オプラ・ウィンフリー

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オプラ・ウィンフリー
Oprah Winfrey
Oprah Winfrey
ベルエアーホテルで行われたオプラの50歳の誕生日パーティにて(2004年)
本名 Oprah Gail Winfrey
オプラ・ゲイル・ウィンフリー
生年月日 1954年1月29日(58歳)
出生地 ミシシッピ州
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 テレビ司会者番組プロデューサー実業家
ジャンル テレビ番組
主な作品
トーク番組
オプラ・ウィンフリー・ショー

オプラ・ゲイル・ウィンフリーOprah Gail Winfrey1954年1月29日 - )は、アメリカ合衆国俳優、テレビ番組の司会者プロデューサー、慈善家である。司会を務める番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』はアメリカのトーク番組史上最高の番組であると評価され、多数の賞を受賞している[1]

彼女は20世紀以降のアメリカで最も裕福なアフリカ系アメリカ人[2][3]、かつては世界唯一の黒人の億万長者であった[4][5][6][7][8]。また、アメリカの歴史で最も偉大な黒人の慈善家でもある[9][10]。彼女はいくつかの評価によって、「世界で最も有力な女性」と称される[11][12][13]

2006年バラク・オバマの初期の支援者になった[14]

目次

[編集] 生い立ち

ミシシッピ州で、結婚していないティンエイジャーのカップルの元に生まれたオプラは、ミシシッピ州で生まれてミルウォーキーで育った。子供時代を祖母・父親・母親の元を転々として育つ。彼女が独自に行ったテストの結果によると、彼女の血筋は89%はブラックアフリカ人で、8%はアメリカインディアンで、3%が東アジア人の系統らしい。9歳から親戚に強姦されるなどの性的虐待を受け、14歳で妊娠し、出産している。産まれた子供は1週間後に病院で亡くなっている。このことから、自身の番組で子供への性的虐待をテーマにあげることも多い[15]

子供の頃から頭がよく、奨学金を得てテネシー州立大学Tennessee State University)で学ぶようになる。高校生の時からラジオに出演していたオプラは、ボルチモアナッシュヴィルのテレビ局でアンカーマンとして働くようになる。

[編集] キャリア

[編集] テレビ司会者

19歳の時にローカル夕方ニュースの仕事を始めた[16]。彼女の感情的なアドリブは評価され、シカゴの地方局で昼間のトーク番組を担当するようになる[5]。その後CBSディストリビューションによって全米各地に『オプラ・ウィンフリー・ショー』としてシンジケートされ、フィル・ドナヒューは彼女の人気の前に凋落した。世界各地に放送されている。

『オプラ』は昼間のトーク番組で最も高い視聴率を稼いでいる。彼女自身の巧みなトークも見所の1つであるが、高給取りでありながらも市井の主婦の目線で特集を組み、人気を維持し続けている。また、精神科医のフィル・マグロウが彼女の番組への出演を機にトーク番組を持つまでになる、書評した書籍がベストセラーになり「オプラ・ブック・クラブ」を設立するなど影響力がある。「Harpo」という自身の制作会社を設立し、マグローの番組もHarpoが製作している。

『オプラ』では個人的な意見を述べる手法を取り入れ[17]フィル・ドナヒュー[17]により開拓された扇情的なトーク番組を大衆化させ、20世紀のタブーを破ってLGBTの人々が主流派に入ることを容認するなど変革をもたらした[18][19]1990年代中頃までには文学や自己改善、精神性に焦点を合わせて番組を変えていった。告白文化を誘発して論争の的となる自助流行を促進したとして批判されることがあったが、彼女は他の人の後援者となるために逆境を克服することが賞賛されている[20]。 同テレビ番組は長寿番組で、オプラはお茶の間の(特に主婦層)人気を集める存在である。アメリカで行われた「最も好きなテレビパーソナリティーは?」という調査で1993年から現在まで必ず3位以内に入り、1998年から2003年まで1位だった[21]。25周年の節目となる2010年シーズン限りでの終了を明らかにし、最終回は2011年9月9日(2011年シーズンの第1週目)としている[22][23]

2011年、ウィンフリーが指揮をとる「OWN (Oprah Winfrey Network)」が開局。ディスカバリー・コミュニケーションズとHarpoの合弁で、Discovery Health Channelをリニューアルする格好での開局。地上波の『オプラ』終了後はこちらに専心する。

オーストラリアで収録を行うなどアメリカ国外での知名度はあるものの、それは限定的であり、アメリカの著名俳優に比較すれば外国での知名度が殆ど無い。彼女がニュースになるたびに日本のマスコミは「オプラ・ウィンフリーとは誰か?」といった扱い方をする。著名な司会者であり資産家という共通点のみで「アメリカのみのもんた」という比喩も時折使われるが、デーブ・スペクター曰く「もう少し知的な人」[24]

[編集] 俳優

テレビドラマや映画に多数出演し、女優としてアカデミー助演女優賞にノミネートされたこともある。

[編集] 慈善家

慈善活動にも熱心で、250億円とも推定される寄付をこれまでにしたとされる。

2007年にアフリカに小学校を2校設立した[25]

2009年10月、アメリカのチャリティー団体The Giving Back Fundが2008年の「寄付額が最も多い有名人」を発表し、240万ドル(日本円で約2億円)を寄付して6位にランクインした。[26]

[編集] 雑誌編集者

司会業以外にも書籍の評論や雑誌の刊行(雑誌「オプラ・マガジン」を2004年から)を手掛けている。

[編集] 資産

経済誌フォーブス誌によると、20世紀のアフリカ系アメリカ人の中では一番の資産家となり、2004年までの時点で黒人唯一のビリオネア(10億ドル以上の資産家)である。同誌が2007年1月に発表した「億万長者の女性セレブリティランキング」では、総資産約15億ドル(当時の換算で約1800億円)で1位となった。2007年に同誌が発表した「著名人100人番付」でも1位となった。

2008年に経済誌フォーブス誌が収入や名声に基づいた『パワーランキング』を発表し、収入が2億7500万ドル(日本円で約275億円)で1位を獲得した。

2010年7月23日付のTV magazineでTVスターたちのギャラが発表され、『オプラ・ウィンフリー・ショー』のギャラが年間3億1500万ドル(約268億円)になることがわかり、トークショー司会者部門で1位を獲得した。

2010年12月、経済誌フォーブス誌が「エンターテインメント業界で最も稼いだ人物」を発表し、3億1,500万ドル(日本円で約258億3,000万円)を稼いで1位にランクインした。[27]

オプラ・ウィンフリー・ショー』の1年間の報酬は2億6000万ドル(約200億円)で、アメリカTV界随一の高給取りである[28]

毎年9月のシーズンプレミア(年度第1回の放送)において、会場に訪れた観客に豪華なプレゼントが渡されること、それが他のテレビ番組のトークネタになるのも番組の特徴といえる。『オプラ』で会場に訪れた観客全員に新車や現金[29][30]、オーストラリア旅行をプレゼント。自前の制作スタジオを所有している。

[編集] 影響力

2007年12月10日に行われたバラク・オバマ(中央)の選挙キャンペーンに出席したオプラ(左)

非常に影響力を持ったテレビ司会者の1人として知られており、紹介した本は必ず大ヒットしたり、「ヒラリー・クリントンの次に女性大統領になる人物」とまで言わしめる。「タイム」誌が世界で最も影響力のある人物の1人として彼女を取り上げてもいる。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙では早い段階でバラク・オバマ候補への支持を表明し、その後のオバマ旋風のきっかけの一つとなったとされている[23]2007年12月に行われたオバマの大統領選挙にむけての選挙キャンペーンにかけつけ、スピーチを行った。観客のほとんどはオプラ目当てで、オプラがスピーチをすると大歓声がおこった。これを見た専門家はオプラがオバマを応援することで票に影響がでるのではないかと分析しており、こういったところからもオプラの影響力の大きさがうかがえる [31]。ウィンフリーの支持により、オバマは多くの票を集めたという分析もある[32]

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

[編集] バラエティ番組

  • オプラ・ウィンフリー・ショー

[編集] テレビドラマ

放送年 放送局 作品名 役名 備考
1990年 ミステリチャンネル バード事件簿 ゲスト出演
1998年 JSB ビューティフル・ウェディング 製作総指揮

[編集] テレビ映画

放送年 作品名 役名 備考
1997年 翼があるなら 製作にも参加
1998年 デビッド&リサ〜心の扉〜 製作総指揮
1999年 モリー先生との火曜日 製作総指揮

[編集] 映画

公開年 作品名 役名 備考
1985年 カラーパープル ソフィア アカデミー助演女優賞ノミネート
1986年 ネイティブ・サン
1987年 鬼ママを殺せ
1998年 愛されし者 製作にも参加
2005年 エマニュエルの贈りもの ナレーション
彼らの目は神を見ていた 製作総指揮
2006年 シャーロットのおくりもの ガチョウのグッシー 声の出演
2007年 ビー・ムービー 声の出演
オーシャンズ13 本人役

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ King World Productions (August 4, 2004), “Oprah Winfrey signs with King World Productions for new three-year contract to continue as host and producer of "The Oprah Winfrey Show" through 2010-2011”, プレスリリース, http://web.archive.org/web/20070210090815/http://www.kingworld.com/release/oprah_winfrey.html 2009年9月24日閲覧。 
  2. ^ Noon, Chris (2007年1月2日). “Oprah The Educator”. Forbes. 2008年8月25日閲覧。
  3. ^ Forbes.com
  4. ^ Oprah Winfrey the richest black person in the world. African Echo Vol. 43, September 11, 2006. Retrieved September 11, 2006
  5. ^ a b #562 Oprah Winfrey”. Forbes Special Report: The World's Billionaires (2006). Forbes (2006年10月). 2008年8月25日閲覧。
  6. ^ Malonson, Roy Douglas (2006年5月10日). “Condi and Oprah aren’t good role models for Black motherhood”. African-American News & Issues. 2008年8月25日閲覧。
  7. ^ Usborne, David (2007年1月3日). “Oprah's £20m school proves she's not all talk”. London: Independent News and Media. 2007年3月4日閲覧。
  8. ^ Oprah brings Tolle's 'Earth' to the classroom - USATODAY.com
  9. ^ Biography.com
  10. ^ Urban Mecca (November 19, 2004), “Oprah Winfrey Debuts as First African-American On BusinessWeek's Annual Ranking of 'Americas Top Philanthropists'”, プレスリリース, http://www.urbanmecca.com/artman/publish/article_174.shtml 2008年8月25日閲覧。 
  11. ^ Meldrum Henley-on-Klip, Andrew (2007年1月3日). “'Their story is my story' Oprah opens $40m school for South African girls”. London: Guardian Unlimited. 2007年3月4日閲覧。
  12. ^ Doyle, Leonard (2007年9月7日). “Oprah throws house party to aid Obama bid”. London: The Independent. 2008年2月8日閲覧。
  13. ^ The most influential US liberals: 1-20 - Telegraph
  14. ^ Steven, By (August 6, 2008). “So Much for One Person, One Vote - Freakonomics Blog - NYTimes.com”. Freakonomics.blogs.nytimes.com. http://freakonomics.blogs.nytimes.com/2008/08/06/so-much-for-one-person-one-vote/ 2008年11月30日閲覧。 
  15. ^ guardian.co.uk (2003年3月2日). “Oprah's path to power”. 2008年10月5日閲覧。
  16. ^ Oprah Winfrey TV Show Bio History Life Story Email Address Write Ophra
  17. ^ a b Tannen, Deborah (1998年6月8日). “Oprah Winfrey”. The TIME 100. TIME. 2008年8月25日閲覧。
  18. ^ An interview and excerpt from Freaks Talk Back”. University of Chicago Press. 2008年8月25日閲覧。
  19. ^ Deccanherald.com
  20. ^ Mandela, Nelson. “Oprah Winfrey”. The TIME 100. TIME. 2008年2月1日閲覧。
  21. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2003年12月25日). “アメリカで一番人気の…オプラ”. 2008年10月5日閲覧。
  22. ^ Oprah Winfrey Show" to End in 2011”. MSNBC (2009年11月19日). 2009年11月19日閲覧。
  23. ^ a b “オバマ旋風の立役者、米人気トーク番組終了へ”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2009年11月21日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20091121-OYT1T00811.htm 2009年11月21日閲覧。 
  24. ^ 2008年2月6日放送『情報ライブ ミヤネ屋』で発言
  25. ^ notrax (2007年3月19日). “オプラ・ウィンフリー、が南アフリカに小学校を設立、タイリースも支持。”. 2008年10月5日閲覧。
  26. ^ http://www.cinematoday.jp/page/N0020546
  27. ^ http://www.cinematoday.jp/page/N0029300
  28. ^ VOGUE.com (2007年7月27日). “米TV界の高給取りランキング発表!”. 2008年10月5日閲覧。
  29. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2004年9月14日). “全員うれぴんこだち!観覧客276人に新車プレゼント”. 2008年10月5日閲覧。
  30. ^ narinari.com (2006年11月2日). “米人気トーク番組の司会者 3,500万円を会場でプレゼント”. 2008年10月5日閲覧。
  31. ^ Variety Japan (2007年12月11日). “有名テレビ司会者が登場しオバマ候補キャンペーンに大観衆”. 2008年10月5日閲覧。
  32. ^ Macedoniaonline.eu


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