ドン・ジョンソン

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ドン・ジョンソン
Don Johnson
Don Johnson
1986年撮影
本名 Donnie Wayne Johnson
生年月日 1949年12月15日(65歳)
出生地 ミズーリ州フラット・クリーク
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
活動期間 1969-現在
配偶者 メラニー・グリフィス (1976, 1989-1996)
Kelley Phleger (1999-present)
著名な家族 ダコタ・ジョンソン
主な作品
特捜刑事マイアミバイス
刑事ナッシュ・ブリッジス

ドニー・ワイン・ジョンソンDonnie Wayne Johnson, 1949年12月15日 - )は、アメリカ合衆国を代表する映画俳優ロックシンガー。

1984年から放映された刑事ドラマ『特捜刑事マイアミバイス』ソニー・クロケット役で不精ヒゲを生やし、T-シャツにサングラスのラフなスタイル、そのワイルドなセクシーさで、1980年代半ばには全米人気No.1のスターの座を獲得し世界的に一躍有名になった。またテレビドラマのプロデューサーとして『捜査官ジーナ』を製作総指揮したことでも知られる。一時は映画界への転身を図ったドン・ジョンソンだが再びテレビ界に戻り、自ら製作・主演を兼ねて世に送り出したのが、1996年から放映されたドラマ『刑事ナッシュ・ブリッジス』である。

人物概要[編集]

ミズーリ州出身。カンザス大学在学中からロックバンドで活動。卒業後はアメリカン・コンサーバトリー・シアターで演劇を学んだ。1960年代に映画デビュー。そして1973年『青い接触』、1975年少年と犬』というカルト的な2作品で知名度を上げた。1975年『グッバイ・ドリーム』ではニック・ノルティと共演、1977年にはテレビドラマにも主演しはじめ『ザ・シティー』のヒットで一躍青春スターとなった。一転、1984年の『傷だらけの帰還』では、心に傷を持つ帰還兵という難しい役どころをこなし、演技派としても開眼する。

髭と長髪がトレードマークで、口髭や顎鬚が良く似合った。ワイルドでクールながら温厚で知的な個性は日本でも人気を呼び、彼のキャラクターを巧く生かした刑事ドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス』のソニー・クロケット役が当たり役となった。パイロット版の成功で、のちにシリーズ化。1984年に放送がスタートし5年間も続いた。 この作品では、イギー・ポップウィリー・ネルソンらミュージシャンがゲスト出演した他、自らもシンガーとして『ハートビート』をリリース。全米ナンバー1ヒットとなる。

その後、再び映画に移ったが、しばし『特捜刑事マイアミ・バイス』をなぞるようなキャラクターが続く。しかし、1991年『ハーレーダビッドソン&マルボロマン』での飄々とした存在感で再び脚光を浴びた。そして1992年『ギルティ/罪深き罪』では強烈な犯罪者を演じ、1995年の『遥かなる栄光』では渋い老保安官を演じた。また、チーチ・マリンとは同年に公開されたケヴィン・コスナー主演の『ティン・カップ』で共演している。

ドン・ジョンソンと妻ケリー 1998年のカンヌ国際映画祭

1996年からスタートした『刑事ナッシュ・ブリッジス』シリーズでは、スタイリッシュでコミカルな中年刑事、ナッシュ・ブリッジスで注目され、これまでにないヒーロー像を開拓。このシリーズにおいてはチーチ・マリン扮する相棒ジョー・ドミンゲス刑事との掛け合いやナッシュの家族との交流、サンフランシスコを舞台としたダイナミックな追跡劇などが人気となり、第6シーズンまで製作される大ヒット・ロングランテレビドラマとなり、100話製作の際にはアメリカのエンターテイメント専門誌『ハリウッド・リポーター』が記念号も刊行、全米で約700万世帯の人が毎週この番組を見ていたと言われている。尚、日本ではビデオ先行リリースで『処刑調書』という題で1996年に上陸した。

2010年、このドラマで生じた利益を巡る裁判で2320万ドル(約20億8800万円)の支払い命令で勝訴した(要求額は1億ドル(約90億円))[1]。米CBSネットワークで1996年から2001年放送の人気刑事ドラマ『刑事ナッシュ・ブリッジス』で主役ナッシュ・ブリッジスを演じていたドン・ジョンソンが、同番組を制作したライシャー・エンターテインメントを相手取り起こした裁判で勝訴。裁判官はドンの訴えを認め、ライシャー・エンターテインメントに賠償金2320万ドル(約20億5000万円)の支払いを命じた。 米『ロサンゼルス・タイムズ』が報じた内容によると、ロサンゼルス上級裁判所の陪審員は7月7日、ドンに、契約不履行で訴えられていたライシャー・エンターテインメントと同社現社長クオリア・キャピタルに11対1で有罪評決を下した。

ドンは2009年2月17日に、ライシャー・エンターテインメントとドンが結んだ契約書に「ドラマが66話以上続けば、50%の著作権をドンに与える」「番組の利益収入のうち50%をドンに与える」と明記されているが、それが実行されていないと告訴。ドンは製作総指揮者も務めており、122話放送された『刑事ナッシュ・ブリッジス』の「著作権利益の50%を得る権利がある」と主張。各地方局がライシャー・エンターテインメントに支払った放送権購入費1億5千万ドル(日本円で約140億円)からの支払い、経済的損害の支払いを求めると共に、オンラインや携帯用コンテンツとしてドラマを配信する権利も求めていた。

これに対してライシャー・エンターテインメント側は、『刑事ナッシュ・ブリッジス』制作には莫大なコストがかかっており、それほどの利益を上げているわけでないと強調。ドンに対しては、出演時に数千万ドルを支払っており、要求は不当だと主張していた。

勝訴判決を受けてドンは、「裁判などしたくはなかったが、正義のため、正当な報酬を得るため、契約履行のため、戦わなくてはならない時もある」「芸術家として、前に進むことが大事だ」と喜びのコメントを寄せている。

80年代の人気テレビドラマ『特捜刑事マイアミバイス』で大ブレイクしたドンは、『刑事ナッシュ・ブリッジス』でも大きな人気を集めていたが、2004年に自己破産手続きをしたり、スーパーマーケットから「つけを支払わない」と訴えられたりと、金銭面ではトラブルが続いていた。

1986年と1989年にミュージシャンとしてアルバムを発表している。

プライベート[編集]

若い頃はイーグルスの連中と遊びまわっていたプレイボーイ。1960年代に2度結婚しているが、相手の名前は明らかになっていない[2]。なかでもメラニー・グリフィスとは彼女が14歳の時に出会い[3]、15歳で同棲[3]、1976年に一度結婚したものの翌年に離婚[3][4]。1988年によりを戻し子供を一人もうけるが[3]、1994年にまたも離婚。二度ともドンの浮気が原因と、スキャンダラスな話題も先行して報じられた。1981年から1985年まで女優のPatti D'Arbanvilleと暮らし[5]、息子が一人いる[6]。その後1988年までバーブラ・ストライサンドとも浮名を流した[3]

1999年に再婚し[7]息子2人と娘[8]がいる[9]

ディスコグラフィ[編集]

  • 『Heartbeat』(1986年)-シングル
  • 『Heartache Away』(1986年)-シングル
  • 『Voice On A Hotline』(1987年)-シングル
  • 『Till I Loved You』(1988年)-シングル
  • 『Tell It Like It Is』(1989年)-シングル
  • 『Other People's Lives』(1989年)-シングル
  • 『Heartbeat』(1986年) - アルバム
  • 『Till I Loved You』(1988年) - アルバム
  • 『LET IT ROLL』(1989年) - アルバム

フィルモグラフィ[編集]

映画[編集]

公開年
放映年
邦題
原題
役名 備考
1971 ウェスタン・ロック ザカライヤ
Zachariah
マシュー
1973 青い接触
The Harrad Experiment
スタンリー・コール
1975 少年と犬
A Boy and His Dog
ヴィク
グッバイ・ドリーム
Return to Macon County
ハーレイ・マッコイ
1977 ザ・シティー
The City
ブライアン・スコット テレビ映画
1978 ピンナップ・ガール/裸の天使
Katie: Portrait of a Centerfold
テレビ映画
1979 スキーリフト殺人事件
Ski Lift to Death
ガンサー テレビ映画
自由と愛の大地/第一部 開拓
The Rebels
ジャドソン・フレッチャー テレビ映画
1980 ステップフォード・タウンの謎
Revenge of the Stepford Wives
アンディ・ブラディ テレビ映画
1981 ソギーボトムの野郎ども〜爆走!エアボート大追跡〜
Soggy Bottom, USA
ジェイコブ
1985 長く熱い夜
The Long Hot Summer
ベン・クイック テレビ映画
傷だらけの帰還
Cease Fire
ティム・マーフィー
1987 G.I.ジョー・ザ・ムービー
G.I. Joe: The Movie
ファルコン アニメ映画
声の出演
ハートビート
Heartbeat
ドキュメンタリー映画作家 ビデオ映画
1988 スウィートハート・ダンス
Sweet Hearts Dance
ウィリー・ブーン
1989 サンタモニカ・ダンディ
Dead Bang
ジェロー・ベック
1990 ホット・スポット
The Hot Spot
ハリー・マドックス
1991 ハーレーダビッドソン&マルボロマン
Harley Davidson and the Marlboro Man
マルボロマン
愛に翼を
Paradise
ベン・リード
1993 ボーン・イエスタディ
Born Yesterday
ポール
ギルティ/罪深き罪
Guilty as Sin
デヴィッド・エドガー・グリーンヒル
1995 遥かなる栄光
In Pursuit of Honor
ジョン・リビー テレビ映画
1996 ティン・カップ
Tin Cup
デヴィッド・シムズ
1998 グッバイ・ラバー
Goodbye Lover
ベン・ダンモア
2010 みんな私に恋をする
When in Rome
ベスの父親 クレジットなし
マチェーテ
Machete
ヴォン・ジャクソン
2011 ポルノ☆スターへの道
Bucky Larson: Born to Be a Star
マイルズ・ディープ
2012 ジャンゴ 繋がれざる者
Django Unchained
ビッグ・ダディ

テレビシリーズ[編集]

放映年 邦題
原題
役名 備考
1976 サンフランシスコ捜査線/ホットドッグ
The Streets of San Francisco
ラリー・ウィルソン 1エピソード
1984-1989 特捜刑事マイアミ・バイス
Miami Vice
ジェームズ・“ソニー”・クロケット 111エピソード
1996-2001 刑事ナッシュ・ブリッジス
Nash Bridges
ナッシュ・ブリッジス 製作総指揮・122エピソードに出演
2005-2006 Just Legal グラント・クーパー 8エピソード
2010-2012 Eastbound & Down エドアルド・サンチェス 5エピソード

参照[編集]

  1. ^ “訴訟で20億円以上を勝ち取る!ドン・ジョンソン、1990年代のテレビドラマをめぐる裁判”. シネマトゥデイ. (2010年7月8日). http://www.cinematoday.jp/page/N0025497 2013年5月18日閲覧。 
  2. ^ Don Johnson Biography - Facts, Birthday, Life Story”. Biography.com (1949年12月15日). 2012年4月13日閲覧。
  3. ^ a b c d e “A Baby for Don and Melanie”. People. (1989年2月27日). http://www.people.com/people/archive/article/0,,20119660,00.html 
  4. ^ Zoglin, Richard (1985-09-16). “Cool Cops, Hot Show”. Time Magazine (Time Inc.). http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,959822-4,00.html 2009年2月25日閲覧。. 
  5. ^ Dougherty, Margot; Sheff, Vicki (1989年4月3日). “Meet the New Patti D'Arbanville, Star of Wiseguy and Wired, No Longer Just Don Johnson's Ex”. People 31 (13). http://www.people.com/people/archive/article/0,,20119933,00.html 2012年12月18日閲覧。 
  6. ^ Green, Michelle (1984年12月3日). “Miami Vice and a Good Woman Save Bad Boy Don Johnson”. People. http://www.people.com/people/article/0,,20089298,00.html 2012年12月18日閲覧。 
  7. ^ Sutton, Larry. “Four Better or Worse”. People 51 (18). http://www.people.com/people/archive/article/0,,20128248,00.html 2012年12月18日閲覧。 
  8. ^ Craig, David Cobb (2000年1月1日). “Passages > Births”. People. http://www.people.com/people/article/0,,20130229,00.html 2012年12月18日閲覧。 
  9. ^ “ドン・ジョンソンに男児誕生”. シネマトゥデイ. (2006年5月1日). http://www.cinematoday.jp/page/N0008282 2013年5月18日閲覧。 

外部リンク[編集]