アリス・ブラディ

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アリス・ブラディ
Alice Brady
Alice Brady
本名 Mary Rose Brady
生年月日 1892年11月2日
没年月日 1939年10月28日(満46歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク市
死没地 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク市
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 女優
ジャンル 映画・舞台
活動期間 1914年 – 1939年
配偶者 ジェームズ・クレイン(1919年 - 1922年)

アリス・ブラディAlice Brady, 1892年11月2日 - 1939年10月28日)はアメリカ合衆国の女優。

1871年に起きたシカゴ大火を題材にした映画『シカゴ』(1937年)で第10回アカデミー賞助演女優賞を受賞。その授賞式を足首の怪我のために欠席したところ、彼女の代理人と名乗る男が壇上に現れてオスカー像を受け取り、そのまま持ち去る事件が起きた。アカデミー協会は代わりを用意したが、彼女の手に渡る前に彼女は癌で亡くなった。犯人もオスカー像も行方不明のままである。

来歴[編集]

1892年ニューヨーク市で生まれ、1896年に母ローズ・マリー・ルネを亡くす。父ウィリアム・A・ブラディが有名な演劇プロデューサーだったことから幼いころから芝居に興味を持つようになる。14歳で舞台に立つようになり、1911年ブロードウェイデビュー。1913年に父親が映画会社を作り映画産業に参入すると、彼女も映画の仕事を始めるようになる。1914年に『As Ye Sow』で映画デビュー。その後10年近くの間に50本を超えるサイレント映画に出演。

1919年に俳優ジェームズ・クレインと結婚。後に息子1人ドナルドをもうけるが、1922年に離婚。クレインとは『彼の婚礼の夜』(1919年)、『罪の人々』(1920年)、『A Dark Lantern』(1920年)の3作品で共演。1923年に映画の仕事を辞め、活動の中心を舞台に移す。

1933年ハリウッドに移り、『When Ladies Meet』で初のトーキーに出演するとともに映画に復帰。その後は映画を中心に活動する。

1936年の映画『襤褸と宝石』で第9回アカデミー賞助演女優賞にノミネート。

1937年の映画『シカゴ』で第10回アカデミー賞の助演女優賞を受賞。

1939年で死去。

主な出演作品[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]