日本学生支援機構

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日本学生支援機構
Japan Student Services Organization 2013-12-29.JPG
市谷事務所
正式名称 日本学生支援機構
英語名称 Japan Student Services Organization
略称 JASSO
組織形態 独立行政法人
所在地 日本の旗 日本
〒226-8503
神奈川県横浜市緑区長津田町 4259 S-3
理事長 遠藤勝裕
設立年月日 2004年4月1日
所管 文部科学省
ウェブサイト http://www.jasso.go.jp/
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独立行政法人日本学生支援機構(にほんがくせいしえんきこう、Japan Student Services OrganizationJASSOジャッソ)は、独立行政法人通則法にもとづく独立行政法人である。設立根拠法は同法及び独立行政法人日本学生支援機構法。主に学生に対する貸与奨学金(student loans)事業や留学支援、また外国人留学生の就学支援を行っている。理事長は遠藤勝裕(日本銀行出身)。所管は文部科学省高等教育局。

概要[編集]

日本育英会、財団法人日本国際教育協会、財団法人内外学生センター、財団法人国際学友会、財団法人関西国際学友会が合併し、2004年(平成16年)4月1日に設立された。

本部を神奈川県横浜市緑区長津田町の東京工業大学すずかけ台キャンパス内に置く。なお本部には「支部総括室」のみが所属し、その他の部署は東京都内にある。

具体的には、旧日本育英会から引き継いだ日本人向け奨学金事業が育英会本部のあった新宿区市谷本村町の市谷事務所、旧日本国際教育協会から引き継いだ留学生事業の大半と旧内外学生センターから引き継いだ学生生活事業は江東区青海東京国際交流館にある青海事務所、そして留学生事業の一部が旧日本国際教育協会本部のあった目黒区駒場の駒場事務所と分かれている。また、旧国際学友会から引き継いだ東京日本語教育センターが東京都新宿区北新宿に、旧関西国際学友会から引き継いだ大阪日本語教育センターが大阪府大阪市天王寺区上本町の旧大阪外国語大学跡地に設置されている。さらに、北海道から九州にかけて日本各地に地方ブロック支部を置いている。

事業費を対象とした日本学生支援機構への寄付金は、税法上、特定公益増進法人への寄付金となる。また、学費の貸与を目的とした当該法人への寄付金は、指定寄付金とされ課税対象外となる。

発足以前の団体が個別に行ってきた日本人学生への奨学金貸与事業、留学生に対する奨学金の給付事業や学生生活調査などの学生支援事業を総合的に実施する機関とされている。業務は、内外学生への日常業務としての支援の他、機構独自の講演会や育英友の会との留学生・奨学生地域交流集会共催などがある。

旧日本育英会時代からの積年の課題となっているのが、奨学金の返還滞納問題である。機構の調査では、2005年度末で1年以上滞納している人が14万2000人、不良債権として扱われる3ヶ月以上の滞納も18万5000人となっている。民間金融機関などと違い無担保であること、学生本人が債務者であることや奨学生採用決定時に将来の弁済能力は考慮に入れていない。ただし、機構の職員が加入する日本育英会労働組合は「(現)学生支援機構は教育ローン業者ではない」、「サラ金のような取立てはできない」と反論しており、融資型から給付金型の育英資金制度の導入を提案している。

奨学金事業[編集]

国内[編集]

第一種奨学金(無利息)[編集]

専修学校専門課程)、高等専門学校短期大学大学大学院に在学する学生を対象とし、無利息で一定額を貸し付ける。本人の成績及び経済状況により選考される。また学種により、学年や通学形態等で貸与金額が異なる。

第二種奨学金(利息付)[編集]

専修学校(専門課程)、高等専門学校(4・5年生)、短期大学、大学、大学院に在学する学生を対象とし、利息付で一定額を貸し付ける。本人の成績及び経済状況により選考されるが、第一種の選考基準よりも緩やかな基準で選考される。また学種により、学年や通学形態等で貸与金額が異なる。

利率の選択
2007年度以前は奨学金に関わる利率について「利率固定方式」(市場金利の上下にかかわらず一定)のみが採用されていたが、2007年以降の採用分より、従来の「利率固定方式」に加えて「利率見直し方式」(返還期間中、概ね5年以内に利率見直しがなされる)も採用され、貸与者が自由に選択可能となった。尚、いずれの場合も利率上限は年3%であり、在学中は無利息である。

海外[編集]

第二種奨学金(海外)[編集]

国内の学校を卒業した後に、海外の大学へ留学する者を対象とし、利息付で一定額を貸し付ける。進学前に採用の申し込みを行う予約採用であり、 家計の経済状況により選考される。

第二種奨学金(短期留学)[編集]

国内の大学在学中に、海外の大学へ短期的に留学する者を対象とし、利息付で一定額を貸し付ける。留学前に採用の申し込みを行う予約採用であり、家計の経済状況により選考される。

奨学金事業の問題点[編集]

奨学金事業に対しては様々な問題点が指摘されている。以下に主たる問題点を列挙する。

採用・貸与[編集]

教育ローン的側面がある
日本学生支援機構が実施する奨学金事業は、第一種及び第二種のいずれとも貸与奨学金であり、実質的には教育ローンに他ならず、家計負担の軽減とならない[1][2]。さらに、第二種の場合は返還総額に利息を上乗せして返還する必要があり、「これが奨学金と言えるのか」という批判もある[3]。また、無利子(第一種)の滞納者数・滞納額がほぼ横ばいである一方、有利子(第二種)の滞納者数・滞納額が大きく増加している点も指摘されている[4]日本共産党などは奨学金を全て無利子にすることを提言している[5]。同時に、借用したい学生が概ね奨学金を受けることができるようになったメリットも存在する。
基本的には家計基準で選考する(第一種は成績の基準点がある)
基本的には家計基準で選考する。また、大学1年生が借用する場合、成績に関しては奨学金が実際に貸与されていない「高校在学時」のものだけが考慮されている。なお、評定平均値3.5以上は一律に第一種基準内とする方式で、基準内の数値の良し悪しは選考の対象とはならない。

返還の滞納[編集]

返還滞納額の増加
奨学金と言えども実質的には借金であり[6]卒業後に返還義務があるにもかかわらず、返還の滞納を行う者が後を絶たない。また、奨学金の原資には貸与者からの返済金が活用されていることもあり、滞納額の増加は奨学金事業そのものを崩壊させることになりかねない。2007年度末時点で奨学金滞納額は660億円に上っている。また、この問題では、未回収金のうち約130億円について、同機構側が貸出先住所について、卒業後半年間は奨学生と接触しないシステムを継続していることなど杜撰な管理をしていることにより、転居先を把握していなかったことが主因であることが、会計検査院の調査で判明している[7]
滞納者の個人情報を信用情報機関に登録
日本学生支援機構では滞納に歯止めを掛けるため、2010年4月より、3か月以上滞納した利用者の個人情報氏名住所、勤務先、延滞額など)を信用情報機関である「全国銀行個人信用情報センター」に登録する。同センターの情報は消費者金融信販会社など金融機関が貸し出し審査等に利用しているため、延滞情報が登録された場合には、クレジットカードを作ったりローンを組んだりしづらくなる[8]。また、多重債務者に対しては強制執行の申し立てなど法的手段により回収を強化する。原則として2009年度の貸与分(新規だけでなく継続の在学生も含む)から導入し、貸与希望者に予め情報提供の同意書を取り付け、同意しない者には貸与しない。また返還をしている卒業生には順次郵送で同意を呼びかける[9]
信用情報機関への登録については反対意見もある。日本共産党は、「奨学金は憲法教育基本法の『教育を受ける権利』に基づいており、経済的な理由で学業をあきらめる若者をうまないためのもの」であって、「営利を目的に、返済能力のある人だけに融資する金融事業とは目的も貸し出す対象も全く異なる」と指摘している[10]。また、日本学生支援機構労働組合(学支労)の岡村稔書記次長は、「強硬策を続ければ経済的に厳しい学生ほど進学をあきらめる。教育の機会均等をうたう奨学金制度が崩壊する」と指摘する[11]。財務省による独立行政法人債権の証券化、販売と関係があるとみる説がある[12]
一方で賛成意見もある。産経新聞社説の中で、「滞納が増えれば原資を国費から補填せねばならず、回収強化や制度見直しが求められているのは当然」と主張する。また「奨学金をもらうのは苦学生ばかりではなくなっている」という事実を指摘した上で、「理由のない滞納は許されず、借りたものは返す責任を自覚してほしい」とし、「本当に困っている学生を支援する奨学金制度にせねばならない」と制度の課題を指摘している[13]
延滞状況の改善ない大学名の公表へ
財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会の財政投融資分科会は、各大学の回収取り組みを強化させるため、延滞状況の改善が進まない大学名を公表すると明らかにした。2009年度より実施する[14]。しかし、大学に対して滞納者のリストが配布されるわけではなく、大学側では対応の施しようがない問題も発生している。

外国人留学生支援事業[編集]

その他の事業[編集]

日本学生支援機構は2004年度より、旅客鉄道株式会社が発行する学校学生生徒旅客運賃割引証の配布業務を行っている。

発足以前[編集]

日本育英会[編集]

日本育英会(にほんいくえいかい)は1943年10月18日財団法人大日本育英会として発足した。前後して(10月21日明治神宮外苑学徒出陣の壮行会が行われている。翌1944年4月20日大日本育英会と改称し、特殊法人となる。

大日本育英会は成績優秀だが貧しく修学が困難な学生に奨学金を貸与することを目的としていた。当時、大蔵官僚で元首相の大平正芳は大日本育英会の査定を担当していて、大平は国の手による育英事業は本当の英才に限られるべきとの考えから、当初の中学20万人案はいうに及ばす、文部省の3万人案よりも少なく査定した。さすがに厳し過ぎることから大蔵省首脳からも批判され、最終的には主計局長の植木庚子郎(後に衆議院議員)に説得されて譲歩したという[15]

この目的は制度の変更はあったものの1999年きぼう21プランが導入されるまで貫かれた。学徒出陣が主にいわゆる文科系の学生が対象であったことから、初期の大日本育英会の事業はいわゆる理科系の学生が対象になっていた。

1953年8月13日、日本育英会に名称を変更する。

1984年8月7日、日本育英会設置の根拠法日本育英会法が全面的に改正され、施行される。ただし、適用は同年4月1日からの遡及適用であった。この改正で無利子貸与の第一種奨学金と有利子貸与の第二種奨学金に分かれることになる(従来は全て無利子貸与であった)。第二種奨学金導入により従来より貸与される学生の範囲が幾分拡大した。

2000年4月1日、第二種奨学金を改定する形できぼう21プランが導入された。これにより事実上奨学金を希望すれば貸与を受けられるようになった。ただし、後年財政債権管理の問題から、制度は幾分縮小された。

名称の変更はあるものの、第一種奨学金と第二種奨学金の制度は、日本学生支援機構の奨学金に受け継がれている。

2007年4月以降の新入生は、第二種奨学金につき、「5年ごとの利息変動型」も選択できる。下の制度は変わらずあるのに、留学生に対する過剰な優遇でないかという意見がある。

財団法人日本国際教育協会[編集]

財団法人日本国際教育協会(ざいだんほうじんにほんこくさいきょういくきょうかい)は民法に基づく財団法人であった。

協会の歴史は、1957年の駒場留学生会館設立に始まる。当初は国費留学生への支援のみであったが、1970年代に入ると、私費留学生も支援対象となる。

1980年代後半に入ると、中曽根内閣留学生10万人計画を受けて、外国人留学生の受入れ促進にかかる各種事業を行うようになる。日本国際教育協会が行った事業には以下のようなものがあった。

  • 私費外国人留学生学習奨励費の支給、外国人留学生への医療費補助、4つの留学生会館の管理運営等の生活面での援助
  • 日本語能力試験、私費外国人留学生統一試験(2000年まで)、日本語教育能力検定試験、日本留学試験の実施
  • 日本留学フェア、外国人学生のための進学説明会、留学生相談対応、学校情報・留学情報関連雑誌・書籍の発行
  • 帰国外国人留学生短期研究制度、帰国外国人留学生研究指導、専門資料送付制度等のフォローアップ
  • 短期留学推進制度、国際大学交流セミナー、留学生地域交流事業等、大学間交流の促進

財団法人内外学生センター[編集]

財団法人内外学生センター(ざいだんほうじんないがいがくせいせんたー)は1945年3月8日に設立された動員学徒援護会に始まる。文部大臣を会長とし、事務所も文部省内に置くという国策団体であったが、この時は任意団体であった。法人化するのは同年7月1日で、財団法人勤労学徒援護会と改称した。軍隊などに動員された学徒の業務上の災害救済と教養指導を主な事業とした。

1947年1月7日財団法人学徒援護会と改称し、敗戦後の混乱から生活に困窮する学生・生徒に対する支援を主な事業とする。

1989年4月1日、留学生10万人計画を受けて留学生の生活支援と交流を事業目的に加え、財団法人内外学生センターと改称する。

主な事業には学生寮の運営、アルバイトのあっせん事業(日雇い・短期・中期)、奨学金申請の受付があった。全国10都市に学生相談所(学生の間では「学相」と略された)という名称でアルバイトのあっせん窓口が設けられていた。また主要大学構内にもアルバイト求人票が掲示されていた。 募集職種は単発から中長期までさまざまで、チラシポスティングから店舗什器の移動、引越し補助からトラックドライバー同乗、模擬試験監督や家庭教師など、一般の日刊・週刊アルバイト情報誌では掲載更新頻度の都合で募集しづらい求人が主だった。

アルバイト求人に応募するためには、あらかじめ登録を済ませて登録カードを作成しておき、アルバイト紹介窓口に出向く必要があった。 東京学生相談所の場合、アルバイトのあっせん窓口は男女別に分かれていて、男子学生は下落合に、女子学生は四谷にそれぞれ分かれていた。応募の手順は、アルバイトをしたい日の前日の昼1時までに求人票と対応する番号の応募箱に登録カードを入れ、求人票の発行を待つ。希望者が多数の場合には抽選が行われる。求人票が発行され次第、求人先へすぐ電話して翌日には就業できた。主に早稲田大学の学生や学業スケジュールの都合で中長期のアルバイトに就けない学生でごった返していた。

内外学生センターで行っていた事業のうち、留学生の支援・交流事業は合併で当機構に継承されたが、アルバイトのあっせん事業は前述の財団法人日本国際教育協会で行っていた日本語能力試験などとともに財団法人日本国際教育支援協会に「学生アルバイト求人情報提供システム」として継承された。なお、同システムは2010年3月をもって終了。

現在、アルバイト紹介ウェブサイト「学生アルバイト情報ネットワーク(通称アイネス)」[1]が、旧内外学生センターの求人票に近い形で一部の大学において業務を委託されアルバイト紹介を行っているが、内外学生センター、日本国際教育支援協会いずれにも関係はない。

財団法人国際学友会[編集]

財団法人国際学友会(ざいだんほうじんこくさいがくゆうかい)の歴史は、1935年に始まる。国際学友会は上記の3団体と違い外務省の所轄であった。1943年には内閣情報局大東亜省に管轄が移るが、1945年、敗戦とともに再び外務省が所管となる。

1942年以降国際学友会は東南アジアからの留学生を対象にした事業を中心に行っていた。

1958年、国際学友会日本語学校を設立し、学校教育法に基づく各種学校となる。

1979年、外務省から文部省に所管が移る。

財団法人関西国際学友会[編集]

財団法人関西国際学友会(ざいだんほうじんかんさいこくさいがくゆうかい)は1956年に設立された財団法人であった。国際学友会とは別組織だが、設立時の所管は外務省であった。

1970年には学校教育法に基づく各種学校関西国際学友会日本語学校を設立している。

1979年、外務省から文部省に所管が移る。

脚注[編集]

  1. ^ 鈴木寛(民主党参議院議員)「すずきかんマニフェスト」など
  2. ^ ローン化する奨学金(2006年8月22日、しんぶん赤旗)
  3. ^ 田村智子(共産党参議院東京選挙区候補)「奨学金貸与倍増で学生の願いはどうなる」
  4. ^ 奨学金 返済滞納19万人超(2007年9月22日、しんぶん赤旗)
  5. ^ 党「提言」 石井副委員長に教授会連合(2008年6月7日、しんぶん赤旗)
  6. ^ 貸与奨学金は借金(奨学金ガイド編集部)
  7. ^ 奨学金:転居把握せず130億円未回収 日本学生支援機構 毎日新聞 2009年9月30日
  8. ^ 10年度から延滞通報=奨学金、在学生も対象-支援機構(2008年12月5日、時事通信)
  9. ^ 個人信用情報機関への個人情報の登録について-JASSO
  10. ^ 奨学金返済3カ月遅れ ブラックリスト化 学生に同意書強要(2009年3月23日、しんぶん赤旗)
  11. ^ 相談殺到 職員も懸念 奨学金滞納者ブラックリストに/日本学生支援機構 月12万件混乱も(2009年3月16日、沖縄タイムス)
  12. ^ 日本学生支援機構奨学金の個人信用 情報機関活用に反対する声明
  13. ^ 【主張】奨学金滞納 借りたものを返すは常識(2009年3月16日、産経新聞「主張」)
  14. ^ 改善なければ大学名公表=支援機構の奨学金延滞で-文科省(2008年10月27日、時事通信)
  15. ^ 福永文夫 『大平正芳:「戦後保守」とは何か』 中央公論新社中公新書〉(原著2008年12月20日)、初版、p. 44。ISBN 97841210197692009年4月15日閲覧。

外部リンク[編集]