イロコイ連邦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イロコイ(イロクォイ)連邦 (-れんぽう、Haudenosaunee(ロングハウスを建てる人々)、英語:Iroquois Confederacy) は、北アメリカ・ニューヨーク州北部のオンタリオ湖南岸にある、6つのインディアン部族により構成される集団をいう。ワイアンドット族による「黒い蛇」という通称を、フランス人が「イロコイ」と訳し、イロコイ族と呼ばれる。ヨーロッパ人の移住以前から存在した集団であり、1794年にアメリカ合衆国と平和友好条約を結んでいる。国務省のパスポートを認めず独自のそれを発行し、同パスポートの使用はいくつかの国家により認められている[1]。日本国政府は国家として承認していない。
目次 |
[編集] 概要
連邦としては1000年頃に5つの国(民族)から形成された。それまで、争いが多かった5つの国が連邦制度により平和的に共存する単一の国家として成立した。その後もうひとつの国が加わって現在は6つの国により成り立っている。古くはこの1国が他国より優位に立つ暗黙の了解があったが、現在はない。連邦の成立に奔走した人物はピースメーカー (Peace Maker) として知られている。→デガナウィダ、ハイアワサ
イロコイの連邦制度をして、アメリカ合衆国の連邦制度の元になっており、アメリカ合衆国が13の州で独立するときにイロコイ連邦が協力して大統領制を始めとする合衆国憲法の制定にも関係している、とする見解がある。かつてアメリカ合衆国大統領は就任に当たってイロコイ連邦を表敬訪問するのが慣習となっており、近年のジョンソン大統領まで続いた。イロコイ連邦はそのヴィジョンをアメリカ合衆国に託するために非常な協力をした。
1780年代の合衆国憲法制定会議には、イロコイ連邦や先住民族諸国の代表団が含まれていた。イロコイはフランクリンやジェファーソンに幼いころから影響を与えたのみならず、独立から憲法の制定にいたる過程で具体的な示唆を与えていた。アメリカ合衆国としての統合はイロコイの連邦制度や協力抜きにはなかったとも言える。
合衆国のハクトウワシの国章はイロコイ連邦のシンボルを元にしたものであり、言論の自由や信教の自由、選挙や弾劾、独立州の連合としての連邦制などがイロコイから合衆国へと引き継がれたものである。また、イロコイは事実上、最も初期に女性への選挙権を認めた集団である。
連邦のひとつ、オノンダガ族は自治権の強さで知られ、海外への旅行の際にもアメリカ政府のパスポートを必要としない。1983年、ウンデッド・ニー1973を指導したデニス・バンクスが、FBIから逃れるためにオノンダガ国に亡命して話題となった。FBIはオノンダガ国内に侵入できず、バンクスに手が出せなかった。
[編集] 連邦に属する6つのネーション(国家)
- セネカ(Seneca) オノドワーガ Onodowohgah(丘の上の人々)ともいう。「西の扉を守るもの」であり、「六兄弟の“長兄”」。
- モホーク(Mohawk) カニエンケハカ Kanienkehaka(火打石の人々)ともいう。「東の扉を守るもの」。
- オノンダガ(Onondaga) オヌンダガオノ Onundagaono(丘の人々 )「炎とワムパムを守るもの」であり、「六兄弟の“兄”」
- オネイダ(Oneida) オナヨテカオノ Onayotekaono(直立した石の人々)ともいう。「中央の炎を守るもの」であり、「六兄弟の“弟”」。
- カユガ(Cayuga) グヨーコーニョ Guyohkohnyo(大沼沢地の人々)ともいう。「聖なるパイプを守るもの」であり、「六兄弟の“弟”」。
- タスカローラ(Tuscarora スカルレン Ska Ru ren(麻を採る人たち)ともいう。 18世紀初頭に加わった「六兄弟の“弟”」。
[編集] ネーションの族長
- アヨンワサ(イロコイ連邦での呼び名はハイアワサ Hiawatha) オノンダガ出身。モホーク族の英雄
- デガナウィダ ワイアンドット出身のモホーク族、ハイワサとともにイロコイ連邦を創設した英雄。
- ジョセフ・ブラント(タイイェンダナゲア Thayendanagea) モホーク族長
- キング・ヘンドリック(チヤノガ Tiyanoga) モホーク族長
- レッド・ジャケット(ソゴイェワファ Sogoyewapha)セネカの族長、英雄
- コーン・プランター(カイイオントワコン Kaiiontwa'kon)セネカ族長
- ハンサム・レイク(ガネオディヨ Ganeodiyo) セネカ族長

