貴族院 (イギリス)

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貴族院
House of Lords
第55回イギリス議会
種類
種類 イギリスの議会上院
役職
議長 ド・ソウザ女男爵フランセス・ド・ソウザ英語版
聖職貴族[1]
2011年12月1日より現職
指導者 Lord Hill of Oareford
保守党
2013年1月7日より現職
野党指導者 Baroness Royall of Blaisdon
労働党
2010年5月11日より現職
構成
定数 781[2]
院内勢力
  保守党 (305)
  労働党 (222)
  無所属 (178)
  聖職貴族 (25)
  Lab Ind (1)
  Con Ind (1)
  Ind Lab (1)
  Ind Lib (1)
  無所属 (17)
議事堂
Wood panelled room with high ceiling containing comfortable red padded benches and large gold throne.
ウェストミンスター宮殿
ウェブサイト
UK Parliament - House of Lords
イギリス
イギリス政府の紋章

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貴族院(きぞくいん、英語: House of Lords)は、イギリスの議会を構成する議院で、上院に相当する。

構成[編集]

庶民院(House of Commons) と共にイギリス議会を構成している(両院制)。

議会制民主主義の発展とともに公選制の庶民院に政治の実権が移り「貴族院」は名目的存在となった。1911年には議会法下院(庶民院)の優越が定められ、法案の最終的な決議権などは完全に下院に移った。しかし現在もその審議水準の高さで尊敬を集め、下院に再考を促す議院としての存在価値は高いと言われている。

貴族院の役割として、庶民院が通過させた法案を、専門知識を持つ貴族院議員が精査し、修正することが重視されている。また、下院の優越規定により法案を完全に阻止することはできないが、予算案などをのぞく法案の成立を1年間延期できるので、政府や庶民院、一般市民に再考を促すことができる。貴族院議員は選挙で選ばれないため、国民の支持は多いが憲法上や人権上の問題がある議題について反対しやすい。諸外国では最高裁判所が行う「憲法の番人」の役割を、イギリスでは貴族院が担ってきたともいえる。

イギリスの貴族院は今日でも全議員が何らかの形で爵位を持つ貴族 (lords) で構成されており、無爵でも多額納税者や勅撰議員が少なからず名を連ねていた日本のかつての貴族院とは様相が異なる。

議会制の長い歴史をもつ英国では、古くウィリアム1世の時代から、国王の諮問機関として、大貴族によって構成される大会議(キュリア・レジス)が存在していた。そして次第に小貴族、市民代表が参加するようになり、後に世襲制の貴族階級によって構成される貴族院と、市民代表からなる庶民院の二院制が成立した。

英国の貴族院議員は歳費を受領しない。貴族であることを前提として、その特権の一部として議会に招集されていることが、歳費が支給されない理由とされる。ただし下記法服貴族を除く。

英国の貴族院は、貴族全員を招集するため定数は存在しなかった。薔薇戦争で多くの貴族が絶えた時にはわずか2桁の議員数となったこともある。しかし後世、授爵が繰り返され、また、20世紀前半には、時の首相が自党の議員数をふやす目的で推薦を繰り返したことにより、一時は議席数1200名を数えるまでになった。しかし、1958年には一代貴族法により識見秀でた者を一代限りの貴族にすることで、議員数の増大を抑制する方針が採られた。

しかし、ブレア政権による貴族院改革は、92名を除いて残りの世襲貴族から議席を奪い去るに至り、現在の議席は700名ほどである。もっとも、千を超える議員がいた当時も、出席していたのはせいぜい300人程度だったと言う。そのためか貴族院の定足数は議長を含めて、わずか3名とされている(議決時には40名)。

2007年3月7日、貴族院に選挙制導入を求める決議案が庶民院で可決され、数年のうちに全議員もしくは大半の議員が、選挙で選ばれた者によって構成される見通しが出てきた。可決された決議案は

  • 改革後の貴族院は全員が選挙によるものであるべきという意見
  • 改革後の貴族院は、80%が選挙で、20%が任命で構成されるべきという意見

の2つの選択肢とするものだった[3]。 また同時に、世襲貴族議員の廃止を求める決議案も可決されており、この決議案に基づき政府が貴族院改革法案を提出して成立すれば、貴族のみで構成されていた貴族院は700年の歴史に幕を閉じる可能性がある。ただし、トニー・ブレア首相(当時)、デービッド・キャメロン保守党党首(当時)は可決された決議案には共に反対しており、また貴族院では全員任命案以外は否決されたため、改革の行方がどうなるかはまだ不透明である。

貴族院議員[編集]

貴族院議員には以下の別がある:

世襲貴族議員92名には、ノーフォーク公が世襲する紋章院総裁とチャムリー侯爵 (enが世襲する式部長官が含まれる。首相経験者が辞任し議会に残るとき、慣習的にLife peer (enと呼ばれる一代貴族の爵位(貴族地位)が与えられ貴族院に残ることがある。 法服貴族の定員は12人だったが、イギリス最高裁判所の成立で、その12人は2009年8月31日をもって、法服貴族の地位を失った。

議論[編集]

英国の貴族院を「世界で最高の演説が聞ける場所」と評する論者がいる。政府推薦による一代貴族は、単なる党活動家ではなく識見に優れた人士を選ぶため、庶民院よりも専門的で公平な議論がなされることが理由とされる。そのため、過去の貴族院改革によって既に庶民院・内閣の連合に従わない決定的権利を失ってしまっている以上、貴族院からこれ以上何を取り上げる必要があるのかという改革反対論は根強かった。

貴族院の議長は Lord Speaker と呼ばれる。貴族院議長は議事の立会人としての性格が強く、貴族院議長には庶民院議長と異なり議事規律権はなく、議事の整理は同輩議員同士が行う伝統がある。

大法官[編集]

かつては、大法官 (Lord Chancellor) が貴族院議長の任にあたった。首相が出現してくるまでは、大法官は政府の最高の官職であり、現在でも形式的な序列では聖職者であるカンタベリー大主教(第1位)に次ぐ第2位とされ、首相よりも上位の席次にある。また、内閣の一隅を占める。また、19世紀まで大法官管轄の特別裁判所が多数機能していた。現在でも貴族院議場において開催される王立委員会の首座をつとめている。

大法官管轄の特別裁判所らの裁判所が整理された後も、大法官には貴族院が行う最高裁判所としての審理に加わる権利があった。よって後発の三権分立がはっきり認識される国々からは「権力分立の歩く矛盾」と呼ばれていた。2009年10月からは、貴族院の終審裁判所機能はイギリス最高裁判所に移管された。

英国の貴族院は、その中の12名の「常任上訴貴族」=法服貴族(非世襲・勅任)が、司法権の頂点に立つ最高裁判所をなしているという点に歴史的特徴があった。しかし、2009年10月にイギリス最高裁判所が設置されたためこの機能はなくなった。法服貴族のほか、大法官も審理に加わる資格があるが、現在の大法官は首相の下に立つ閣僚であり、間違いなく党派的選任であるため、通常審理参加を放棄する旨を表明する。

また、「聖職貴族」と呼ばれる議員が存在している。カンタベリーヨークの大主教および23名の上級主教、あわせて25人が貴族院議員として議席を有している。

脚註[編集]

  1. ^ Baroness D'Souza Biography and Factfile” (2014年1月8日). 2014年1月8日閲覧。
  2. ^ Lords by party, type of peerage and gender”. Parliament of the United Kingdom (2013年8月6日). 2013年8月6日閲覧。
  3. ^ このほかにも全員任命・20%選挙・40%選挙・50%選挙・60%選挙の各決議案があったがすべて否決された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]