カム・トゥゲザー

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カム・トゥゲザー / サムシング
ビートルズシングル
収録アルバム アビイ・ロード
A面 サムシング(両A面)
リリース イギリスの旗1969年10月31日
アメリカ合衆国の旗1969年10月6日
日本の旗1969年11月21日
録音 アビー・ロード・スタジオ
(1969年7月21日,7月25日,7月29日)
ジャンル ブルースロック
時間 4分17秒
レーベル アップル・レコード
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
ビートルズシングル盤 U.K.U.S. 年表
ジョンとヨーコのバラード
b/w
オールド・ブラウン・シュー
(1969年)
カム・トゥゲザー
両A面
サムシング
(1969年)
レット・イット・ビー
b/w
ユー・ノウ・マイ・ネーム
(1970年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
ジョンとヨーコのバラード
b/w
オールド・ブラウン・シュー
(1969年)
カム・トゥゲザー
b/w
サムシング
(1969年)
レット・イット・ビー
b/w
ユー・ノウ・マイ・ネーム
(1970年)
アビイ・ロード 収録曲
A面
  1. カム・トゥゲザー
  2. サムシング
  3. マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー
  4. オー!ダーリン
  5. オクトパスズ・ガーデン
  6. アイ・ウォント・ユー
B面
  1. ヒア・カムズ・ザ・サン
  2. ビコーズ
  3. ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー
  4. サン・キング
  5. ミーン・ミスター・マスタード
  6. ポリシーン・パン
  7. シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー
  8. ゴールデン・スランバーズ
  9. キャリー・ザット・ウェイト
  10. ジ・エンド
  11. ハー・マジェスティー
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カム・トゥゲザー」("Come Together")は、1969年9月にビートルズが発表したイギリス盤公式オリジナル・アルバムアビー・ロード』の収録曲であり、同年10月にシングル・カットされ21枚目のオリジナル・シングル曲ともなった。シングル盤はA面曲で片面は「サムシング」である。ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500に於いて、202位にランクされている。

解説[編集]

レノン=マッカートニーの作品。実質的にはジョンの作った楽曲である。リード・ヴォーカルはジョン・レノン。コーラスポールだが、「昔のようにうまくハモれなかった」と零している。また、ジョージ・ハリスンの弾くアウトロ近くのギターの高い音は、ビートルズの公式発表楽曲中一番高い音とされている(ハーモニクスを除く)。

この楽曲は、「ドラッグの教祖」とあだ名されていたティモシー・リアリーが、アメリカ合衆国カリフォルニア州知事選挙に出馬を表明した際の応援ソングとして作られた(ちなみに、この年対抗馬として出馬していたのが、後の大統領ロナルド・レーガンである)作品である。

歌詞は、直接日本語訳するには非常に難解なものであり、アナログ盤『アビイ・ロード』の歌詞カードには対訳不可能とされていたほどである。ただ大意的には、ビートルズの各メンバーについて皮肉っているようであり、"One and one and one is three."の歌詞には「ビートルズは4人なのに1人欠けている」と、ポール・マッカートニー死亡説の一つにも挙げられた。なお、冒頭の「シュッ」と聞こえる声は、 "Shoot me"(「俺を撃て」)と歌っている。『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』に収録されたアウトテイクの冒頭や間奏部分では、ジョンが"Shoot me"と言っているのがはっきり聞き取れる。また、このテイクを聞くと完成ヴァージョンは歌詞を一部変更していることがわかる。例としては、アウト・テイクでは"he's one"と言っていたのが完成ヴァージョンでは"he one"と、be動詞を省略している。また、アウトテイクでは"knees"と言っていたのが完成ヴァージョンでは"knee"となるなど、名詞の複数を表す"s"がことごとく省略されている。

ジョンは、「ビートルズの中で一番好きな曲」と語っており、解散後にもニューヨークでのチャリティーコンサートで演奏している。この模様は、ソロ・ライヴ・アルバム『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』、2005年に発表されたベスト・アルバム『ワーキング・クラス・ヒーロー』で聴くことができる。

カヴァー[編集]

ビートルズの版権の多くを現在所有しているマイケル・ジャクソンは、1988年11月に映画「ムーンウオーカー」のラストシーンにて、ジョンの息子ショーン・レノンの前でこの曲をカヴァーしており、1995年の自身のベスト・アルバム『ヒストリー パスト、プレズント・アンド・フューチャー ブック1』にも収録されている。

1994年に、ジョンはロックの殿堂入りを果たし、授賞式ではブルース・スプリングスティーンアクセル・ローズとのセッションが披露され、ジョンを称えた。

エアロスミスによるカヴァーも有名。

2012年ロンドンオリンピック開会式においては、アークティック・モンキーズがセレモニーとしてカヴァーを行った。他にもコンサートなどを含めると、プリンスエルトン・ジョンマリリン・マンソン、日本ではDo As Infinity氷室京介SiMなど、数多くのアーティストがカヴァーしている。

また、日本テレビで1986年と1987年のクリスマス(12月24日)に放送された音楽番組『メリー・クリスマス・ショー』のオープニングで番組のメイン・ホストである桑田佳祐サザンオールスターズ。当時はKUWATA BAND名義)、松任谷由実明石家さんまをはじめとする出演者たちが歌っている。

裁判について[編集]

ビートルズ解散後、ジョンはチャック・ベリーの著作権者であり、マフィアとつながりがあったモリス・レヴィー(Morris Levy)から、この曲がベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の歌詞及びメロディーの盗作であるとして訴えられた(実はジョン自身、創作当初からポールにこの曲との類似点を指摘されていた)。[要出典]

結局、アルバム『心の壁、愛の橋』にモリスが権利を有するリー・ドーシーの「ヤ・ヤ」を入れること、『ロックン・ロール』にベリーの「ユー・キャント~」と「スウィート・リトル・シックスティーン」、そして「ヤ・ヤ」を収録することでジョンとレヴィーは和解した。

シングル盤[編集]

ビルボード』誌では、1969年11月29日に週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1969年年間ランキングは第4位。英米でジョン・レノン作のビートルズ・ナンバーとしては最後のチャート1位となっている。

ビートルズの両A面シングルは、過去にも「恋を抱きしめよう/デイ・トリッパー」、「イエロー・サブマリン/エリナー・リグビー」、「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー/ペニー・レイン」と3つあった。しかし、これらが両A面扱いであったのはイギリスにおいてのみで、アメリカ合衆国ビルボードのチャートでは両面とも単独でランクインされることが普通であった(ビートルズのシングルの場合、ほとんどがB面曲もチャートインしている)。「サムシング/カム・トゥゲザー」も当初それぞれ単独の曲としてランクインし、「サムシング」は3位、「カム・トゥゲザー」は2位まで到達したが、両曲ともトップ10内に在位中にビルボードのチャート集計方法が変更され、両面ヒットは単独の作品として数えられるようになったため、両曲のポイントが合算されて「カム・トゥゲザー/サムシング」として1位になった。『キャッシュボックス』誌では、別々にランキングされたまま単独で3週連続第1位を記録している。年間ランキングでは63位。また、1970年には、アイク&ティナ・ターナーのカヴァー・ヴァージョンもシングル・リリースされ、ビルボード誌最高位57位、1978年には、エアロスミスのカバー・ヴァージョンもシングル・リリースされ、ビルボード誌最高位23位を記録している。

収録アルバム/シングル[編集]

外部リンク[編集]