UFO (バンド)
| UFO | |
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ハードロック ヘヴィメタル スペースロック |
| 活動期間 | 1969〜1982、1992〜 |
| レーベル | Beacon Records クリサリス・レコード 日本クラウン |
| 公式サイト | Official UFO website |
| メンバー | |
| フィル・モグ - ボーカル アンディ・パーカー - ドラム ピート・ウェイ - ベース・ギター ヴィニー・ムーア - リード・ギター ポール・レイモンド - キーボード、リズム・ギター |
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| 旧メンバー | |
| マイケル・シェンカー - リード・ギター ポール・チャップマン - リード・ギター ミック・ボルトン - リード・ギター Atomik Tommy M - リード・ギター ローレンス・アーチャー - リード・ギター バーニー・マースデン - リード・ギター ラリー・ウォリス - リード・ギター クライヴ・エドワーズ - ドラム エインズレー・ダンバー - ドラム Robbie France - ドラム ジェイソン・ボーナム - ドラム サイモン・ライト - ドラムス Danny Peyronel - キーボード ニール・カーター - キーボード、リズム・ギター ポール・グレイ - ベース・ギター |
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UFO(ユー・エフ・オー)は1969年に結成されたイギリスのロックバンド。レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバスなどとほぼ同時期に活躍し、1980年代のハードロック・ヘヴィメタル、例えばアイアン・メイデンのスティーヴ・ハリス、メタリカのカーク・ハメット、メガデスのデイヴ・ムステインなどのアーティストへ多大な影響を与えた。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 始動期
1969年8月、フィル・モグ(vo.)、ミック・ボルトン(g.)、ピート・ウェイ(b.)が在籍するHocus Pocusというバンドにアンディ・パーカー(ds.)加わった際、バンド名をUFOに改名して結成された。バンドはロンドンのクラブ・シーンで活動し、1970年3月、イギリスのマイナー・レーベルであったビーコン・レコードと契約し本格的なプロ・デビューを果たした。
1970年に発表したデビュー・アルバム『UFO1』と翌年発売の『UFO2/Flying』は英米ではいまひとつの売れ行きだったが、デビューアルバムからシングルカットされた「カモン・エヴリバディ(C'mon Everybody)」(エディ・コクランのカバー)がドイツと日本でヒットし、活動のメインをドイツに置きつつ1971年9月には初来日公演を行っている。この来日公演は当初、アメリカのヴォーカル・グループ、スリー・ドッグ・ナイト(Three Dog Night)とのジョイントによる東京・日本武道館公演が予定されていたが、T.D.N側のキャンセルにより急遽、東京・日比谷野外音楽堂における単独公演に変更して行われた。この模様は録音され、1972年にライブアルバム『UFO LANDED JAPAN』として日本でのみ発売された(後にドイツでも『Live』のタイトルでリリース)。メンバーはこのリリースに関与していない様で、後に「海賊盤がリリースされた」と発言している。
初期のUFOは、ディープ・パープル(DEEP PURPLE),レッド・ツェッペリン(LED ZEPPELIN),フリー(FREE),ジェフ・ベック・グループ(JEFF BECK GROUP)などのブルース・ロックの影響を土台にしつつ、アメリカン・サイケ、ガレージ・ロックの影響なども盛り込み独自のサウンドを模索していたが、二枚目のアルバムにはOne Hour Space Rockというキャッチをつけたようにアンダーグラウンド・サイケ的なサウンドに接近していた。しかし、そこにこだわりすぎるのはかえって自分たちのスタイルを限定してしまうのではとも感じていた。
日本公演後に行われたドイツ公演では、ミック・ボルトンが突然失踪したためサポート・バンドだったスコーピオンズ(SCORPIONS)のギタリスト、マイケル・シェンカーが急遽代役を務めている。1972年1月、ミック・ボルトン脱退(脱退理由は諸説あり)。これを期にUFOはよりスタンダードなロック・スタイルを志向し、それに相応するギタリストを探し始めた。
[編集] 世界的な成功
ミックの後任ギタリストとしてラリー・ウォリス(1972年2月〜10月)やバーニー・マースデン(1972年10月〜1973年6月)が参加した後、以前から加入要請のアプローチを続けていたマイケル・シェンカーの加入が決定し、1973年6月バンドに迎えた。
このラインアップで新たにクリサリス・レコードと契約。シングル「Give Her The Gun/Sweet Little Thing」をリリースし、12月にはレオ・ライオンズ(元テン・イヤーズ・アフター。クリサリス所属でもあった)のプロデュースによりアルバムのレコーディングを開始した。1974年4月に発売されたアルバム『現象』(Phenomenon)は、マイケルの演奏による「Rock Bottom」や、後にライブ音源でシングルヒットとなった「Doctor Doctor」など、マイケル・シェンカー代表作の幾つかとなる曲で顕著に見られるような先鋭的ギターサウンドを取り込むことに成功した。
アルバム『現象』発売後の1974年5月、新たにセカンド・ギタリストとしてポール・チャップマンが加入した。この5人編成でイギリスとヨーロッパをツアーするが、マイケルとポールの間に軋轢が生じたため、同年9月にポールはバンドを脱退しLone Starを結成した。バンドは4人のまま10月には初のアメリカ公演を行った。
1975年春に、バンドはライオンズのテン・イヤーズ・アフター時代の同僚チック・チャーチル(Key.)をゲストに迎えアルバム『フォース・イット』(Force It)の製作を開始、同年7月に発売された。バンドは専任キーボード・プレイヤーの必要性を感じ、8月にダニー・ペイロネル(Key.)を加入させ本格的なアメリカ・ツアーを開始した。
1976年4月に発売されたアルバム『ノー・ヘヴィ・ペッティング』(No Heavy Petting)ではキーボード・サウンドの導入により、アレンジの幅を広げることに成功したが、マイケルがよりバランスのとれたサウンドを求めたため、9月にはダニーを解雇。1976年12月に、元チキン・シャック、サヴォイ・ブラウンのポール・レイモンド(g. & key.)が加入した(レイモンドはその後もシェンカーと行動を共にし、MSGに加わる)。
ロン・ネヴィソンをプロデューサーに迎え製作され、1977年5月に発売されたアルバム『新たなる殺意』(Lights Out)は「Too Hot To Handle」「Lights Out」「Alone Again Or」やストリングスを導入した7分の大作「Love To Love」といった曲を収録し、UFOスタジオ録音アルバムの頂点のみならず、1970年代ロックの古典のひとつとも言える傑作となった。そしてバンドは確固たる地位と名声を確立し、マイケルも新世代のギター・ヒーローとして認知され始めた。
1978年6月にはアルバム『宇宙征服』(Obsession)を発売。前作の勢いを引き継ぎ「Cherry」「Only You Can Rock Me」といった代表曲を収録している。
1978年12月にはライブ・アルバム『UFOライブ』(Strangers In The Night)を発売。脂の乗り切ったバンド演奏とノリの良い聴衆の反応を収め、これもシン・リジィの『Live and Dangerous』やキッスの『Alive!』、ピーター・フランプトンの『Frampton Comes Alive』などと肩を並べる1970年代を代表するライブ・アルバムのひとつと評されている。
[編集] マイケル・シェンカーの離脱
成功を手中にしたUFOは、安泰であろうと思われていた。しかし、堅物かつ酒豪で知られたリーダーのフィル・モグと、英会話に難を抱えていた若く完璧主義者のマイケル・シェンカーとの間には既に軋轢が生まれており、マイケルはしばしば失踪を繰り返していた。そしてついに、『UFOライブ』発売直前の1978年11月にマイケルは正式に脱退し、スコーピオンズに復帰してしまった。(その後スコーピオンズを脱退、自らのバンドであるマイケル・シェンカー・グループを結成する)
[編集] 凋落そして解散
マイケル脱退後UFOは即座に後釜を探し、再びポール・チャップマンを迎えツアーを再開。1979年6月には二度目の来日公演を行った。そして、ビートルズのプロデュースで知られるジョージ・マーティンを起用して製作したアルバム『ヘヴィ・メタル・エクスペリエンス』(No Place to Run)を1980年1月に発表。NWOBHMムーブメントの追い風もありバンドは精力的にツアーをこなし、8月にはレディング・フェスティバルでトリを務めた。しかし直後にポール・レイモンドが脱退し、後任にニール・カーター(g. & key.)が加入した。
このメンバーで製作され1981年1月に発表されたアルバム『ワイルド/ウィリング/イノセント』(The Wild, The Willing And The Innocent)は、バンドによるセルフ・プロデュース作品で、シングル「Lonely Heart」がスマッシュヒットした。
1982年2月に発売されたアルバム『メカニックス』(Mechanix)ではゲイリー・ライオンズをプロデューサーに迎え、バランス感覚の優れた1枚となり、イギリスではチャートのTOP10に入るヒット作となった。しかしアルバム発表後のアメリカ・ツアー中、バンドの音楽性に異を唱えたピート・ウェイが自分のグループを立ち上げるために脱退。急遽代役にピーター・ファーンドンを起用しツアーを遂行した。
バンドは専任ベーシスト不在のままアルバム『メイキング・コンタクト』(Making Contact)を製作。1983年初頭に発売された。シンフォニックなキーボードとメタリックなギターを前面に打ち出し、新たなスタイルを提示するがセールスは伸び悩んだ。バンドはピートの後任にビリー・シーン(b.)を加えヨーロッパ・ツアーを開始、その後イギリス・ツアーではポール・グレイ(b.)に交代した。しかしバンドは不安定な人事とセールス不振に疲弊し、1983年4月、遂に解散することになった。このため翌5月に予定されていた三度目の来日公演は幻と消えてしまった。 バンド解散後の1983年10月、ベスト・アルバム『ヘッドストーン』(Headstone)が発売された。
1984年12月、フィル・モグが主導して全く新しいメンバーによってUFOが再始動。イギリス・ツアーを経て1985年11月、アルバム『ミスディミーナー』(Misdemeanor)が発表された。前作『メイキング・コンタクト』で打ち出したスタイルをより飛躍させた作風であった。 その後アメリカ・ツアーも行われたが、新鮮な息吹を注いでバンドを再興しようとしたフィルの熱意も商業的には成功せず、1987年に再び解散を余儀なくされてしまう。再解散後の1988年、次回作用に録音された音源がミニ・アルバム『殺気!』(Ain't Misbehavin)として発売された。
[編集] 再結成へ
1992年、フィル・モグとピート・ウェイはUFOを再度立ち上げるべく活動を開始。ギタリストにはローレンス・アーチャーを起用し、弱小レーベルからではあるがアルバム『High Stakes and Dangerous Men』を発表した。これが切っ掛けなり完全復活への道が開けた。翌年、最盛期に近いメンバーであるフィル、ピート、マイケル・シェンカー、ポール・レイモンドそしてアンディ・パーカーが集い、1995年にはアルバム『ウォーク・オン・ウォーター』(Walk on Water)が発売された。このメンバーにドラムとしてAC/DCのサイモン・ライトがサポートとして参加しワールド・ツアーへ出発するに至っては、UFOは往年の輝きを取り戻すのではと期待された。しかし、例によってマイケルが他のメンバーと衝突し途中で脱退。公演こそサポートメンバーを加えて乗り切るが、またもバンドは空中分解した。
その後もフィル・モグとピート・ウェイはMogg/Wayの名で音楽活動を続け2枚のアルバムをリリースしていたが、2000年マイケル・シェンカーが二度目の復帰を決め三度UFO名義の活動を再開させる。同年、新曲を収録した1枚とライブ録音を組み合わせたダブルCDアルバム『聖約』(Covenant)をリリース。マイケルの動向に関してはいろいろな噂が囁かれたが、2002年には『シャークス』(Sharks)を発売した。しかし、やはりマイケルはまたも離脱。代わりにヴィニー・ムーアが加入し、2004年にはジェイソン・ボーナムをゲストドラマーに迎えて『You Are Here』をリリースした。
[編集] 現在
UFOはまだロックに向ける情熱を枯らしてはおらず、レコーディングやツアーを積極的にこなしている。2005年11月にはアンディ・パーカーが復帰、スペインのグラナダで開催されたPiorno Rock Festivalで演奏を披露した。通算19枚目となる最新作『The Monkey Puzzle』を2006年9月25日にヨーロッパでリリース。翌日にはアメリカ合衆国でも発売[1]される。また、2008年のROCKLAHOMAにも参加した。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] アルバム
- 1970年 「UFO登場」 UFO1
- 1971年 「フライング」 UFO2/Flying
- 1971年 「UFOII」 UFOII ※「UFO2/Flying」のタイトル・ジャケット違いの日本初回発売版
- 1974年 「現象」 Phenomenon
- 1975年 「フォース・イット」 Force It ※71位(US)
- 1976年 「ノー・ヘヴィ・ペッティング」 No Heavy Petting ※167位(US)
- 1977年 「新たなる殺意」 Lights Out ※ 51位(UK), 23位(US)
- 1978年 「宇宙征服」 Obsession ※26位(UK), 41位(US)
- 1980年 「ヘヴィ・メタル・エクスペリエンス」 No Place to Run ※11位(UK), 51位(US)
- 1981年 「ワイルド/ウィリング/インセント」 The Wild, The Willing And The Innocent ※19位(UK), 77位(US)
- 1982年 「メカニックス」 Mechanix ※8位(UK), 82位(US)
- 1983年 「メイキング・コンタクト」 Making Contact ※32位(UK), 153位(US)
- 1985年 「ミスディミーナー」 Misdemeanor ※74位(UK), 106位(US)
- 1988年 「殺気!」 Ain't Misbehavin'
- 1992年 「暴発寸前!」 High Stakes & Dangerous Men
- 1995年 「ウォーク・オン・ウォーター」 Walk On Water
- 2000年 「聖約」 Covenant ※日本発売版はボーナスディスク付き2枚組仕様の限定盤有り
- 2002年 「シャークス」 Sharks ※日本発売版はライブ3曲のボーナストラック付き
- 2004年 「ユー・アー・ヒア」 You Are Here
- 2006年 「モンキー・パズル」 The Monkey Puzzle
- 2009年 「ザ・ヴィジター」 The Visitor
[編集] ライブ・アルバム
- 1972年 「ライヴ!」 UFO Landed Japan ※日本でのみ発売
- 1972年 Live ※「Landed〜」のドイツ版
- 1973年 Live In Japan ※「Landed〜」のイギリス版
- 1979年 「UFOライブ」 Strangers In The Night ※42位(US), 8位(UK)
- 1992年 BBC Radio 1 Live In Concert ※'74年と'80年、BBC でのライヴを収録
- 1992年 「ライツ・アウト・イン・トウキョウ」 Lights Out In Tokyo ※'92年6月、クラブ・チッタ川崎でのライヴを収録
- 1993年 「ミスディミーナー・ツアー」 Misdemeanor Tour ※'85年11月、オックスフォードでのライヴを収録
- 1994年 Parker's Birthday:Live In Texas ※'79年3月、テキサス州でのライヴを収録
- 1994年 T.N.T. ※「Lights Out〜」と「Parker's〜」の編集盤
- 1995年 Heaven's Gate(Live) ※「ミスディミーナー・ツアー」と同一音源
- 1998年 On With The Acton ※'76年4月、ロンドンでのライヴを収録
- 1999年 BBC In Session And Live In Concert ※'74年、'75年、'77年、BBCでのライヴを収録
- 1999年 「ライヴ1998」 Werewolves Of London ※'98年2月、ウォルヴァーハンプトンでのライヴを収録
- 1999年 「UFOライブ(エクスパンデッド・エデイション)」 Strangers In The Night-Expanded Edition ※「UFOライブ」の増補改訂版
- 2001年 Regenerator-Live 1982 ※'82年1月、ロンドンでのライヴを収録
- 2003年 Big Apple Encounters ※'75年9月、NYでのライヴを収録
- 2003年 Live On Earth ※'77年、'95年、'98年のライヴを収録。4枚組。
- 2005年 「ショータイム〜ライヴ・イン・ジャーマニー〜」 Showtime
[編集] ベスト・アルバム
- 1976年 Space Metal
- 1979年 「UFOベスト」 High Level Cut
- 1983年 「ヘッドストーン〜ザ・ベスト・オブ・UFO 〜」 Headstone ※ 39位(UK)
- 1987年 Anthology
- 1987年 The Best Of The Rest
- 1990年 Castle Masters Collection
- 1991年 「UFO・ベスト10 」 UFO Best 10
- 1992年 「エッセンシャル UFO」 The Essential UFO
- 1993年 The Decca Years
- 1998年 Time To Rock
- 1998年 X-Factor: Out There & Back
- 1998年 「ザ・グレイテスト」 The Greatest UFO
- 1999年 Best Of UFO:Gold Collection
- 2001年 Rock Champions
- 2002年 The Very Best Of UFO Album Ever
- 2002年 Masters Of Rock
[編集] ビデオクリップ
- 1994年 Too Hot to Handle
- 2005年 Showtime
- Try Me Studio
- The Wild One
[編集] 脚注
- ^ “BLABBERMOUTH.NET”. 2008年5月11日閲覧。