アメリカン・ミュージック・アワード

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アメリカン・ミュージック・アウォーズ(アメリカ音楽賞、the American Music Awards)は、ビルボード・ミュージック・アウォーズグラミー賞ロックの殿堂入り授賞式と並ぶ、アメリカの4大音楽賞の1つ。

概説[編集]

この賞は、1971年1972年と連続してABCが放映してきたグラミー賞が、1973年テネシー州ナッシュビルに会場を移すと共に、CBSの放送に切り替わったのを受け、ディック・クラークがグラミー賞に対抗して創設した。第1回はロジャー・ミラーヘレン・レディスモーキー・ロビンソンの3名が司会として授賞式を取り仕切った。

グラミー賞では、エンターテインメント産業の業界人に投票によって受賞者が選ばれるが、アメリカ音楽賞では、ファンの投票で受賞者が選ばれる。名目上では、グラミー賞が音楽の水準(質)を、アメリカ音楽賞とビルボード・ミュージック・アワードが音楽の人気(量)を重視するという形で差異化を計ることで、それぞれが権威視聴率獲得を目指し競争してきている。これら三大主要音楽賞のどれに出演するかに関して、アーティストたちが圧力を受けていると言う話は、タブロイド紙ゴシップ記事や論争が好んで掲載する内容である。この賞のグラミー賞やビルボード音楽賞との唯一の大きな違いは、現在までに最優秀シングル賞を設けていないことである。1996年に、「1年で最も人気を集めたアーティスト賞」という新たな賞が設けられ、ガース・ブルックスに贈られた。しかし、ブルックスは、この1年間自分は何もしていないので賞は受け取れないという趣旨の短いスピーチをし、演壇に贈呈された賞を放置して去った。これによって、この賞は廃止された。

1989年にビルボード音楽賞が設立されて以来、アメリカの3つの主要音楽賞を総なめにしたディクシー・チックスセリーヌ・ディオンのようなアーティストが生まれているが、別にそれらが(競馬の三冠レースのような)統一された音楽賞制度ではないために、アメリカ音楽賞シーンは、込み入った状況に陥っている。

賞が創設されて以来、授賞式は複数の司会によって行われてきた。例えば、今まで最も多く司会を務めてきたグレン・キャンベルカントリーミュージック協会賞を取り仕切り、他のアーティストが自分のジャンルの部門を司会するという形式が採られてきた。しかし近年、単独での司会進行形式が採用されている。(2007年の司会はジミー・キンメル

1973年の第1回から2003年まで、授賞式は1月の半ばから終わりにかけて開かれてきたが、それ以降は、現在のところ大きな授賞式(ゴールデン・グローブ賞アカデミー賞など)と競合しない11月の始めにノキア・シアターで開催されている。

これまで最も多くの受賞を果たしてきたグループは22回を数えるアラバマであり、ソロとしては23回のホイットニー・ヒューストンが最高である。また1年で最も多く部門賞を獲得したのは、1983年のマイケル・ジャクソン「スリラー」と、1993年のホイットニー・ヒューストン「ボディガードサウンドトラック」で、8部門を獲得した(但し、両者とも「功労賞 (Award of Merit)」の受賞が含まれている。

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