ナッシュビル

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ナッシュビル
City of Nashville
愛称 : "Music City"
位置
の位置図
座標 : 36°10′00″N, 86°47′00″W
歴史
成立日 1806年
行政
アメリカ合衆国
  テネシー州
  デヴィッドソン郡
 市 ナッシュビル
市長 ビル・パーセル (民主党)
地理
面積  
  市域 1362.5km2(526.1mi2
    陸上   1,300.8km2(502.2mi2
    水面   61.8km2(23.9mi2
標高 182m(597ft
人口
人口 (2005年現在)
  市域 575,261人
    人口密度   442.2人/km2(1,145.5人/mi2
  都市圏 1,422,544人
その他
等時帯 中部標準時UTC-6
夏時間 中部夏時間UTC-5
公式ウェブサイト : http://www.nashville.gov/
ナッシュビルの街並
ナッシュビル、1st street
パルテノン
南北戦争後の河岸

ナッシュビルNashville)はアメリカ合衆国テネシー州の州都である。

目次

[編集] 概要

カントリーミュージックの中心地としてよく知られ、音楽産業が発展しており、カントリーミュージックに関連した博物館があり、多くのイベントが開催される。ダウンタウンの南西に位置するミュージック・ロウ("Music Row")には大小合わせて200近くの音楽スタジオが並ぶ。また街の北側にあるレジャー施設『オプリランド』(Opryland)はカントリーミュージックをテーマとしたリゾートとして親しまれている。オハイオ川支流であるカンバーランド川沿岸に位置し、当初は交易拠点として栄えた。川沿いのファースト・ストリート(1st street)には、市の条例により歴史的な外観を保存することになっているため、往事の倉庫の面影を残す建物がある。南北戦争では激戦地の一つにもなった。アテネパルテノン神殿を模した建築があり、南部のアテネの異名を持つ。一帯の経済、金融の中枢でもあり、機械、食品、化学工業が発達。周辺の町にはGMサターン工場や日産スマーナ工場などの自動車工場がある。西部には南部の名門であるバンダービルト大学がある。 産業は発展しており、人口は約55万人(2004年)で増加傾向にある。

2008年1月に在ナッシュビル出張駐在官事務所が開設され、同年に総領事館に格上げされた。またこれにより、在ニューオリンズ総領事館は廃止された。

2008年には米国日産の本社がカリフォルニア州から移転予定。

[編集] 地理

アメリカ合衆国統計局によると、この都市は総面積1,362.6 km² (526.1 mi²) である。このうち1,300.8 km² (502.3 mi²) が陸地で61.8 km² (23.9 mi²) が水地域である。総面積の4.53%が水地域となっている。

[編集] 歴史

詳細は「ナッシュビルの歴史」を参照

1779年、ジェームズ・ロバートソンジョン・ドネルソンワトーガ開拓団がナッシュビル入植の基礎を築いた。彼らは初め入植地をアメリカ独立戦争の英雄フランシス・ナッシュにちなみナッシュボロ砦と呼んだ。カンバーランド川に面し、交通や物流に便利であることからナッシュビルは発展し、後に鉄道交通の要所ともなった。ナッシュビルは1806年に市となり、デイビッドソン郡の郡都となった。さらに1843年には恒久的にテネシー州の州都となった。

南北戦争までには、ナッシュビルは南部の主要都市のひとつとなっていた。南北戦争では、水運と鉄道輸送の要衝であったナッシュビルを押さえることが戦略的に重要となり、1862年2月、南部連合国の州都の中で最初にアメリカ合衆国軍(北軍)の手に落ちた。

南北戦争はナッシュビルの経済に多大な打撃を与えたが、戦争の終結とともにナッシュビルは急速に再発展をとげた。戦後数年でナッシュビルは水上および鉄道輸送の要衝の地位を回復し、製造業も発展した。ダウンタウン周辺に今も残る古典様式の大邸宅は、19世紀終わり頃のナッシュビルの繁栄を今に伝えている。

1925年のグランド・オール・オプリの開業と、当時すでに順調に発展していた出版産業が、カントリーミュージックの発信地としての役割を決定づけた。1963年にはデイビッドソン郡の郡役所と市役所を合併し、全米で最初に大都市圏行政府を形成した大都市となった。1970年代から目覚ましい成長を続けており、アップランドサウスの主要都市の中でも最も急速に成長している。好景気が続いた1990年代には、フィル・ブレデセン市長の都心再開発政策のもとカントリーミュージック名誉の殿堂、ナッシュビル公立図書館、ソメット・センターLPフィールドなどナッシュビルのシンボルというべき建築物の刷新が起こった。かつてナッシュビル・アリーナおよびゲイロード・エンターテイメント・センターと呼ばれていたソメット・センターは大型コンサート会場およびNHLまたはNBAチームの本拠地として建造され、1997年にNHLがチーム数を拡張した時に新たに加わったナッシュビル・プレデターズの本拠地となった。かつてアデルフィア・コロシアムと呼ばれていたLPフィールドはヒューストン・オイラーズがナッシュビルに移転することに同意した1995年に建築が始まり、1999年夏にテネシー・タイタンズの本拠地としてオープンした。

[編集] 人口動勢

2000年現在の国勢調査GR2で、この都市は人口569,891人、237,405世帯、及び138,169家族が暮らしている。人口密度は194.5/km² (503.7/mi²) ある。194.5/km² (503.7/mi²) の平均的な密度に252,977軒の住宅が建っている。この都市の人種的な構成は白人66.99%、アフリカ系アメリカ人25.92%、先住民0.29%、アジア2.33%、太平洋諸島系0.07%、その他の人種2.42%、及び混血1.97%である。人口の4.58%はヒスパニックまたはラテン系である。2004年のナッシュビル市の人口予測は572,475人である。

この都市内の住民は22.2%が18歳未満の未成年、18歳以上24歳以下が11.6%、25歳以上44歳以下が34.0%、45歳以上64歳以下が21.1%、及び65歳以上が11.1%にわたっている。中央値年齢は34歳である。女性100人ごとに対して男性は93.8人である。18歳以上の女性100人ごとに対して男性は90.8人である。

この都市の世帯ごとの平均的な収入は39,797米ドルであり、家族ごとの平均的な収入は49,317米ドルである。男性は33,844米ドルに対して女性は27,770米ドルの平均的な収入がある。この都市の一人当たりの収入 (per capita income) は23,069米ドルである。人口の13.0%及び家族の10.0%は貧困線以下である。全人口のうち18歳未満の19.1%及び65歳以上の10.5%は貧困線以下の生活を送っている。民間労働力の4.6%は失業者である。

[編集] スポーツ

NFLテネシー・タイタンズNHLナッシュビル・プレデターズMLBナッシュビル・サウンズマイナーリーグ)の本拠地である。

[編集] 観光

音楽の町(Music City)とニックネームが付いている通り、アメリカ合衆国のカントリー&ウェスタン・ミュージックの本拠地。

  • ザ・ディストリクト:ナッシュビル中心地で古い町並みが残る地域。
  • ブロードウェイ:カントリー&ウェスタンのライブハウス、バーが建ち並ぶ通り。
  • カントリー・ミュージック・ホール・オブ・フェーム(Country Music Hall of Fame):カントリー・ミュージックの殿堂・博物館。
  • グランド・オール・オプリ(The Grand Ole Opry):カントリー・ミュージックの老舗番組で、その公開収録会場。現在は郊外にホテル及びコンベンションセンターとして開業。野外音楽イベントもよく行われる。

[編集] 交通

[編集] 出身者

[編集] 姉妹都市

ナッシュビルは姉妹都市プログラムに積極的に参加しており以下の都市と提携している。

また、ジローナスペイン)及び ロードタウンイギリス領ヴァージン諸島)と姉妹都市提携の準備を進めている。

[編集] 外部リンク

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