ミシェル・ファイファー

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ミシェル・ファイファー
Michelle Pfeiffer
Michelle Pfeiffer
ミシェル・ファイファー(2007年)
本名 Michelle Marie Pfeiffer
生年月日 1958年4月29日(53歳)
職業 女優
活動期間 1979年 -
配偶者 ピーター・ホートン (1981年 – 1988年)
デビッド・E・ケリー (1993年 - )
主な作品
恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ
バットマン・リターンズ
ヘアスプレー

ミシェル・マリー・ファイファーMichelle Marie Pfeiffer, 1958年4月29日 - )は、アメリカ合衆国女優

目次

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

カリフォルニア州サンタ・アナで4人兄妹の長女として生まれた。父親のリチャード・ファイファーは空調関係の会社を営み、母親のドナ(旧姓タヴァルナ)は専業主婦。二人の妹(ディディロリ)も女優。両親は彼女が12歳のときに離婚。

高校卒業後、スーパーマーケットのレジ係りとして働いたが、ミス・オレンジ・カウンティー・コンテストに出場して優勝した。その時、スカウトの目に留まり、ロサンゼルスに移った。

[編集] キャリア

1980年に『マンハッタン・ラプソディー』にて映画デビューを果たす。以後は出演ごとに徐々に人気を集めていった。

1988年公開の『危険な関係』でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、英国アカデミー賞 助演女優賞を受賞した。1989年公開の『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』と1992年公開の『ラブ・フィールド』でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。また、前者の作品でゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門)を、後者の作品でベルリン国際映画祭女優賞を受賞した。

1990年と1999年の『ピープル』誌による「世界で最も美しい人物」に選ばれ、表紙を飾った。

2000年以降は家族との時間を優先にしていたが、2007年公開の『ヘアスプレー』で女優業に復帰。

[編集]  私生活 

1981年に俳優ピーター・ホートンと結婚したが、1990年に離婚。1993年3月に生後間もない女児(クラウディア・ローズ)を養女として迎え、同年11月にプロデューサーのデビッド・E・ケリーと再婚。1994年8月に長男(ジョン・ヘンリー)を出産した。

[編集] 主な出演作

(日本語吹替えにおける特定の声優がいないため、試みとして作品ごとに記述する)

[編集] 映画

[編集] 1980年代

勝生真沙子
土井美加(TV)
佐々木優子(TV)
藤田淑子(DVD)
島本須美(DVD)
深見梨加(DVD)、藤田淑子(TV)、MIE(VHSビデオ)

[編集] 1990年代

弥永和子(VHSビデオ)
一城みゆ希(DVD、VHSビデオとも)
田島令子(DVD)、藤田淑子(TV)
弥永和子(VHSビデオ。DVDも?)
島本須美(DVD)、勝生真沙子(TV)
小山茉美(DVD)
小山茉美(DVD)
杉村理加(DVD)、田中敦子(TV)
小山茉美(DVD)、
高島雅羅(DVD)
高島雅羅(DVD)
夫デビッド・E・ケリーがヒットドラマ『アリーmyラブ』で起用したキャリスタ・フロックハートと共演
佐々木優子

[編集] 2000年代

小山茉美(DVD)
戸田恵子(TV)
塩田朋子

[編集] テレビ番組

1997年にNHK教育テレビで放送。2002年に再放送
高島雅羅

[編集] 外部リンク

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