ジュリエット・ビノシュ

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ジュリエット・ビノシュ
Juliette Binoche
Juliette Binoche
2009年10月
生年月日 1964年3月9日(47歳)
出生地 パリ
国籍 フランスの旗 フランス
活動期間 1983年 -
配偶者 アンドレ・ハル(1991 - 1993年)
主な作品
トリコロール/青の愛
イングリッシュ・ペイシェント
ショコラ

ジュリエット・ビノシュJuliette Binoche, 1964年3月9日 - )は、フランス出身の女優

目次

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

首都パリにてフランス人舞台監督の父(ジャン=マリ・ビノシュ)とポーランド人女優の母(モニーク・スタレンス)の間に生まれる[1]。両親はビノシュが4歳のときに離婚したため、それぞれの親とカトリックの寄宿学校の間を行き来して育つ[2]。パリの芸術高校に進んだのち、フランス国立高等演劇学校コンセルヴァトワール)にて学ぶ。

[編集] キャリア

1983年公開の『Liberty Bell』にて映画初出演。『ゴダールのマリア』や『ランデヴー』などの作品でフランス国内で人気となり、後者の作品でロミー・シュナイダー賞を受賞、セザール賞主演女優賞にノミネートされた。1986年公開の『汚れた血』でシュザンヌ・ビアンケッティ賞を受賞。この作品で国際的に注目を集め、1988年公開の『存在の耐えられない軽さ』でアメリカ映画に初出演した。

1991年公開の『ポンヌフの恋人』でヨーロッパ映画賞女優賞を受賞。1993年公開の『トリコロール/青の愛』でヴェネツィア国際映画祭 女優賞セザール賞主演女優賞を受賞。1996年公開の『イングリッシュ・ペイシェント』でベルリン国際映画祭銀熊賞アカデミー助演女優賞を受賞。翌年にはルイジ・ピランデッロの『裸』でウエスト・エンドの舞台に立った。

2000年公開の『ショコラ』でアカデミー主演女優賞に、同年の舞台ハロルド・ピンターの『背信』でトニー賞にノミネートされた。

[編集] 私生活

1980年代に映画監督レオス・カラックスと交際していたが破局。1993年にスキューバダイバーの男性(アンドレ・ハル)との間に長男ラファエルを、1999年に『年下のひと』で共演したブノワ・マジメルとの間に女児ハナを生むが、どちらも後に破局。2005年から2008年までアルゼンチン人脚本家のサンティアゴ・アミゴレナと交際。

ポーランドチェンストホヴァ市の名誉市民。母親がこの町の出身。

[編集] 主な出演作品

[編集] 主な受賞

[編集] 参照

  1. ^ Juliette Binoche Biography (1964-)”. Film Reference. 2009年12月21日閲覧。
  2. ^ Stated in interview at Inside the Actors Studio

[編集] 外部リンク

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