(通称:SDD PROJECT)
2007年度から開始された飲酒運転防止プロジェクトで、リスナー、アーティスト、DJを巻き込み、大々的に行われる。
その集大成として、毎年「LIVE SDD」が開催される。このライブは出演アーティスト全員がボランティアで出演し、全国ネットのテレビ番組でも取り上げられる。ホームページでは、リスナーからのメッセージが募集・掲載され、多数のメッセージが寄せられる。協賛社は、阪急阪神東宝グループ各社を筆頭として、エフエム大阪に出資している各社の他、自動車関連や酒造メーカーなども協賛している。また協賛各社は当局に、同キャンペーンのイメージCMを流している。
愛です!FM OSAKA~HIV/エイズについて考えよう!
タイトルは“AIDS”を“あいです”と読んだことに由来する。中高生の聴取率が高い夕方帯の番組内で紹介したり、関連番組には若者に人気のある女性モデルを起用するなど、積極的な告知をしている。
FM OSAKA防災キャンペーン
2008年度から。
初年度の2008年には9月1日に通常番組内で、約8時間にわたって特別企画を放送。その他、ホームページではリスナーの防災対策についての体験談を募集・掲載した。また1月16日には、MUSIC COASTER FRIDAY枠で特別番組を放送。『-COASTER』のDJであるみゆき遠藤淳を起用し、レギュラー番組からの流れもあり、中高生からのメッセージも寄せられた。
KIDUNA -Let's go for a Happy Drive!-
2008年から。JAF45周年記念企画。JFN全国38局で実施。
DRIVE & LOVE
2009年から。JAFなどが後援し、NEXCO西日本等多くの企業・団体が協力している交通事故防止プロジェクト。NEXCO西日本 Drive Porter Radioと連動しており、この番組のネット全局(e-radio以西のJFN西日本20局)が、協力メディアとして参画している。

その他[編集]

オープニング・クロージング[編集]

  • 1970年代、6:00放送開始。BGMには長い間、フランク・プゥルセル・オーケストラの『Good Morning Starshine』が使用されていた。
  • 1980年代初めには「~♪JOBU~Osaka~♪FM OSAKA~JOBU F~M~♪」と女性コーラスが歌うオリジナルのBGM(ジングルにも使用された)が使用された。
  • 1985年1993年3月までは『マイ・ワンダフル・ミュージック』(ハイ・ファイ・セット)がオープニング・クロージングで流れていた。
  • 1993年4月~2002年3月までは『Ducky Hip』(ゴンチチ)、『フラッパーと哲学者』(中西俊博)がオープニングで流れていた。クロージングの曲はなし。
  • 現在
    • クロージングは穏やかな音楽が流れ「FM大阪の放送はここでしばらくお休みさせて頂きます。FM大阪の放送は、周波数85.1MHz、出力10kWで、大東市飯盛山から。そして、周波数77.4MHz、出力10Wで、大阪府能勢町野間西山中継局からお送りしました」とアナウンスされ、音楽がフェードアウト。後に停波となる(日によってはテストトーンや無音の場合がある)。BGMは『I'll Be Around This Time』(Brian_Bromberg)(2005年に確認)。
    • オープニングは4:51:10から放送され、さわやかな音楽が流れ「おはようございます。JOBU-FM、FM大阪です。FM大阪は(後はクロージングと同じ。最後の部分がお送りしますとアナウンス)」。そこから音楽が4:59まで放送される(繰り返して流す)。BGMはスヌーピーのBGM『Linus And Lucy』(デイヴィッド・ベノワ)(2005年に確認)。

普段日曜も終夜放送を実施しているため、不定期に流れる(その場合2:00に終了することが多い)。

再送信局[編集]

ケーブルテレビ[編集]


有線放送[編集]

  • USEN440
    • 大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山・岡山・徳島・香川の各地区

インターネット[編集]

番組[編集]

2014年4月現在

放送中の自社制作番組[編集]

斜字は他のJFN局にもネットしている番組。

帯番組[編集]

箱番組(月~木)[編集]

月曜
火曜
水曜
木曜

箱番組(金)[編集]

箱番組(土・日)[編集]

土曜
日曜

その他[編集]

  • FM OSAKA INFORMATION(HEADLINE NEWS・WEATHER INFORMATION・TRAFFIC REPORT)
  • HIT STREET - 基本的には話題の曲をオンエアしている5分番組。

かつて放送された番組[編集]

主なDJ[編集]

2013年3月現在


アーティストDJ


主な過去のDJ[編集]



脚注[編集]

  1. ^ 2008年8月までJFN系列局のなかで、JFNセンター以外の場所に東京支社を構えていた放送局はFM大阪だけだったが、同年9月1日付でJFNセンタービルに移転し、JFN系列局全社の東京支社がJFNセンターに集結した。
  2. ^ a b c 「僕はFMしか知らなかった」共同通信社刊、エフエム大阪編集、69ページ。
  3. ^ かつて、この欄に「在阪のTV局同様生駒山に送信所があったが、大阪府外へ電波が飛ぶスピルオーバーが指摘されたため、後に現在の飯盛山に送信所を移転した」とあったが、生駒山にあったものはNHK-FMのみである。
  4. ^ 京阪神地域と淡路島・香川県東部・徳島県北東部では、開局当初から聴取可能だった場所が多い。
  5. ^ a b 社史「音づくりこの10年」エフエム大阪。
  6. ^ 中之島に住所があった際、CMの合間に住所にコーラスをつけたものが流れていた。
  7. ^ 開局時期を翌年3月開幕の大阪万博に会わせるために短期間での運用開始、および、予備免許交付時点でNHK大阪FM放送が実験局時代から使用していた生駒山送信所が、本免許の府域化により移設予定があり、将来同一場所からの送信が求められていたため、大阪市内で24時間出入り可能な既存建物で、一時的な送信所として屋上に府内届けられる130メーター級のアンテナが建てられる場所が条件となった。朝日新聞ビルは、新聞社由来による24時間出入り可能・既存100メーター鉄塔の延伸利用可能などが決め手となった。このほかに通天閣(不可理由:運用時間の制限・近隣含め事務スペース確保困難)やOMMビル(不可理由:地下の京阪電車が放送に与える影響が未知数・屋上建柱への期間、費用、技術的不安)など20カ所ほど候補があった。(社史「音づくりこの10年」10~12ページ・22ページ)
  8. ^ エフエム大阪 編集、222ページ。
  9. ^ 『民放ラジオ13社、ネット同時送信へ 首都圏・関西』 - 朝日新聞 2010年2月13日、『在京・在阪の民放13局が3月からネット配信解禁へ』 - CNET Japan 2010年2月15日
  10. ^ 自局で椎名へきるの番組(『G1 Grouper』『シャインネイキッド」・『KADOKAWA電波マガジン』『DEEPER STREET』、いずれもJFNネット番組)が放送されていたため)。
  11. ^ MUSIC LIVES』『GRANRODEOのRADIO ROCK★SHOW」『らじネクDX』『TOKI CHIC RADIO』『Legacy Of Jazz』はJFNC、または系列局制作。
  12. ^ 厳密には7:29 - 8:00にも東京ローカル部を差し替えてローカル編成としているが、DJはおらず、事実上のフィラー枠となっている。
  13. ^ ラジオ局移籍後も好調ヒロ寺平「打倒道上さん、浜村さん」”. pp. 1 (2013年6月13日). 2013年10月20日閲覧。
  14. ^ a b 機材点検を行う時は時間変更あり。
  15. ^ 本名の中野涼子名義で、現在も他局に出演している。

外部リンク[編集]