アンジェリーナ・ジョリー

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アンジェリーナ・ジョリー
Angelina Jolie
Angelina Jolie
2010年
生年月日 1975年6月4日(39歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
民族 スロバキアドイツ系アメリカ人
フランス系アメリカ人
イロコイ族インディアン
職業 女優・映画プロデューサー
ジャンル 映画
活動期間 1982年 -
配偶者 ジョニー・リー・ミラー(1996年 - 1999年)
ビリー・ボブ・ソーントン(2000年 - 2003年)
ブラッド・ピット(2005-)
著名な家族 ジョン・ヴォイト(父)
ミシェリーヌ・ベルトラン(母)
主な作品
ジーア/悲劇の友人
17歳のカルテ
トゥームレイダー』シリーズ
Mr.&Mrs.スミス

アンジェリーナ・ジョリーAngelina Jolie, 本名: Angelina Jolie Voight, 1975年6月4日 - )は、アメリカ合衆国女優映画プロデューサーファッションモデル及びUNHCR親善大使。愛称は「アンジー」である。左利き

生い立ち[編集]

出生[編集]

カリフォルニア州ロサンゼルス出身。父はスロバキアおよびドイツ系アメリカ人俳優ジョン・ヴォイトで母はフランス系カナダ人イロコイ族[1]ワイアンドット族英語版[2])の血をひく女優のミシェリーヌ・ベルトラン。生後間も無い1976年に両親が別居するとジョリーは兄弟と共にニューヨークへ移住。幼少の頃から母と共に映画に親しみ、演技に対する興味を示し始めた。1982年には父が主演した映画に出演し親子共演を果たした。

演技方法の習得と絶望の思春期[編集]

生後間もない1976年に両親が別居した後、ジョリーと兄は母親に引き取られた。母親は演技の仕事に関わる夢を捨て、子育てに専念した[3]子供のころは母親とよく映画を見に行き、このことが後に演技に興味をもつきっかけとなり、父親(ジョン・ヴォイト)の影響は全くなかったと語っている[4]。6歳の時に、母親と義理の父親であるビリー・デイ(映画制作者)はニューヨーク州に引越し[5]、5年後にカリフォルニア州のロスアンジェルスに戻った。その時に彼女はリー・ストラスバーグ演劇学校に入学し、2年間演技を学び、いくつかの舞台作品に出演した。

14歳の時に演劇学校を辞め、将来の希望を葬祭ディレクター(アメリカでは、葬儀のコーディネートをし、遺体の保存、埋葬、火葬などに関わるプロフェッショナル。短大または4年制大学の学歴が必要で、モーチュアリーサイエンスの知識が要求され、全国試験を受け州ごとにライセンスを獲得しなければならない[6])とした[7]。その後ファッションモデルになり、主にロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドンで働いた。この時期にまた、常にの衣装を身に纏い、ナイフプレイを試みたり、同棲相手とモッシュに出掛けたりし[8]、学業に復帰するまでに2年の時間を要した。その後ジョリーは、母が住む家から僅か数ブロックだけ離れたガレージの上にあるアパートメントを借り[9]、高等学校を卒業した後、再び演劇の分野に復帰した。この頃についてジョリーは「私は今でも…そしてこれからも…心の中では、刺青をしたつまらない子供に過ぎません」と表現している[10]

ジョリーは10歳代から20歳代の初期にかけて自殺傾向のある鬱状態に悩まされた[11]。彼女の母親の収入はつつましいものであったので、彼女は裕福な家庭からの学生の多いべバリーヒルズ高等学校の中で孤立したように感じ、さらに、ジョリーが極端に痩せていたことや、眼鏡、歯列矯正の器具などを着用していたことで他の生徒からからかわれるということもあった[12]。彼女は他の人達と心を開いて付き合うことに困難を感じ、その結果、自傷行為を始めた[13]。当時のことをジョリーは「ナイフで自分を傷付けると生きているという実感が沸き、開放感に満たされ、なぜか癒しのようにを感じるのです」と振り返っている[14]

キャリア[編集]

キャリアの始まり[編集]

ジョリーは14歳で米国ヨーロッパを基点にファッションモデルを始めた。その一方で幾つかのミュージック・ビデオに出演。先述の通り16歳で演劇を再度学び始め、ドイツ人のミストレス役で舞台デビューを飾った。兄が製作した学生映画への出演を経て1993年、低予算ながら映画初出演を果たす。1995年、『サイバーネット』で映画初主演。興業収入こそ精彩を欠いたものの、ジョリーの存在感と演技は『ニューヨーク・タイムズ』において絶賛を博し、同作品はソフト化されてからカルト映画として再評価された。

女優としての飛躍 - トップスターへ[編集]

その後も多数の作品でキャリアを重ね、次第に賞レースにもその名が挙げられるようになった。そしてジョリーの評価を決定付けたのは1998年放映のテレビ映画『ジーア/悲劇のスーパーモデル』での演技である。エイズドラッグにより短い生涯を終えた実在のモデル、ジア・キャランジを演じたジョリーはこの作品で数多くの賞とノミネートを受けた。さらに翌1999年の『17歳のカルテ』でアカデミー助演女優賞を受賞。実力派女優としての地位を確立したものの、時を同じくしてジョニー・リー・ミラーとの離婚を中心とした親族との不和が先行したきらいがあった。

しかし2000年ヒロイン役として出演した『60セカンズ』が興行的に大成功を収めると、翌2001年に出演した人気テレビゲームトゥームレイダー』の実写化作品で、過酷なトレーニング武道を習得した末に主人公のララ・クロフトを演じ、映画評論家から「ジョリーはクロフトを演じるために生まれてきた」と評されるなど絶賛を博し一躍世界的な人気を獲得した。その後、『Mr.&Mrs.スミス』で記録的な興行収入をあげるなど、30代前半にしてアメリカでもトップクラスのマネーメイキングスターとして活躍を続けている。

慈善活動と子供たち[編集]

2001年頃から本格的に慈善活動を始め国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使も務める。

その活動の一環として、2002年3月にカンボジア人の男児(マドックス・チヴァン)、2005年7月にエチオピア人の女児(ザハラ・マーレー)、2007年3月にベトナム人の男児(パックス・ティエン)をそれぞれ養子として引き取る[15]2006年5月には、ナミビアで俳優ブラッド・ピットとの間の実娘、シャイロ・ヌーベルを出産した(入籍はしていない)。ちなみに「シャイロ」は「救世主」「幸福なもの」という意味があり、アンジェリーナの実兄につけられるはずだった名前である。2008年7月12日フランス南部のニースで男児(ノックス・レオン)と女児(ヴィヴィアン・マーシェリン)の双子を出産[16][17]

2006年には出産した娘のシャイロの写真の掲載の権利を400万ドル(日本円で約4億3200万円)で『ピープル』誌と契約した。

米紙『ニューヨーク・タイムズ』は2008年11月11日付けの一面で「アンジェリーナ・ジョリーとそのイメージ」と題し、硬派の同紙としては異例の記事を掲載、米国の有名女優がマスコミ対策に腐心し、時には編集にまで介入していると批判的に報じている[18][19]

ジョリーは2008年夏に出産した双子の写真撮影と、本人と夫の俳優ブラッド・ピットとのインタビューの独占権を雑誌『ピープル』(タイム社)に推定1400万ドル(約13億4000万円)で売ったが、同時に「将来にわたり一家について不利な編集はしない」ことも条件としたという。タイム社は「写真を買ったが、(編集)内容は外部からの要請によって決められることはない」と声明で反論。ジョリー側は一切、コメントしていないという。記事はさらに、カンボジアの子どもらを養子にしているジョリーが、エイズ撲滅運動に協力するなど「篤志家」のイメージを売り込むことに腐心してきたことや、いわゆるパパラッチにわざと撮影させるための機会を自ら設定するなど、マスコミ「操作」に極めてたけているとの関係者らの証言を伝えている[19]。ただ、堅い記事で信頼を得ている『ニューヨーク・タイムズ』がこのような記事を掲載したことに読者からは「まるでゴシップ紙のようだ」という落胆の声が多く、同紙電子版にある読者コメント欄には批判的なコメントが相次いだ[20]

2009年6月、『ピープル』誌によると、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーのチャリティ組織“ジョリー・ピット基金”がパキスタンの難民救済のため100万ドル(日本円で約9,800万円)を国連難民機関に寄付した。ジョリーは過去に3回パキスタンを訪れており、住むところがなくなった人々を救うために使ってほしいと今回の寄付をした[21]

2009年10月、アメリカのチャリティー団体The Giving Back Fundが2008年の「寄付額が最も多い有名人」のランキングを発表し、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットがハリケーン・カトリーナで壊滅的状況に陥ったニューオリンズの再建やエチオピアやイラクの子どもたちに総額で1,340万ドル(日本円で約12億円)を寄付して2位にランクインした[22]

2009年11月、『ハリウッド・リポーター』によると、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの2008年の寄付金総額は680万ドル(日本円で約6億1200万円)だったという。2人が設立したジョリー・ピット基金の2008年度の納税通知書によると、同基金の収益は1300万ドル(日本円で約11億7000万円)でその半分以上をさまざまな団体に寄付したといい、世界中の病気を減らすことを目的としている団体The Global Health Councilは同基金から200万ドル(約1億8000万円)を受け取り、ブラッドが創設したチャリティー団体Make It Right FoundationとHuman Rights Watchもそれぞれ1万ドル(約9000万円)を受け取ったという。さらにThe Armed Services YMCA of the US Army、ブラッドの地元スプリングフィールドの学校、息子マドックスくんの母国カンボジアの団体などもジョリー・ピット基金から寄付を受け取っているという[23]

2009年12月、『ピープル』誌によると、アメリカの養護施設団体“アメリカン・SOS・チルドレンズ・ビレッジ”に10万ドル(日本円で約900万円)を寄付した。この団体はイリノイ州とフロリダ州にある養護施設で現在は300人ほどの子どもたちが暮らしている。ジョリーは「孤児や捨て子を育て、家族をバラバラにしないSOSのすばらしい活動をわたしたちはこの目で見ました。SOSビレッジでは一定の年齢になったからといって子どもが放り出されることはありません。職業訓練、高等教育、生活の手助けなど、すべての援助を永遠に与え続けてくれる場所です」とコメントしている。SOS・チルドレンズ・ビレッジは孤児や捨て子を支援する世界最大のNPOで、132か国で500のビレッジが存在している[24]

2010年2月、先の大地震に見舞われたハイチの隣国ドミニカ共和国の首都、サントドミンゴにある病院を訪問し、ハイチから避難してきた被災者たちと面会。その後、ハイチへ移動し、国連ハイチ安定化派遣団を訪問した。また、夫のブラッド・ピットとともに100万ドル(約9,000万円)を国境なき医師団へ寄付している[25]。なお、ハイチを訪問中にCNNのリポーターから「ハイチからは、養子をとらないのか」と尋ねられ、「いいえ、今われわれは、そのためにここにいるのではないのです。わたしたちは養子を受け入れる準備はあります。ブラッドとそのことも話しますが、それはここで考えることではありません」と強い口調で反論したと伝えられている。近年、ハイチでは生き別れた子どもの養子縁組が違法に行われて、人身売買にまで発展しており社会問題にもなっている。後にジョリーは、国連難民高等弁務官事務所のオフィシャルサイトで「養子縁組は緊急事態時の対応策として採用されるべきではない。ハイチは地震前に多くの人身売買の問題があったため、子どもたちにより一層の注意が必要だ」と声明を出している。エンターテインメントサイトのpopsugar.comではこのCNNのリポーターの質問について、「これは自然な質問、アンジーは養子をとることを認めている」「的はずれな質問、アンジーの活動から輝きを奪う」と二択で投票を行っているが、「的はずれな質問」に7割以上が投票している[26]

2010年8月、DesPardes.comによると、10万ドル(日本円で約900万円)をパキスタン洪水の被災者支援として寄付していたことが明らかになった。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)親善大使として慈善活動を行っているアンジーはパキスタン洪水について「今年の1月にはハイチ地震が起きるなど、たくさんの苦労を抱えた人々がだんだんと増えてきています」と支援の必要性を訴えるコメントを発表している[27]

2011年1月、『ハリウッド・リポーター』によると、実子シャイロちゃんが生まれた国ナミビアにある野生動物保護区にシャイロちゃんの名の下に2人が設立したジョリー・ピット財団から200万ドル(日本円で1億6400万円)を寄付していたことが明らかになった。この寄付に関してジョリーは「シャイロには自分が生まれた国に関わりながら育ってほしい。この野生動物保護区のオーナーとは古くからの友人でこのナミビアの土地と野生を保護するために彼らの熱心な仕事ぶりと人々への献身さにずっと感心させられている」と寄付理由に関したコメントを残している[28]

2011年6月、BANG Media Internationalによると、竜巻の被害にあったミズーリ州南西部の町、ジョプリンに50万ドル(日本円で約4,000万円)の寄付したという。2人が設立した「ジョリー・ピット基金」による寄付金は壊滅的な被害を受けて中長期的な支援を必要とする町の再建に充てられるという。ブラッドは「街の30パーセントが壊滅的な被害に遭い、ジョプリンの街には難題が待ち受けています。僕はこの街の近くで育っているため、住民は仕事熱心で、謙虚、立ち直る力も強いことを知っています」と語り、街の再建の手助けになりたいと言っており、アンジーも「多くをなくしたジョプリンの方々への思いでいっぱいです」と付け加えた[29][30]

2011年8月、BANG Media Internationalによると、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが設立した財団法人の納税記録が公開され、2人が2009年だけで総額490万ドル(日本円で約3億9,200万円)を慈善団体に寄付していたことがわかった。その寄付先は195万ドル(日本円で約1億5,600万円)が両親の働いている家庭の支援団体に、100万ドル(日本円で約8,000万円)は国連関連の慈善団体に、70万ドル(日本円で約5,600万円)は子どものがん基金に、また48万ドル(約3,840万円)は自然災害に遭った街の復興基金などに使われている。2人の友人は「セレブたちの多くはブラピやアンジーから学ぶことが一つや二つあるはずよ」とその金額の大きさがうがかえるコメントをしている[31]

2012年10月9日パキスタンターリバーンを批判し、女性の権利向上のために活動していた少女マララ・ユサフザイがターリバーンとみられる男たちによる銃撃(後にターリバーンが犯行声明を出した)で重傷を負うという事件をが起きると、10月18日、パキスタン、アフガニスタンの少女のために5万ドル(約400万円)を寄付した。寄付金は、パキスタン、アフガニスタンにおける女性教育のために闘った女性、少女を表彰する賞の創設などに使われるという[32][33]

2013年6月24日、国連安保理で開かれた紛争下の性暴力問題に関する公開討論で演説を行った[34][35]

2013年、アカデミー賞ジーン・ハーショルト友愛賞を受賞。

人物[編集]

家族関係[編集]

度重なる不倫により敬愛する母を苦辛させたことから実父のジョン・ヴォイトとは長年に亘り不仲が続いた。『トゥームレイダー』で父娘共演を果たすなど復縁も噂されたが2002年7月には本名のアンジェリーナ・ジョリー・ヴォイト(Angelina Jolie Voight)から「ヴォイト」を除外する改名を裁判所に申請。ロサンゼルス上級裁判所の判決により承認され同年9月12日付で同一の本名となった。

交際/結婚歴[編集]

サイバーネット』の共演を機に知り合ったジョニー・リー・ミラー1996年3月に結婚したが、翌年から別居し1999年2月に離婚。婚姻関係にあった最中もティモシー・ハットンとの交際が報じられた。

その後『狂っちゃいないぜ』で共演したビリー・ボブ・ソーントン2000年5月5日駆け落ちの末結婚、ソーントンはジョリーの養子の里親となったが2003年5月27日に離婚した。

一時コリン・ファレルとの交際が報じられたが、『Mr.&Mrs.スミス』で共演したブラッド・ピットと交際がスタート。自らは最低限のルールとして不倫も浮気も一切していないと公言していたが、ブラッド・ピットと当時の妻ジェニファー・アニストンの離婚が正式に成立する2005年10月2日より以前に、ジョリーはピットの子供を妊娠していた。この不倫は、連日ゴシップとして伝えられた。

不倫報道でバッシングを受けたジョリーは当初、自らの生い立ちを引き合いに出し「私は、不倫がどれほどに人を傷付けるかを他の誰よりもよく知っている。その私が誰かの夫である男性を好きになることはありえないこと。」「他人の持ち物に興味はない、それほど暇でもモテないわけでもない。」と反論するなどして長期間に渡って不倫関係を否定していたが、2008年『ニューヨーク・タイムズ』のインタビューでそれまでの説明を一転させ、アニストンとピットがまだ夫婦だった2004年に『Mr.&Mrs. スミス』の撮影中にピットと恋に落ちた、と二人の不倫関係を認めて以後は自らピットとの不倫交際中のエピソードを披露するようになり「子供が、両親が恋に落ちた映画を見るチャンスなんてそうそうないわ。ブラッドに会えるから、撮影現場に行くのが楽しかった」と発言[36]。ブラッドも『ローリングストーン誌』のインタビューで、同映画について聞かれた際に「そりゃあ、6人の子どもを持つことになったのは……あの映画で恋に落ちたからね」と発言し、ジョリーとの不倫を認めた[37][38]。ジョリーの発言を受けて、ジェニファーは『ヴォーグ誌』のインタビューで初めてジョリーについて言及。「不適切な発言」[37]、「そんなことが起きていたとは知らなかった。他人に明かすべき内容じゃないと思ったわ。毎日撮影に行くのが待ち遠しかったって言っていたけど、あれはクールじゃない」とジョリーを非難した[39]。 2012年4月13日、ブラッド・ピットと交際7年目にして正式に婚約したとブラッドの代理人が明らかにした。結婚式の日程などはまだ決めていないという[40]

メディアはピットとジョリーの名前を一つにしてブランジェリーナ(Brangelina)という造語を作った。2008年、ギネス・ワールド・レコーズ社より「ハリウッドで最もパワフルなペア」に認定された[41]

また、恋多き女性としてメディアに取り上げられてきたが、本人は「これまでの人生の中でセックスした男性は4人だけ。嘘じゃないわ、そのうちの2人とは結婚したんだから」と主張している。その4人とは現在のパートナーのブラッド・ピット、元夫のジョニーとビリー、名前は明かせないもう1人だという[42]

性的ゴシップ[編集]

ナイフの収集を趣味としており、10代の頃、交際していた男性とナイフで傷付け合い快感を得ていた。その動機も、通常の性行為で飽き足らなかったために使用したナイフで偶然怪我をした瞬間に快感を覚えたとのことである[43]。また、ソーントンとは互いに血液の入ったカプセルを持ち歩き、さらに女優・モデルのジェニー・シミズ1990年代初頭にジョリーと同性愛の関係にあったとインタビューで回答し世間を賑わせたが、度重なる不倫と浮気で父に苦心させられた経験から、最低限のルールとして自らは不倫も浮気も一切していないと公言していた(ブラッド・ピットとの不倫関係についても当時は否定していたが、現在はブラッドとの間が不倫関係から始まったことを認めており、「作品を通じて両親が出会うというのは子供たちにとってもとても感動的なこと」と述べている)。また、ブラッド・ピットが恋人になってからSMレズビアン的な性行動はとらなくなったと語る[44]

乳腺切除と遺伝子[編集]

2013年5月に掲載されたニューヨーク・タイムズの寄稿で、ジョリーは乳がんと卵巣癌の発生が高くなるとされる遺伝子BRCA1」に変異があるとして、乳がん予防のために両乳腺を切除する手術を受けた。これは、医者から「乳がんになる可能性の確率が87%」だと診断されたことを受けたもので、ジョリーの母もがんで早逝(2007年・56歳没)したことも影響しており、乳がんリスクを抑えるためでもあるとしている。[45]

この手術の影響は著しく、日本でも乳房予防切除手術の倫理申請を行う動きが出ている[46]

その他[編集]

背中のタトゥー
  • 幼少時からタトゥーに親しんでおり背中など、あらゆる箇所に彫り込んでいる。かつては左腕に元夫の名前を彫り込んでいたが離婚と同時にレーザーで消し、現在は子供達全員の出生地とその経度を彫り込んでいる。
  • ジョリーの外見的特徴の一つであり、彼女をセックス・シンボルたらしめている豊かなは、シリコンなどで人工的に作られたという疑惑が度々浮上しているが、少女時代のスナップ写真が整形ではない証拠となっている。
  • 高校時代、解雇されかかった教師の復職運動に奔走したことがある。
  • ジョリーを世界的なトップスターにのし上げた『トゥームレイダー』であるが、当初はオファーの際に、演じることが内定しているララ・クロフトの画像を目にした瞬間、余りに醜悪で筋肉質な容姿に拒絶反応を起こし即座に断った。1作目のララ像については「超ミニのホット・パンツをはいたバカ女」と評し脚本家と口論となったことを激白。だが、続編のララ像には満足しているようで、「今では、ララは特別な友達みたいに思える」と語っている[47]
  • イロコイ族の母の影響でインディアンの文化を守る活動にも非常に熱心に参加している。自らも映画『ロード・トゥ・ヘブン(True Women)』でインディアン女性役を演じたほか、同じくインディアン・アーティストの活動を支援している。サンテ・スー族インディアンの活動家で詩人でもあるジョン・トラデル(John Trudell)のアルバム『Bone Days』のエグゼクティブ・プロデューサーをつとめた。その後、母親の提案により[48]2005年にはインディアンゆえの差別に苦しみ、その後活動家となりミュージシャンや詩人としても成功した彼の人生を描いたドキュメンタリー映画Trudell』を製作した[49]。この映画はサンダンス映画祭などにも出品され、高い評価を得た[50][51][52]

Twitterでは「AngiesRightLeg(アンジーの右脚)」というアカウントが誕生、フォロワーは1万人を超えている[53]

主な出演作品[編集]

映画[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1993 サイボーグ2
Cyborg 2
キャッシュ・リース 日本劇場未公開
リニューアルパッケージ版のDVDタイトルは『アンジェリーナ・ジョリー サイボーグII』
1995 第一目撃者
Without Evidence
ジョディ 日本劇場未公開
サイバーネット
Hackers
ケイト・リビー 日本劇場未公開
1996 リアル・ブラッド
Mojave Moon
エレノア 日本劇場未公開
1997 不法執刀
Playing God
クレア 日本劇場未公開
ロード・トゥ・ヘブン
True Women
ジョージア テレビ映画
ジョージ・ウォレス/アラバマの反逆者
George Wallace
コーネリア・ウォレス テレビ映画
1998 ジーア/悲劇のスーパーモデル
Gia
ジア・キャランジ テレビ映画
ゴールデングローブ賞主演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門)受賞
エミー賞主演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門)ノミネート
Hell's Kitchen
Hell's Kitchen
グロリア 日本劇場未公開
1999 狂っちゃいないぜ
Pushing Tin
マリー
ボーン・コレクター
The Bone Collector
アメリア・ドナヒー
マイ・ハート、マイ・ラブ
Playing by Heart
ジョアン
17歳のカルテ
Girl, Interrupted
リサ アカデミー助演女優賞受賞
ゴールデングローブ賞 助演女優賞受賞
2000 60セカンズ
Gone in Sixty Seconds
スウェイ
2001 トゥームレイダー
Tomb Raider
ララ・クロフト ゴールデンラズベリー賞 最低主演女優賞ノミネート
ポワゾン
Original Sin
ジュリア
2002 ブロンド・ライフ
Life or Something Like it
レイニー ゴールデンラズベリー賞 最低主演女優賞ノミネート
2003 トゥームレイダー2
Lara Craft Tomb Raider : The Cradle of Life
ララ・クロフト ゴールデンラズベリー賞 最低主演女優賞ノミネート
すべては愛のために
Beyond Borders
サラ
2004 テイキング・ライブス
Taking Lives
イリアナ・スコット
スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー
Sky Captain and World of Tomorrow
フランキー・クック
アレキサンダー
Alexander
オリンピアス ゴールデンラズベリー賞 最低主演女優賞ノミネート
シャーク・テイル
Shark Tale
ローラ 声の出演
2005 Mr.&Mrs. スミス
Mr. and Mrs. Smith
ジェーン・スミス
2006 グッド・シェパード
The Good Shepherd
クローバー
2007 マイティ・ハート/愛と絆
A Mighty Heart
マリアンヌ・パール ゴールデングローブ賞 主演女優賞(ドラマ部門)ノミネート
ベオウルフ/呪われし勇者
Beowulf
グレンデルの母
2008 カンフー・パンダ
Kung Fu Panda
ティグリス 声の出演
ウォンテッド
Wanted
フォックス
チェンジリング
Changeling
クリスティン・コリンズ アカデミー主演女優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 主演女優賞(ドラマ部門)ノミネート
英国アカデミー賞 主演女優賞ノミネート
2010 ソルト
Salt
イヴリン・ソルト
ツーリスト
The Tourist
エリーズ
2011 カンフー・パンダ2
Kung Fu Panda 2
マスター・タイガー 声の出演
2014 マレフィセント
Maleficent
マレフィセント 兼製作総指揮

CM[編集]

監督作品[編集]

  • 最愛の大地 In the Land of Blood and Honey (2011年)監督・脚本・製作
  • Unbroken (2014年)監督

著書[編集]

関連書籍[編集]

  • アンジェリーナ・ジョリー 彼女のカルテ(ブルース・インターアクションズ、2008年)

主な受賞[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ "Angie overdoes the bad girl act". The Daily Telegraph. October 2, 2001. Retrieved April 24, 2012.
  2. ^ her only known Native ancestor was a Huron woman born in 1649.
  3. ^ Van Meter, Jonathan (2002年4月). “Angelina Jolie: Body Beautiful”. Vogue. http://www.style.com/vogue/feature/032602/page2.html 2011年7月7日閲覧。 
  4. ^ Wills, Dominic. “Angelina Jolie Biography”. Tiscali.co.uk. http://www.talktalk.co.uk/entertainment/film/biography/artist/angelina-jolie/biography/3 2011年7月7日閲覧。 
  5. ^ Jerome, Jim (1983年4月11日). “For Single Father Jon Voight 'Table for Five' Is a Story Close to His Own Painful Experience”. People. http://www.people.com/people/archive/article/0,,20084718,00.html 2011年7月7日閲覧。 
  6. ^ http://www.bls.gov/oco/ocos011.htm
  7. ^ Heath, Chris (2001年7月5日). “Blood, Sugar, Sex, Magic”. Rolling Stone. http://madeinatlantis.com/angelina_jolie/interview2.htm 2011年7月7日閲覧。 
  8. ^ Wills, Dominic. “Angelina Jolie Biography”. Tiscali.co.uk. http://www.talktalk.co.uk/entertainment/film/biography/artist/angelina-jolie/biography/3 2011年7月7日閲覧。 
  9. ^ Van Meter, Jonathan (2002年4月). “Angelina Jolie: Body Beautiful”. Vogue. http://www.style.com/vogue/feature/032602/page2.html 2011年7月7日閲覧。 
  10. ^ Strejcek, Ginger (Summer 2005). “Star Power: Attracting the Eyes of the World”. Season Magazine. http://www.seasonmagazine.com/Profiles/angelinaj.htm 2011年7月7日閲覧。 
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  12. ^ Wills, Dominic. “Angelina Jolie Biography”. Tiscali.co.uk. http://www.talktalk.co.uk/entertainment/film/biography/artist/angelina-jolie/biography/3 2011年7月7日閲覧。 
  13. ^ Sessums, Kevin (2004年11月). “Wild at Heart”. Allure. http://www.wutheringjolie.com/nuke/modules.php?name=Content&pa=showpage&pid=449 2011年7月7日閲覧。 
  14. ^ “Transcripts: Paula Zahn Now”. CNN.com. (2005年6月9日). http://transcripts.cnn.com/TRANSCRIPTS/0506/09/pzn.01.html 2011年7月7日閲覧。 
  15. ^ “アンジェリーナ・ジョリーが3人目の養子を迎え入れる”. AFPBB News. (2007年3月14日). http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2195300/1415482 2010年8月1日閲覧。 
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外部リンク[編集]