モータウン

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モータウン(MotownMotown Records)とは、アメリカデトロイト発祥のレコードレーベル自動車産業で知られるデトロイトの通称、「Motor town」の略。

1959年ベリー・ゴーディ・ジュニアによって設立、ソウルミュージックブラックミュージックを中心に据えて大成功した。1972年には本店をロサンゼルスに移転、1993年よりニューヨークに本店を構えている。2011年より現在はユニバーサル ミュージック グループの一部門、アイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループの傘下にある。

概要[編集]

1950年代からミュージシャンとして活動していたベリー・ゴーディ・ジュニアがジャズレコード店を開いたのが始まり。しかし店は不振により、閉店に追い込まれる。一時は負債の返済のため、デトロイトのGM組立ラインで働かざるを得なくなるが、それでも音楽に対する情熱を絶つことなく、自身で書いた曲をR&Bシンガーに売り込んで回る。その甲斐あって、R&Bシンガーのジャッキー・ウィルソンらに認められ、自身の曲がとり上げられるようになる。意を決したゴーディは「黒人向けのR&Bではなく、白人層にも自分たちの音楽の良さを理解して欲しい」という思いから、銀行から600ドルを借金し、モータウンレコードを設立する。最初はMotownとTamlaの2つのレーベルのみだったが、1961年にゴーディ自らが発掘した、スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの "ショップ・アラウンド ("Shop Around")"が全米チャートの上位に送り込まれたのを皮切りに、その後もダイアナ・ロスが在籍していたことで知られるシュープリームスなどにより、次第にヒット曲を重ね、大型レーベルへと成長してゆく。

ヒッツヴィルUSA。ミシガン州デトロイトウェスト・グランド通り2648に位置し、1959年から1968年にかけてモータウンの本社であった。1985年にモータウン歴史博物館となった[1]

また、ゴーディは後にモータウンのヒッツヴィルUSAスタジオとなる物件を1959年に購入している。物件の後方は写真スタジオであったが、小さな録音スタジオに改装し、2階を当時の住居用としていた。

ファミリー企業のインディペンデント・レーベルを、10年で大企業にしたという意味で、ゴーディはアメリカン・ドリームの体現者である。しかも、黒人としてそれをやり遂げたことは当時として画期的だった。その企業活動の原点は、社長が"The Sound of Young America"のスローガンの元に綿密に描いた戦略に基づく、広い受け手を狙った音楽作りである。3人組作詞作曲家チーム、ホーランド=ドジャー=ホーランド(H-D-H)など専属ソングライターたちによるポップかつ時代の空気を反映した楽曲、ベーシストジェームス・ジェマーソンなどジャズ的なセンスも備えたスタジオ・ミュージシャンのユニット、ファンク・ブラザース (The Funk Brothers) の演奏、ビートを強調するタンブリンの音、実力とスター性を備えたシンガーたちの歌唱およびゴスペル起源であるコールアンドレスポンスの掛け合い的ハーモニーからなる音楽は、モータウン・サウンド (Motown Sound) と呼ばれ、1960 - 1970年代において、人種を問わず大いに支持された。厚みのある同サウンドは、フィル・スペクターのウォール・オヴ・サウンド (Wall of Sound) を発展させたものとも言われる。シンガーたちは、社長の方針に従い、洗練された衣装をまとい、上品に振る舞いながら、『エド・サリヴァン・ショー』など、多くのテレビ音楽番組に盛んに出演し、それまでのR&Bに顕著だった、麻薬など負の要素を含む泥臭いイメージを一掃。レーベル全体として、同時代のビートルズに劣らない人気を得て、ポピュラー音楽の中心的流れを作った。

モータウンのヒット曲は、時代を経ても常にジャンルを問わず、ほかのアーティストにカバーされ続けているが、H-D-Hは、楽曲印税についての不満がもとで1968年はモータウンを離れ、同社に訴訟を起こしている。

1972年に、本店をロサンゼルスに替え、この地における音作りに加え、同年からダイアナ・ロス主演でビリー・ホリデイの生涯を描いた映画『レイディ・シングス・ザ・ブルース』をヒットさせるなど、ハリウッドにおける映画製作にも力を入れ、拠点を1970年代から次第に西海岸へ移す。

1983年には、モータウン25周年記念コンサートが行われ、NBCがその模様を録画放送。

1980年代半ばに経営不振に陥り、ゴーディは1988年にモータウンの所有権を大手のMCAレコードに8100万ドルで売却、インデペンデントとしてのレーベルを終える。

1990年に、ゴーディはロックの殿堂入りを果たし、1994年には自伝『モータウン、わが愛と夢』(原題:To Be Loved)を出版する。

1992年に、ジャズ部門モー・ジャズ(Mo JAZZ)を発足し、主力第1弾に当時新鋭のノーマン・ブラウンを輩出(現在レーベルは活動を休止している)。CTIレコードのサブ・レーベルのクドゥもアメリカではこのレーベルより配給していた。1998年吸収合併の際にこの部門は閉鎖された。

1993年に、ポリグラムがMCAからモータウンを買収。買収資金は数百億円といわれ、日本法人である日本ポリグラムとポリドール株式会社からも拠出された(買収資金の拠出は節税手段のためであると、ユニバーサルミュージック (日本)に対して約200億円の申告漏れを指摘される。)。ニューヨークを本社とし、過去の名盤(1959年 - 1988年)、新作、編集盤の発売を続けている。

1998年に、MCAの親会社であるシーグラムがポリグラムを買収し、ユニバーサルミュージック発足。

1999年に、ユニバーサル・レコードリパブリック・レコードと合併しユニバーサル・モータウン・リパブリック・グループ(UMRG)を創設し、傘下に入る。2005年ユニバーサル・モータウン・レコードを、2006年ユニバーサル・リパブリック・レコードを発足。モータウンレーベルなどはこの傘下に入る。

2011年に、UMRGはグループを解散し、モータウンはアイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループへ編入。

レーベル[編集]

  • メジャー部門
    • Motown Records
    • Tamla Records
    • Gordy Records
  • 2次的R&B部門
    • Check-Mate Records
    • Soul Records
    • V.I.P. Records
    • Mo-west Records
  • 他ジャンル部門
  • インデペンデント・レーベル配給
    • Chisa Records
    • Ecology Records
    • CTI Records
    • Gull Records

主なアーティスト(過去・現在)[編集]

トリビュート・アルバム[編集]

  1. ROCK MOTOWN(2005年2月23日)エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
    1. I WANT YOU BACK / FRONTIER BACKYARD
    2. OVERJOYED / locofrank
    3. ABC / LOW IQ 01
    4. DANCING IN THE STREET / DOPING PANDA
    5. YOU ARE THE SUNSHINE OF MY LIFE / puli
    6. DON'T YOU WORRY 'BOUT A THING / SUEMITSU & THE SUEMITH
    7. IT'S A SHAME / toe loves the guitar plus me
    8. THIS OLD HEART OF MINE (IS WEAK FOR YOU) / creamstock
    9. YOU CAN'T HURRY LOVE / YOUR SONG IS GOOD
    10. IT'S A SHAME / riddim saunter
    11. WHEN THE LOVELIGHT STARTS SHINING THROUGH HIS EYES / Houseplan!
    12. ONE LOVE IN MY LIFETIME / CUBISMO GRAFICO FIVE
    13. GOLDEN LADY / FRONTIER BACKYARD

ミュージカル化と映画化[編集]

1981年、シュープリームスをモデルに、モータウン草創期の物語を題材にしたミュージカル「ドリームガールズ」がブロードウェイで公開され、大ヒットとなった。同作は翌年、エミー賞6部門を受賞。さらに2006年には映画化され(ドリームガールズ (映画))、アカデミー賞6部門を受賞した。

2002年には、それまで影の存在だったファンク・ブラザースに敬意を表する映画『永遠のモータウン』 (原題:Standing in the shadow of MOTOWN)が公開され、2004年、彼らにグラミー賞功労賞が授与される。しかし、ロサンゼルスのベーシストでスタジオ・ミュージシャンであるキャロル・ケイの主張によると、モータウンがヒット曲のバック・トラック(=カラオケ)にしたものの中には、ファンク・ブラザースではなく、彼女を含む“wrecking crew”(当時ロサンゼルスの音楽家労働組合に登録し活動していたミュージシャンたちの俗称)の演奏によるものも多数あるという。実際、モータウンが躍進を遂げた60年代半ばからロサンゼルスに録音の発注が行われていた。また、ロサンゼルスのミュージシャンがスタジオでモータウン風のデモ演奏を披露し、それを録音したレーベルが曲作りの参考にした。拠点を移す以前からシュープリームス、テンプテーションズ、フォー・トップス、ジャクソン5の多くのトラックはロサンゼルスで録音されており、一般に知られている以上に多様な人々がモータウンの音作りにかかわっている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]