稲葉浩志

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稲葉浩志
B'z LIVE-GYM 2012 -Into Free-より(2012年撮影)}
B'z LIVE-GYM 2012 -Into Free-より
2012年撮影)
基本情報
別名 KOHSHI INABA(1988年-1998年)
KOSHI INABA(1999年-)
出生 1964年9月23日(50歳)
出身地 日本の旗 日本, 岡山県津山市
血液型 AB型
学歴 横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程(数学)
ジャンル ロック
ハードロック[1]
ミクスチャー・ロック[1]
J-POP[1]
職業 ミュージシャン
ボーカリスト
作詞家
作曲家
音楽プロデューサー
担当楽器 ボーカル
ギター
ピアノ
ドラムス
マンドリン
マラカス
パーカッション
ブルースハープ
活動期間 1985年 -
レーベル VERMILLION RECORDS
事務所 VERMILLION
共同作業者 松本孝弘B'z
公式サイト 稲葉浩志 Official Website「en-zine」
B'z Official Website
ジョン・レノン
デイヴィッド・カヴァデール
ロバート・プラント
トム・ウェイツ
ブライアン・ジョンソン
スティーヴン・タイラー
アクセル・ローズなど

稲葉 浩志(いなば こうし、1964年9月23日 - )は、日本音楽ユニットB'zボーカリスト作詞家である。ソロ活動の際には作曲ギター音楽プロデュース等も担当する。岡山県津山市出身。 所属レコード会社はビーイングレーベルVERMILLION RECORDS所属。所属事務所はVERMILLION

略歴[編集]

  • 1964年9月23日 - 岡山県津山市で生まれる。
  • 1971年 - 津山市立林田小学校入学。1977年3月卒業。
  • 1977年 - 津山市立津山東中学校入学。1980年3月卒業。
  • 1980年 - 岡山県立津山高等学校入学。1983年卒業。
  • 1983年 - 横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程(数学)入学。
  • 1985年 - 当時ビーイング音楽振興会(現・Being Music School)に所属していた大学生時代に、BLIZARDギタリスト松川敏也(RAN)のソロアルバム『BURNING』に謎のボーカリスト「Mr.CRAZY TIGER」として参加。同作はLPと12センチCDでリリースされた。また、ビーイングの斡旋でモデルの仕事も務めた。
  • 1987年 - 横浜国立大学卒業。卒業後は、稲葉をデビューさせるための事務所主導のプロジェクトとして、事務所所属の若手ミュージシャンと共に通称『稲葉バンド』が結成されていた。その稲葉バンドにはベーシストとして明石昌夫も参加していた。メンバーチェンジを繰り返しながらも、結局バンドは自然消滅した。
  • 1988年 - 9月21日、松本孝弘と結成した音楽ユニット(メンバーはバンドと主張することが多い)B'zとしてデビューし、現在に至る。B'zの曲では「Nothing To Change」以外の全ての楽曲で作詞している。同年に発売された前田亘輝TUBE)のソロアルバム『Feel Me』では初めて楽曲を提供し、作曲家デビューを果たす。
  • 1990年 - 坪倉唯子B.B.クイーンズ)のソロアルバムに初めて詞を提供し作詞家デビューをする。
  • 1991年 - 10月から、同年3月まで松本と2人で務めてきた東海ラジオ放送B'z WAVE-GYM』が、稲葉の単独パーソナリティとなり『COME ON B'z WAVE-GYM』として放送開始(1994年3月29日放送終了)。
  • 1997年
    • 1月29日、初のソロアルバム『マグマ』リリース。シングル曲、タイアップ曲がないオリジナル・アルバムであったがオリコン初動売上は50万枚を突破し、ミリオンセラー達成という日本の音楽史上初めての記録を樹立した。
  • 1998年
    • 12月16日、1stシングル「遠くまで」リリース。グループ出身者からのソロ1作目のシングルとしては、初動売上歴代1位を記録する。
  • 2002年
    • 10月9日、2ndアルバム『志庵』リリース。本作もシングル曲、タイアップがない(発売当初)オリジナル・アルバムであり、2作品連続でオリコンチャート初登場1位となった。この記録も史上初である[2]
  • 2003年
  • 2004年
  • 2005年 - doaの1stアルバム『open_d』に作詞提供。
  • 2006年 - テレビアニメ『結界師』のオープニングテーマに宇浦冴香へ提供した楽曲「Sha la la -アヤカシNIGHT-」が起用される。エンディングテーマには自らの楽曲「赤い糸」を提供する。
  • 2007年 - 宇浦冴香のプロデュースを行い、アルバム『Juke Vox』では作詞と全ての作曲を務めた[5]
  • 2009年
  • 2010年
    • 6月23日、4thシングル「Okay」リリース。
    • 8月8日、ロック・フェスティバル『SUMMER SONIC 2010』東京公演で、スラッシュのゲストボーカリストとしてサプライズ出演し「SAHARA」を披露した。
    • 8月18日、4thアルバム『Hadou』リリース。
    • 8月21日、ライブツアー『Koshi Inaba LIVE 2010 〜enII〜』スタート。
  • 2011年
  • 2014年
    • 2月26日、公式サイト“稲葉浩志 Official Website「en-zine」”開設。同時に配信限定シングル「念書」リリース。
    • 3月26日、配信限定シングル「泣きながら」リリース。
    • 4月23日、配信限定シングル「Stay Free」リリース。
    • 5月21日、5thアルバム『Singing Bird』リリース。
    • 6月5日、同一会場10日間公演となるライブ『Koshi Inaba LIVE 2014 〜en-ball〜』スタート。最終日(6月20日)の公演では、全国の映画館でライブビューイングを開催した[6]
    • 7月30日、配信限定シングル「Saturday」リリース。

人物像[編集]

デビューに至るまで[編集]

当時大学生で歌手を志していた稲葉は音楽雑誌『ロッキンf』に目を通していたところ、音楽制作会社ビーイングが主催していたボーカルスクール「ビーイング音楽振興会(現・Being Music School)」のスクール生募集の広告が目に留まった。その欄に当時ファンであったLOUDNESSなどのアーティストの名前が明記してあったため、「ここだな!」と思い通い始めたのが最初である[7]

ボーカルスクールは小さいマンションにスクールのオフィスと、ドアだけ防音にした音を出せる部屋があり、そこでレッスンをしていた。レッスンはカラオケを使ったもので、自分の歌いたい歌、もしくは、講師の先生が勧めてくる曲を歌っていた。ボーカルスクールは歌のレッスンのみで、そこから事務所が「そこそこ使えそうな人間だな」と思うと、歌手活動への抜擢や、コーラスのバイトを任されたりする。そのため稲葉自身、自分のバンドは自分でやるしかないので、友達とバンド活動をしていた[7]

スクールに入所してしばらくすると、稲葉をデビューさせるためのプロジェクトが発足し、通称「稲葉バンド」というバンドも結成された。そのバンドには、後にB'zのサポートベーシストとなる明石昌夫も在籍していた。しかし、ライブを活動をするわけでもなく、メンバーもコロコロと変わり、結局自然消滅した。稲葉はその時期に、あるメジャー・レーベルのオーディションを2つのバンドで受けたが、どちらも受からなかったという[7]

その後、稲葉の歌が収録されていたデモテープが松本孝弘の目に留まる。そして松本が稲葉を誘いB'zを結成、1988年9月にデビューとなる。

作詞[編集]

B'zの場合は、曲先(松本の作った曲が既にある状態から歌詞を書く)で、ソロの場合は、曲先と詞先(歌詞を先に書き、その歌詞に曲を付けていく)を使い分ける。一旦、全て英語で仮作詞を行い、少しずつ日本語詞に置き換えていくという方法をとっていたが、近年では初めから日本語で書くことも多い。

B'zの場合、歌詞の内容は楽曲を聴き、そこから風景や人物をイメージして決めていく手法。歌詞が曲に合致する具合に関しても追求しており、もし歌詞が上手くはまらない場合は、言葉の表現を変更する。それでも納得しない時は、松本に曲を1小節伸ばしてもらうなど、メロディ自体も変更することがある。

1stアルバム『B'z』では、英語を多用した非常に抽象的な歌詞になっている。

2ndアルバム『OFF THE LOCK』では、現在の稲葉の歌詞に通じる柔軟な表現になってはいるが、実はこのアルバムの製作時が一番辛い時期だった。曲は既に出来上がっているのに、曲のテーマと詞の作風が全く合わなかった状況に大変焦れて、常に作詞を強要されるのが憂鬱でしょうがなかった。また、苦労して作詞をしても周りから批判されるので、「途中で投げ出して逃げたいと何度も思った」と後のインタビューで語っている[8]。現在でも、このアルバムを聴くと拒絶反応を起こすことがあるらしい。

3rdアルバム『BREAK THROUGH』以降は、独自の作詞スタイルを確立するため、ロックでは敬遠されるような言葉や口調を積極的に取り入れるようになったと、雑誌「音楽と人」1998年1月号のインタビューで述べている。「太陽のKomachi Angel」・「ギリギリchop」など、意図的にユニークな表現を取り入れるなどの遊び心も散見される。松本もこれを楽しんでいるようで、「愛のバクダン」については、リリース時のインタビューで「『ギリギリchop』以来の名タイトル」と評している。

近年では応援歌や人生訓的、社会批判的な歌詞も増えてきており、作詞家としての幅も広い。恋愛をテーマとした歌詞の場合でも、シチュエーションは多様だが、ほとんどは女性上位で尻に敷かれているような男性を主人公に置く事が多い。それ以外では、己の不甲斐無さ、未熟さを憂う自虐的・自省的な歌詞も度々登場する。

2005年3月26日放送分の『僕らの音楽 Our Music』(フジテレビ系)出演時、『作詞時に気をつけていること』という質問で、稲葉は「タブーにしている言葉を作らないこと」と発言した。また、阿川佐和子との対談では、「ロックの歌詞の定番みたいなものは、恥ずかしくて嫌だった」、「ロックのサウンドに、僕のコモンセンスな歌詞がのったから新鮮だったんじゃないでしょうか」と語っている。

2011年ごろから、B'zの過去の楽曲の英詞バージョンを多く作成している。その際の英詞の作詞は、B'zのサポートメンバーのシェーン・ガラースとの共同制作となっている。稲葉がシェーンに原曲歌詞のコンセプトを説明し、それにシェーンが稲葉と調整しながら英詞を当てはめていくという手法を取っている。

歌唱能力[編集]

公式リリース音源の音域では最低音がF#2(lowF#)、シャウトやスクリーミングを含めた最高音はB5(hihiB)にまで到達する。 ライブでステージを走り回ったり跳びはねたりしながら歌うにもかかわらず、ほとんど乱れない強靭な肺活量を有する。肺活量は8,000cc超と成人男性の平均数値(3,000‐4,000cc)を大きく上回り、ライブ終盤においても30秒を超えるロングトーンを披露できる。

体調管理[編集]

ライブツアー前や最中は、喉への負担を極力避けて神経質なまでに声の維持に努めている[9][10]

  • 空気の乾燥を防ぐために極力冷房は使用せず、冷房使用時には窓を開ける。
  • 楽屋では廊下からの冷気を避けるために、スタッフに扉の縁を目張りで密封処理させる。
  • スタジオでは季節を問わず加湿器を使用する。
  • 体温を低下させないために温かい湯船に浸かるのを日課とする。
  • 冷たい飲食物を避け、温かいハーブティーを愛飲する。

自身の体調管理を徹底する理由について「乾燥してちょっとでも(声が)出なくなると、あの時(喉のケアを)やっときゃよかったと思うのが嫌なので、つい念を入れがちになるんですよね。普通は3回でいいのかもしれないけど5回やっちゃったりとか」と語る。きっかけは、2004年初頭に声帯に水ぶくれのようなものが出来たために声が出なくなり、手術をしたことから。それ以来、医師から喉の乾燥を防ぐため湿度を50%に保つよう指示され、毎月定期検査を受けている。これらの徹底的なケアを、稲葉は「ツアー病」と呼んでいる[10]

以上のケアは、主に2008年10月6日放送の『NHKスペシャル メガヒットの秘密〜20年目のB'z』で紹介されたものであるが、これらを徹底的に行うのはライブツアー前や、ライブツアー最中のみである。稲葉は後になって『NHKスペシャル』について、「色んなことに自分が我慢してやっているっていう風に思われているみたいで、そういう訳じゃないんだけど。元からお酒飲まないから、それに鶏鍋食べるのも好きだから食べているだけで。(中略)そんなに張り詰めた感じじゃないし、もっと楽しくやってますよ」[11]「あの『Nスペ』の影響は大きくて、たまにお店でビールを頼もうものなら『えっ?』って言われちゃうので困ってるんですけど(笑)」[10]と語っている。

「喉の調子を狂わせた」として1991年から禁煙トレーニングを実行[12]し、1992年より非喫煙者となる。

楽器演奏・作曲[編集]

ブルース・ハープギターのほか、ピアノパーカッションマラカスマンドリンなども演奏する。ブルースハープは、ライブやMC時のパフォーマンスで頻繁に使用し、ブルースキーやベンドを駆使した演奏を行う。ギターは、ラジオでの発言によると高校時代は壊れたギターで遊んでいた程度だったが、デビューを前に社長命令で猛特訓し、ライブ(主にソロ)でアコースティック・ギターを演奏する場面がしばしば見られる。また、1995年のライブ「B'z LIVE-GYM Pleasure'95 BUZZ!!」では「ALONE」をピアノで弾き語りした。ソロでの作曲時は、ギターでは構造上押さえることが不可能なコードもあるため、ギターよりもピアノを使用することが多い。

影響を受けたアーティスト[編集]

小学生や中学生の頃は、兄の影響でザ・ビートルズクイーンなどが好きで、よく聴いていた[要出典]。初めて自分で買ったレコードはキッスの『ラヴ・ガン』であり、自分で編集したカセットには、アイアン・メイデンジューダス・プリースト、クイーンなどの楽曲が入っていた[13]

影響を受けた主なボーカリストは、雑誌「md」などのインタビューで語られるものでは、デイヴィッド・カヴァデールスティーヴン・タイラーロバート・プラントアクセル・ローズのハードロック系ヴォーカリストをはじめとし、トム・ウェイツのようなブルース系シンガー、サム・クックのようなソウルシンガーの名を挙げている。

B'zの楽曲に見られるようにブルースの影響が特に強く、新旧問わずブルースシンガーをよく聴く、とインタビューで答えている。一方で、初めて観に行ったライブはポリスであり、スティングデヴィッド・ボウイなどのイギリスのミュージシャンにも影響を受けている。

特技・趣味・嗜好[編集]

  • 旺文社全国高2模試では数学の順位が3位だった。1987年、横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程(数学)を卒業。大学時代に、小学校教員免許高等学校教員免許(数学)を取得。
  • 英語が堪能である。B'zのサポートメンバーである、シェーン・ガラースバリー・スパークスとは英会話する場面や、稲葉が彼らに日本語を教える場面が、B'zのDVDなどで見ることができる。また、リンキン・パークとのチャリティーライブでは、通訳なしでインタビューに英語で答え、リンキン・パークのメンバーとも会話している。
  • 趣味は、サーフィンやオートバイ、マンガ。家からスタジオまでハーレーダビットソンで来ることもある。
  • 腕、手首、人差し指、背中、へそにタトゥーを入れている。
  • 小学校時代は地元のソフトボールクラブとサッカースクールに、高校時代にはテニス部に所属していた。
  • UFCなどの格闘技観戦が趣味。2014年に自身の公式サイト『en-zine(エンジン)』で同じく格闘技好きの福山雅治とメディア初対談をし、格闘技について語り合った。

逸話[編集]

  • B'zとしてデビューする以前は、その端正なルックスから事務所の斡旋でモデルの仕事もしていた。
  • 稲葉ファンを公言する女性芸能人は数多い(安室奈美恵浜崎あゆみ鬼束ちひろLina(MAX)、相川七瀬本田翼松下由樹足立梨花高樹千佳子など)
  • ORICON STYLEが主催し、一般男性から募集した「男性が選ぶ“なりたい顔”ランキング」(芸能人全体)にて 2011年に9位、2012年に5位、2013年に6位にランクインしている。
  • 大学の卒業式には稲葉ただ一人、革ジャンとジーンズで登校し、式には不参加だった
  • 横浜国立大学の図書館に保管してある卒業アルバムの稲葉が写っているページ(集合写真やゼミの写真など)だけが全て破り取られていると判明した。[14]
  • 大学時代は、家庭教師横浜市の元町のサンドイッチ屋と高島屋の地下の惣菜屋でもバイトしていた。しかし、サンドイッチ屋はもうなくなっている。
  • 長者番付歌手部門において、廃止されるまでの最後の6年間、浜崎あゆみ宇多田ヒカルと2年ずつ番付トップになっている。
  • 実家の化粧品店や兄が経営している和菓子屋、稲葉が通っていた小学校中学校高校などは、数多くのファンが観光に来ている。津山市の観光スポットにもなっており、「稲葉浩志君のメモリアルロードマップ」が作られていたり、津山観光センターには「稲葉浩志君メモリアルロードコース」なども作られている。これを機に津山の知名度が上がり、稲葉は津山市民栄誉賞を受賞した。また、津山にある川崎八幡神社の外柵には寄進者として「B'z 稲葉浩志」と刻まれている石柱がある。
  • 音楽専門誌のボーカリスト人気ランキングでは近年上位をキープし、2007年度のランキングでは、ミック・ジャガーなどを抑え、1位を獲得している[15]
  • プロレスが好きで、もし参戦するなら、リングネームを「キリングマシーン・パンテ・ラ・コウシ」にするつもりらしい(B'z PARTY会報誌でのファンからの質問に直筆で回答)。ちなみに、一番好きなレスラーはアントニオ猪木[16]
  • 実の兄は、2009年度B-1グランプリで第3位になった「津山ホルモンうどん研究会」の副会長であり、地元の津山市でホルモンうどんの普及とPRなどの市民活動に携わっている他、岡山・香川のローカル番組に出演したこともある。
  • 実家の店内には稲葉のコーナーがあり、多くのグッズが展示され寄せ書きもできる。
  • 「ライブ前には毎回必ず失敗する悪夢を見る」という。また、ライブツアー初日の開演直前の時間が最も苦手で、「『早く帰りたい、中止にならないか』とずっと思っている」という[16]
  • ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演した際、トークは苦手という意味で「早く終えてしまいたい」と発言した事がある。
  • 『ミュージックステーション』に出演した際、いつも寡黙でクールな稲葉に司会のタモリが「いつも顔の表情変わらないけど?」(稲葉)「怒ってないですよ」「表情が変わらないというか別に普通なんですよ。ホントに頼みますよ」、(タモリ)「怒っても表情変わらないでしょ?」、(稲葉)「あんまり変わらないです」、(タモリ)「喜んでも表情変わらない?」、(稲葉)「もう満面の笑みですよ」(タモリ)「今まで心から笑ってしまったことあるの?」、(稲葉)「ホントにありますよ!」や同番組のCDシングルランキングで1位をとった際も、全く表情を変えない稲葉に「うれしくないの?」など、トークが苦手なことを知っているタモリに度々いじられていた。
  • 『ミュージックステーション』に出演した際、司会のタモリから「なぜ教員免許を取得したのか?」と聞かれ、稲葉は「金八先生を観てなりてーなと…」と発言し出演者たちを笑わせた。また、タモリに「本当に教師になりたかったの?」と改めて聞かれ、稲葉は「当然ですよ。教育実習やったくらいですから」と力強く発言した。
  • 初めて触った楽器は中学時代、部屋にあった白いアコースティクギターで、毎日のように洋楽ロックやヘヴィメタルの曲を爆音で流し、その曲に合わせ弾いていた。しかし、日に日に弦が切れ減っていき、弦が1本になっても、なりふりかまわず弾いていた。
  • メガデスのギタリスト、マーティ・フリードマンが『笑っていいとも!』(フジテレビ系)に出演した際、音楽のプロが選ぶ「今、一番歌が上手い男性歌手は?」という討論コーナーで、稲葉の名を挙げ「ハードロック歌手は喉を潰しやすく寿命があるが、彼は昔から現在まで変わらず強い声を保ち続け、バラードでは繊細でソフトで女性の心をくすぶるような声を持っていて、音域も広い。彼はロック界で日本だけでなく世界から見ても理想のボーカリスト」と評した。
  • ヴォーカリストとして尊敬するうちの一人である、LOUDNESSの二井原実の教則CD『VOICE "warm up & training"』を買ったことを稲葉自身の公式サイト『en-zine』での二井原との対談で明かしている。
  • T-BOLAN森友嵐士のインディーズ時代のライブには、B'zとしてデビューが決まっていた稲葉が、ライブ経験を積むために20本以上ゲスト出演し、主に洋楽のカヴァーをセッションをしていた。また、お互い教員免許を持っていた森友と稲葉(専攻は森友が理科「化学」、稲葉は「数学」)は、「もし売れなかったら一緒に塾でもやろう」と話していた。稲葉は、B'zファンクラブ会報Vol.70でこの時のことを回想している。
  • 音楽雑誌などの稲葉浩志の紹介記事には度々「超大物ボーカリスト」や「日本のロックスター」などの見出しが書かれている。

ディスコグラフィ[編集]

以下はソロ作品の記述。B'zとしての作品はB'zの作品を参照。また、「1st」「2nd」などの表記は、B'zのファンクラブB'z Partyの会報誌『Be with!』に掲載されている「DISCOGRAPHY」によるもの。

シングル[編集]

発売日 タイトル 規格 規格品番 収録アルバム
1st 1998年12月16日 遠くまで 12cmCD BMCR-7031 BEST HIT BEING
2nd 2003年6月11日 KI 12cmCD BMCV-5002 アルバム未収録
3rd 2004年7月14日 Wonderland 12cmCD BMCV-4001 Peace Of Mind
4th 2010年6月23日 Okay 12cmCD+DVD BMCV-4012 Hadou
12cmCD BMCV-4013

配信シングル[編集]

発売日 タイトル 規格 収録アルバム
1st 2014年2月26日 念書 デジタル・ダウンロード Singing Bird
2nd 2014年3月26日 泣きながら
3rd 2014年4月23日 Stay Free
4th 2014年7月30日 Saturday -

アルバム[編集]

# 発売日 タイトル 規格 規格品番
1st 1997年1月29日 マグマ CD BMCR-7012
2nd 2002年10月9日 志庵 CD BMCV-8006
3rd 2004年9月22日 Peace Of Mind CD+DVD BMCV-8012
CD BMCV-8013
4th 2010年8月18日 Hadou CD+DVD BMCV-8032
CD BMCV-8033
5th 2014年5月21日 Singing Bird CD+DVD BMCV-8044
CD BMCV-8045

映像作品[編集]

# 発売日 タイトル 規格品番
1st 2004年12月22日 (VHS/DVD) LIVE 2004 〜en〜 VHS:ONVX-7044
DVD:ONBD-7044〜7045
2nd 2011年2月16日 (DVD/Blu-ray) Koshi Inaba LIVE 2010 〜enII〜 DVD:BMBV-5011〜5012
Blu-ray:BMXV-5011

その他の楽曲[編集]

  • TRAMP
ローウェル・フルソンが1969年に発表した曲のカバーだが、アレンジはかなり異なっている。ソロ作品には未収録だが、ビーイングのカバーコンピレーションアルバム『J-BLUES BATTLE Vol.1』と、『J-BLUES compilation at the BEING studio』に収録されている。
  • cocoa
ライブツアー『Koshi Inaba LIVE 2010 〜enII〜』の客出し曲として流された未発表曲。同名のDVD、Blu-rayのエンドロールで流れている。

タイアップ一覧[編集]

タイトル タイアップ先
遠くまで TBS系『王様のブランチ』エンディングテーマ
テレビ朝日系『スーパーJチャンネル』エンディングテーマ
CHAIN TBS系『スーパーサッカー』エンディングテーマ
Not Too Late 第78回全国高等学校ラグビーフットボール大会テーマソング
Overture 日本テレビ系アニメ『名探偵コナン』第16期エンディングテーマ
AKATSUKI 日本テレビ系『最強魂』エンディングテーマ
日本テレビ系『K1 JAPAN』テーマソング
Wonderland TBS系『恋するハニカミ!』テーマソング(2004年7月 - 10月)
赤い糸 日本テレビ系アニメ『結界師』初代エンディングテーマ
この手をとって走り出して TBS系『NEWS23クロス』エンディングテーマ(2010年3月29日 - 2011年4月1日放送分)
oh my love オリンパスOM-D E-M10」CMソング

提供作品[編集]

アーティスト 作詞・作曲 タイトル
前田亘輝 作曲 「Feel Me,Touch Me」
「Lonesome Town」
坪倉唯子 作詞 「Heaven In My Heart」
「GO-GO-GIRLS」
スティーヴ・ヴァイ 作詞 ASIAN SKY」(スティーブ・ヴァイ・松本・稲葉の共作)
J-FRIENDS 日本語詞 Next 100 Years
doa 作詞 Siren
上木彩矢 作詞 ピエロ
宇浦冴香 作詞・作曲 Sha la la -アヤカシNIGHT-
マイミライ
「果実」
「DIET NOW!」
「フィクション天国」
「JOURNEY」
作曲 休憩時間10分
「友達以上恋人未満」
「君を想い眠る夜は」
「絶不調」
「オトシモノ」
キム・ヒョンジュン 作詞 HEAT」(作曲は松本)

参加作品[編集]

  • 早川めぐみ ミニアルバム『METAL VERSION』(1985年4月20日)
    「グッバイ・ジェーン(GODBUY T' JANE)」と「アイ・ウォナ・ロック(I WANNA ROCK)」の2曲にコーラスで参加。これらの曲と他2曲、全4曲では松本がギターで参加していたが、レコーディング時に二人は顔を合わせることはなかったという。
  • 松川敏也 アルバム『BURNING』(1985年11月30日)
    全9曲に「Mr.CRAZY TIGER」名義でボーカル参加。
  • T-BOLAN 1988年、稲葉はステージに慣れるために当時インディーズでライブ活動していた。T-BOLANのライブにゲストで20本以上参加している。
  • オムニバスアルバム『PLAYERS POLE POSITION Vol.2 SURFIN' USA』(1989年6月21日)
    「I GET AROUND」はボーカルで、「FUN FUN FUN」はコーラスで参加。
  • オムニバスアルバム『PLAYERS POLE POSITION Vol.3 DANCE TO THE CHRISTMAS CAROL』(1989年11月21日)
    「I SAW MAMMY KISSING SANTA CLAUS」、「SANTA CLAUS IS COMING TO TOWN」の2曲にボーカルで参加。
  • 坪倉唯子 アルバム『Heaven In My Heart』(1990年月21日)
    「Shooting Star」にコーラスで参加し、「Heaven In My Heart」を作詞した。
  • 坪倉唯子 アルバム『I Wanna Be Myself』(1991年7月21日)
    「GO-GO-GIRLS」を作詞。作曲は松本で、B'zとして曲を提供した。その後にB'zでセルフカバーし、シングル「ALONE」に収録されている。
  • 松本孝弘 アルバム『Wanna Go Home』(1992年4月22日)
    「Jammin' of The Guitar」に掛け声で参加。
  • スティーヴ・ヴァイ アルバム『THE ULTRA ZONE』(1999年8月21日)
    「ASIAN SKY」に松本と共に参加。作詞とボーカルをスティーヴと共に担当。
  • J-FRIENDS シングル「Next 100 Years」(1999年12月22日)
    ジョン・ボン・ジョヴィ、リッチー・サンボラが提供した「Next 100 Years」の日本語詞を担当。
  • シェーン・ガラース アルバム『Primer』(2003年6月25日)
    「TIME TO FEED」にブルースハープで友情参加。
  • TAK MATSUMOTO アルバム『THE HIT PARADE』(2003年11月26日)
    沢田研二の「勝手にしやがれ」をカバー。“TAK MATSUMOTO featuring 稲葉浩志”名義となっている。また、「SPINNING TOE-HOLD」ではブルースハープで参加している。
  • doa アルバム『open_d』(2005年2月9日)
    「Siren」を作詞。同曲でブルースハープ演奏でも参加。
  • スティーヴィー・サラス アルバム『Soulblasters of The Universe - Cosmic Flutie A Mixtape For The Underdog』
    「Pumpin' It Up」でブルースハープを演奏している。
  • スティーヴィー・サラス アルバム『Be What It Is』(2006年10月25日)
    「Head On Collision」を作詞、ボーカルで参加。ちなみにこの楽曲は、稲葉ソロの「正面衝突」の英語バージョン。
  • スラッシュ シングル「SAHARA〜feat. 稲葉浩志」(2009年11月11日)
    「SAHARA」にボーカルと作詞で参加。また、アルバム『Slash』のカナダ版には英語バージョンが収録されている。
  • スティーヴィー・サラス アルバム『Jam Power』(2010年10月20日)
    「Police On My Back」のボーカルで参加。

他多数

ライブ・出演イベント[編集]

日程 ツアータイトル 会場・備考
2003年3月20日 THURSDAY LIVE at hillsパン工場
"ROCK NIGHT" OPENING ACT

初のソロライブ。WAGの前座として事前予告なく登場し、10曲を披露した。

2004年7月16日 - 9月20日 Inaba Koshi LIVE 2004 〜en〜

初のソロライブツアー。

2004年7月24日 POCARI SWEAT BLUE WAVE
THE ROCK ODYSSEY 2004

ウドー音楽事務所主催のロック・フェスティバル。7/24・7/25の2日間で大阪ドームと同時開催だったが、稲葉の出演はこの日のみであった。

2004年8月7日・8日 SUMMER SONIC 04[4]

別会場ではTMGも出演していた。

2010年8月21日 - 10月28日 Koshi Inaba LIVE 2010 〜enII〜

6年ぶりのソロライブツアー。

2014年6月5日 - 6月20日 Koshi Inaba LIVE 2014 〜en-ball〜

同一会場10公演。
最終日の公演は全国の映画館でライブビューイング開催[6]

出演[編集]

※稲葉のソロで出演したものを記載している。

ラジオレギュラー番組
テレビ番組

出典・脚注[編集]

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  1. ^ a b c キューブミュージック
  2. ^ アルバム収録曲「Overture」が『名探偵コナン』のエンディングテーマに起用されたのは発売後である。
  3. ^ あくまでも腕試し的なものであり、同じレコード会社所属のバンド、WAG(2006年解散)の前座として登場。本人の希望と、B'zのファンが詰め掛けるのを防ぐため、事前告知は一切なかった。
  4. ^ a b SUMMER SONIC 04
  5. ^ シングル「Sha la la -アヤカシNIGHT-」からアルバム『Juke Vox』まで。
  6. ^ a b 稲葉浩志 ライブビューイング情報”. Live'Spot. 2014年5月19日閲覧。
  7. ^ a b c 「グローリークロニクル(佐伯明)(著)」
  8. ^ 「TWELVE」祥伝社、2000年
  9. ^ 『NHKスペシャル メガヒットの秘密〜20年目のB'z』2008年10月6日放送
  10. ^ a b c AERA 2013年9月23日号』「彼らがトップを走り続ける理由」朝日新聞出版、2013年。ASIN B00EXU1GP6
  11. ^ 『2009年B'zファンクラブ会報』
  12. ^ IN THE LIFE』(1991年発売)バンドスコアインタビュー
  13. ^ 『COUNTDOWN TO bayfm 20th Anniversary』(2009年9月30日放送)
  14. ^ 奥の深道〜同類くんの旅〜』(フジテレビ系)、2012年1月1日放送
  15. ^ 音楽専門誌 「player」2008年2月号及び2009年2月号「BEST VOCALIST」1位
  16. ^ a b 日本テレビ系『スーパースペシャル THE GREATEST LIVE 〜ビッグアーティスト伝説2』(2000年3月11日放送)
  17. ^ TK MUSIC CLAMP HOME PAGE

関連項目[編集]

B'z

ライブのサポート・メンバー

その他

外部リンク[編集]