小室哲哉

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小室 哲哉
}
基本情報
出生名 小室 哲哉
別名 t[注釈 1]
t.komuro[注釈 2]
TK
TECHI KOMURO[注釈 3]
TETSUYA KOMURO[注釈 4]
Tetsuya Komuro
Tetsuya_Komuro[注釈 5]
TETSUYA "TK" KOMURO[注釈 6]
566[注釈 7]
DJ TK[注釈 8]
t.tek 2[注釈 9]
TAN DK[注釈 10]
Lifecell[注釈 11]
Digital "Cheap" Snake[注釈 12]
スーパーウェーブ小室[注釈 13]
出生 1958年11月27日(56歳)
出身地 日本の旗 東京都府中市
血液型 O型
学歴 早稲田大学中退
ジャンル J-POP
テクノポップ
テクノ・ダンス・ミュージック
EDM
トランス
ニューエイジ
R&B
HIP HOP
プログレッシブ・ロック
職業 作曲家
編曲家
作詞家
音楽プロデューサー
キーボーディスト
シンセシスト
シンセサイザープログラマー
ミキシングエンジニア
ギタリスト
DJ
VJ
担当楽器 キーボードシンセサイザー
ピアノギタードラムス
コーラスボーカルオルガン
ブルースハープ
活動期間 1975年 -
レーベル Sony Music Entertainment
/Epic/Sony Records
/TRUE KiSS DiSC
(1984 - 2000)
avex trax
/avex globe
(1991 - )
パイオニアLDC
/ORUMOK RECORDS
/factoryorumok
/Tatsumaki Records
(1995 - 2001)
PONY CANYON
/FLIGHT MASTER
(1998 - 2001)
R and C
/gaball screen
(2001 - 2007)
Syn Songs
(2006 - )
事務所 Office TIMEMACHINE
(1984 - 1994)
OPERA GIG
(1992 - 1994)
Antinos Management
(1993 - 2000)
TK state
/TK MUSEUM
/TK state America MUSEUM
/TK SEQUENCE
/TK SEQUENCE America
/TK ENTERTAINMENT SERVE
/Prime Direction TK Room
/tetsuya komuro rise
(1994 - 2000)
Rojam Entertainment
(1998 - 2004)
吉本興業
(2001 - 2007)
Tribal Kicks
(2004 - 2007)
TKCOM
/Empire Play Music
/イーミュージック
(2007 - 2008)
エイベックス
/a nine
(2009 - )
共同作業者 宇都宮隆
木根尚登
kco
マーク・パンサー
松浦勝人
岩佐俊秀
公式サイト avex公式サイト
著名使用楽器
Fantom-G6 / G7 / G8
Access Virus・Virus Indigo 2 Redback

小室 哲哉(こむろ てつや、1958年11月27日 - )は、日本ミュージシャン作詞家作曲家編曲家音楽プロデューサーキーボーディスト東京都府中市出身。元尚美学園大学芸術情報学部教授。妻はglobeボーカルkco。愛称は「てっちゃん」「先生」「TK」など。身長167cm、体重57kg。

目次

略歴

学生時代

3歳から東京芸術大学教授の下でヴァイオリンのレッスンを始めて、音感のベースを学ぶ。小学5年生、母がエレクトーンを購入。これが鍵盤楽器との出会いとなる。母より先にコードを覚え、エレクトーンの先生を驚かせた。同じ頃、母方の親戚の叔父からギターコードを習い、マスターするのが速くて叔父を驚かせた[1]

音楽の時間に50分で16小節を譜面に書く作曲のテストがあった際、教師が小室の作品を見て「誰かは言いませんけどこの中ですごく上手な人がいました」と言った後、その曲がピアノで披露されて、その曲を他のクラスメイトがリコーダーで吹いた。小室は当時を振り返り「目立ちたくない時期だったためものすごく嫌だった」「だけど自信にはなりました」と語っている[2][3][4]日本万国博覧会シンセサイザーマルチモニター冨田勲の存在を知り、衝撃を覚える。

家にあったギター・ヴァイオリン・エレクトーンを家族に無断で売り、当時16万円以上したというシンセサイザー「ローランドSH1000」を購入した。渡辺美里の1stアルバム「eyes」に収録されている「きみに会えて」・TM NETWORKの4thアルバム「Self Control」に収録されている「Here, There & Everywhere (冬の神話)」の雛型をその頃に作曲したという[5]

早稲田実業学校高等部商業科に入学。小室の作曲テクニックにクラスメイトが憧れる余り、クラスメイトの半数以上の作曲の宿題を肩代わりさせられた。音楽担任は小室が卒業するまで気づかなかったという[6]。この頃からELPピンク・フロイドレッド・ツェッペリンキング・クリムゾンT.Rexユーライア・ヒープコモドアーズKool & the GangEarth, Wind & Fireドナ・サマー等の洋楽をプログレッシブ・ロックファンクを中心に漁るように聞いた[7][8]

早稲田大学社会科学部に進学し5年ほど在籍、在学中にプロ・ミュージシャンとしての活動を開始する(哀婉・あのねのね白竜原田真二等のバックバンド(キーボードを担当)、SPEEDWAYへの参加等)。その後、音楽活動に没頭し、授業料を楽器代に使い廻していた為に単位が取れず除籍となる。

TM NETWORK~TMN時代まで

1986年渡辺美里作曲提供した「My Revolution」が、第28回日本レコード大賞金賞。自身の音楽ユニットであるTM NETWORKは、1987年に発表した「Get Wild」で一躍人気バンドとなり、1988年には第39回NHK紅白歌合戦に出場。

自身のバンド活動と平行して、渡辺美里をはじめ、岡田有希子荻野目洋子おニャン子クラブ福永恵規堀ちえみ中山美穂松田聖子小泉今日子宮沢りえ観月ありさ牧瀬里穂中森明菜などに楽曲を提供し、作曲家としても活躍する。

1989年に自身がリードボーカルを担当したソロ作の「RUNNING TO HORIZON」、「GRAVITY OF LOVE」が連続でオリコンシングルチャート1位を記録。1985年 - 1992年の間には、アニメーション映画の「吸血鬼ハンターD」、実写映画の「ぼくらの七日間戦争」、「天と地と」、月9テレビドラマの「二十歳の約束」、舞台ミュージカルの「マドモアゼル モーツァルト」の劇中音楽を手掛けた。

小室ブーム

1994年TMN終了前後から、観月ありさ篠原涼子trfhitomi内田有紀H Jungle with tdosglobe華原朋美安室奈美恵など、多数の作詞、作曲、編曲と音楽プロデュースを兼任して行った。1994年から1999年の間に数々のミリオンセラーヒット曲を打ち立て、各メディアにおいて「小室ファミリー」、「小室サウンド」、「小室系」といった名称でカテゴライズされる少年時代からの夢だった小室ブームという社会現象を起こした。ソニー・ミュージックエンタテインメント (日本)丸山茂雄が小室のプロデューサー活動を支援するためにアンティノスレコードを設立し、マネジメント業務もアンティノスマネジメント(現:ブルーワンミュージック)に移管した。

1995年から4年連続でプロデュースした曲が日本レコード大賞を受賞[9]。この年にマネジメント業務をエイベックス子会社のプライムディレクション(現:エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ)が設置した「TKルーム」に移管した。

1996年4月15日にはオリコンシングルチャートにおいてプロデュース曲がトップ5を独占した[9]。1996年はglobeのアルバム「globe」が当時のオリコン記録を更新する売り上げ400万枚以上を記録。安室奈美恵のアルバムも300万枚を超えるなどこの年だけでプロデュース曲の総売上枚数は1,500万枚以上を記録した[10]。さらに1996年から2年連続で高額納税者番付において全国4位を記録、1997年の納税額は11億7000万円で推定所得は約23億円だった[10]。1996年末には海外進出を狙いルパート・マードックと組み、100万ドルを出資して香港に合弁会社TK NEWS(後のRojam Entertainment)を設立した[10]。1997年はスピード2のテーマ曲のリミックスを手掛けるなどした[10]

ブームの失速

1998年にはtohko鈴木あみ未来玲可をプロデュースさせたものの、1996年前後の小室ブーム全盛期と比べて勢いは劣るものとなっていた。1997年より既存の小室ファミリー向け楽曲の曲調がポップテイストからエレクトロニカへ変化している点(特に安室奈美恵の楽曲が顕著)、小室ブーム全盛期の中心にいたTRFや安室奈美恵(出産のため休業)などが活動を縮小し、dos篠原涼子hitomi観月ありさらのプロデュースが無くなり、ミリオンセラーを叩き出した華原朋美も恋愛関係の清算により離脱する等の複合的要因で小室ファミリーの規模が萎縮。ファン離れが急速に進んだ。また、マネジメント業務をプライムディレクションからアンティノス・マネジメントへ戻し、ロサンゼルスに移住した。

1999年には“非 小室系”のJ-POPアーティスト(宇多田ヒカル浜崎あゆみモーニング娘。MISIADragon AshDA PUMPSPEED椎名林檎L'Arc〜en〜Cielなど)のCDがヒットチャートの中心となり、小室プロデュースのCD売り上げに急ブレーキがかかり[10]、小室ブームが終焉した[11]。鈴木あみの提供曲はデビュー時から2000年までヒット上位にあったものの、鈴木側のマネジメント上の問題で2000年9月を以て関係が絶たれ、それ以後はglobe関係の活動がウエイトを占めるようになった。

吉本興業へ移籍

2001年1月にソニー・ミュージックエンタテインメントとの専属プロデューサー契約を解除し、前受の報酬金(印税)18億円を返還。数々のミリオンセールスを導き出した安室奈美恵が『Think of me/no more tears』を最後に小室ファミリーから独立した。5月にASAMIと再婚。また、小室が株式の大半を握っていたRojam社が香港株式市場(H株GEM)に上場factoryorumokを清算後、マネジメント契約をアンティノスマネジメントから吉本興業所属に移す。傍らでタレントとしても活動し、同年のバラエティ番組「笑う犬の冒険」のコントに『超ハンサム侍』として出演する等の話題は有ったが、プロデュース業は好転しなかった[10]。9月に富士銀行が日本の銀行として初めて本人所有の著作権を担保に10億円の融資を行った[12]。融資金は先述の専属プロデューサー契約解約による前受金返還に充てた事が後の5億円詐欺事件の公判で明らかにされた。

2002年3月にASAMIと僅か10ヶ月でスピード離婚(実子あり)。5月には吉本興業が設立したアール・アンド・シー・ジャパン(現:よしもとアール・アンド・シー)の株式70%強をRojamが買収し、吉本との関係を強化した。そして11月にはKeikoと再婚。TBSで結婚披露宴特別番組生中継された事は話題となった[10]。しかし、ASAMIとの間で合意した約7億円の慰謝料を一括で払うことはできず分割で支払うことになったが、その支払いも資金繰り悪化の為に2004年8月頃には滞るようになったという[10][13]

この頃より所有していた別荘株券高級車クルーザーなどの資産売却を行うようになった[10]。2004年には約70億円の株式評価損が生じたRojam Entertainmentの出資・経営から撤退した[10]。さらに2005年9月には大分トリニータへのスポンサー料7000万円を滞納していることも明らかとなった[13]2008年11月1日NACK5の開局20周年番組に出演した際には自らの活動を振り返り「98年からの10年はなかなか曲が出てこなかった」[14]「もうやれることはやりつくした気がして貪欲になれなかった」[15]「魚嫌いがクルーザーまで買ったのは尋常ではなかった」[16]と語っていた。

5億円詐欺事件

2006年8月6日、小室は日本音楽著作権協会に自分名義で登録している全楽曲806曲の著作権を10億円で譲渡する仮契約を関西地方在住の個人投資家男性と締結。前妻のASAMIが著作権使用料を差押さえているとして、その解除費用として5億円の先払いを要求し、8月29日までに5億円を受け取った[17]

しかし実際には仮契約段階で既に著作権の一部は、エイベックス・エンタテインメントバーニングパブリッシャーズライジングバブリッシャーズといった音楽出版社に譲渡(音楽業界では著作者である作曲家や作詞家が音楽会社に著作権を譲渡して管理を任せる代わりに印税を受け取ることが慣例となっている[17])されており、小室には著作権がなかった[17]。だが小室は返金に応じなかったため、男性は2008年2月に小室に対し逸失利益を含めた6億円の損害賠償を求め提訴[17]。小室が全額を支払うことで和解が成立したが、期日であった9月末までに小室は支払わなかった[17]

このため男性は地方検察庁刑事告訴した[17]。検察側は小室が受け取った5億円を差し押さえ解除ではなく借金返済に使っていたことを把握。当初から金を詐取する目的だったと判断し、2008年11月4日午前7時40分頃に大阪地検特捜部は小室とトライバルキックスの社長、広告会社の実質経営者の計3名を5億円の詐欺容疑で逮捕した[18]。なお、前日に大阪地検特捜部から任意出頭の要請を受けたため新大阪駅前のシティホテルに滞在しており、逮捕時はみのもんたの朝ズバッ!など一部の朝の情報番組が特別編成となり、逮捕容疑の解説とホテル上空の空撮映像を交えてホテルエントランス前から連行される様子を生中継していた。

11月21日に起訴され、同日に保釈保証金3,000万円を支払い保釈された[19]

2009年1月21日に大阪地方裁判所にて初公判、3月12日に第2回公判が行われ、小室側が遅延損害金を含む計6億4800万円を被害者側に振り込んだことが明らかになった2009年3月10日に解決金を含めて6億5000万円をエイベックス・グループ代表の松浦勝人がポケットマネーで立て替え、被害者に完済した)。被害者側に謝罪の手紙を送っているが受取りを拒否されている[20]。なお、この被害者に送るつもりだった謝罪文は第三回公判の際に、小室自身により読み上げられた[21]。被害者側との示談交渉においては、情状証人として出廷した松浦は「示談を申し込んだが“できない、誠意が足りない”と弁護士から聞かされた。“誠意が足りないとはどういうことか”と代理人に尋ねたら“お金だ”と聞き、非常にショックを受けた。」と証言した[22]が、被害男性は「そのようなことは一切言っていない」と否定し、「民事裁判で和解が成立して決着している。」と話している[23]。なお、SNSmixiでは2008年11月から「小室哲哉氏の復活を願う会」というコミュニティが457人を集めたり、mixiのサポートを受けての紙ベースの署名活動も行われていた。(署名TVでも行われていた。)さらに小室の母親やマネージャー、弁護士の了解を得た上で署名活動と平行して裁判所への提出もありうるという大前提で小室に対して手紙を書く「小室哲哉さんへの手紙」という活動も行われていたりと、復帰待望論が起き、[注釈 14]小室の減刑を望む動きは、音楽業界や音楽業界関係者からもあり、実際に減刑嘆願書を出した音楽業界関係者もいた[24]。第3回公判は4月23日に行われて結審。

2009年5月11日大阪地方裁判所より懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が言い渡され、弁護側・検察側共に控訴はせずに、同年5月25日午前零時を以って刑が確定した。

再出発

2010年5月に復帰第一作としてAAAの楽曲「逢いたい理由/Dream After Dream 〜夢から醒めた夢〜」をプロデュース。また翌6月には森進一への提供楽曲が発売されることがマスメディア、及び5月2日付の小室のtwitterにて明らかとなった[25]。 『眠らないラブソング/道標』の楽曲提供が決まり、作曲の他作詞、編曲も手掛けることとなった。その後もレコード会社を問わず超新星SMAP北乃きい浜崎あゆみらへ楽曲を提供している。小室は、アイドルなどにたくさんの楽曲を提供していた80年代の頃に感覚が似ていると語っていた。一方で2010年9月29日にはglobeのベスト盤がリリースがされ、未発表曲や、パッケージによっては未公開映像や小室のサインも提供された。また11月にやしきたかじんへ楽曲「その時の空」を提供した。

2011年6月13日、宇川直宏の主催する音楽動画配信サイトDOMMUNEにてストリーミング配信ライヴを行う。瞬間最大視聴者は2万7000人を超え、合計視聴者数は14万4000人を記録した。12月23日、ラフォーレミュージアム原宿にて開催される「HARAJUKU PERFORMANCE + DOMMUNE」の4日目に出演。冨田勲とのトーク&ライヴを開催した[26]

2012年3月20日、幕張メッセで行われた東日本大震災復興支援チャリティコンサート『ALL THAT LOVE-give&give-』に、TM NETWORKとして参加したのをきっかけに、約4年ぶりにTM NETWORKの活動を再開する。


バイオグラフィ

1970・80年代

1983年以前

ニューミュージックのアマチュアバンド「哀婉」で活動[注釈 15]
プロ・ミュージシャンとしての活動を開始。あのねのね白竜原田真二角松敏生パンタ村田和人等のバックバンドを経験。
SPEEDWAYに参加。月光仮面の主題歌をロック調に編曲したCMソング「ROCKIN' ON THE 月光仮面」で手腕を発揮した。2nd.アルバム『BASE AREA』で数曲を作曲した。ミス・オレンジショックをプロデュース。

1983年 - 1989年

バンドを結成しては解散する時期を送る(「ギズモ」、「ステイ」、「イラプション」等[6])。
安岡力也の『ホタテのロックン・ロール』でアレンジを担当。SERIKA with DOGのサウンドプロデュースを行う。
SPEEDWAYのメンバーであった木根尚登と新ユニットを組むことに合意し村田バンドに参加。
宇都宮隆を誘い「TM NETWORK」を結成し、リーダー、作曲・編曲・シンセサイザー演奏を担当。
コカ・コーラ フレッシュサウンズコンテストに応募。「1974 (16光年の訪問者)」で史上初の審査員全員満点のグランプリを受賞する。
4月21日TM NETWORKがアルバム『RAINBOW RAINBOW』とシングル「金曜日のライオン」同時リリースでデビュー。
7月大江千里「ロマンス」の編曲を担当する。
11月、大江千里「十人十色」の編曲を担当した。(※CMバージョンは小室哲哉の編曲である)
アニメ映画「吸血鬼ハンターD」サウンドトラックを担当する。
小室哲哉にとって初のメジャー歌手の提供曲となる岡田有希子の曲「Sweet Planet」の作曲を手掛ける。
渡辺美里に曲提供(作曲)した「My Revolution」がヒット。精力的にライブをこなす。
TM NETWORKのアルバム『Self Control』、シングル「Get Wild」がヒット。
ロサンゼルスでアルバム『humansystem』をレコーディング。Bernie Grundman Masteringにマスタリングを初めて依頼した(Bernie Grundman本人が担当)。
角川映画「ぼくらの七日間戦争」サウンドトラックを担当。
単身渡英し、アルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』の楽曲制作を開始。
アイドルデュオ、キララとウララのキララ(大谷香奈子)と結婚。
2月デュラン・デュラン東京ドームライブにゲスト出演、キーボードを演奏する。
「Running To Horizon」で歌手としてソロデビュー、オリコン週間シングルチャート第1位を獲得。続く「GRAVITY OF LOVE」も第1位を獲得した(松田聖子の連続1位記録を途切れさせた)。アルバム『Digitalian is eating breakfast』をリリース。ソロツアーも開始。シンクラヴィアを本格的に使い始めた。

1990年代

1990年 - 1994年

当人プロデュースによるシンセサイザー(キーボード)EOS B500発売。
角川映画「天と地と」サウンドトラックを担当。
オリジナルアルバム『Psychic Entertainment Sound』をリリース
TM NETWORKが「TMN」にリニューアル。
「SPACE WORLD」を開催し、「Think Of Earth」を披露。
XYOSHIKIと「V2」を結成し、シングル「背徳の瞳〜Eyes of Venus〜」をリリース(オリコン最高位第2位)。一度だけライブを行った。
ミュージカル「マドモアゼル・モーツァルト」の音楽を担当。
avex traxとライセンス契約を結ぶ。自身の個人レーベル第1号となる「TK TRACKS LABEL」を設立。
ディスコイベント「TK TRACKS NIGHT」を開催する。
山羊智詞&赤羽楽団のメンバーとして参加。
提供楽曲のセルフカバーを中心としたソロアルバム『Hit Factory』を製作。
初の全面プロデュースユニットとしてtrf(Tetsuya komuro Rave Factory)を結成。
大谷香奈子と離婚。
2月25日trfがシングル「GOING 2 DANCE/OPEN YOUR MIND」でデビュー。
6月21日、trfが2ndシングル「EZ DO DANCE」発売洋楽中心であった日本のダンスシーンに大変革をもたらした。
米国でRadikal Recordsより「TRF Rave Factory」名義で12インチアナログ「OPEN YOUR MIND」を発売。英国でFAZE-2 RECORDSより「t.r.f」名義で12インチアナログ「OPEN YOUR MIND」を発売。
山羊智詞水江慎一郎(ex UP-BEAT)、横内健亨(ex ハイソサエティーTENSAW)、朝井泰生今川勉(ex ECHOES)とダイナマイトマシーンを結成したが、今川勉がツアー途中で体調不良により離脱。ツアー途中からに太田明(ex 筋肉少女帯)が参加するが、各メンバーの所属するレコード会社と事務所がバラバラだったため、政治的圧力がかかりアルバムリリース直前に解散。EPIC・ソニー(現エピックレコードジャパン)から発売予定だった1stシングル「No! Mercy Boy!」は、小室哲哉の作曲作品(山羊智詞 作詞)で、東京パフォーマンスドールの「キスは少年を浪費する」と同曲であった。
4月21日、TMN"終了"。
アニメーション映画ストリートファイターII MOVIE」の音楽監督(鳥山雄司と共同)・主題歌制作を担当。
7月21日篠原涼子 with t. komuroとして「恋しさと せつなさと 心強さと」を発売。初のシングル売上200万枚突破。
小室の個人事務所「TK state」を設立、2000年まで活動。
海外向けプロジェクトEUROGROOVEを開始。
hitomi大谷健吾ANISSのプロデュースも同時期に開始した。trfのアルバム『WORLD GROOVE』から民族音楽への関心を示す。
trf「BOY MEETS GIRL」やEUROGROOVEの楽曲などでトライバル・ハウスに積極的に取り組んだ。

1995年 - 1999年

1月幕張メッセでライブ・パフォーマンス「tk-trap」を開催。
trf、内田有紀マーク・パンサーMOON TRAP伊藤彰などが出演したミュージカル「1999...月が地球にKISSをする」の音楽を担当。ミュージカルの楽曲は多くが商品化された。
ジャングル・シークレット・イベント「t jungle m」を開催。
H Jungle with tWOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」でシングル売上200万枚を突破。「ジャングルで世界一の売上を記録したプロデューサー」として海外の雑誌でも取り上げられた。
フジテレビドラマ「ひとりにしないで」の音楽を久保こーじと共同で担当。
マーク・パンサーKEIKOとともに、自身が参加するユニット「globe」を結成。
8月、「avex dance Matrix '95 TK DANCE CAMP」でオーガナイザーをつとめ、東京ベイサイドスクエア・大阪万博記念公園に計6万人を動員する。
12月31日、trfの「Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜」で第37回日本レコード大賞を受賞。
自身のレーベル「ORUMOK RECORDS」をスタート。華原朋美H.A.N.D.をデビューさせる。(1996年にはdosがORUMOKからデビュー)。
公式ウェブサイト「Planet TK」をスタートさせた。
globeのシングル「DEPARTURES」で売上200万枚を突破。
globeのアルバム『globe』で売上400万枚突破。オリコン歴代アルバム記録を更新。
華原朋美のアルバム『LOVE BRACE』が売上250万枚を突破。オリコン歴代ファーストアルバム初動記録を更新。
安室奈美恵のアルバム『SWEET 19 BLUES』が売上300万枚を突破。オリコン歴代アルバム初動記録、累計記録(女性部門)を更新。
安室奈美恵のシングル「Don't wanna cry」で第38回日本レコード大賞受賞。
4月嘉門達夫が小室哲哉プロデュースの曲を替え歌にした、TK替え歌メドレー(嘉門達夫もイニシャルは『TK』である)が発売された。
9月、TK替え歌メドレー2も発売となった。
4月15日付けオリコンシングルチャートで1位から5位までを自身がプロデュースする楽曲で独占した。
カラオケソフトウェア「TK's karaoke engine」の販売がスタート。
11月厚生省の開催する麻薬・覚醒剤禍撲滅運動の一環として、小室プロデュースによるライブ「イエス・トゥー・ライフ dance alive」を開催する。
12月、小室哲哉とルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーションが百万ドルずつ出資し、香港に合弁会社「TK NEWS」を設立。アジア進出の足がかりとなり、2年後に台湾からRing香港からgrace ipをデビューさせるきっかけとなった。マードックは1998年に撤退したが、TK NEWSはRojam Entertainmentの母体となった。
12月31日、23時から24時間の間にインターネットイベント「TK Trillion Net」が開催された。
4月6日、祖父の出身地、福島県西白河郡中島村に小室アレンジの「ヨカッペ音頭」が流れるからくり時計を寄贈。記念式典にも出席した。
TK presents こねっと」として『YOU ARE THE ONE』をリリース。収益金は「こねっと・プラン」参加校に寄付され、教育現場へのインターネット普及に貢献した。
globeの2ndアルバム「FACES PLACES」で売上300万枚を突破。また、 日本史上初の東京、名古屋、大阪、福岡4大ドームツアーを敢行。
台湾で初の海外ツア「TK PAN-PACIFIC TOUR '97 IN TAIPEI」を開催する。
7月、アニメーション映画「エルマーの冒険」の音楽監修を務める。
20世紀フォックス配給映画「スピード2」のメインテーマのリミックスを手掛ける。
中日邦交正常化25周年記念公演「TK Presents GROOVE MUSEUM」を開催する。
DJ DRAGONとプロデュースユニット『tatsumaki』を結成。後に鈴木あみBALANCe等に関わっていく。
安室奈美恵のシングル「CAN YOU CELEBRATE?」で売上が200万枚を突破、小室プロデュースのアーティストのシングルとしては最高の売り上げを記録、 第39回日本レコード大賞を受賞。
ニューヨークでインディーズレーベル「TRUE KiSS DiSC」(1999年正式に設置)を始動。鈴木あみ、甲斐よしひろ、Ring、白竜などをプロデュースした。
グアム観光政府局より親善大使として「グアムアートイルミネーション」を総合プロデュース。
SEIKOと共同で腕時計「frequency」を開発する。
globeのシングル「wanna Be A Dreammaker」で第40回日本レコード大賞を受賞。
香港の中国返還1周年記念式典に参加。香港にアジア最大の総合音楽プロダクションを目指す会社「Rojam Entertainment」を設立。中国・上海に「ROJAM DISCO」をオープン。
東京にメディアファクトリーなどとの合弁会社「factoryorumok」を設立。
YAMAHA EOS SOUND CONTEST98」の審査委員長を務める。(ちなみに副審査委員長は浅倉大介。)
トーコが、小室哲哉と日向大介の共同プロデュースでデビュー。
未来玲可が小室哲哉と久保こーじの共同プロデュースでデビュー。
サッカー・W杯フランス大会の公式アルバムにジャン・ミッシェル・ジャールとともに「TOGETHER NOW」で参加。
パリ祭のメインイベント「RENDEZ-VOUS '98 ELECTRONIC NIGHT」をジャン・ミッシェル・ジャールと共同で開催する。
日本テレビ系列ドラマP.A.のサウンドトラックを担当。
1月末、華原と破局する。
TM NETWORKを再結成し「GET WILD DECADE RUN」を発売した。
元dosの吉田麻美と「TRUE KiSS DESTiNATiON」を結成し、TOTOの代表曲「AFRICA」をカバー。
TLCLeft Eyeが名付け親のBLAQUE IVORYを「ADORE ME」の作曲とアレンジを担当した。
インドネシアバリ島クタビーチにて「GOA IN BALI」をDJ DRAGONと共同で開催し、2万人を動員した。

2000年代

2000年 - 2004年

国際麻薬統制委員会を訪問し、UNODC親善大使を授与される。
ニューヨークの国連本部で開催された国連親善大使会議に参加する。
TM NETWORKとKiss DestinationがTRUE KiSS DiSCレーベルから撤退。個人レーベル「Tatsumaki Records」を設立。
アーティスト養成通信講座「TK MUSIC ONLINE」を開始。
Rojamよりネット配信と通信販売により新曲を発表した。RojamからはZoieCELINA。factory ORUMOKからは坂口実央MIYUKI清水まなぶステレオリキッドなどがデビュー。ネット販売とコンビニ販売を視野に入れた両社であったがレコード販売以外はほとんど実現できなかった。
11月、麻薬・覚醒剤乱用防止活動としてTRF、BALANCeと共に「イェス・トゥ・ライフ東京大会」に参加。
12月31日元日沖縄県宜野湾海浜公園トロピカルビーチで「Rendez-vous in Space 2001」が開かれた。
1月Sony Music Entertainmentとの専属契約を解消し、factory ORUMOKから撤退。
5月吉本興業とマネージメント契約を結ぶ。吉本興業内のレーベル「R&C JAPAN」(現R and C)の設立に参加、一時期オーナーを務める。
同日Kiss DestinationASAMI(吉田麻美)と再婚。
DJ DRAGON原田大三郎とともに「GABALL」結成、トランス・ミュージックへの傾倒が始まる。Rojamのレコード販売事業は縮小。
SAMプロデュースクラブ・イベント「zento」にTRF、BALANCe等と共に、参加・楽曲提供。
9月、フジテレビ単発テレビドラマ「プラトニック・セックス」の音楽監督を担当(橋本慎と共同)。
10月より放送を開始したアニメ「サイボーグ009 THE CYBORG SOLDIER」の音楽監督(多田彰文松尾早人と共同)を担当。
トランス・イベント「TK PRESENTS SYNTHESIZED TRANCE」を主催。
中国映画恋愛中的宝貝(邦題:恋愛中のベイビー)」の音楽監督・主題歌制作を担当。
3月、吉田麻美と離婚。
11月22日、globeのボーカルKEIKOと再婚。globeにはX JAPANYOSHIKIが加入した。
4月より3年間「キャットミュージックカレッジ専門学校」の名誉校長に就任した。
初のピアノ・インストアルバムを3枚発表した。
全米先行放送アニメ(後に2004年10月より日本でも放送)「ゾイドフューザーズ」の音楽監督を担当。
新型肺炎鳥インフルエンザの流行などにより、韓国での開催を予定していた黄砂対策チャリティライブが中止。globeにYOSHIKI加入後初の東京ドームライブが中止と、不運が相次いだ。
Rojam株を全て売却し、Rojamの経営から撤退した。
個人スタジオ兼イベント運営会社として「Tribal Kicks」を新たに設立。
サッカーJリーグ大分トリニータのスーパーバイザーに就任。
4月21日 TM NETWORKデビュー20周年を記念して横浜アリーナでライブを行った。
日中国交正常化30周年記念NHKドラマ「世紀末の晩鐘」の音楽監督を担当。
11月2日 globe結成10周年を記念して2年半ぶりの全国ツアーを行う。ツアー中に新曲「judgement」を披露。
大晦日BLACK JAXXと共に六本木ヒルズ52FにてカウントダウンLIVEを行う。

2005年 - 2009年

クラブ・イベント「Electone STAGEA Presents Tribal Kicks TV Party」を開催した。
avexの手掛ける高音質ネット配信の研究機関「High Definition Sound laboratory」のエグゼクティブアドバイザーに就任。
「@MUSIC HD Sound」にてglobeの楽曲の高音質配信を開始した。
2月、中国の女優である陳好に楽曲提供する。
ロサンゼルスを拠点とした活動を再開。DJ TK名義で丸山茂雄運営の「mF247」に楽曲の提供を開始。
3月エプソン 品川アクアスタジアムのアトラクション「ポート・オブ・パイレーツ」の音楽を担当。
小室哲哉と吉本芸人がコラボレートを行い「TKプロジェクト ガチコラ」と題して、11組のお笑い芸人に楽曲を提供した。
10月、米ロックバンド・Stevie Salas Colorcodeのアルバム『Be What It Is』の楽曲「cherokee girl」にシンセサイザーで参加。
11月、自身のMySpaceオフィシャルサイトを開設。
12月、音楽配信を主とした新たなインディーズレーベル兼個人スタジオ「TKCOM」を立ち上げる。
Kimeruの「with you」をプロデュース。男性ソロアーティストのプロデュースは自身で9年ぶりとなる。
4月尚美学園大学芸術情報学部音楽表現学科特任教授に就任。著作権を巡る詐欺事件(前述)のため同大学は2008年11月4日付けで小室哲哉を懲戒解雇処分した。
6月、所属事務所の吉本興業と契約満了。
7月、DJ TK名義で「Cream Of J-POP 〜ウタイツグウタ〜」をリリース。
11月2日 - 3日楽器フェア2007に、TM NETWORKとしてライブ出演。
11月8日 - 11日秋葉原のメイドカフェ「メイリッシュ」をジャック。愛用のギターやキーボードを展示し、店舗を「DJ TK」仕様に改装した。
12月、音楽プロダクションイーミュージックの制作総指揮に就任。同月に設立された芸能事務所「Empire Play Music」に所属。
大晦日から元旦にかけて多福寺にて、「TK New Year Live 2008 in Tafukuji Temple」を開催する(この模様はYouTubeで公式配信された。)
2月、18年ぶりとなるオリジナルアルバム「Far Eastern Wind - Winter」をiTunes Store配信限定で全世界同時リリース。
3月、オリジナルアルバム「Far Eastern Wind - Spring」をiTunes Store配信限定で全世界同時リリース。
5月、「MTV Video Music Awards Japan 2008」にkcoと共にゲスト・セレブリティとして出演。
6月江の島アイランドスパの新アトラクション「オーロラトリップ」「ヒーリングオーロラ」のサウンドプロデューサーを担当。
7月、オリジナルアルバム「Far Eastern Wind - Summer」をiTunes Store配信限定で全世界同時リリース。
8月、尚美学園大学にて「SHOBIワンダーランド」のプログラムとしてピアノコンサートを行う。
9月、オリジナルアルバム「Far Eastern Wind - Autumn」をiTunes Store配信限定で全世界同時リリース。
11月4日兵庫県内に住む個人投資家に著作権譲渡の話を持ちかけ、5億円を騙し取った詐欺の容疑で、大阪地検特捜部に逮捕される[18]。これを受け、「Empire Play Music」は同日付で小室を契約解除した。
5月11日大阪地方裁判所より懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が言い渡される。
8月1日、個人事務所「a nine」を設立し、エイベックスと専属契約を結んだ[27]
8月22日、『a-nation'09』にglobeのメンバーと共にシークレットゲストとして出演、音楽活動を再開[28]
11月13日、クラブイベント『HOUSE NATION』にスペシャルゲストDJとして参加。

2010年代

2010年 - 2014年

2月 - 3月にかけて、再開後初めてのソロコンサートを崇城大学市民ホール福岡市民会館鹿児島市民文化ホールで開催された。
5月5日 - AAAに提供した『逢いたい理由/Dream After Dream 〜夢から醒めた夢〜』が発売。オリコンチャートで初登場1位を獲得する。
5月16日 - AAA Heart to ♥ TOUR 2010 東京公演(NHKホール)に登場し、ピアノソロおよび「逢いたい理由」(作曲:小室)のピアノ伴奏を披露した[29]
9月7日 - 『globe デビュー15周年記念ベスト盤、サイン書き特番』をUstreamにて配信。
9月22日 - 『globe デビュー15周年記念ベスト盤、完成記念特番』をUstreamにて配信。
10月13日 - 14日、KREVAのコンサートイベント「意味深3」日本武道館2Days公演にサポートキーボーディストとして出演。
12月14日 - 『DATV「ほほえみプロジェクト」チャリーティイベント「Message! to Asia」』にGACKTペ・ヨンジュンらとともにゲスト出演。
4月29日 - 国連"Friend's Whistle!" プロジェクトに坂本美雨mihimaru GTMay J.らとともに参加。小室が制作したテーマソング(Always be there)を参加アーティスト全員で歌唱した。
5月4日 - オリジナルアルバム「Digitalian is eating breakfast 2」をリリース。
5月25日 - 小室哲哉のヒット曲を集めた『TK BOX ~TETSUYA KOMURO HIT HISTORY~』がmu-mo shop限定で発売された。
6月1日 - オリジナルアルバム「Digitalian is eating breakfast 2 インストバージョン」を配信開始。
6月13日 - 『DOMMUNE「TK Presents BROADJ ♯331」2-Hour Special Live Set by TETSUYA KOMURO』を音楽動画配信サイトDOMMUNEにてストリーミング配信。来場者数はのべ14万人以上にものぼり、ネット上で大きな話題となった。
7月18日 - 『国連UN-OHRLLS・国連の友 "Friend's Whistle! Act for Tomorrow! Vol.2"』に出演。
7月23日 - 24日 - 『a-nation Charge & Go! ウイダーinゼリー THE PREMIUM NIGHT in nicofarre』に出演。
7月30日 - 『Yamaha & Steinberg EXPO 2011 ”TK Special Talk & Live”』に出演。
8月19日 - 『FREEDOMMUNE 0<ZERO>2011』に出演予定だったが暴風雨のため中止される。
8月20日 - 早朝、中止された『FREEDOMMUNE 0<ZERO>2011』を「今日やらないと意味が無いセットリスト」とのことでスタジオより急遽配信。
9月21日- 22日30日 - 「TETSUYA KOMURO ~Piano Solo Concert~」を開催。
10月15日 - 『ASOBISYSTEM & PIF presents ASOBINITE!!!』に前回のASOBINITEと同じく、中田ヤスタカとともにゲスト出演。
10月24日 - globeのボーカルで妻のKCOが24日(月)夕方、自宅で倒れ都内病院に緊急搬送された。幸運なことに小室が傍にいたため迅速な対応が出来た。(翌日はテレビ収録の仕事が入っていた。)医師に『くも膜下出血』と診断され、25日未明より緊急手術を行い無事成功。その後意識も回復した。KCOとglobeのホームページには小室のコメントが掲載された。
11月5日 - 『早稲田祭2011「UBC-jam vol.25」』に出演。
12月23日 - 『HARAJUKU PERFORMANCE + DOMMUNE』に出演。冨田勲とのトーク&ライヴを開催。
3月7日 - ボーカルで参加したジュリアン・レノンとともにピアノで参加したNick Woodの新曲『HOPE』がiTunesで配信開始。
3月10日 - 「キーボードマガジン 2012年4月号 SPRING」に小室が審査を務めるキーボードマガジンコンテストについて掲載。付録のCDには小室が制作したコンテストの課題曲が収録されている。
3月20日 - 幕張メッセで開催された東日本大震災復興支援チャリティコンサート『ALL THAT LOVE -give & give-』に米米CLUBPRINCESS PRINCESSとともにTM NETWORKで出演。
3月21日 - ライヴDVD「TETSUYA KOMURO Special Live @DOMMUNE (TK Presents BROADJ #332)」をリリース。
3月21日 - リミックスアルバム「Digitalian is remixing」をリリース。
3月28日 - 配信限定だった「Far Eastern Wind」がデジタルリマスタリングを施されCDとして「Far Eastern Wind -Complete-」「Far Eastern Wind -Spring / Summer-」「Far Eastern Wind -Autumn / Winter-」の3形態でリリース。
3月28日 - コンピレーションアルバム「小室哲哉 meets VOCALOID」をリリース。
4月18日 - 『ガンダムフロント東京オープニングセレモニー』にゲスト出演。
4月24-25日 - 日本武道館にて『TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-』をTM NETWORKで開催。25日公演は日本全国、香港、台湾の映画館にて同時生中継された。
4月25日 - TM NETWORKとして約5年ぶりのシングル「I am」をリリース。TM NETWORKとして12年ぶりにオリコントップ5にランクイン。
6月1日 - 小室哲哉のFacebookページとスタッフのTwitterがスタートした。
7月15日 - 『Keyboard Magazine Festival 2012』にH ZETT Mnishi-kenとともに出演。シンセサイザーオーディションの課題曲の監修、審査も担当した。
8月3-26日 - 野島伸司原作・脚本の舞台『ウサニ』の音楽を担当。
8月12日 - 『FREEDOMMUNE 0<ZERO> A NEW ZERO 2012』に出演。YouTubeでも生中継で配信され、全体の来場者数は約72万人を記録した。
8月12日 - WOMBで行われる音楽イベント『WEEKENDLESS』にm-floのVERBAL、RE:NDZ a.k.a kz(livetune)らと共に出演。
8月26日 - 「ライブDVD & Blu-ray『TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-』発売記念スペシャルイベント@渋谷公会堂」を開催。TMと縁の深い渋谷公会堂でIncubation Periodの特別版を放映、その後メンバーが登場し、一連の活動について解説をした。また、未発表の新曲を小室が生でミックスする作業をファンの前で披露した。
10月1日 - JFN系全国ネット「小室哲哉 Radio Digitalian」がスタート。3月まで月1回でオンエアされていた「RADIO SESSIONS 小室哲哉 Digitalian」が週1回に変更され、再開する。”今話題の楽曲や小室自身が手がけた楽曲を2012年の小室目線”で紹介する内容となっている。
10月3日 - ニッポン放送「オールナイトニッポンモバイル」がスタート。”TM NETWORKの結成に大きく関わった映画話”や、”シンセサイザーの話”などがアーカイブされていき、それぞれ違ったテーマで小室哲哉の過去・現在・未来が語られていく番組となっている。
10月18日 - ドライブのための音楽ナビゲーションサービス「music Chef」に新しいシェフとして小室哲哉が登場。小室が影響を受けた音楽や、自身が手がけた楽曲をセレクション。
10月21日 - フジテレビ系新番組『スナック喫茶エデン』にレギュラー出演。バラエティ番組のレギュラーは初である。
11月15日 - 小室によるトータルプロデュースでモデルの壱岐尾彩花が「GLOWING」でメジャーデビュー。小室が新人をプロデュースするのはFemale non Fiction・R9以来約10年ぶりとなる。
11月21日 - TRFがシングル全31曲を収録したベスト盤『TRF 20th Anniversary COMPLETE SINGLE BEST』をリリースする。16年ぶりにプロデュースを手がけた新曲が収録される。
11月25日 - エイベックス主催のダンスイベント&オーディション「DANCE NATION 2012」のスーパーバイザーを務める。
1月6日 - フジテレビ「みんなのKEIBA」テーマ曲を担当。タイトルは「Now1(ナウワン)」。
2月15日 - 雑誌「FRIDAY」にて自身がC型肝炎であることを告白。薬の副作用と戦いながらも、現在は順調に回復に向かっているとのこと。
2月25日 - TRFのデビュー日である2月25日に小室哲哉プロデュースによるTRFのミニアルバム「WATCH THE MUSIC」がリリースされる。これに伴い「TRF」の表記が92年のデビューから96年まで使用していた小室哲哉プロデュースを象徴する小文字の「trf」に変更にされる。
2月27日 - GyaO! ライブトークにTRFのYU-KIと共に出演。
3月6日 - 約2年ぶりのソロアルバム「DEBF3」がリリース。最新エレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)を基調としたアルバムとなり、iTunes総合チャートで1位を獲得した。
3月25日 - 「Applayersコンテスト FINAL STAGE@ニコファーレ」に審査員として出演。
4月15日 - 2013年5月25日(土)と26日(日)にさいたまスーパーアリーナにて予定されていた『TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-』がボーカリスト宇都宮隆の体調不良のため、延期されることが発表された。
7月20日-21日 -『TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-』がさいたまスーパーアリーナにて開催され、全国の映画館で同時生中継された。
7月31日 - フジテレビ系「FNSうたの夏まつり」に出演。昨年に引き続き、TRF浅倉大介西川貴教などと共演した。
8月9日 - globeが18周年を迎え、新曲『ホワイトアウト』の制作を開始したことを発表。
8月10日 - SUMMER SONIC2013 / 東京 MIDNIGHT SONICに出演。
8月21日 - fripSideに提供した「eternal reality」のビデオクリップにゲスト出演。
8月29日 - 東京ステーションホテルで行われたファッションブランド「LOUIS VUITTON」主催のエキシビジョン「Timeless Muses(時を超えるミューズたち)」展に松浦勝人大沢伸一らと共に来場。
9月21日 - リリー・フランキー主催のイベント「ザンジバルナイト2013」に出演。
9月25日 - リミックスアルバム「DEBF EDM 2013 SUMMER」をiTunes Storeで配信。
10月8日 - フジテレビ「ハモネプ☆スターリーグ」にチーム「TK HARMONIER」のリーダーとして出演。メンバーは坂本美雨、篠原ともえ、島谷ひとみ、DEEP。
10月29日 - TOHOシネマズ六本木ヒルズで開催される映画『Steve Jobs』 のジャパンプレミアにゲスト出演。トリビュートミニライブを行う。
10月29日 - オランダ出身のDJ Afrojackの楽曲『The Spark (feat Spree Wilson)』のTetsuya Komuro Remixが配信開始。
10月31日 - YouTube上で展開する新しい歌番組プロジェクトTOYOTA「WISH presents 白黒歌合戦」のトークセッションにヒャダインこと前山田健一と共に出演。
11月2日 - フジテレビ「フジテレビ開局55周年記念 音楽特別番組 FNS名曲の祭典」に出演。
11月14日 - ニンテンドー3DS用ソフト「大合奏!バンドブラザーズP」のプリセット楽曲を提供。
12月4日 - ヒャダインこと前山田健一とのコラボ楽曲『22世紀への架け橋』がiTunes Store限定で配信開始。
12月4日 - フジテレビ「2013FNS歌謡祭」に出演。
12月7日 - YouTube上で生配信されるTOYOTA「WISH presents 白黒歌合戦」プレミアムライブに出演。
12月11日 - さいたまスーパーアリーナで行ったライブ「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」がBlu-ray DiscとDVDで発売。初回限定盤では、小室のオーディオコメンタリーも収録される。
12月20日 - Le Baron de Parisにて開催された「Syn City Christmas Ball」にDJとして出演。
12月29日 - 『rockin'on presents COUNTDOWN JAPAN 13/14』にDJとして出演予定。
1月31日 - 小室が自宅からスタジオに向かう最中、乗っていた車が交通事故を起こし、頸椎捻挫の軽傷を負った。これにより翌日に行われるはずだった坂本美雨とのイベントは大事をみて中止となった。
4月2日 - 小室のソロアルバム『TETSUYA KOMURO EDM TOKYO』が発売。
4月5日 - 小室の交通事故によって延期されたライブイベント「ディア・フレンズ LIVE Vol.2 welcomes 小室哲哉Supported by あ・う・て」がTOKYO FMホールにて開催。
4月13日 - 「burn WORLD DJ CONTEST 2014」に小室哲哉がメンターとして参加。コンテストのファイナリストと対談し、目の前で自らのパフォーマンスを披露した。
4月22日 - TM NETWORKの39枚目のシングル『LOUD』とセルフプロダクトアルバム『DRESS2』が発売。
4月26日 -『TM NETWORK LIVE TOUR "the beginning of the end"』が東京・府中の森芸術劇場どりーむホールからスタート。
4月30日 - 違法ダウンロードの防止を目的とした「STOP!違法ダウンロード」啓発ビデオクリップに元スケボーキングのSHIGEOと共に参加。このプロジェクト用に小室が書き下ろした新曲「GOOD CLICK CREATES GOOD MUSIC!」がYouTubeで公開された。
4月30日 - 東京プリンとたいせつな仲間たちによる楽曲「明日笑っていられるように」にキーボードで参加。
5月3日 - 4月2日にリリースした「TETSUYA KOMURO EDM TOKYO」を記念して小室本人がDJとして大阪、名古屋、大分、渋谷のクラブに登場する。
5月5日 - ダンスミュージックイベント『MUSIC CIRCUS'14』にスティーブ・アオキやVERBALなどと共に出演。
5月21日 - アフロジャックのアルバム「フォーゲット・ザ・ワールド」日本盤に小室がリミックスを担当した「ザ・スパーク」が収録される。
5月25日 - ライブ「TETSUYA KOMURO 2014 SPRING[FINAL]」をUstreamで生配信。前日のラジオで訪れていた沖縄のスタジオで行われた。
5月31日 - ageHaで行われたAFROJACKのライブにサプライズで登場。
6月14日 - 音楽授賞式「MTV VIDEO MUSIC AWARDS JAPAN 2014」にゲストセレブリティとして出演。このイベントに出演するのはおよそ6年ぶりである。
9月12日 - アソビシステムの人気パーティー「ASOBINITE!!!」に中田ヤスタカVERBALRAM RIDERらと出演する。中田との共演はおよそ3年ぶり。
9月14日 - ミュージックフェスティバル「THE BIG PARADE 2014」に登場。スペシャルトークセッションを行う。
9月24日 - ライブBlu-ray & DVD『TM NETWORK 30th 1984~ the beginning of the end』が発売。
9月24日10月4日 - 坂本美雨をフィーチャーした『小室哲哉 featuring 坂本美雨 ビルボードライブ』が9月24に東京、10月4日に大阪で行われる。
10月29日 - 「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30」が神奈川のよこすか芸術劇場からスタート。
10月29日 - TM NETWORKの前作からおよそ7年ぶりとなるオリジナルアルバム『QUIT30』がリリース。
11月15日 - 小室書下ろしのストーリーブック『CAROLの意味』が発売。世界観に合わせて制作された50分を超えるインスト曲「password」をダウンロードすることが出来るMUSIC CARDを付属。
11月27日 - 小室哲哉の公式LINEアカウントがスタート。
12月3日 - フジテレビ年末恒例特番「2014FNS歌謡祭」に出演。
12月27日 - ファンクラブ限定イベントTM NETWORK 30th ANNIVERSARY FANKS PARTYがホテル日航東京にて開催。
12月30日 - rockin'on presents 「COUNTDOWN JAPAN 14/15」にTM NETWORKが出演。
1月17日 - 全国映画館にて「TM NETWORK THE MOVIE 1984~ 30th ANNIVERSARY」が上映開始。
2月7日8日 - アリーナ公演「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30 HUGE DATA」がさいたまスーパーアリーナにて開催。
2月14日15日 - アリーナ公演「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30 HUGE DATA」が神戸ワールド記念ホールで開催。
4月 - フジテレビ系“ノイタミナ”枠にて放送開始予定のオリジナルテレビアニメ「パンチライン」の音楽を担当。
未定 - アトラスより発売されるPS Vita用ゲーム『ペルソナ4 ダンシングオールナイト』に楽曲アレンジで参加。

ディスコグラフィ

小室哲哉が楽曲提供、プロデュースした楽曲の一覧は小室哲哉提供楽曲一覧を参照

レコード会社は以下の表記とする。

ソロシングル

タイトル 発売日 レーベル 備考(タイアップ等)
1st RUNNING TO HORIZON 1989年10月28日 (EP) アニメシティーハンター3』OPソング
2nd GRAVITY OF LOVE 1989年11月17日 (EP)
3rd CHRISTMAS CHORUS 1989年12月1日 (EP)
4th 天と地と〜HEAVEN AND EARTH〜 1990年4月21日 (EP) 映画『天と地と』テーマ曲
5th 永遠と名づけてデイドリーム 1991年12月12日 (EP) 音楽座ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』テーマソング
6th Magic 1992年10月1日 (EP)
7th Pure (Hyper Mix) 1992年11月27日 (EP) c/w : yuki's song
8th SPEED TK RE-MIX 1997年7月9日 (EM) 映画『スピード2』テーマ曲、「TETSUYA "TK" KOMURO」名義
9th Blue Fantasy - Love & Chill Out 2001年10月24日 (F)
10th SPEED TK RE-MIX〜炎のコマ 2001年10月24日 (EM) 高橋由伸桜庭和志入場テーマ曲

デジタルシングル (DJ TK名義)

タイトル 発売日 レーベル 備考(タイアップ等)
Someday mF remix 2006年1月5日 (M) 「DJ TK」名義、佐野元春のヒット曲のリミックス
If you like it or not 2006年2月5日 (M) 「DJ TK」名義、ラップ・kco
@Buddha Bar 2006年3月7日 (M) 「DJ TK」名義
SOMEDAY 2006 2006年4月22日 (M) 「DJ TK」名義、佐野元春のヒット曲のリミックス
Arashiyama 2006年8月8日 (M)→(T)・(SY) 「DJ TK」名義。後にiTunes Storeで世界同時配信される。
I WANT YOU BACK (mF247 remix) 2006年10月4日 (M) 「DJ TK」名義、自身の楽曲のセルフカバー。ボーカルはkco
アンジェリーナ mF Prepromix 2006年12月9日 (M) 「DJ TK」名義、佐野元春のヒット曲のリミックス。inst版も同時配信。
ガッツだぜ!! DJ TK MIX 2007年4月1日 (M) 「DJ TK」名義、ウルフルズのヒット曲のリミックス

デジタルシングル

タイトル 発売日 レーベル 備考(タイアップ等)
Now1 2013年1月30日 (AV) ソロアルバム「DEBF3」から先行配信。「みんなのKEIBA」テーマソング。
WATCH the MUSIC feat. Capitol A, Alain Clark 2013年2月20日 (AV) 「DEBF3」のプレオーダーのスタートと同時に先行配信。

コラボレーション作品

タイトル 発売日 レーベル 備考(タイアップ等)
背徳の瞳〜Eyes of Venus〜 1992年1月18日 (EP) V2」名義。
XYOSHIKIとのコラボ。
Silent Lover 1995年4月21日 (SR) C+C+T・K」名義。
アメリカのC+C Music Factoryとのコラボ。
CALL ME ANYTIME 2000年9月20日 (SA) Tetsuya Komuro Featuring. Y.U.M」名義。
アメリカのY.U.Mとのコラボ。
Embryo 2003年 (BW) Lifecell」名義。
ベルギーのDJ PUSHとのコラボ。
22世紀への架け橋 2013年12月4日 (AV) 小室哲哉VSヒャダイン名義。
前山田健一とのコラボ。
iTunes Store限定で配信。

ソロアルバム

オリジナルソロアルバム

タイトル 発売日 レーベル 備考
1st Digitalian is eating breakfast 1989年12月9日 (EP) シンクラビアを多用し、全曲小室自身がリードボーカルを務めている。
- Hit Factory 1992年10月21日 (EP) セルフカバー・アルバム
2nd Digitalian is eating breakfast 2 2011年5月4日 (AV) 全世界同時発売[注釈 16]6月1日にはiTunes Store限定でインスト版が配信された。
3rd DEBF3 2013年3月6日 (AV) EDMを基調としたアルバム。DOMMUNEのライブ音源も収録される。
4th TETSUYA KOMURO EDM TOKYO 2014年4月2日 (AV) セルフリミックス音源に加えてゲストボーカリストをフィーチャリングした新曲が収録される。

Far Eastern Windシリーズ

タイトル 発売日 レーベル 備考
1st Far Eastern Wind - Winter 2008年2月13日 (T)・(SY) iTunes Storeにて世界同時配信
2nd Far Eastern Wind - Spring 2008年3月5日 (T)・(SY) iTunes Storeにて世界同時配信
3rd Far Eastern Wind - Summer 2008年7月23日 (T)・(SY) iTunes Storeにて世界同時配信
4th Far Eastern Wind - Autumn 2008年9月10日 (T)・(SY) iTunes Storeにて世界同時配信
Far Eastern Wind -Complete- 2012年3月28日 (AV) Far Eastern Windシリーズ全てがデジタルリマスタリングされCD盤で発売。1曲73分に及ぶ新曲『五常』が収録されている。

サウンドトラック

ライヴ・アルバム

タイトル 発売日 レーベル 備考
1st tjm - tetsuya komuro Jungle massive 1995年7月19日 (AV)
2nd tk-trap 1996年5月22日 (AN)
3rd TK PRESENTS SYNTHESIZED TRANCE vol.1 2002年11月20日 (Y) TSUTAYAのみで限定販売
4th TK PRESENTS SYNTHESIZED TRANCE vol.2 2003年2月26日 (Y) TSUTAYAのみで限定販売
5th TETSUYA KOMURO Special Live @DOMMUNE
(TK Presents BROADJ #332)Disc.2・3
2012年3月21日 (AV) TETSUYA KOMURO Special Live @DOMMUNE (TK Presents BROADJ #332)
形態AVBD-91883/B~Cに収録

リミックス・アルバム

タイトル 発売日 レーベル 備考
1st Blue Fantasy - Love & Chill Out With Trance Remixes 2002年6月21日 (F)
2nd Cream Of J-POP 〜ウタイツグウタ〜 2007年7月4日 (M) DJ TK」名義
3rd Digitalian is remixing 2012年3月21日 (AV)
4th DEBF EDM 2013 SUMMER 2013年9月25日 (AV) iTunes Store限定配信

その他

タイトル 発売日 レーベル 備考
- Psychic Entertainment Sound 1990年9月21日 (E) 「Tetsuya Komuro & Mr.Maric」名義
- TK1998 1998年11月26日 (SA) 限定BOX
- PIANO globe〜globe piano collection〜 2003年3月19日 (A)
- PIANO WIND (TK AMBIENT SELECTION) 2003年3月19日 (Y)
- PIANO VOICE (TK PIANO WORKS) 2003年3月19日 (Y)

オムニバス

タイトル 発売日 レーベル 備考
1st SAGA 小室哲哉クラシック・セレクション 1992年12月2日 (E) クラシック・セレクション
2nd TK MILLION WORKS 1996年11月16日 (AV)
3rd ARIGATO 30 MILLION COPIES -BEST OF TK WORKS 2000年3月23日 (AV)
4th THE GREATEST HITS - 小室哲哉作品集 - s 2006年2月22日 (G)
5th THE GREATEST HITS - 小室哲哉作品集 - a 2006年2月22日 (AV)
6th TK INSTRUMENTAL WORKS SELECTION 1986〜2003 2006年2月22日 (G)
7th TETSUYA KOMURO CELEBRITY PLAYLIST 2008年5月7日
8th TK BOX 〜TETSUYA KOMURO HIT HISTORY〜 2011年5月31日 (AV)
9th 小室哲哉 meets VOCALOID 2012年3月28日 (AV)

ビデオ・DVD

  • 1989年 Digitalian is eating breakfast
  • 1996年 tk-trap(1月19日 - 20日に幕張メッセで行われた2日間限定のライブを収めたビデオ)
  • 2012年 TETSUYA KOMURO Special Live @DOMMUNE (TK Presents BROADJ #332)

レコーディング参加作品

※(直接的な)プロデュース・作曲・編曲を兼ねて参加した作品は除く。

ライヴ・コンサートイベント

※オーガナイザーを務めたライヴ等も含める。ゲスト出演等は省略。

公式書籍

  • 1988年 Vis Age TETSUYA KOMURO PERSONAL VISUAL BOOK (子供の頃の写真と共に、自らが詳しく生立ちを語ったヒストリーと、PWLのマット・エイトケンとの対談他を収めた自伝写真集)
  • 1989年 Digitalian is eating breakfast (ソロアルバム制作後のインタビューと楽譜を収めた本)
  • 1990年 音を生け捕る - 映画「天と地と」音楽監督NOTE (自身の曲解説が収録されている本)
  • 1992年 HIT FACTORY (マイアミで行われたソロセカンドアルバムの制作風景と、プライベート写真集)
  • 1993年 TK EOS FACTORY 小室哲哉のシンセ工房
  • 1993年 告白は踊る (東京をコンセプトに、自身の哲学や、これまでの仕事を振り返ったエッセイ)
  • 1995年 With t - 小室哲哉音楽対論 Vol.1〜Vol.2 (音楽番組「TK MUSIC CLAMP」の対談を活字に起こした本)
  • 1996年 With t - 小室哲哉音楽対論 Vol.3〜Vol.5 (桑田佳祐YOSHIKI織田哲郎小林武史つんくなど多数登場)
  • 1996年 深層の美意識 /著者:神山典士 (小室哲哉監修の公式自伝本)
  • 1998年 first step in asia (「TK PAN-PACIFIC TOUR '97 IN TAIPEI」、「TK Presents GROOVE MUSEUM」を、ドキュメントで構成したフォト&インタビュー)
  • 1998年 プロデューサーは次を作る - ビジネス成功22の方程式 /著者:中谷彰宏・小室哲哉
  • 2003年 VOICE OF WORDS (小室哲哉が書いた詞をセレクトした歌詞集)
  • 2009年 罪と音楽 (絶頂期から2009年時点、未来をテーマにした書き下ろしエッセイ)
  • 2014年 CAROLの意味(小室書き下ろしのストーリーブック。この世界観を表現したインスト楽曲『password』をダウンロードすることができるミュージックカードが付属。)

関連書籍

  • 2000年 TKman (ティーケイマン) 1 & 2 /作:柴田亜美 1巻(第1話 - 第20話) 2巻(第21話 - 40話)
  • 2008年 別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉 ポップス神話創世
  • 2008年 ミュージック葬でハッピーにいこう! /若尾裕之著(付属CD作曲・プロデュース)

ゲーム

テレビ・ラジオ・雑誌連載

※テレビ・ラジオの項ではレギュラー出演していたもののみ記す。

テレビ

ラジオ

雑誌連載

音楽性

テクノファンクユーロビートジャングルハウストランスアンビエントHIP HOPR&Bレイヴハードロックプログレ、果てはクラシックフォークAORラテンワールドミュージック純邦楽演歌など、幅広い曲調を使い分け、かつ複数のジャンルを融合させる音楽を手掛ける事を得意とする。ただ、一般には邦楽ダンスミュージックの第一人者・1990年代J-POP、又はそれにおけるデジタル・オーディオ・ワークステーション音楽プロデューサーの概念・音楽配信の普及の立役者として知られる[注釈 17][30]

作風の大きな特徴として「唐突な転調」があるが、それを多用するようになったきっかけは、TM NETWORKの1stアルバムのレコーディングのとき、ソフトのバグで機材に誤動作が生じた。その勝手に音調が変化し転調してしまった音源を聞き、小室が「意外と気持ちいい」と感じたことがきっかけとなり、以後の制作活動でそのフレーズが定着した。因みにこれらの転調は適当ではなく理論的に説明が付くと小室自身は話している[31]。反面、発見したその後も意識的に挿入していたわけではなく、寧ろ「コンピューターの誤作動による偶然の産物であり、中々思う様に表現できなかった」「サンプラーが今の様にタイムストレッチができなくてそのままの音でキーを変えられなかった。そのサンプラーの音を使いたいが為に機械的に転調させていた。逆のパターンもあって転調した後にそれまで使っていたサンプラーのボイスが無くなっていてボイスのキーと合わせられなくなった」と必ずしも好意的に捉えてはなく、その後も如何に自由自在に使いこなすかの試行錯誤に腐心していた[32][33]

自らの行う転調のやり方について、「どこでキーが変わっているのか・どこがサビでどこがブリッジなのかをわからないようにする」[34]「声が張るピーク・一番伸びる部分をサビに持っていくため。サビに合わせるとほかのパートが低くなりすぎるため、仕方なく4度転調とか、そういう変な転調を無理やり入れる」「周囲からは『サビでいきなり転調するよね』って言われがちだが、サビが先にあって、その前のBメロで転調しておく」[35]「KCO・安室さん・華原さんは声が出るから転調無しの構成でも大丈夫だった」[32]「お互いのキーの共通コードをつないで転調する。そうすると突然転調した感じが薄れ、スムーズな感じになる」「王道としては、サビの繰り返しで半音キーを上げて高揚感を出す。共通のコードは無いけどメロディを繰り返すことで頭にそのメロディが残る」「ブリッジで転調しておくと、その後自分の演奏テクニックを披露する等やりたいことが自由にできる展開になる」と話している[33]

コード進行では「add9(アド・ナインス)」を多用する傾向にある。例としてglobeの「DEPARTURES」のイントロが挙げられる[16]

人物

本人について

早稲田実業学校高等部商業科卒業後、早稲田大学に進学・在籍するが除籍、しかし現在は推薦校友になっている。2001年に早稲田実業学校開校百周年記念に百周年記念歌『ワセダ輝く』を作曲(作詞は奥島孝康)。母校の早稲田実業学校には『小室哲哉記念ホール』がある。

かなりの偏食であり、大の魚介類嫌いで有名である。原因は1歳半頃、目の前に突然鯉のぼりが落ちてきて、それがトラウマになった為と言われる[2]。それを最初に吹聴して回ったのは、木根尚登宇都宮隆である[36]。魚は嫌いというよりもむしろ「魚を見るのが怖い」(本人談)だった。またかなりの小食・早食いであり、いわゆる小室ブームの時も食事の殆どはコンビニ弁当・インスタント・ファーストフードで済ませていた。当時のマネージャー曰く「世界一エンゲル係数の小さい人」とのこと[3]ファミリーレストラン好きで、TM NETWORK時代にラジオ「小室哲哉のSF Rock Station」(東海ラジオ)の企画で結成したユニット「ハンバーグ&カニクリームコロッケ」は、当時お気に入りだったすかいらーくのメニューから名づけたほどであった。近年は麻布十番の「豆源」のお菓子を好物として挙げている。

全盛期には複数台の高級車を所有していた。大のフェラーリファンとしても有名で、色違いのフェラーリを複数台所有している。過去にはプライベートでF1観戦に訪れ、フェラーリチームのピットでレースを観戦している姿も何度となく目撃されている。また、メルセデスベンツ・CLK-GTRも所有していたが、並行輸入で購入していたものであったため乗ることができず、飾り物にしていたとのことである(なお、実際には一般人の運転には危険が伴うため、製造したダイムラーは購入者の技能を調べた上で販売している。詳細は当該項を参照)。

漫画・アニメ・SFに造詣が深い。高校時代にはアーサー・C・クラークを敬愛し[37]、2001年には世間的な評価が低かった劇場版ファイナルファンタジーにも賛辞のコメントを呈している[38]。また、さくらももこの携帯公式サイトを短いサイクルで確認し、実際に本人にあった際「僕はキャラは友蔵に近いんですよ」と話したという[39]。そして最近はケロロ軍曹のファンを公言しており[40]、自身のブログ・Twitterでも時折口調を真似る等、守備範囲は幅広い。

左腕下部に入れ墨が2つ有る。1990年代にTKロゴを、2000年代にその上に別のマークを彫った[41]

まだインターネットが一般的になる前だった90年代からネット配信に注目しており、小室が趣味でiTunes Storeからダウンロードした楽曲は2万曲に上る[42]

自身のTwitterで、佐久間象山柴田勝家の血をひいている可能性があることを明らかにしている[43]

仕事について

楽曲提供や音楽プロデュースと並行して、TM NETWORKglobeGABALLなどのユニットの一員としても活動する。現在は国際麻薬統制委員会(UNODC)の親善大使も務めており、2007年4月から2008年11月4日まで尚美学園大学の芸術情報学部・音楽表現学科・特任教授に就任して、音楽特論(新世紀音楽概論)を担当していた。

他の芸能人と比べ個人レーベル・個人企業・個人スタジオを設立した数が比較的多い。小室曰く「今日思いついたアイディアを明日実践する機動力を持って面白い事をする為」「必ず結果を出す前提で一から十まで好き勝手やりたい放題行うための責任表明」とのこと[44]。しかし、後に「僕は事業運営に向いていなかった」と親交のあるテリー伊藤に述懐していた[45]

雛形あきこの歌手デビューにあたって雛形の所属事務所からプロデュースを依頼されていたものの、「彼女はこれからの人だから僕のイメージがあまりついてはいけないと思う」と断り、代わりに浅倉大介を起用させた。

華原朋美のプロデュースを兼ねた交際を「フライデー」1995年6月23日号に掲載された際、小室は同誌の記者を自身のスタジオに招き「アーティストに手をつけたのではなく、自分の恋人に曲を提供し、プロデュースを始めることにしただけです」と語った[46]。そしてすべての活動に至るまで「ツーショットでいく」ことにした結果、華原を大ヒットさせた。

シンセサイザーの使い方はハードウェア・シンセサイザーを重視する傾向が強く、レコーディング作業時のみソフトウェア・シンセサイザーを「楽器として重要な要素であるフィジカルコントロールの面でハードに劣る」「鍵盤の方が手っ取り早い」「マウスが使いづらい」「つまみがあって二度と出せない音を作り出せる機材に可能性を感じてしまう性分なので、マウスや数値だけでは限界がある」[15]「基本的にステップ入力はしない。1974の時その手法でイントロを作るだけでも大変苦労した」[47][48]として使用していなかった。音自体はMIDIで作った後、それを鍵盤で即興で弾き、それをPro ToolsACID等でエディットしていく形を好んでいる[31]が、椎間板ヘルニアによる身体への負担・コンプレッサーの性能と音圧の高さとハードウェアタイプとの差の大きさ・マウスの操作性の向上(主に応答時間)・他のクリエイターからの影響を考慮し、2013年3月に個人所有のスタジオを改装する際にソフトウェアタイプの機種を導入した。また、同年の7月20・21日にさいたまスーパーアリーナで行われたTM NETWORKのコンサート『TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-』では初めてソフトシンセをライブで使用した。ライブのリハーサル中、PCが頻繁にフリーズしてしまったため、急遽パソコンをもう一台購入し、ソフトシンセももう一式購入した。そのため、「結果ハードシンセよりも高くついた」と小室は語っている。それでも2013年の時点で「記念館を作れる」くらいに私的にハードウェアタイプの機種を所有している[49][50][51][52]。新しくシンセサイザーを購入した時、マニュアルは読まずに予備知識なし・直感で操作する[46]

レコーディングスタジオに対しては、トラックダウンからマスタリングにかけた作業段階で、音質について議論・実験を重ね、特に機材・設備・果ては土地の空気・気圧・温度・湿度・静電気・シールドケーブルに拘りを見せる[注釈 18]。また、短いサイクルでスタジオを世界各地に移転する。小室曰く「ヒットが生まれる場所は年月が経つと全く違う。拠点を固定してしまうと時代・テクノロジーとの矛盾を起こしてしまう為、もしかしたらサーカスの様に明日移すかもしれない」とコメントしている。ただ、全ての作業を自分のスタジオで行うほどの完璧主義ではなく「場所が滞在先のホテルでも機材が置いてあって制作ができれば、そこはもう立派なスタジオ」「5千万円あったら機材を買うより他のスタジオを回って何枚かアルバムを作った方がいい。今はどんなに高級な機材でもリースすれば簡単に届く為に、あのスタジオにはあの機材があるからすごいという訳ではなくなってきている」と話している。自宅でのレコーディングの際の防音対策として、壁に大量の洋服を吊り下げている[53][40][16]。プロデュースに専念するようになった頃から、レコーディングではギターも演奏するようになった。テレビでギター演奏するのを披露したのは篠原涼子ミュージックステーションに出演した時に披露した「もっと もっと…」がはじめてである。

小室が作曲をする際には世界中の楽曲の音源から採取したフレーズ・リズム・メロディを音楽ジャンル別に分けて、更に「イントロ用」・「サビ用」・「アウトロ用」等に分けて記憶させた(その数は2万〜3万という)シンクラヴィア(後にPro Toolsにシフト)を駆使して行う(TMデビュー前より、既にリズム先行による作曲を行っていた[54])。レコーディングの際にはいかに自らの曲のイメージにすり合わせながら「カードの様に」組み合わせ、「小室サウンド」としてサンプリング、アレンジして完成させるかがポイントになっている[55]。工程としては、メロディが全く思いついていない状態で「このイントロ・コード進行・アウトロでいこう」と決めて、プリプロダクションを行わずにライヴを行う感覚で制作し、シンセサイザーの担当するパート・クリック音・リズムで構成されたオフヴォーカル音源ができてからヴォーカル・ギター専用のメロディの譜面を「ギターのソロパートを振られたときにギターを弾くような感じで乗っけるように」作る。作詞は必ずオフヴォーカル音源が完成してから取り掛かる。以上の制作方法を確立したのは渡辺美里の「My Revolution」を作った辺りとのこと[56][31][57]。作曲家のポリシーとしては「一度書いたメロディは必ず使う」「メロディがボーカリストの心身にどんな作用をもたらすか細かくイメージする」「楽曲のジャンルを確立するためにデモテープのミックスの名残を出来る限り残す」事を心掛けている。TMでのレコーディング作業時、宇都宮に負担を掛けすぎた事への反省から篠原涼子をプロデュースした1990年代中頃からボーカルディレクションを自ら行う様になった[58][59]。また、複数の楽曲を同時進行で作成する為に1つの部屋に4軒のスタジオを建てていた[60]。小室はその状況を「羽生善治さんのCMと似ています」「globeの曲を作りながら安室さんの『Don't wanna cry』を作っていました」とコメントした[46][61]

常に楽曲は100曲のストックを持っている。しかし、小室自身の感じるシンセサイザーサウンドの「賞味期限」は3か月であるため、その時になったら常に1からサウンドを練り直しているという[62]。これについては「頭の中で鳴っている音楽は1時間で形にしたい」[53]「デモテープを作っているときが一番格好良いと思っていて店頭に並ぶ頃には飽きている。昔は周りに対して『違うんだよ、これは半年前に作った曲なんだよ』と思っていたが年々スパンが短くなるにつれストレスが大分減った」と語っている[61]

作詞では、「CAN YOU CELEBRATE?」という英語の表現や、詞の文法がおかしいなどの指摘がある[63]が、小室は「サウンドにハマる言葉を選んでいた」「作為的な言葉は全く考えず、自然発生的な言葉を中心にいれている」と発言している[58][64]。作詞においては渡辺美里山下達郎川村真澄に影響を受けた。「美里ちゃんの詞の世界を参考に、自身の視点から同じテーマを書くとこうなるというアプローチ的手法で作詞していた」[65]「流行語を使わない、10~20年後でも何かに当て嵌めようとすれば誰でも主人公になれる様な普遍的なワードしか使わない」[66]「せめて音楽位は女の人の味方にならないといけないと感じて作った」[30]とのこと。

1990年代、マイケル・ジャクソンから楽曲提供を依頼されていたが、制作した楽曲は採用されなかった[67]

1990年代より音楽配信に並々ならぬ関心を抱き、1996年1月より自身の当時の公式サイト「Planet TK」にてNTTの音楽圧縮技術「TwinVQ」を用いた簡単な配信の実験を行っていた。2000年にはTM NETWORKの新曲を無料で配信する試みを行うが、その時の音質を「カセットテープ並み」と消極的に見ていた[68]。2005年6月avex内に設立された高音質配信研究機関「High Definition Sound laboratory」のエグゼクティブアドバイサーに就任、globeの楽曲を当時新しくavexにより設立された音楽配信サイト「@MUSIC HD Sound」(現在はmoraと共有化)より試験的に配信していた。2005年8月iTunes Storeの日本でのサービスが始まるとその様子を「黒船来航」と喜びのコメントを出した[69]。2012年5月「日本だけSONYの曲がiTunes Storeに置いてないのは変じゃないですか?もう売ってくれても良いじゃないかな」と自身のTwitter上で発言する等の問題提起に尽力し、多くの反響を呼んだ。2012年11月7日にSONY発売の楽曲の配信がスタートされた際「アポロ11号NASAから、発射する瞬間みたいだった」「僕の役目はここまで」とコメントした[70][71]

小室は1990年代を振り返り「4日に1曲作っていた」「作詞・作曲・アレンジ含めた1曲を作る作業を最短1時間で済ませていた」「数々の記録は嬉しくない訳ではないが全く実感がなかった」「自分のお金を自分でどの位使っていたかわからなかった」「完全に裸の王様だった」と称している[72][73]

ライヴでの演奏はシンセサイザー主体であり、「アレンジ・奏法はギタリストの真似から始まっていて、ギタリストだと簡単に弾けるフレーズ・プレイをキーボーディストが担当するとどうなるかを意識している」[74]「バンド内でギタリストに対抗できるポジション」[61]と語る程に思い入れが強い。1990年代前半まではマルチ・キーボードでの即興演奏ミュージックシーケンサーを駆使しての多重演奏を主体としていたが、1993年よりクラブDJが行うミキシング・コンソールでのリアルタイムリミックスに興味を抱き、1998年のイベント「RENDEZ-VOUS '98 ELECTRONIC NIGHT」以降、リズムを含めたほとんどの音が内蔵されたPro Tools・ハードディスクとミキシングコンソールが機材の大部分を占めるようになり[75]、楽曲の構成をディスプレイで確認して単音・ブラス音・パッド音をノブをつまみながら行う音色変換・パート別の音量調節を中心とするようになる。どのようなミックスになるかは小室のその時の気分次第であり、公演ごとに一つひとつアレンジが異なる。演奏のきっかけになる元の楽曲の拍子が突然消えることが多い為、照明デザイナーPAエンジニア・ミュージシャンは通常のコンサート以上の多大な緊張と集中を強いられるという[41]。2011年のDOMMUNEでのストリーミングライブより、上記の演奏の他にも、既存の音源・事前に新規に作成した音源の上に即興演奏で全く別のメロディを重ねるスタイルを取り入れている。

自らの固定ファンを「15万個の消しゴム」とたとえ(この言葉は1991年頃、松浦勝人が「TMの楽曲をユーロビートにしたらどうだろう」と持ちかけたときに「楽曲がファン以外に広がらない」という危惧・諦めから生まれたという)、その固定ファンからどうしたら大衆に広がるかを試行錯誤していた[6]。しかし最近は「売れなくてもいい」「売れるに越したことはないけど、この時代にどれだけ人の心に届くかを重視している」と心境の変化を語った[76]

ミュージシャンとしての方針として「スポーツ選手の場合は1回失敗するとそこで人生が変わる。それを見ていると音楽の人は楽をしすぎ。特にバンドの場合ちょっと間違っても『まぁいいか』『走っているけど、編集してズラせばいいや』『音が外れちゃったけどピッチ・クオンタイズを掛けて合わせておこう』『最後コンプレッサーでまとめちゃえばなんとかなるよ』となりがち。生舞台での大変な失敗等の経験・練習・音質の向上をどんどん進めて元を出す人間が一番しっかりした方がいい。気持ちよく不快な思いをさせないようにというのがエンターテイメントの基本」という旨の発言をしている[77][52]。反面、コンサートのリハーサルは回数的には少なく、大抵は長くて通しで1週間・準備は打ち込みのデータを渡し、細かい点の確認のみで反復練習はほとんどしない。これについては「セッション・即興演奏が好きで最初から決めた上で出来上がってしまうと長いツアーの場合3・4回で飽きる」「リハーサルの時間をレコーディングに回せば1曲できる」と語る[72]

高校生の頃から既に音楽プロデューサーになることを志していた。「ミュージシャンはエゴが強いから、喧嘩にならずにバンドとして統一する為にまとめ役が必要」「自分の思いを伝えるには、自分で演奏して歌うのが一番シンプルだから。でも、そういうシンガーソングライターみたいな事はできないと自覚していたから触媒・フィルター役で音楽に関わっていきたい」と考えていた[78]。本格的に裏方に徹し始めたのが1992年からで「自分が表に出てツアーや取材に時間をとられるのが嫌でその時間を裏方仕事に使えば音楽業界のどれだけお役に立てられるか」を考えていた[30]。TMNが活動終了を発表した1994年当時は以後の派手な活動とは裏腹に、ステージから降りて完全に裏方に徹する予定だった。そのため一連の大ヒットは本人にとっても予想外の出来事であったと語っている。ソロアルバムでは歌唱する楽曲があるが、「全然合格点ではない。自分のソロだから許されることです」と話している[79]

人間関係

TRFのメンバーとクリスマスパーティを行った際、メンバーひとりひとりに現金一千万円をプレゼントし、YU-KIには更に「誕生日プレゼント・御苦労さん代」と称して一千万円以上もするベンツをプレゼントした。

業界ではYOSHIKIと小室の関係をよく知る人からは「YOSHIKIの猛獣使い」と呼ばれている[40]

1990年代前半、小室が本格的にエレクトロニック・ダンス・ミュージックの制作を開始した際、以前より顔見知りであった千葉龍平の紹介で松浦勝人と対面。以後、二人は音楽制作での重要なブレーンとなる。しかし、制作・セールス方針、印税の分配等で松浦・千葉と小室の意見が決裂、1996年に絶縁。その時の状況を松浦は「完全に小室さんをライバル視していた」「目標は『打倒小室』だった」と語っている。その後はエグゼクティブ・プロデューサーとして関わる事はあっても深層面での制作協力・プライベートの交流は皆無に等しかった。しかし、2008年に小室が逮捕された際、その翌年に小室の債務の一部を肩代わりし、今後の制作の為のスタジオ・小室夫妻の為の部屋を用意する。公判の際にも、「音楽業界について色々教えてくれた恩師」「類まれなる才能を持つ稀有な音楽家」と話したことに小室が感動し、松浦・千葉と和解する[80]

福島県中島村村長を務めた小室康彦は遠縁にあたる[注釈 19]

近年ではマルチタレントのリリー・フランキーと仲が良い。2013年にはリリー・フランキーが主催するライブイベント「ザンジバルナイト」にも出演した。

使用機材

過去

  • Roland SH-1000

小室が初めて購入したシンセ。

フレッシュサウンズコンテストのデモテープ用に制作された「1974」には、このKORG Polysixを始め、ドラミュレーター、Roland JUPITER-6、TR-808が使用された。

TM NETWORK結成当初、テレビ出演で使用していた。

プロデュース・デザイン作業に積極的に関与し、1990年代中頃までイメージキャラクターとしても活動していた。ライヴではMIDI接続のリモートキーボードとしてのみ使用していた。2013年に前山田健一とコラボをする際、EOS B700を改めて購入。B700のみで楽曲を共同制作。

『love again』『TOGETHER NOW』等で使用されている。

完全受注生産だったため、現存する機体は少ない。小室哲哉、浅倉大介は発売当初数台リリースされたものをいち早く入手した。

主に1990年代前半から中頃に使用していた。

主に2000年以降のTM NETWORKの活動で使用される。

2014年現在

ハードウェア・シンセサイザー

ソフトウェア・シンセサイザー

  • ReFX
    • Nexus2
  • Vengeance Sound
    • Multiband Sidechain
  • LennarDigital
    • Sylenth1
  • KV331 AUDIO
    • SynthMaster2
  • Native Instruments
    • Battery 4
  • Tone2
    • GLADIAIOR2
    • Nemesis
    • ElectraX
  • MusicLab
    • REAL STRAT 3
  • Spectrasonics
    • Omnisphere
    • Trilian
  • Steinberg
    • HALion 5
  • PROMINY
    • SC Electric Guitar
  • Modartt
    • Pianoteq 4
  • Waldorf
    • PPG Wave 3.V

デジタル・オーディオ・ワークステーション

小室は「もうこのコンソールでしかミキシングが出来ない」と語る程に思い入れのある発言をしている[81]

関連企業

  • Office TIMEMACHINE(株)

1984年TM NETWORKデビュー時に設立されたTMのマネジメント・コーディネート業務専門の芸能プロダクション。別名「TIMEMACHINE CAFE」・「TIMEMACHINE CORPORATION」・「TIMEMACHINE GROUP」。一時期、葛城哲哉阿部薫浅倉大介貴水博之も所属しており、初期のaccessのマネージメントも行っていた。「TMN終了」時に解散。

  • T-MUE-NEEDS(株)

TM NETWORKのグッズ・イベント等の企画・運営会社。「TMN終了」時に解散。

  • グラデミー(株)

小室が1991年に設立し、代表取締役社長に就任した映画製作会社(宇都宮、木根も取締役に就任、角川春樹三菱商事もバックアップとして参加していた)。社名の由来は、「グラミー」と「アカデミー」を掛け合わせた造語とも[6]、英語で「引力」と表す「gravitation」と英語で「純粋・学術的」と表す「academic」を掛け合わせた造語とも[82]いわれる。木根尚登著「月はピアノに誘われて」の映画化、TM NETWORKの楽曲「THE POINT OF LOVERS' NIGHT」をモチーフにした映画製作(小室、原案・脚本、木根)[75]、「チーム・グラデミー」名義でのF1参加[82]の企画が持ち上がったものの、それ以降公式のアナウンスが無いまま自然消滅した(F1参加は実現した)。

小室の個人レーベル運営及びイベント制作のために設立された会社。現在では小室とは離れた事業会社としての性格も持つ。

TK TRACKSの子会社。小室と直接の関係はない。

  • TK state(有)
    • TK MUSEUM
    • TK state America MUSEUM
    • TK SEQUENCE
    • TK SEQUENCE America
    • TK ENTERTAINMENT SERVE
    • Prime Direction TK Room
    • tetsuya komuro rise

1994年から2000年まで運営されていた小室の個人事務所。「TK MUSEUM」はイベント限定で音楽ユニットとしても活動していた(このノウハウは後のTKCOMに活かされる)。

小室と丸山茂雄ニューズ・コーポレーションが共同で設立したアジアマーケットをターゲットとした事業会社。しかし、「SPEED TK RE-MIX」のスーパーバイザー・中国で放送されたオーディション番組「小室魔力」の番組監修を務めて以来目立った活動を行わなかった。後に本社を母体としてRojam Entertainmentに発展する形で解散・吸収合併した。

香港を拠点とした本格的なアジア進出を目的とした総合音楽プロダクション。小室は2004年5月に全持株を売り実質上経営から撤退するも、プロデューサー契約として残っており(専属ではない)、小室の個人スタジオを運営・管理する等関係は2008年まで続いていた。

サッカー関連のマーケティング、制作などを行うための会社として設立、後に実質的な小室・木根(一時期のみ)の個人事務所となる。TKCOMの発足に伴い、休眠。

個人スタジオの変遷

※太字は2011年現在使用しているスタジオである。

評価

業界人の評価

「どういうミキシングにしたいのか、どこをどういう風に変えたいのかという事が明確に指示できるアーティストだった」[2]スティーヴ・ナイ

「彼の曲は洋楽のようにリフ的な部分やフック的な部分が他の人よりも明確にあるんです。しかも日本語がちゃんと乗るんですよね。フックの部分が英語だったりすると格好悪くなったりするんですが、ちゃんと買う方達が口ずさみ、覚えることのできるフックなんですよね、彼の場合」[2]清水信之

「ステージ上で小室さんが出す音って、はっきり言ってわからない。あの人はけっこう行き当たりばったりで、毎回同じに弾いてくれないから。だからその時によってEOS・DX7II・TX816を即興的に使い分ける部分が多い。例えばシーケンス系のベーシックな音以外は手弾きに任せているが、フットボリュームでサウンドのバランスがとれるようになっているので小室さんの所からなんでもできるようになっている」「音楽的にも『てっちゃん節』みたいな独特のスタイルがあるし、キーボーディストとしても指使いに独特の弾き方があるので僕なんかはそれらをみんな真似できるようになりました」「コンピューターと血が通った部分を一番巧く融合させたバンドがTM NETWORKだと思っています。その中で小室さんのグループをリードしていく力は、ずば抜けていると言うことになるんでしょうね」[83]浅倉大介

「小室さんはリズム感覚でいって、最後にメロディの良さを置いている。それがすごくオシャレだなと思う」[84]YOSHIKI

「小室さんの影響で邦楽の低音域を拡張されたことによって日本向けだからと遠慮する必要がなくなった」[75]GOH HOTODA

YMOや小室哲哉さんがいなかったらシンセサイザーは今でも高級機材だった。彼らがシンセサイザーをポピュラーな存在にしたわけだし。彼らが出てこなかったらシンセサイザーの機能自体も今ほどクオリティが高くはならなかった」[85]石野卓球

「小室君は日本人の耳・メロディライン・転調・アレンジ・リズム感・ビート感を教育しちゃった」[注釈 20]「100万枚売ってほしいと依頼されたらちゃんとその通りの曲を書く所がすごい。これは常人には真似できない」[86]坂本龍一

「ひとつの素材を見てスターに育てていく嗅覚と計画性にいつも脱帽しています」[87]日向大介

「非常に引き出しの多い人。ブルース・スプリングスティーンみたいの弾いてよ、というとすぐ弾くし、トーキング・ヘッズみたいなのっていうとすぐそんな曲を作る」[3]白竜

「小室哲哉の言葉はそれが誰の口から発せられようとも小室哲哉の言葉にしかならない。すべからくシンガーはプロデューサーの代弁者にならざるを得ないのがTKの歌なのだ」「音楽におけるプロデューサーという概念を一般層に浸透させた」[72]近田春夫

「彼は斬新な作曲方法で一世を風靡しました。それは、過去に自分の作った曲を継ぎ接ぎにして、あっと驚くようなコード進行やサウンドを創り出すことでした。自分の曲に対するプライドが薄いなあ、と感じられますね」[88]玉木宏樹

「昔は入って行けなかった領域にも、コンピューターを使ってどんどん入って作っていく。本当に奥行きが深い」[89]森進一

コードの解釈がすごく独特なのに、明るい響きであり、踊りながら歌うのにピッタリ」[90]「彼は天才だと思います。多くのプロデューサーは曲を磨いてより良い楽曲にするけど、自分の持ち味を必ず入れて聴いた時にプロデューサーが誰かわかる楽曲を作れるのはとてもすごい事」[91]マーティ・フリードマン

「東洋人が好むコード進行が全くなく、アジア人には聞き慣れないものを大胆に取り入れて、それをヒットさせていた。それが不思議だった」「ヒップホップをやりながらもきちんとピアノで曲を書いている」「電子音楽とバラードの両方を行き来できている」「抒情的なバラードの感性とダンス音楽の感性の両方を兼ね備えている」[92]J.Y.Park

「テレビ等で流しづらい音楽をたくさん世に出したことで後々のミュージシャンがやりやすい様にしてくれた」「コンピューターで人間味の部分を消そうとしても、小室さんが鍵盤を弾いているパートは絶対に加工できない・真似できないな、と思う」[61]中田ヤスタカ

「小室さんのテクノには独特な世界があり、息もつかせぬそのテンポ感がすごい。日本が生んだ才人です」[93][94]「すごいスピード感と生命力、それに哀愁もある」[注釈 21]冨田勲

「Music Master of Japan!」[95]アフロジャック

4つ打ちがいつの世にも通じる普遍的な物だと証明してくれた」[96]鬼龍院翔

「彼の楽曲の構造である『サビ頭→Aメロ→Bメロ→サビ(半音上げ)+(4つ打ち+ハイハット)』は広い音域と速いテンポの融合という難しさが好まれるカラオケには最適」「サウンドは基本的に欧米の最新スタイルを導入したダンスミュージック。匿名性の高い機能的な音楽なため、誰が歌っても彼の世界観は保たれる。そして、少女の凛々しさとセンチメンタリズムとポジテヴィティの美しさへの賛美・情景に溢れた歌い手のキャラ・記名性を無視した歌詞が更にトータル性を高めていた」[97]「歌う者にとっては過酷なだけのメロディ」「あくまでも結果論だけど、つんく♂ハロー!プロジェクト秋元康AKB48といった多人数女子アイドルグループの源流になった」[30]市川哲史

社会的な評価

小室がavex traxとライセンス契約を結んだ際、EPIC内では、「他社のアーティストをプロデュースするなんて契約違反だ!」と議論が巻き起こった(当時の音楽業界では「音楽プロデューサーはレコード会社の社員・元アーティストの専属契約」であることが多かった為といわれる)。その問題に対応するため、trfデビューの際、丸山茂雄は「アーティスト主導の芸能事務所」をコンセプトに「Antinos Management(現ブルーワンミュージック)」を設立、小室は第一号契約者となった[6]

ラジオ局の中には小室の楽曲のOA禁止を決める所がでた[注釈 22][98]。反面、FM大阪は小室の楽曲を積極的に流している。

小林武史とイニシャルが同じ事から「TK時代」と呼ばれた。

小室哲哉がこれまでにプロデュースしたシングル・アルバムの総売上枚数は、約1億7000万枚に達する。また、日本の作曲家別シングル総売上枚数は筒美京平に次ぎ第2位[9]、作詞家別シングル総売上枚数は第4位である[99]

チャート

1996年4月15日付けのオリコンシングルチャートで、小室哲哉が作詞・作曲・プロデュースした楽曲が1位から5位までを独占した。同一作曲家、兼プロデューサーによる上位5曲の独占は、日本のみならず世界の音楽チャートにおいても史上初めてのことである。

1995年度のJASRAC発表の著作権使用料の分配額ランキング(JASRAC賞)では、小室哲哉が作詞・作曲した楽曲が国内作品の1位から3位までを独占した。同一作曲家による上位3曲の独占は、同ランキング史上初めてのことである。

1998年10月19日付けのオリコンシングルチャートで、小室がリーダーを務めるglobeの楽曲4曲が同時にベスト10入りし、当時として史上初の記録を達成した。この記録は「発売日が異なる再発でない同一アーティストによるシングルの複数チャートイン」として現在も記録が保持されている。

オリコン

シングル総売上枚数 - 4,219万枚(作詞家歴代4位)2011年6月20日現在
順位 売上枚数
(単位:万枚)
作詞家
1 6,828 阿久悠
2 4,984 松本隆
3 4,576 秋元康
4 4,219 小室哲哉
5 3,718 稲葉浩志
6 3,570 桑田佳祐
7 3,467 つんく♂
8 2,850 桜井和寿
9 2,596 なかにし礼
10 2,473 山上路夫

主な提供曲(1980年代〜2011年)

下記は一部にすぎない。詳細は小室哲哉提供楽曲一覧を参照

  • 岡田有希子
    • 「Sweet Plant」 生前最後のアルバムに収録された下記曲を含むアルバム曲で、編曲は2曲とも松任谷正隆が担当。
    • 「水色プリンセス」 作詞は上曲と同じで三浦徳子。小室哲哉が多数のアイドルに楽曲を提供するきっかけを作った作詞家でもある。
  • 福永恵規
    • 「10月はさよならのパームツリー」 元おニャン子クラブのメンバーに初めて提供したミディアムテンポの歌謡曲。編曲は下記曲と共に大村雅朗。
    • 「ハイパー・ラッキー」 こちらはアップテンポの楽曲で、小室哲哉の特徴的な早口のアイドルPOPS。
  • 岩崎良美
    • 「哀愁クルーズ」 アルバム『cruise』に収録。
    • 「スロープに恋をして」 作詞は松井五郎。編曲は武部聡志で、小室哲哉の80年代の楽曲提供曲を多くアレンジした一人。
    • 「Blizzard」 作詞は麻生圭子、編曲は上記曲と同じく武部聡志。収録アルバム『blizzard』の表題曲にあたる。
  • 原田知世
    • 「家族の肖像」 作詞・秋元康、編曲・後藤次利というゴールデンコンビでの楽曲。
  • 荻野目洋子
    • 「NONSTOP DANCER」 アルバム「ノン・ストッパー」に収録されている楽曲で、荻野目洋子自身が一番好きな曲と公言した曲。
    • 「ジャングル・ダンス」 NHK「みんなのうた」で何度も流れていた楽曲。
  • 松田聖子
    • 「Kimono Beat」 元レベッカ土橋安騎夫がサウンドプロデュースしたアルバムの「Strawberry Time」に収録されている楽曲。
  • 大西結花
    • 「パンドーラ」 小室哲哉が当時お気に入りだったと公言していたアイドルに提供した楽曲。
  • 八木さおり
    • 「月と恋心」 同じく小室哲哉が当時お気に入りだったと公言していたアイドルに提供した楽曲。作詞は森雪之丞で、編曲は武部聡志。
  • 沢口靖子
    • 「Follow me」 沢口靖子が出演した「痛快!ロックンロール通り」の挿入歌。作詞は川村真澄で編曲は大村雅朗。同ドラマではTMNetworkが主題歌を担当した。
  • 郷ひろみ
    • 「空を飛べる子供たち〜Never end of the earth」 アルバムの最後に収録されている楽曲で作詞は秋元康。
  • 奥田圭子
    • プラスティック(1985年
  • 中山美穂
  • 堀ちえみ
    • 愛を今信じていたい(1987年)引退前のラストシングル
  • 伊藤かずえ
    • 星屑のイノセンス(1988年
  • 小泉今日子
  • 宮沢りえ
    • ドリームラッシュ(1989年)デビューシングル。小室がプロになってから始めてサウンドプロデュースしたアイドルであり、後にプレッシャーから大変な作業だったと語っている
    • NO TITLIST(1990年)宮沢りえが主演のフジテレビ系ドラマ「いつも誰かに恋してるッ」の主題歌。デビュー曲と同様に編曲も担当している。
  • 田中美奈子
    • 夢みてTRY(1990年)田中美奈子が主演の「トップスチュワーデス物語」の主題歌。
    • 「I say Hello Again」 こちらは「夢みてTRY」のカップリング曲で、B'z松本孝弘がエレキギターを弾いている。
  • 観月ありさ
    • TOO SHY SHY BOY!(1992年)作詞・作曲・編曲、サウンドプロデュースを担当。
  • 東京パフォーマンスドール
    • キスは少年を浪費する(1993年)サウンドプロデュースと作曲・編曲を担当。
    • ダイアモンドは傷つかない(1993年)楽曲提供のみでなく、ミキシングまで手掛けた楽曲。
    • 「Sanctuary〜淋しいだけじゃない」 所属していた篠原涼子穴井夕子が歌唱している楽曲。後に小室哲哉プロデュースで篠原涼子がセルフカバーしている。
  • バックストリート・ボーイズ
  • 森進一
    • 眠らないラブソング(2010年)作詞・作曲・編曲を担当。
  • SMAP
    • Trust(2010年)作詞・作曲・編曲を担当。アルバム『We are SMAP!』に収録。
    • グラマラス(2010年)作詞・作曲を担当。シングル『This is love』のc/w。
    • 意外にもジャニーズのアイドルグループに楽曲を提供するのはこれが初である。
  • 浜崎あゆみ
    • crossroad(2010年)作曲・編曲を担当。
    • Virgin Road、Last angel(2010年)作曲を担当。シングル『L』収録。
    • アルバム『Love songs』では収録曲のほとんどを小室が作曲した。
  • やしきたかじん
    • その時の空(2010年)作曲を担当。
    • やしきたかじんの冗談で楽曲提供が決まった。作詞は秋元康が手がけた。
  • 坂本美雨
    • True Voice(2011年)作曲を担当。アルバム『HATSUKOI』収録。
    • 坂本美雨は同時期に小室のソロアルバム『Digitalian is eating breakfast 2』にも参加している。

主なヒット曲(1993年〜)

1994年、小室哲哉は、trfの「survival dAnce 〜no no cry more〜」で初めて100万枚以上のヒットを達成。

1997年の華原朋美の「Hate tell a lie」まで20曲のミリオンヒット曲を世に送りだした。(小室ブーム参照)。

※下記は主な小室哲哉プロデュース作品であり、一部にすぎない。 ☆ … ミリオン ☆☆ … ダブルミリオン

1993年

1994年

1995年

1996年

1997年
1998年
1999年
2000年
2001年

個人レーベル

参加ユニット

関連項目

関連人物・交友関係

  • 関連人物
宇都宮隆木根尚登Kcoマーク・パンサー松浦勝人千葉龍平丸山茂雄小坂洋二小室みつ子松本孝弘葛城哲哉阿部薫久保こーじ渡辺美里藤井徹貫日向大介浅倉大介岩佐俊秀坂元裕二前田たかひろ松尾和博TRF安室奈美恵hitomi観月ありさ篠原涼子華原朋美鈴木亜美原田大三郎DRAGONニック・ウッドPurple Days
  • 交友関係
喜多村豊大多亮FENCE OF DEFENSE大江千里鈴木大輔nishi-ken松任谷由実デュラン・デュランYOSHIKIジャン・ミッシェル・ジャール近田春夫若尾裕之中田英寿原田大三郎坂本美雨スティーヴィー・ワンダースティーヴィー・サラス高見沢俊彦田村淳テリー伊藤浦沢直樹鎧塚俊彦玉置浩二リリー・フランキーZEEBRAアーサー・C・クラーク

脚注

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注釈

  1. ^ 浜田雅功とのコラボレーション時に使用。
  2. ^ SERIKA with DOGのサウンドプロデュース、篠原涼子とのコラボレーション時に使用。
  3. ^ SPEEDWAY参加時に使用。
  4. ^ クレジットに乗る際の大部分の名義として定着している。
  5. ^ 2010年から使用。
  6. ^ 1997年の全米進出時に使用。
  7. ^ dosのアルバム『chartered』に使用、またTM NETWORKのオフィシャルサポーターユニットのグループ名として命名、バリ島の別荘の表札に使用。
  8. ^ mF247への楽曲提供時に使用、現在も時折使っている。
  9. ^ TRFの海外用PR盤制作時に使用。
  10. ^ global trance 2』制作時・『Cyber TRANCE』プロジェクト参加時に使用。
  11. ^ Embryo』の発表時に使用。
  12. ^ 銀星団参加時に使用。
  13. ^ ハンバーグ&カニクリームコロッケ』での活動時に使用。
  14. ^ 日本大学名誉教授板倉宏は、「巨額詐欺なので、被害者が許した場合でも執行猶予の確率は30%。実刑になった場合は1億円なら1年が相場、今回は弁済しているので3年くらいが妥当」と述べている“執行猶予30%…小室哲哉、まだまだ続くいばら道”. 夕刊フジ (ZAKZAK). (2009年3月13日). http://www.zakzak.co.jp/gei/200903/g2009031324_all.html 2011年2月3日閲覧。 
  15. ^ 早稲田実業学校時代より複数のバンドで活動。
  16. ^ 他国への発売はiTunes Store配信版のみ。
  17. ^ 特に音楽プロデューサーに対する思い入れは強く、「プロデューサーという言葉を浸透させたのは僕で間違いないですね。全体を統率する者がいないと駄目なんだということを業界に一応認知させることができたかなと思います」と話している。
  18. ^ 特にシールドケーブルに対しては「シールドケーブルの中を音が流れるだけでも、その音の音質は劣化する。それを防ぐ為に1本100万円以上の最高品質の物を指定している」「今までのスタジオの建築費にはどれ程無駄遣いしたかわからない。しかし、シールドケーブルに関しては今でも無駄遣いだとは思わない」と話している。
  19. ^ お互いの祖父がいとこ同士(出典:時計寄贈の過去も…小室哲哉の遠縁村長自殺か(社会)――スポニチ Sponichi Annex ニュース
  20. ^ TK MUSIC CLAMP』での坂本龍一との対談で発言。
  21. ^ 『HARAJUKU PERFORMANCE + DOMMUNE』での冨田勲との対談で発言。
  22. ^ FM802が代表的である。
  23. ^ 1993年の「avex rave '93」まで正式メンバーとしてキーボードで参加。
  24. ^ 山羊智詞率いるロックバンド。小室はキーボーディスト・作曲家としての参加であり、1993年頃にデビューアルバムをリリースする予定だったが、レコード会社・所属事務所の都合で解散。
  25. ^ 東京パフォーマンスドールのアルバム『MAKE IT TRUE 〜Cha-DANCE Party Vol.6』のサウンドクリエイトの為に結成された小室と久保こーじからなる制作ユニット。

出典

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  2. ^ a b c d シンコーミュージック・エンタテイメント刊 『Vis Age TETSUYA KOMURO PERSONAL VISUAL BOOK』より。
  3. ^ a b c 朝日新聞出版刊 『AERA』 1998年12月14日号より。
  4. ^ メディアファクトリー刊 『まっすぐ進む夢へのヒント54』 木根尚登著より。
  5. ^ リットーミュージック刊 『キーボード・マガジン』 2010年SUMMER号より。
  6. ^ a b c d e 講談社刊『小室哲哉 深層の美意識』 神山典士著より。
  7. ^ Bio File 1970より。
  8. ^ ソニー・マガジンズ刊『GB』1986年12月号より。
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  20. ^ [1]mns法廷ライブ【小室被告第3回公判(1)】小室被告「改めて音楽しかないと思った」より出典
  21. ^ [2]mns法廷ライブ【小室被告第3回公判(1)】小室被告「改めて音楽しかないと思った」より出典
  22. ^ ゲンダイネット小室哲哉5億円詐欺裁判は何が問題になっているのか
  23. ^ MSN産経ニュース被害男性が出廷 量刑で証言へ 小室第3回公判
  24. ^ mns法廷ライブ【小室被告第3回公判(1)】小室被告「改めて音楽しかないと思った」より出典[3]及び[4]
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  35. ^ 小室哲哉、m-floを語る「彼らに追従するグループはいない」
  36. ^ メディアファクトリー刊 『続・電気仕掛けの預言者たち』 木根尚登著より。
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  38. ^ 公式サイトより。
  39. ^ 幻冬舎刊 『ももこの21世紀日記 N.03』 さくらももこ著より、さくらは「自分の抱いていた哲哉さんのイメージにギャップを感じた」と記している。
  40. ^ a b c TBS系列『ズバリ言うわよ!』で発言。
  41. ^ a b ソニー・マガジンズ刊 『ETERNAL NETWORK』より。
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  51. ^ 2013年6月26日23時04分の小室哲哉のTwitterの書きこみより。
  52. ^ a b リットーミュージック刊『キーボード・マガジン』2013年10月号より。
  53. ^ a b リットーミュージック刊『サウンド&レコーディング・マガジン』2007年1月号より。
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  65. ^ TK MUSIC CLAMP』での渡辺美里との対談で発言。
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  94. ^ 2012年8月11日23時27分のコロムビア・クラシック&ジャズのTwitterの書きこみより。
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  97. ^ 日経BP刊「日経エンタテインメント! 80's名作Special」より。
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外部リンク