嘉門達夫

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嘉門 達夫
基本情報
出生名 鳥飼 達夫
別名 笑福亭 笑光
出生 1959年3月25日(55歳)
出身地 日本の旗 日本 大阪府茨木市
血液型 A型
学歴 大阪府立春日丘高等学校
ジャンル 歌謡曲
コミックソング
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル
ギター
活動期間 1975年 - 1980年落語家時代)
1983年 - 現在
レーベル クラッチ.
事務所 さくら咲く
クラッチ.(業務提携)
共同作業者 新田一郎
中町俊自
水戸華之介
工藤隆
公式サイト 嘉門達夫オフィシャルサイト

嘉門 達夫(かもん たつお、男性、1959年3月25日 - )は、日本シンガーソングライターさくら咲く所属。大阪府茨木市出身。血液型A型。本名:鳥飼 達夫(とりかい たつお)。

略歴[編集]

  • 1959年3月25日大阪府茨木市に生まれる。茨木市立中条小学校茨木市立養精中学校大阪府立春日丘高等学校卒業。小学校6年の時に近所に日本万国博覧会(大阪万博)が開催される。以降熱狂ファンになり、足繁く通いピンバッジを収集。コレクション数は64でクラスの3位になった。中学時代にギターを始めこの頃にデビューしたあのねのねに影響を受け、自らテープに自作の音を録音していた。高校時代には笑福亭鶴光への弟子入りが決まっていたために3年の時には友人らと自主制作の映画撮影に没頭。
  • 1975年 - 大阪府立春日丘高等学校在学中(当時16歳)、笑福亭鶴光(当時27歳)に弟子入り。友人が運転するカブで鶴光を追跡し、弟子入りを志願。弟子入りが決まった当時は高校在学中だったので、鶴光の勧めもあって、最初は放課後師匠の家に行く「通い弟子」の形を取っていた。高校卒業後は鶴光邸に住み込み、二番弟子として“笑福亭 笑光”(しょうふくてい しょうこう)の名をもらう。所属事務所松竹芸能。同期に後に『笑っていいとも!』で共演するタモリがいる。
  • 1978年 - 『MBSヤングタウン』(以下ヤンタン)にレギュラー出演。
  • 1980年 - 笑福亭鶴光から破門を宣告され、松竹芸能との専属契約を解除される。担当番組も全て降板。その後、「自らを見つめ直す」という理由でほどなくして日本放浪の旅へ。与論島やスキー場でアルバイトをしながら今のコミックソングのスタイルに行き着き、自らの目指す方向性を確立する。
  • 1981年 - 日本を放浪の後に「次は海外へ放浪しようか」と考えていた頃、偶然にもスキー場で作った曲が芸能プロダクション・アミューズ大里洋吉会長(当時)の耳に止まり、サザンオールスターズの「チャコの海岸物語」をアミューズの契約社員として有線などへの営業回りの仕事をすることに。この時の縁がきっかけでサザンのコンサートの打ち上げなどにも参加することもあり、バンドフロントマンの桑田佳祐とも面識が出来る。その後桑田とも親しくなり、桑田に自らの芸名を考えて欲しいと依頼(桑田に依頼した理由は、所ジョージの芸名の名付け親がミュージシャンの宇崎竜童だったという話に起因していると後に本人が語っている)。最初、桑田は“カメリア・ダイヤモンド”という名前を考えたが、嘉門が却下。その後、桑田が別の活動の時に使用していた“嘉門雄三”の苗字を譲り受ける。以降、“嘉門 達夫”と名乗るようになった[1]。その後、ヤンタンにも復帰する。
  • 1982年 - 10月「寿限無NO.1」(森雪之丞プロデュース)をコロムビアレコードから発売し歌手デビューする。
  • 1983年 - シンガーソングライターデビューし、「ヤンキーの兄ちゃんのうた」をリリース。当初は自主制作盤だったが、少しずつ話題を獲得し7月にコロムビアレコードより発売され、読売テレビ有線放送大賞(大阪有線主催)とTBS有線大賞(キャンシステム主催)で新人賞受賞。
  • 1984年 - 6月 『水曜スペシャル 川口浩探検隊』のパロディソング「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」をリリース。
  • 1989年 - 7月 代官山プロダクション(以下代プロ)へ移籍。同時に、レコード会社も日本コロムビアからビクター音楽産業へ移籍。
  • 1991年 - 「替え唄メドレー」が82万枚[2]のセールスを記録。自身最大のヒット曲となる。
  • 1992年 - 『第43回NHK紅白歌合戦』に「替え唄メドレー〜紅白バージョン」で出場。
  • 1994年 - 1月1日に発売した「スモーキンブギレディース」を皮切りに、月に1枚のペースでシングルやアルバムを発売するという「マンスリーCDリリース計画」を敢行。
  • 1997年 - ビクターから代プロの自社ブランド・DAIPRO-Xへ移籍。移籍第1弾「新・替え唄メドレー」をリリース。
  • 2000年 - トレードマークであった黒髪のオールバックから金髪へとイメージチェンジ。
  • 2002年 - 後にはなわに盗作疑惑がかかるという「ガッツ石松伝説」をリリース。
  • 2003年 - 4月 デビュー20周年記念アルバム『達人伝説』をリリース。
  • 2003年 - 6月 初のDVDメディア作品『達人伝説』をリリース。
  • 2005年 - 1月5日 ニューヨークアポロ・シアター「アマチュアナイト」に出演。当時流行っていた『ラストサムライ』『キル・ビル』の影響を受けサムライの格好で切腹のパントマイムをした後、ギターを持ちブルースを歌う予定だったが、歌う前のパフォーマンスでブーイングを受け退場。
  • 2005年 - 1月 コロムビア時代の曲を集めたアルバム『嘉門達夫ゴールデン☆ベスト -オールシングルス&爆笑セレクション1983〜1989-』をリリース。
  • 2005年 - 4月 東京都立翔陽高等学校校歌「はばたけ!未来へ」の作詞・作曲を担当。
  • 2006年 - 7月 GyaOの番組『嘉門達夫のナリキン投稿天国』から誕生した“嘉門達夫とナリ天ボーイズ”が歌う「恋のチャルメラ ププッピ ドゥー!」をリリース。
  • 2008年6月現在、シングルとアルバムを合わせた累計売上は847万枚[2]
  • 2009年 - 9月 個人事務所・さくら咲くを設立し、独立。同月には、かつて所属していた代官山プロダクションが倒産している。
  • 2010年 - 5月 上海万国博「日本産業館」応援団長就任。
  • 2013年 - 5月 『歌ネタ王決定戦』決勝進出。
  • 2013年 - 7月 芸能生活30周年を記念し、大阪万博記念公園で「真夏のカモン!EXPO! 歌と笑いと食のワンダーランド」を開催。明石家さんま桂雀々北野誠ワハハ本舗久本雅美梅垣義明のみ)、スターダストレビューきたやまおさむ押尾コータローET-KINGら芸人・歌手仲間が多数出演した。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル c/w曲 備考 最高順位
- 1982年12月21日 寿限無No.1! 真冬のロンリー・ビーチ 「寿限無No.1!」は『寿限無さん』というアニメの企画のために作られた曲[3]で、公式のディスコグラフィには載っていない。
2曲とも長年CD化されていなかったが、ベストアルバム『嘉門達夫 ゴールデン☆ベスト -オールシングルス&爆笑セレクション1983〜1989-』で初CD化した。また、CD-BOX『嘉門達夫豪華盤 〜Columbia Years〜』の「お調子者で行こう」のボーナストラックとしても収録されており、入手可能。
1st 1983年7月21日 ヤンキーの兄ちゃんのうた アタシはばってら 年後に「絶滅・ヤンキーの兄ちゃんの歌」と言うリメイクが作られる。B面の「アタシはばってら」は弾き語りで収録されている。

アルバムの竜崎孝路アレンジの音源(「私はバッテラ」)はCD化されているが、この弾き語りのシングル音源はベストアルバム『[嘉門達夫 ゴールデン☆ベスト -オールシングルス&爆笑セレクション1983〜1989-』まで長年CD化されていなかった。

2nd 1984年6月21日 ゆけ!ゆけ!川口浩!! あったらコワイセレナーデ 当時の人気バラエティ『水曜スペシャル川口浩探検隊シリーズ』をモチーフとし、『ノックは無用』出演時の川口浩に関西テレビに会いに行き、デモテープを聴かせ、面白がってもらい川口本人から許可を得て発売の運びとなったが、「本当に蛇に噛まれたんですよ」と言われて腕に残る蛇の牙跡をみせてもらい、また、「妻(野添ひとみ)の分と二枚レコードをください」と言われて後日自宅に送った。
3rd 1985年4月1日 アホが見るブタのケツ あったらコワイセレナーデ2
4th 1985年12月1日 哀愁の黒乳首/ペンション 両A面シングル。なお、「ペンション」のイントロの「ヤッホー」と言う声を富田靖子がやっている。
5th 1986年7月1日 ユカイなモッコリ アホが見るブタのケツ・2 「ユカイなモッコリ」はコーラスでEVE(全体的)、なぎら健壱(サビ)が参加している。
6th 1987年12月21日 タンバでルンバ ウシ 当時、大ブームだった俳優で心霊研究家だった丹波哲郎の提唱した、独特のわかりやすい心霊論である『大霊界』をモチーフに歌った。許可を得る際に丹波自身に恐る恐る会いに行くと、「普及の一助になり、なんてったって、私の言いたいことを本質的に捉えることが出来ている。ありがとう」と言われ、大層気に入られ以降、丹波と親交を深めることとなりヒット。また、このことが機縁となり後に丹波の肝いりでドラマ『結婚してシマッタ!』(TBS)に丹波の秘書役として嘉門が起用された。
7th 1988年9月1日 小市民 ほっといてくれよ!
8th 1989年3月21日 小市民2 AWAN AWAN!! 「小市民宣言」収録の物よりも短いシングルバージョン。
9th 1989年9月21日 結婚しようよ -彼女はもうすぐ26- ドッチボール
10th 1990年2月1日 タリラリラーン ロックンロール その日は朝から夜だった フジテレビ系アニメ『平成天才バカボン』オープニングテーマ/エンディングテーマ
11th 1990年3月21日 FUTAMATA FUTAMATA(女性編)〜アッシー君とツクシンボ〜
FUTAMATA(男性編)〜あの娘はファースト、彼女はセカンド〜
12th 1990年7月4日 勝手にシンドバッド 夏のサマー 89位
13th 1990年10月21日 やってミソ! ジミー&ハデー(リゾート篇) 「やってミソ!」:カルビー「ポテトチップス辛みそソース味」CMソング
「ジミー&ハデー(リゾート篇)」:川鉄商事「リゾート篇」CMソング
14th 1991年2月21日 カラオケNo.1 カラオケNo.1(LONG VERSION)
15th 1991年5月21日 替え唄メドレー バイバイスクールデイズ 9位
16th 1991年9月21日 替え唄メドレー2 血液型ハンバーガーショップ 4位
17th 1992年1月1日 替え唄メドレー3 (完結篇) んなアホな! 3位
18th 1992年4月21日 鼻から牛乳/帰って来た替え唄メドレー4 両A面シングル 8位
19th 1992年7月22日 鼻から牛乳 -第2章- ショートソングメドレー 12位
20th 1992年12月2日 デュエット替え唄メドレー ひとりぼっちのクリスマス(シングルバージョン) 28位
21st 1993年3月24日 GO!GO!スクールメイツ 替え唄メドレー -紅白バージョン- 福武書店進研ゼミ中学講座」CMソング 24位
22nd 1993年8月21日 NIPPONのサザエさん ひねりなさい2 「ひねりなさい 2」:UHA味覚糖CMソング 48位
23rd 1994年1月1日 スモーキン・ブギ レディース NIPPONのお正月
英会話教室
MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 1 86位
24th 1994年2月2日 マーフィーの法則 チョコくれ!!
ワンルームマンション1
ワンルームマンション2
MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 2 69位
25th 1994年3月2日 君がいた季節/カラオケならOK 卒業 両A面シングル
MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 3
「君がいた季節」:福武書店「進研ゼミ中学講座」CMソング
「カラオケならOK」:ジョイサウンドCMソング
64位
26th 1994年5月11日 WE ARE ROCKMAN 小市民(こどもの日ヴァージョン)
スラング講座
MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 5
カプコンロックマンズサッカー』CMイメージソング
93位
27th 1994年6月1日 続・マーフィーの法則 結婚披露宴 MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 6 97位
28th 1994年7月21日 あわんあわん音頭 ウシ’94 MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 7
29th 1994年8月24日 アイしてりんこスキりんこ ショートソング(IN ボトムライン) MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 8
日清食品「日清ラーメンこってりんこ」CMイメージソング
96位
30th 1994年9月21日 サザン替え唄大メドレー 地獄の運動会 MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 9 47位
31st 1994年10月21日 ネコニャンニャンニャン[達夫&伸郎バージョン] 修学旅行行進曲 MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 10 98位
32nd 1994年11月23日 ススメ 大名行列 MONTHLY TATSUO KAMON 1994 Chapter 11
大正製薬「大正漢方胃腸薬」CMイメージソング
33rd 1995年7月21日 怒りのグルーヴ 〜震災篇〜 怒りのグルーヴ 〜宗教篇〜
怒りのグルーヴ 〜おとぎ話篇〜
怒りのグルーヴ 〜団塊の世代篇〜
34th 1995年12月1日 激突!ハンバーガーショップ 妄想
かもかもかものすけ
35th 1996年4月24日 TK替え唄メドレー YAKINIKU POWER 53位
36th 1996年9月28日 TK替え唄メドレー2 ラーメンパワー 87位
37th 1997年3月21日 新・替え唄メドレー 諸行無常 45位
38th 1997年6月21日 ソリャニャーゼ セニョリータ ありがとうお母さん
39th 1997年9月22日 替え唄クラシックメドレー 替え唄クラシックメドレー〜カモメタルヴァージョン〜
40th 1997年12月17日 アニメ替え唄スーパーメドレー Mr.説教MAN 61位
41st 1998年3月21日 ワールドカップだぜぃ! カモンの部屋
42nd 1998年8月5日 ザッツ・替え唄メドレー Mr.説教MANやっちゅーてんねん!
43rd 1998年10月21日 男に逃げられた WOMAN(〜LIVE at NAGOYA BOTTOM LINE〜)
44th 1999年2月24日 誰がそこまでガンバレ!言うた 言うだけ番長(ライブバージョン)
45th 1999年5月21日 ええ奴やんか ババシャツ
46th 1999年9月22日 それはまるで ワンダーランド2
拉麺道 RAUMEN-ROAD
47th 2000年1月21日 替え唄メドレードラゴン 俺だけかぁー
48th 2000年8月23日 ミレニアムの法則 唄のワンダーランド2000
49th 2000年11月1日 鼻から牛乳〜世紀末バージョン〜 唄のワンダーランド〜POWER SELECT〜
50th 2001年1月24日 これは何かの陰謀だスペシャル 恐怖の恋愛劇場
よくある話
51st 2001年4月21日 替え唄メドレー2001 ストーリーランド
うれしい たのしい たまんない 体操
52nd 2001年7月25日 特選・替え唄メドレー 〜DANCE MIX〜 あったらコワイ コンビニエンス
まちがってますよ〜DANCE MIX〜
53rd 2001年10月24日 CM替え唄メドレー そりゃそーだ
こういう事ってあるでしょう
54th 2002年3月21日 CHAU!CHAU!CHAU!/THE ENKA 替え唄メドレー 両A面シングル
55th 2002年6月21日 ガッツ石松伝説 懐かしいもの
ネタのワンダーランド・特盛り
56th 2002年9月21日 夢・ドリーム おもわくちがい
言うだけ番長〜コスモス〜
57th 2003年1月22日 青春フォーク替え唄メドレー なごみのひととき
エピソード・シアター
58th 2003年4月23日 明るい未来〜シングルバージョン〜 プロローグ
エピローグ
糾弾
何やってんだ?オレ
59th 2003年11月21日 ひとりぼっちのクリスマス/NIPPONのお正月 前フリ
お歳暮ワンダーランド
お年玉ワンダーランド
両A面シングル
60th 2004年4月21日 少年はいつの日もバカ!/ジ・アンサーソング〜テツ&トモに捧ぐ〜 両A面シングル
61st 2005年4月21日 ワリカンがイヤだって言ってるんじゃないのよ! 創作料理の店
40なかば
62nd 2005年10月21日 替え唄メドレー2005 爆裂!ワンダーランド お徳用
63rd 2006年4月21日 働くオジサン宣言〜関白宣言〜 〜SHOW TIME〜
64th 2006年7月26日 恋のチャルメラ ププッピ ドゥー! 男のチャルメラ どんと来い!
みんなのチャルメラ レッツゴー!
65th 2006年10月25日 新・鼻から牛乳 新・男のチャルメラ どんと来い!
66th 2007年4月25日 続・アニメ替え唄スーパーメドレー 唄・ネタ ワンダーランド〜ナリ天ver.〜
67th 2007年10月24日 あったらコワイセレナーデ〜ベスト・オブ・エロコワ〜/あったらコワイセレナーデ〜ベスト・オブ・最近〜 両A面シングル
68th 2010年1月20日 さくら咲く 小市民〜受験生篇〜
新・鼻から牛乳〜ライブバージョン〜
112位
69th 2010年10月6日 風が吹いてる〜炭坑があった町〜 風が吹いてる〜炭坑があった町〜(歌/原えいじ
70th 2011年5月25日 希望のマーチ 怒りのグルーヴ〜震災篇2011〜
さくら咲く
71st 2011年7月21日 うな太郎の大冒険 短篇集
希望のマーチ
72nd 2011年12月14日 アホが見るブタのケツ〜ベスト〜/鼻から牛乳〜キッズバージョン〜 キッズ替え歌メドレー(ライブレコーディング) 両A面シングル
73rd 2012年3月28日 アホが見るブタのケツ・2 新・アホが見るブタのケツ
アホが見るブタのケツ・2(TVサイズ)
74th 2013年6月26日 笑う門には福来る プロローグ
明るい未来〜シングルバージョン〜
エピローグ
デビュー30周年記念シングル

アルバム[編集]

発売日 タイトル 最高順位
1st 1985年6月12日 お調子者で行こう
2nd 1986年2月21日 日常 〜COM'ON! 超B級娯楽音楽〜
3rd 1988年11月21日 小市民宣言
4th 1989年3月21日 小市民大全集
5th 1989年11月21日 バルセロナ
6th 1990年7月21日 リゾート計画 89位
7th 1991年3月21日 42位
8th 1992年1月1日 天賦の才能 10位
9th 1992年9月9日 怒濤の達人 6位
10th 1993年9月22日 NIPPONの楽しみ 34位
11th 1995年1月1日 娯楽の殿堂 75位
12th 1996年1月1日 伝家の宝刀 53位
13th 1997年4月9日 Oh! My God 50位
14th 1997年10月1日
15th 1998年4月1日 笑う女
16th 1998年11月6日 ジャングル ウッキー!!
17th 1999年5月21日 お前はまちがっとる!
18th 2000年1月21日 かもたつ
19th 2000年11月21日 図星でしょ☆
20th 2001年4月21日 劇的な日常
21st 2002年3月21日 絶対キレイになってやる!
22nd 2002年9月21日 症候群
23rd 2003年4月23日 達人伝説〜20周年記念アルバム〜 145位
24th 2004年4月21日 人類はいつの日もバカ! 219位
25th 2005年4月21日 残念なお知らせ 〜世の独身女性に捧ぐ〜
26th 2005年10月21日 元気が出るCD!!
27th 2006年4月21日 笑撃王
28th 2006年10月25日 アホダラ王国物語
29th 2007年4月25日 言葉のチカラ!
30th 2007年10月24日 「これさえあればゴハン何杯でも食べられる」と言って2杯で限界になっているアナタへ
31st 2008年5月21日 帰ってイモ食うて屁こいて寝よ!
32nd 2014年4月30日 GO!GO!COME ON!!

ベストアルバム[編集]

発売日 タイトル 最高順位
1st 1988年1月21日 エエトコドリ!
2nd 1989年12月1日 嘉門達夫全曲集
3rd 1991年6月21日 嘉門達夫金色大全集
4th 1991年11月1日 THE BEST OF KAMON TATSUO 13位
5th 1994年4月6日 THE BEST OF KAMON TATSUO II 63位
6th 1996年9月28日 The Very Best Of KAEUTA MEDLEY 98位
7th 2001年10月24日 嘉門達夫シングルベストコレクション+1 1997-2001
8th 2004年11月21日 嘉門達夫シングルベストコレクション+3 2002〜2004
9th 2005年1月26日 嘉門達夫 ゴールデン☆ベスト -オールシングルス&爆笑セレクション1983〜1989-
10th 2008年11月19日 TATSUO KAMON 25th anniversary SELF COVER BEST!
11th 2009年6月3日 嘉門達夫豪華盤 〜Columbia Years〜
12th 2009年9月16日 嘉門達夫 ゴールデン☆ベスト 〜BEST OF 替え唄&ヒットソングス1989-1996〜
13th 2010年3月24日 "笑い"のさくら咲く 〜ギャグセレクション〜
14th 2010年4月21日 "恋"のさくら咲く 〜恋愛セレクション〜
15th 2011年3月23日 "青春"のさくら咲く 〜スクールセレクション〜
16th 2012年10月24日 嘉門達夫 ゴールデン☆ベスト 〜怒濤のビクター編1989-1996〜
17th 2012年12月26日 嘉門達夫BOX 怒濤のビクター・シングルス

著書[編集]

出演[編集]

テレビ番組[編集]

ここではレギュラーでの出演経験がある番組のみを列記する。

テレビドラマ[編集]

ラジオ番組[編集]

ここではレギュラーでの出演経験がある番組のみを列記する。

CM[編集]

その他[編集]

関連芸能人[編集]

  • 明石家さんま - 親戚弟子に当たる。20周年記念アルバム「達人伝説」に出演し、彼自身のギャグ「めっかっちゃった!」をテーマにした曲が二人のデュエット曲として収録されている。また、デビュー30周年イベント「真夏のカモン!EXPO!歌と笑いと食のワンダーランド」にもノーギャラでゲスト出演している[4]
  • 浅田美代子 - 1992年、「デュエット替え唄メドレー」で共演。
  • あのねのね - 売れない時期、面倒を見てもらっている。その後、代プロ(厳密にはDAIPRO-X)に所属していた。「WE ARE THE 魚屋のオッサン'91」「つくばねの唄」「ネコニャンニャンニャン(達夫・伸郎バージョン)」などのオリジナルは彼らの曲。また、さんまとともに「真夏のカモン!〜」にも参加している。
  • 荒井注 - 替え唄の歌詞の中に名前が何度も登場するほか、「替え歌メドレー3(完結編)」では特別出演している。
  • アル・ヤンコビック
  • 伊藤秀志 - 『ヤンタン』にて共演。自称「嘉門達夫評論家」。「少年はいつの日もバカ!」にある「好きな娘のジャージを床に並べ重なって寝てみた」という歌詞は彼の実体験に基づいている。
  • イノキン - かつての事務所の後輩。
  • いんぐりもんぐり(→INGRY'S→THE INGRY'S→FoolyouS) - 代プロ時代の後輩であったが、弟子のような存在。
  • 小倉久寛 - 1988年に「小市民」、翌年に「小市民2」にて共演。
  • 上岡龍太郎
  • 神谷明 - ベテラン声優の一人。当時嘉門が『ヤンタン』に出演していた頃、同じく神谷が『オールナイトニッポン』で「ギネスに挑戦!」というコーナーをやっていたため、嘉門もその当時は同じようなコーナーをやっていたことから、互いの番組投稿者の縁で親交を持つ。
  • 川口浩 - ヒット曲「ゆけ!ゆけ!川口浩」は「水曜スペシャル」の人気コーナー「川口浩探検隊シリーズ」をテーマにしたもの。嘉門達夫が承諾を得るために交渉に行ったところ、ほぼOKをもらえたが唯一「(ピラニアに)噛まれた腕はいったい誰の腕なんだろう?」という歌詞に「あれは私の腕なんです」と主張し、その部分のみ歌詞が差し替えになった。
  • 北野誠桂雀々 - 同世代の友人で、過去に3人で組んでラジオ番組を務めていた。北野は嘉門のいくつかの楽曲にネタを提供。
  • 北山修 - 嘉門の替え歌を医学的見地から体にいいと分析。北山のほうから嘉門とのジョイントを申し出た。「真夏のカモン!EXPO!」にもゲスト出演していた。この日、フォークルの代表曲のひとつである「あの素晴しい愛をもう一度」の替え歌「あのすさまじい部屋を掃除しろ」を嘉門とともに熱唱した。
  • 桑田佳祐 - 芸名の名付け親。嘉門はサザンのベストアルバム『すいか』のテレビCMに出演したり、嘉門が出すサザンオールスターズの曲の替え歌も容認している。替え歌を作ったら先ず桑田の自宅に電話し、電話越しに替え歌を歌って聴かせ、桑田は苦笑した後に「いいよいいよ」の一言でOKを出すという。また、アミューズ時代の先輩にあたる。
  • 小室哲哉 - 同じ「TK」のイニシャル同士のよしみで「TK替え歌メドレー」シリーズを快諾。
  • SAICO(鈴木彩子) - 代プロ時代の後輩で、弟子格にあたる。嘉門のアルバム『宴』および『怒濤の達人』にゲストで参加し、その後『爆裂スーパーファンタジー』で共演した。
  • 笑福亭学光 - 元兄弟子。
  • 笑福亭笑瓶 - 従兄弟弟子に当たる。上記の「北野誠」「桂雀々」ともに古くからの友人で、彼らとともに「真夏のカモン!EXPO!」にも出演していた。
  • 笑福亭鶴光 - 元・師匠。
  • 笑福亭鶴瓶 - 叔父弟子に当たる。売れない時期から眼を掛けてもらっていた。
  • ぜんじろう - 『ヤンタン』時代の共演者で、嘉門はアメリカの劇場へ行く際にぜんじろうからアドバイスを受けている。詳細はぜんじろうのブログを参照。
  • 田中義剛 - 『笑っていいとも!』と『ヤンタン』で共演。
  • 丹波哲郎 - 「タンバでルンバ」は彼の大霊界語録が元ネタであり、気に入った丹波がTBSのドラマ『結婚してシマッタ!』(1988年)で自分の秘書役で嘉門を起用した。
  • 根本要スターダストレビュー) - MBSヤングタウン以来の長い付き合いがある。「真夏のカモン!EXPO!」にはメンバーとともに参加した。
  • 新田一郎 - 代プロ社長で、師匠格。「ゆけ!ゆけ!川口浩」のトランペットは彼の演奏。
  • 原田さとみ - 『ラジごめ』など多くの作品で共演。惣領弟子のような存在。
  • 久本雅美 - 下積み時代からの友人。アルバム「達人伝説」にもゲスト出演している。また、「真夏のカモン!EXPO!」にも梅垣義明とともにゲスト出演した。
  • ブリーフ&トランクス - 事務所の元後輩。アルバム『笑う女』収録の「残尿感」で共演。
  • 細木数子 - 『ズバリ言うわよ!』(2006年12月12日放送分)内で嘉門曰く「20年ぶりに再会した」。同番組で嘉門が当時独身だった頃に細木から未婚の理由と女性への価値観があまりにも矛盾していることを指摘され、「七変化の女性が欲しいのでは」と批判された。細木は「頭が良すぎて人を小バカにするものが出てくる。自分がもう1つランクの気持ちを下げれば本当にいい人にも遭遇してるはず。だから結婚しなきゃダメ。来年(2007年)からものすごいいい年になるから」とのアドバイスを授けられたことがある。また、同時に「芸名を“嘉門”から“加門”へ改名しないと絶対人気が出ない」(改めると画数が13画になる)と言われたが、結局改名はしなかった。
  • 前田日明 - 親交があり、アルバム『宴』に収録されている曲「宅配ピザ」に参加。
  • 槇原敬之 - 春日丘高校の先輩後輩関係。嘉門が出演していた当時の『ヤンタン』火曜日に、自身最初のヒット曲「どんなときも。」のプロモーションで訪れたり(槇原が出演した当時は「どんなときも。」が発売されて間もなくの時だったので、槇原自身は世間的には全くの無名の頃だった)、1991年末に紅白への出場を果たした後も『ラジごめII金曜日の王様』にゲストで訪れたりしていた。また、嘉門出演のテレビの特番にも、配達ピザ店のコスプレをして1度だけ出演したことがある。
  • 宮地佑紀生矢野きよ実 - 別々の曜日ではあったが互いに『ラジオDEごめん』のパーソナリティを務めていた時代から親交があり、現在でも名古屋にキャンペーンに訪れた際には両名司会の生番組『どですか!』(メ〜テレ)にゲスト出演・新ネタ披露することがある。
  • 美輪明宏 - アルバム「伝家の宝刀」に収録されている「愛だと思ってた」は美輪が嘉門に言った言葉から出来た曲。アルバム「達人伝説」にもゲスト出演している。
  • 吉田拓郎 - 最初に作った替え唄は、吉田拓郎のアルバム『元気です。』に収録された「せんこう花火」をもじった「蚊取り線香」という曲[5]

脚注[編集]

  1. ^ <私の恩人>嘉門達夫 名付け親は桑田佳祐さん 「サザン」の曲も好きに使っていいと許されたTHE PAGE2013年8月18日
  2. ^ a b [長寿のヒミツ]音楽と笑い融合嘉門達夫バカソング一筋25年スポーツ報知、2008年6月10日。
  3. ^ その後、企画自体が無くなっている。
  4. ^ 嘉門達夫30周年ライブにさんまがノーギャラ出演Yahoo!ニュース2013年7月22日(2013年7月24日閲覧)
  5. ^ 嘉門達夫 | OGな人びとVol.27 - OCN TODAY

外部リンク[編集]