ハリー・ベラフォンテ

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ハリー・ベラフォンテ
Harry Belafonte
ハリー・ベラフォンテHarry Belafonte
1963年ワシントン大行進にて
生年月日 1927年3月1日(84歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 歌手、俳優

ハリー・ベラフォンテHarry Belafonte1927年3月1日 - )は、アメリカ合衆国歌手俳優、社会活動家。『バナナ・ボート』などのヒット曲や『ウィ・アー・ザ・ワールド』を送りだした『USAフォー・アフリカ』の提唱者として知られる。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 「バナナ・ボート」

ニューヨーク市ハーレム生まれのジャマイカ系黒人である。1956年に『バナナ・ボート』が世界的な大ヒットとなり、アルバム『カリプソ』も当時としては珍しいミリオンセラーを記録し、一躍スターとなった。

ハリー・ベラフォンテ(1954年)

『バナナ・ボート』はトリニダードの労働者がバナナを船に積み込むときに歌う労働歌を元に作られた曲で、「デーオ、イデデ、イデデ、イデデ…」という掛け声が特徴的(本当は"Day-o, Day-ay-ay-o ・・・ Day, me say day, me say day, me say day Me say day, me say day-ay-ay-o・・・"である)。この掛け声の語感のコミカルさから、日本でも浜村美智子江利チエミカバーバージョンがヒットした。またその後も『マティルダ』や『ダニー・ボーイ』などの世界的なヒット曲を連発した。

[編集] 社会活動

またベラフォンテは自身のテレビ番組のプロデューサーとして、1960年に黒人では初めてエミー賞を受賞した。以降は財団を設立して黒人の地位向上のために力を注ぎ、公民権運動に積極的に関わるなど、音楽よりも社会活動家として活躍するようになる。

1985年には「USAフォー・アフリカ」の提唱者として、アフリカの飢餓救済のために、マイケル・ジャクソンブルース・スプリングスティーンスティービー・ワンダーシンディ・ローパーなどのアメリカのスーパースターたちを集結させた。

反体制的な過激な発言で物議をかもすことがたびたびあった。かつてはマッカーシズムによる赤狩りに巻き込まれ、「ハリウッド・ブラックリスト」に名前を連ねる事にもなった。最近ではジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権の黒人閣僚であるコリン・パウエルコンドリーザ・ライスのことを「白人の主人に媚びる奴隷」と痛烈に批判。また2006年には反米色を強めるベネズエラウゴ・チャベス大統領のもとに訪問し、「世界中にいかなる暴君がいようともブッシュこそ最大のテロリストだ」と意見を述べて大きな反響を呼んでいる。

[編集] 俳優

一方、俳優としても活躍し、多くの作品に出演している。2006年には、エミリオ・エステヴェス監督の映画『ボビー』で、老いに悩むホテルの元ドアマンを演じた。ちなみに、この作品で重要な意味合いを持つキング牧師とは個人的にも親交があった。

[編集] 主なヒット曲

[編集] 主な出演作品

[編集] 外部リンク

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