ビョーク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ビョーク Björk |
|
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Björk Guðmundsdóttir |
| 出生日 | 1965年11月21日(42歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | Pop Rock Electronica Alternative rock|Alternative Dance Jazz Trip-Hop Classical |
| 職業 | Vocalist, Musician, Producer, Arranger, Programmer, Actress |
| 担当楽器 | ボーカル、ラップトップ(ノートパソコン) |
| 活動期間 | 1977年 - |
| レーベル | One Little Indian Elektra Polydor Mother Smekkleysa |
| 共同作業者 | The Sugarcubes, Tappi Tikarrass, KUKL, Spit and Snot, Exodus, Jam80 |
| 公式サイト | bjork.com |
ビョーク(Björk Guðmundsdóttir ビョーク・グズムンズドッティル(IPA: [ˈpjœr̥k ˈkvʏðmʏntsˌtoʊhtɪr]) 1965年11月21日 - )は、アイスランド・レイキャヴィーク生まれの女性歌手、シンガーソングライター、作曲家、女優。ソロで精力的に活動する以前は、オルタナティブ・ロックバンド "The Sugarcubes"のメイン・ボーカルとして活動していた。
彼女は様々なジャンルの音楽(ポップ、オルタナティブ・ロック、ジャズ、環境音楽、エレクトロニカ、フォーク、クラシック音楽)に影響を受けた革新的な音楽を生み出すことで知られ、グラミー賞に12回、アカデミー賞に1回ノミネートされるなど多数の賞を獲得している。
彼女のレコード・レーベル One Little Indianによると、2003年現在、彼女は全世界で1,500万枚のアルバムを売り上げている。
目次 |
経歴・概要
ヒッピームーブメントに影響を受けた両親(ちなみに両親は彼女が1歳の時に離婚している。母の再婚相手はギタリスト)のもと、幼少の頃、地元の音楽学校に通いフルートを学ぶ。1977年に12歳でアルバム「Björk」でデビュー。アイスランド国内で爆発的な人気を得る。しかし彼女自身はカバーばかりで自分の曲が1曲しか入っていないこのアルバムに満足していない発言を後に残している。
更にアーティストたるもの、新しいものを創造することが使命であり過去の作品を演奏する事の多いアカデミックな音楽教育に疑問を持つ発言をしており(しかし数十年後、この頃の仲間たちはhomogenicでストリングスを担当してくれているのだが)、その後アイスランドに訪れたパンクの波に影響され13歳でタッピティカラスなどのパンクバンドを結成。ドラムを担当する。
1984年、アヴァンギャルドなハードコアジャズパンクバンド"Kukl"を結成。このバンドの楽曲は今聞いても相当に革新的な特徴を持っている。1986年にギターポップバンド"The Sugarcubes"(ザ・シュガーキューブス)を結成。英語で発表した曲はアイスランドのみならず英語圏でも注目を集める人気インディバンドとなる。
The Sugarcubes解散後、1993年にソロアルバムをリリース。ハウスを取り入れた先鋭的かつポップなサウンド、天真爛漫で自由奔放なボーカルが注目を集め、世界的にヒットした。
彼女の黒髪と神秘的な顔立ちは、アイスランド人にしばしば顕れる形質で、何故アイスランド人に東洋的とも思われる子どもが生まれるのか人類学的には謎の一つとされている現象である。[要出典]ちなみに彼女は若いころ、日本人に似ていると周囲に指摘された経験から、三島由紀夫などの日本文学を読んでいたという。
また彼女は、幼少時に観た日本映画『鬼婆』に形容しようのない印象を受け、日本に強い興味を抱いていたという。日本の写真家・荒木経惟とコラボレーションを行ったことがある[1]。
2000年、ミュージカル映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に主演。カンヌ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞した。日本では2001年の正月映画として公開されヒットした。
2004年に行われたアテネオリンピックの開会式で『Oceania』を歌った。
2005年7月2日はDREAMS COME TRUE、Do As Infinityなども参加した幕張メッセのLIVE 8 Japanコンサートでライヴ・パフォーマンスを披露した。LIVE 8はG8八カ国同日に行われたイベントであり、世界貧困撲滅キャンペーンの一つである。
同年、ビョークは日本についての映画『拘束のドローイング9』への出演とサウンドトラック創作に打ち込んでいた。同作を製作したアーティストのマシュー・バーニーは現在のパートナーである。
名前
「ビョーク」とは「カバノキ」、「グズムンズドッティル」とは「グズムンドゥルの娘」を意味する。
詳細はアイスランドの姓名も参照
影響力の強さ
様々な分野のミュージシャンとコラボレーションを行うことでも知られ、インタビューなどでビョークに影響を受けたと答えるミュージシャンも多い。 また、映像作家ミシェル・ゴンドリーや写真家荒木経惟とコラボレーションを行ったり、シンクロナイズドスイミングのヴィルジニー・デデューやフィギュアスケートのミシェル・クワンや高橋大輔の演技で彼女の曲が使われるなど、他分野の芸術家にも影響を与えている。
熱狂的なファン
精神に病を患ったフロリダのファン Ricardo Lopezは、ビョークを殺害するための酸性爆弾を作製する過程をフィルムに撮影した。22時間にわたるそのビデオテープには、爆弾作製の過程に加えて、愛に対する彼の考えや彼の不平不満なども語られ、彼のビョークへの強い執着が述べられていた。映像はさらに続き、爆弾をビョーク宛に郵送し終えて、すぐにでもビョークが死ぬと信じている彼は、奇妙なフェースペイントを塗り、頭髪を剃った後、カメラの前で彼自身を銃弾で撃ち抜いた。彼は自分の命を奪うことには成功したが、そのビデオを見た警察によって、郵送された爆弾はビョークに届く前にスコットランドヤードが探し出した。
論争
暴行事件
1996年2月、タイのドンムアン空港で、テレビの女性レポーター、ジュリー・カウフマンがマイクを向けて問いかけた瞬間、突然ビョークがリポーターに掴みかかった。同行していたスタッフに止められてバスに乗り込んだが、その映像が世界中に流された。レポーター側は「ただ、ウェルカムと言っただけ」と主張。ビョーク側は、同行していた息子シンドリに「こんな自分勝手なお母さんの息子って、どんな気分?」とリポーターが言い、カメラで関係のない息子を撮影したことに激怒したと主張。後にビョーク側が「大人気なかった」と謝罪した。ネット上の動画投稿サイトにアップロードされた映像[2]によると、女性レポーターは単に〝Welcome to Bangkok〟としか言っていない。
2007年8月、フランスの空港で執拗に付回すカメラマンを殴り、その映像がネット上で公開されて話題となる。
2008年1月13日、ニュージーランド滞在中に、オークランド国際空港で付き添い人の制止を無視して撮影を行ったカメラマンに暴行した。カメラマンがビョークの写真を数枚撮影後、その場から離れようとした際、ビョークが追いかけてカメラマンのTシャツを引き裂いた。揉み合いを続ける中、ビョークは自ら床に転倒した[3]。
チベット独立宣言事件
2008年3月2日、中国・上海で行われたコンサートで事前に演奏を届け出ていない[4]「Declare Independence」を歌った際にチベットを連呼した。これを受け、中国文化省は文化省のサイト上で、規定に違反して個人的な芸術活動を政治利用し人民の感情を傷つけると不快感を表すコメントを掲載すると共に、中国国外アーティストへの制限を強化する意向を発表している。一方のビョークも自身のサイトで、自分は政治家ではなくミュージシャンである旨のコメントを返している。
なお、2008年2月に日本・武道館で開催されたコンサートでは同じ曲でコソボを連呼しており、この影響でセルビアでの出演をキャンセルされている。
ソロ・ディスコグラフィー
- Björk (1977)
- Gling-Gló (1990)
- デビュー/Debut (1993)
- ポスト/Post (1995)
- テレグラム/Telegram (1996) - 『ポスト』のリミックスアルバム
- ホモジェニック/Homogenic (1997)
- セルマ・ソングズ/Selmasongs (2000) - 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のサウンドトラック。トム・ヨークとのデュエット『I've Seen It All』を収録
- ヴェスパタイン/Vespertine (2001)
- グレイテスト・ヒッツ/Greatest Hits (2002)
- ファミリー・トゥリー/Family Tree (2002) - 『グレイテスト・ヒッツ』に未発表曲などを加えた6枚組BOX
- ザ・ライヴ・ボックス/Live Box (2003)
- メダラ/Medúlla (2004)
- アイチューンズ・オリジナルズ/iTunes Originals (2005)
- 拘束のドローイング9/Drawing Restraint 9 (2005) - 『拘束のドローイング9』のサウンドトラック
- サラウンド/Surround (2006) - 過去のアルバムを5.1chサラウンドにリミックスし、全ビデオクリップも加えた7枚組DualDisc(DVD+CD)の限定BOXセット
- ヴォルタ/Volta (2007)
日本公演
- 2月7日,8日,9日 渋谷 ON AIR WEST
- 1月31日,2月1日 恵比寿ガーデンホール、4日 日本武道館、5日 愛知県勤労会館、7日 九州電力ホール、9日,10日 松下IMPホール
- 8月1日 東京ベイサイドスクエア
- 12月2日 昭和女子大学人見記念講堂、5日 オーチャードホール、7日 東京国際フォーラムホールC
- 2003年 フジロック・フェスティバル
- 苗場スキー場
- 7月2日 幕張メッセ
- 2月19日,22日 日本武道館、25日 大阪城ホール
脚注
- ^ 雑誌SWITCH2003年10月号掲載
- ^ bjork attack reporter - YouTube
- ^ 歌手ビョーク、ニュージーランドでカメラマンに暴行(ロイター)
- ^ 「営業性演出管理条例」にもとづき、中華人民共和国内で演奏する中国国外アーティストは演奏する曲目を文化省に提出し許可を得る必要がある。
外部リンク

