家入一真
|
いえいり かずま
家入 一真 |
|
|---|---|
| 生誕 | 1978年12月28日(33歳) |
| 職業 | 実業家 |
家入 一真(いえいり かずま、1978年12月28日 - )は、日本の実業家であり、株式会社paperboy&co.創業者。福岡県出身。
目次 |
[編集] 略歴
福岡県立玄界高等学校中退後、大検に合格し地元の芸大にも合格するものの通わず[1]。芸大美大受験の予備校である美術研究所画塾卒業。その後、デザイン会社に入社し、在職中にウェブサイトのデザインに興味を持つ。ウェブデザインの技術的知識を身に付けようとコンピュータのシステム会社に転職し技術を習得する。
現在は、株式会社パーティカンパニー代表取締役社長、株式会社パーティファクトリー代表取締役社長、playwith partners Inc.代表取締役社長、株式会社ハイパーインターネッツ代表取締役クリエイターを務める。
- 2001年10月23日 - 合資会社マダメ企画を資本金30万円で設立。
- 2003年1月10日 - 有限会社paperboy&co.を出資金300万円で設立し、合資会社マダメ企画の事業を継承。
- 2004年3月2日 - 有限会社paperboy&co.が株式会社に組織変更。
- 2007年9月11日 - 第5回Webクリエーション・アウォード Web人賞受賞。
- 2008年5月19日 - 自身がオーナーのカフェ「HI.SCORE Kitchen」を渋谷にオープン。
- 2008年12月19日 - 株式会社paperboy&co.がジャスダックに上場。
- 2009年3月25日 - 株式会社paperboy&co.代表取締役社長を退任、同社代表取締役CCOに就任。
- 2009年10月23日 - 渋谷区上原(代々木上原)にレストラン「入 iri 365/table」をオープン。
- 2009年11月20日 - 目黒区青葉台(中目黒)にカフェ「ラウンジ ie」をオープン。
- 2010年3月25日 - 株式会社サイブリッジ及び株式会社バリュープレスとの共同出資でプレッジ株式会社を設立。
- 2010年3月23日 - 株式会社paperboy&co.代表取締役CCOを退任、同社取締役(非常勤)に就任。
- 2010年4月15日 - 株式会社パーティカンパニーを設立し、同社代表取締役社長に就任。
- 2010年5月27日 - 株式会社アマゾナスヴィダ代表取締役社長に就任。
- 2010年9月1日 - マインドスコープ株式会社取締役に就任。
- 2010年12月10日 - 株式会社ホットココア顧問に就任。
- 2011年1月12日 - 石田光平と共に株式会社ハイパーインターネッツを設立し、代表取締役クリエイターに就任(現職)。
[編集] 人物
趣味はインターネット、カメラ、読書。子供の写真を撮るのも趣味であり、カメラの師匠は森友治であるという[2]。好物は豚の角煮、カレー、ビールであり、嫌いな食べ物はきゅうり、すいか、メロンである。
妻と子供(一男一女)との4人家族である。妻とはインターネットのコミュニティサイトで知り合いメールを通して交際を始めた。その後、彼女の高校卒業と同時に同棲を始め、家入が22歳で彼女が18歳の時に結婚する[3]。
家族といるのが楽しく、子供の成長がとても面白いという[4]。暖かな家族のしっかりした基盤の下でのびのびと育っていくことを子供に願っており[5]、自身のブログでは家族や子供のことも度々書き込んでいる。
WEB本棚「ブクログ」やオレポン等ユニークなアプリの開発も個人的に行っており、これらが話題になることも多い。尚、「ブクログ」については、2009年10月8日よりpaperboy&co.の正式な運営サービスとなった。
また、日経新聞やITmedia NEWSといった雑誌・新聞・webサイトのインタビューを受けることが多く、過去には内閣メールマガジンに寄稿[5]したことがある。
[編集] 交流
株式会社カヤック代表取締役の柳澤大輔、株式会社はてな代表取締役の近藤淳也、株式会社ミクシィ代表取締役の笠原健治、株式会社ドリコム代表取締社長の内藤裕紀など若手IT起業家と交友が深い。
[編集] 学生時代
学校に馴染めず高校1年生の時に中退し、約3年ほどひきこもりとなり、その後に大学入学資格検定(高等学校卒業程度認定試験)に合格する。住み込みの新聞配達をしながら奨学金を得る新聞奨学生制度を新聞で知り、朝夕に新聞配達をしながら昼は芸大美大受験の予備校である美術研究所画塾で油絵を学び東京芸術大学を目指していた。しかし、2年連続でセンター試験を受けそびれた。2年目に関しては試験前日に24時間営業のジーンズ店を見つけ、深夜まで入り浸り、ホテルに戻って起きた時には試験が終わっていたという。また、直後に父親が交通事故に遭い長期入院となり、借金の発覚なども重なって両親が離婚し、家計を助けるためデザイン事務所に就職した[3]。
[編集] エピソード
- 高校1年生の運動会では練習が嫌いで逃げ続け、本番当日は学校のトイレに隠れた後にトイレの窓から裸足で逃げ出した。そのまま裸足で電車に乗り、気づくと見知らぬ遠方の駅にいて鼻血を出しつつ泣きながら歩いて帰ったことを今でもよく覚えているという[6]。
- ジャスダック市場に20代で上場した当時はジャスダック市場最年少社長であった。
- 代表取締役CCO就任時にCCOという珍しい肩書にした理由は「コロコロしててカワイイから」だという[7]。
- 2010年3月の取締役(非常勤)就任については、「ペパボが自分だけの会社ではなくなった」「自分は経営に向いていない」「ペパボ以外のやりたいことに力を向けたい」といった意識や考えから、代表権のある役職を自ら退いたという。これは、社長退任、自社株売却などペパボからの距離を取り始めた理由でもあるようだ[7]。
[編集] 受賞歴
[編集] 著書
- 『こんな僕でも社長になれた』(ワニブックス、2007年2月) ISBN 9784847017094
[編集] 参考文献・出典
- ^ 『こんな僕でも社長になれた』、家入一真、p93
- ^ ネット探偵団ANNEX (2007年5月23日). “paperboy&co/家入一真氏”. 2010年8月4日閲覧。
- ^ a b ITmedia News (2006年3月20日). “ひきこもりから IT社長に “paperboy”の軌跡”. 2010年5月3日閲覧。
- ^ GREEキャリア (2006年6月21日). “株式会社paperboy&co. 代表取締役社長 家入一真氏。”. 2010年8月4日閲覧。
- ^ a b 首相官邸メールマガジン (2007年8月2日). “安倍内閣メールマガジン(第40号 2007/08/02)”. 2010年4月11日閲覧。
- ^ INTERNET Watch (2008年2月25日). “引きこもりから社長へ paperboy&co.社長 家入一真氏(前編)”. 2010年5月3日閲覧。
- ^ a b ITmedia News (2010年4月7日). “IT社長からカフェオーナーに ペパボ創業者・家入一真氏のいま”. 2010年4月7日閲覧。
- ^ Webクリエーション・アウォード. “第5回Webクリエーション・アウォード受賞者”. 2010年4月11日閲覧。
- ^ Amazon.co.jpアソシエイト・プログラム (2007年5月16日). “第1回アソシエイトコンテスト 受賞サイト”. 2010年5月3日閲覧。