稲葉浩志
| 稲葉浩志 | |
|---|---|
ハリウッド・ロック・ウォーク受賞式(2007年撮影)
稲葉浩志(左)と松本孝弘(右) |
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| 基本情報 | |
| 別名 | KOSHI INABA |
| 出生 | 1964年9月23日(47歳) |
| 血液型 | AB型 |
| 学歴 | 横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程(数学) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック ハードロック ブルース・ロック J-POP |
| 職業 | ミュージシャン ボーカリスト 作詞家 作曲家 音楽プロデューサー |
| 担当楽器 | ボーカル ギター ピアノ ドラムス マンドリン マラカス パーカッション ブルース・ハープ |
| 活動期間 | 1985年 - |
| レーベル | VERMILLION RECORDS |
| 事務所 | ビーイング |
| 影響 | ジョン・レノン デイヴィッド・カヴァデール ロバート・プラント トム・ウェイツ ブライアン・ジョンソン スティーブン・タイラー アクセル・ローズなど |
稲葉 浩志(いなば こうし、1964年9月23日 -)は、音楽ユニット・B'zのボーカリスト、作詞家である。ソロ活動の際には作曲とギター、音楽プロデュース等も担当する。岡山県津山市出身。 ビーイング傘下のレーベル、VERMILLION RECORDS所属。 公表身長173cm(ファンクラブ会報に記載)。
目次 |
[編集] 来歴
- 1964年9月23日 - 岡山県津山市で生まれる。
- 1971年 - 津山市立林田小学校入学。1977年3月卒業。
- 1977年 - 津山市立津山東中学校入学。1980年3月卒業。
- 1980年 - 岡山県立津山高等学校入学。1983年卒業。
- 1983年 - 横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程(数学)入学。
- 1985年 - 当時ビーイング音楽振興会に所属していた大学生時代に、BLIZARDのギタリストの松川敏也(RAN)のソロアルバム『BURNING』に謎のボーカリスト「Mr.CRAZY TIGER」として参加。同作はLPと12センチCDでリリースされた。また、ビーイングの斡旋でモデルの仕事も務めた。
- 1987年 - 横浜国立大学卒業。
- 1988年 - 松本孝弘と結成した音楽ユニット「B'z」(メンバーはバンドと主張することが多い)としてデビューし、現在に至る。B'zの曲では『Nothing To Change」以外の全ての楽曲で作詞している。同年に発売されたTUBE前田亘輝のソロアルバム『Feel Me』に初めて楽曲を提供し、作曲家デビューを果たす。
- 1990年 - B.B.クイーンズの坪倉唯子のソロアルバムに初めて詞を提供し作詞家デビューを果たす。
- 1997年 - ソロアルバム『マグマ』をリリースし、ソロデビュー。シングル曲、タイアップ曲未収録のオリジナル・アルバムで、オリコン初動売上は50万枚を突破、ミリオンセラー達成という日本記録を樹立。
- 1998年 - 1stシングル「遠くまで」をリリースする。グループからのソロ1作目のシングルとしての初動売上歴代1位を記録する。
- 2002年 - 2ndアルバム『志庵』をリリースする。今作は初めてギターを演奏した作品でもある。タイアップなし、シングル曲なしの2作品連続で初登場1位になるのは史上初[1]。
- 2003年 - 大阪のライブハウス「hillsパン工場cafe」にて初のソロライブを行う。[2]
- 2003年 - 2ndシングル「KI」をリリースする。
- 2003年 - 松本孝弘のソロアルバム『THE HIT PARADE』にゲスト参加。
- 2004年 - B'zとしての活動を休止し、ソロ活動を開始。稲葉個人でサマーソニックとTHE ROCK ODYSSEYに初出演を果たす。初めてのソロライブツアー「稲葉浩志 INABA KOSHI LIVE 2004 〜en〜」を行う。3rdシングル「Wonderland」と3rdアルバム『Peace Of Mind』をリリース。
- 2005年 - doaの1stアルバム『open_d』に作詞提供。
- 2006年 - アニメ『結界師』のスタートに当たりオープニング(宇浦冴香)とエンディング(稲葉)の楽曲を提供。
- 2007年 - 宇浦冴香のプロデューサーを務める。[3]
- 2009年 - スラッシュのアルバムにゲストボーカリストとして参加。11月11日にはスラッシュ名義のシングル「SAHARA〜feat. 稲葉浩志」をリリース。
- 2010年 - 6年ぶりのソロ活動を開始。6月23日に4thシングル「Okay」をリリース。8月18日に4thアルバム「Hadou」をリリースし、ライブツアー「Koshi Inaba LIVE 2010 〜enII〜」を行う。サマーソニック東京公演にてスラッシュのゲストボーカリストとしてサプライズ出演。
[編集] 概要
[編集] 歌唱能力
B'zやソロ活動など、公式にリリースされている音源による彼の音域で、最低音がF#2(lowF#)程度、また、シャウトやスクリーミングを含めた最高音はB5(hihiB)程度にまで達する。その上、ステージ中を走り回ったり、跳び跳ねたりしながら歌うにも関わらず、2時間以上あるライブを通してほとんど乱れない強靭な肺活量を持つ。その肺活量は8000cc超と、成人男性の平均数値(3000-4000cc)の倍以上もあり、非常に運動量の多いライブの終盤にも関わらず、30秒を超えるロングトーンを披露できる。
[編集] 健康管理
声を維持するため、喉の負担になることは極力避けている。空気の乾燥防止のため夏でも極力冷房をかけず、冷房をかける際も窓を開けたまま冷房を入れる。楽屋では、廊下の冷房が効いている場合は廊下からの極端な冷気を防ぐため、スタッフに扉の淵をビニールテープで密封処理させたこともある。スタジオでは、季節を問わず加湿器を焚き、歌い終わると頻繁に医療用吸入器で喉をケアする。食事に関しては、胃腸も冷やさないため、夏でも温かい鍋を食べ、ビールなどは飲まない。また、喉に優しいと言われる温かいハーブティを愛飲している[4]。
自己管理を徹底する理由について「乾燥してちょっとでも(声が)出なくなると、あの時(ケアを)やっときゃ良かったと思うのが嫌なので、つい念を入れがちになるんですよね。普通は3回でいいのかもしれないけど、5回やっちゃったりとか。」とインタビューで語っている。きっかけは、2004年初頭に声帯に水ぶくれのようなものが出来たために声が出なくなり、手術をしたことから。それ以来、医師から喉の乾燥を防ぐため湿度を50%に保つよう指示され、毎月定期検査を受けている。
後日、2009年ファンクラブの会報で、2008年に放送された番組の内容について「色んなことに自分が我慢してやっているっていう風に思われているみたいで、そういう訳じゃないんだけど。元からお酒飲まないから、それに鶏鍋食べるのも好きだから食べているだけで。(省略) そんなに張り詰めた感じじゃないし、もっと楽しくやってますよ」と語っている。
過去に喫煙していたが、1991年に発売された『IN THE LIFE』のバンドスコアでのインタビューで、「喉の調子を狂わせた」と語り、禁煙トレーニングを実行した。1992年以降は禁煙者。
[編集] 作詞
B'zの場合は、曲先(松本の作った曲が既にある状態から歌詞を書く)で、ソロの場合は、曲先と詞先(歌詞を先に書き、その歌詞に曲を付けていく)を使い分ける。一旦、全て英語で仮作詞を行い、少しずつ日本語詞に置き換えていくという方法をとっていたが、近年では初めから日本語で書くことも多い。
B'zの場合、歌詞の内容は楽曲を聴き、そこから風景や人物をイメージして決めていく手法。歌詞が曲に合致する具合に関しても追求しており、もし歌詞が上手くはまらない場合は、言葉の表現を変更する。それでも納得しない時は、松本に曲を1小節伸ばしてもらうなど、メロディ自体も変更することがある。
B'zの初期は、恋愛をテーマにしたものがほとんどだったが、近年では応援歌や人生訓的、社会批判的な歌詞も増えてきており、作詞家としての幅も広い。恋愛をテーマとした歌詞の場合でも、シチュエーションは多様だが、ほとんどは女性上位で尻に敷かれているような男性を主人公に置く事が多い。それ以外では、己の不甲斐無さ、未熟さを憂う自虐的・自省的な歌詞も度々登場する。
『僕らの音楽-OUR MUSIC-』(フジネットワーク)[5]出演時、『作詞時に気をつけていること』という質問で、稲葉は「タブーにしている言葉を作らないこと」と発言した。また、阿川佐和子との対談では、「ロックの歌詞の定番みたいなものは、恥ずかしくて嫌だった」、「ロックのサウンドに、僕のコモンセンスな歌詞がのったから新鮮だったんじゃないでしょうか」と語っている。
[編集] 作詞の変遷
1stアルバム『B'z』では、英語を多用した非常に抽象的な歌詞になっている。
2ndアルバム『OFF THE LOCK』では、現在の稲葉の歌詞に通じる柔軟な表現になってはいるが、実はこのアルバムの製作時が一番辛い時期だった。曲は既に出来上がっているのに、曲のテーマと詞の作風が全く合わなかった状況に大変焦れて、常に作詞を強要されるのが憂鬱でしょうがなかった。また、苦労して作詞をしても周りから批判されるので、「途中で投げ出して逃げたいと何度も思った」と後のインタビューで語っている[6]。現在でも、このアルバムを聴くと拒絶反応を起こすことがあるらしい。
3rdアルバム『BREAK THROUGH』以降は、独自の作詞スタイルを確立するため、ロックでは敬遠されるような言葉や口調を積極的に取り入れるようになったと、雑誌「音楽と人」1998年1月号のインタビューで述べている。「太陽のKomachi Angel」・「ギリギリchop」など、意図的にユニークな表現を取り入れるなどの遊び心も散見される。松本もこれを楽しんでいるようで、「愛のバクダン」については、リリース時のインタビューで「『ギリギリchop』以来の名タイトル」と評している。
[編集] 楽器演奏・作曲
ブルース・ハープやギターのほか、ピアノやパーカッション、マラカス、マンドリンなども演奏する。ブルースハープは、ライブやMC時のパフォーマンスで頻繁に使用し、ブルースキーやベンドを駆使した演奏を行う。ギターは、ラジオでの発言によると高校時代は壊れたギターで遊んでいた程度だったが、デビューを前に社長命令で猛特訓し、ライブ(主にソロ)でアコースティック・ギターを演奏する場面がしばしば見られる。また、1995年のライブ「B'z LIVE-GYM Pleasure'95 BUZZ!!」では「ALONE」をピアノで弾き語りした。ソロでの作曲時は、ギターでは構造上押さえることが不可能なコードもあるため、ギターよりもピアノを使用することが多い。
[編集] 影響を受けたアーティスト
小学生や中学生の頃は、兄の影響でザ・ビートルズやクイーンなどが好きで、よく聴いていた[要出典]。初めて自分で買ったレコードはキッスの『ラヴ・ガン』[7]。自分で編集したカセットには、アイアン・メイデンやジューダス・プリースト、クイーンなどの楽曲が入っていた[要出典]。
影響を受けた主なボーカリストは、雑誌「md」などのインタビューで語られるものでは、デイヴィッド・カヴァデールやスティーブン・タイラー、ロバート・プラント、アクセル・ローズのハードロック系ヴォーカリストをはじめとし、トム・ウェイツのようなブルース系シンガー、サム・クックのようなソウルシンガーの名を挙げている。
B'zの楽曲に見られるようにブルースの影響が特に強く、新旧問わずブルースシンガーをよく聴く、とインタビューで答えている。一方で、初めて観に行ったライブはポリスであり、スティングやデヴィッド・ボウイなどのイギリスのミュージシャンにも影響を受けている。
[編集] 特技・趣味・嗜好
- 英語が堪能[要出典]。楽屋やスタジオなどでは、ゲスト・ドラマーのシェーン・ガラースなどの外国人と英語で会話をしており、また、PV制作にあたり、ディレクターが外国人である場合も、通訳を介さずに話をしている[要出典]。
- 旺文社全国高2模試では数学の順位が3位だった。1987年、横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程(数学)を卒業。大学時代に、小学校教員免許と高等学校教員免許(数学)を取得。中学校教員免許(数学)は、教育実習時に長髪を切るのを拒み、そのまま教育実習を止めてしまった為に、取得していない[要出典]。
- かつては中島みゆきの大ファンであり、「女性のアーティストなら中島みゆきさんぐらいしか聴きません」と言っていたほどだった[要出典]。
- 趣味は、読書とバイク(ハーレー)、サーフィンなどであり、その様子は、B'zの映像作品や会報のインタビューなどでしばしばみられる。漫画も好きで、スタッフにお薦めの漫画を教えてもらったりもしている[要出典]。
- 苦手な食べ物は納豆であり、外人サポートメンバーが次々と納豆が好物になっていくので焦っている[要出典]。
- 口笛を吹くことが苦手である[要出典]。
- 腕、手首、人差し指、背中、へそにタトゥーを入れている。
- 高校時代にはテニス部に所属していた。
[編集] その他
- 長者番付歌手部門において、廃止されるまでの最後の6年間、浜崎あゆみ、宇多田ヒカルと2年ずつ番付TOPになっている。
- 実家の化粧品店や兄が経営している和菓子屋、稲葉が通っていた小学校、中学校、高校などは、数多くのファンが観光に来ている。津山市の観光スポットにもなっており、「稲葉浩志君のメモリアルロードマップ」が作られていたり、津山観光センターには「稲葉浩志君メモリアルロードコース」なども作られている。これを機に津山の知名度が上がり、稲葉は津山市民栄誉賞を受賞した。また、津山にある川崎八幡神社の外柵には寄進者として「B'z 稲葉浩志」と刻まれている石柱がある。
- 音楽専門誌のボーカリスト人気ランキングでは近年上位をキープし、2007年度のランキングでは、ミック・ジャガーなどを抑え、1位を獲得している。[8]。
- プロレスが好きで、もしプロレスに参戦するなら、リングネームを「キリングマシーン・パンテ・ラ・コウシ」にするつもりらしい(B'z PARTY会報誌でのファンからの質問に直筆で回答)。ちなみに、一番好きなレスラーはアントニオ猪木[要出典]。
- 実の兄は、2009年度B-1グランプリで第3位になった「津山ホルモンうどん研究会」の副会長であり、地元の津山市でホルモンうどんの普及とPRなどの市民活動に携わっている他、岡山・香川のローカル番組に出演したこともある。
- 実家の店内には稲葉のコーナーがあり多くのグッズが展示され寄せ書きもできる。
- 「ライブ前には毎回必ず失敗する悪夢を見る」という。また、ライブツアー初日の開演直前の時間が最も苦手で、「『早く帰りたい、中止にならないか』とずっと思っている」という[9]。
[編集] 作品
以下はソロ作品の記述。B'zとしての作品はB'zの作品を参照。また、「1st」「2nd」などの表記は、B'zのファンクラブB'z Partyの会報誌『Be with!』に掲載されている「DISCOGRAPHY」によるもの。
[編集] シングル
| # | 発売日 | タイトル | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| 1st | 1998年12月16日 | 遠くまで | BMCR-7031 |
| 2nd | 2003年6月11日 | KI | BMCV-5002 |
| 3rd | 2004年7月14日 | Wonderland | BMCV-4001 |
| 4th | 2010年6月23日 | Okay | BMCV-4012(初回限定盤) BMCV-4013(通常盤) |
[編集] アルバム
| # | 発売日 | タイトル | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| 1st | 1997年1月29日 | マグマ | BMCR-7012 |
| 2nd | 2002年10月9日 | 志庵 | BMCV-8006 |
| 3rd | 2004年9月22日 | Peace Of Mind | BMCV-8012(初回限定盤) BMCV-8013(通常盤) |
| 4th | 2010年8月18日 | Hadou | BMCV-8032(初回限定盤) BMCV-8033(通常盤) |
[編集] 映像作品
| # | 発売日 | タイトル | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| 1st | 2004年12月22日 (VHS/DVD) | LIVE 2004 〜en〜 | VHS:ONVX-7044 DVD:ONBD-7044〜7045 |
| 2nd | 2011年2月16日 (DVD/Blu-ray Disc) | Koshi Inaba LIVE 2010 〜enII〜 | DVD:BMBV-5011~5012 Blu-ray:BMXV-5011 |
[編集] その他の楽曲
- TRAMP
- ローウェル・フルソンが1969年に発表した曲のカバーだが、アレンジはかなり異なっている。ソロ作品には未収録だが、ビーイングのカバーコンピレーションアルバム『J-BLUES BATTLE Vol.1』と、『J-BLUES compilation at the BEING studio』に収録されている。
- cocoa
- ライブツアー『Koshi Inaba LIVE 2010 〜enII〜』の客出し曲として流された。音源化されていないが、同名のDVD、Blu-rayのエンドロールで流れている。
[編集] タイアップ一覧
- 遠くまで
- CHAIN
- TBS系「スーパーサッカー」エンディング。
- Not Too Late
- 第78回全国高等学校ラグビーフットボール大会テーマソング
- Overture
- AKATSUKI
- 日本テレビ系「最強魂」エンディング。日本テレビ系「K1 JAPAN」テーマソング。
- Wonderland
- TBS系「恋するハニカミ!」テーマソング(2004年7 - 10月)。
- 赤い糸
- この手をとって走り出して
- TBS系「NEWS23クロス」エンディング。
[編集] 提供作品
[編集] 作詞・作曲
- 宇浦冴香「Sha la la -アヤカシNIGHT-」「マイミライ」「果実」「DIET NOW!」「フィクション天国」「JOURNEY」
[編集] 作詞
- 坪倉唯子「Heaven In My Heart」「GO-GO-GIRLS」
- スティーヴ・ヴァイ 「ASIAN SKY」(共同)
- J-FRIENDS 「Next 100 Years」(日本語詞)
- doa「Siren」
- 上木彩矢「ピエロ」
[編集] 作曲
[編集] 参加作品
- 早川めぐみ ミニアルバム『METAL VERSION』(1985年4月20日)
- 「グッバイ・ジェーン(GODBUY T' JANE)」と「アイ・ウォナ・ロック(I WANNA ROCK)」の2曲にコーラスで参加。これらの曲と他2曲、全4曲では松本がギターで参加していたが、レコーディング時に二人は顔を合わせることはなかったという。
- 松川敏也 アルバム『BURNING』(1985年11月30日)
- 全9曲に「Mr.CRAZY TIGER」名義でボーカル参加。
- T-BOLAN 1988年、稲葉はステージに慣れるために当時インディーズでライブ活動していた。T-BOLANのライブにゲストで20本以上参加している。
- オムニバスアルバム『PLAYERS POLE POSITION Vol.2 SURFIN' USA』(1989年6月21日)
- 「I GET AROUND」はボーカルで、「FUN FUN FUN」はコーラスで参加。
- オムニバスアルバム『PLAYERS POLE POSITION Vol.3 DANCE TO THE CHRISTMAS CAROL』(1989年11月21日)
- 「I SAW MAMMY KISSING SANTA CLAUS」、「SANTA CLAUS IS COMING TO TOWN」の2曲にボーカルで参加。
- 坪倉唯子 アルバム『Heaven In My Heart』(1990年3月21日)
- 「Shooting Star」にコーラスで参加し、「Heaven In My Heart」を作詞した。
- 坪倉唯子 アルバム『I Wanna Be Myself』(1991年7月21日)
- 「GO-GO-GIRLS」を作詞。作曲は松本で、B'zとして曲を提供した。その後にB'zでセルフカバーし、シングル「ALONE」に収録されている。
- 松本孝弘 アルバム『Wanna Go Home』(1992年4月22日)
- 「Jammin' of The Guitar」に掛け声で参加。
- スティーヴ・ヴァイ アルバム『THE ULTRA ZONE』(1999年8月21日)
- 「ASIAN SKY」に松本と共に参加。作詞とボーカルをスティーヴと共に担当。
- J-FRIENDS シングル「Next 100 Years」(1999年12月22日)
- ジョン・ボン・ジョヴィ、リッチー・サンボラが提供した「Next 100 Years」の日本語詞を担当。
- シェーン・ガラース アルバム『Primer』(2003年6月25日)
- 「TIME TO FEED」にブルースハープで友情参加。
- TAK MATSUMOTO アルバム『THE HIT PARADE』(2003年11月26日)
- 沢田研二の『勝手にしやがれ』をカバー。B'zではなく「TAK MATSUMOTO featuring 稲葉浩志」名義。
- doa アルバム『open_d』(2005年2月9日)
- 「Siren」を作詞。同曲でブルースハープ演奏でも参加。
- スティーヴィー・サラス アルバム『Soulblasters of The Universe - Cosmic Flutie A Mixtape For The Underdog』
- 「Pumpin' It Up」でブルースハープを演奏している。
- スティーヴィー・サラス アルバム『Be What It Is』(2006年10月25日)
- 「Head On Collision」を作詞、ボーカルで参加。ちなみにこの楽曲は、稲葉ソロの「正面衝突」の英語バージョン。
- スラッシュ シングル「SAHARA〜feat. 稲葉浩志」(2009年11月11日)
- 「SAHARA」にボーカルと作詞で参加。また、アルバム『Slash』のカナダ版には英語バージョンが収録されている。
- スティーヴィー・サラス アルバム『Jam Power』(2010年10月20日)
- 「Police On My Back」のボーカルで参加。
他多数
[編集] 出典・脚注
- ^ 収録曲「Overture」が名探偵コナンのエンディングテーマになったのは発売後
- ^ あくまでも腕試し的なものであり、同レーベル所属のバンド、WAG(2006年解散)の前座として登場。本人の希望と、B'zのファンが詰め掛けるのを防ぐため、事前告知は一切なかった。
- ^ シングル「Sha la la -アヤカシNIGHT-」からアルバム「Juke Vox」まで。
- ^ 『NHKスペシャルメガヒットの秘密 〜20年目のB'z〜』(2008年10月6日放送)
- ^ 2005年3月26日放送
- ^ 「TWELVE」祥伝社、2000年
- ^ 『COUNTDOWN TO bayfm 20th Anniversary』(2009年9月30日放送)
- ^ 音楽専門誌 「player」2008年2月号及び2009年2月号「BEST VOCALIST」1位
- ^ 日本テレビ系『スーパースペシャル THE GREATEST LIVE ~ビッグアーティスト伝説2』(2000年3月11日放送)