マイケル・J・フォックス

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マイケル・J・フォックス
Michael J. Fox

マイケル・J・フォックス(右)と、妻のトレイシー・ポラン(1989年のエミー賞にて)
本名 マイケル・アンドリュー・フォックス
生年月日 1961年6月9日(46歳)
出生地 カナダ, エドモントン
ジャンル 俳優
活動内容 1983年:『ファミリータイズ
1985年:『BTTF
主な作品
BTTF』シリーズ
ファミリータイズ
スピン・シティ
受賞
エミー賞

マイケル・J・フォックスMichael J. Fox, 1961年6月9日 - )は、カナダアルバータ州エドモントン生まれの俳優。身長163cm。

本名はマイケル・アンドリュー・フォックス。俳優になる際に同名俳優が既にいたことから、尊敬するマイケル・J・ポラードにちなみ「J」の字をつける。

[編集] 来歴

18歳でアメリカへ渡り、4年後、主役のアレックス・キートンを演じたTVドラマシリーズ『ファミリータイズ』のヒットにより一躍全米に顔が知れ渡る。もともとは、マシュー・ブロデリックにオファーが行っていたのだが、ブロデリックが長期のTVシリーズ出演を断ったため、役が回ってきた。

その後ハリウッドにも進出し、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズの主人公・マーティを演じる。同シリーズの大ヒットによりハリウッドのトップスターの仲間入りを果たした。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ではチャック・ベリーのヒット曲『ジョニー・B.グッド』をハードロック調にアレンジし演奏した。バンド活動をしていた事もある彼のギター演奏の腕前は中々のものであるが、劇中ではポール・ハンセンというギタリストが、演奏し歌ったものに指をあわせている。

しかし30歳の若さでパーキンソン病を発症。病を隠しながらも、自らプロデュースに参加し主演もつとめたTVドラマシリーズ『スピン・シティ』などに出演を続けるが、1998年に病気を公表、2000年には『スピン・シティ』を降板し俳優活動から退いた。

その後パーキンソン病の研究助成活動を初め「マイケル・J・フォックス パーキンソン病リサーチ財団」を設立。 また自らの生い立ちやパーキンソン病との格闘を綴った自伝『ラッキー・マン』(Lucky Man) を発売し、米国でベストセラーとなった(売上は全て同財団に寄付されるという)。

俳優活動から退いた後『スチュアート・リトル』などのアニメ映画の声優などを行っていたが、2004年米TVドラマ『Scrubs』へのゲスト出演でTV復帰。ただし病気が完治したわけではなく今後の予定は不明。

コメディセンスに定評があり、エミー賞コメディ部門主演男優賞では『ファミリータイズ』で3回(3年連続)と『スピンシティ』で1回、計4回の受賞歴がある。

日本では1989年ホンダ・インテグラのCMに出演し、「カッコインテグラ」と言っていた。

1999年、エリック・クラプトンが、運営しているドラッグ更生診療所「クロスロードセンター」への資金捻出のために、所有するギター104本をニューヨークのクリスティーズのオークションに出品。薬物乱用者のためのチャリティー・オークションで、マイケル・J・フォックスは2本のギターを落札し話題となった。

妻は女優トレイシー・ポラン、長男にサム、双子の娘スカイラー・フランシス、アクイナ・キャスリーン、三女エズメ・アナベラ。

2006年4月28日放送のフジテレビ金曜エンターテイメント『人体再生ロマンSPもう一度抱きしめたい』の番組内で、自伝『ラッキー・マン』を題材にした再現ドラマが放送された。

一時、出世作である『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のPart4の制作が発表されたとの情報が流れた。それによると、マイケル自身はマーティではなくドク役での出演になるということであった。しかし、その後「Part4の制作」そのものが公式に否定されている。

2006年10月20日、難病治療のためのES細胞研究を支持する民主党候補への応援CMに出演した。また、別の番組でインタビューに答えた際、体を大きく揺らすなど非常に激しい挙動をとったため「パーキンソン病を誇大に宣伝するための演技ではないか」と一部で疑いがもたれた(同じくパーキンソン症患者のモハメド・アリは体を揺らすというよりは震えがとまらない姿で長い間公共の場に姿を現していることも一因と考えられる)。本人は「あれはパーキンソンのありのままの姿。普段プルプル震えてたり、顔面が硬直しているのは必死に挙動を抑えているからなんだ」と反論している。

[編集] 主な出演作品

[編集] 外部リンク