サウンド・オブ・ミュージック (映画)
| サウンド・オブ・ミュージック | |
|---|---|
| The Sound of Music | |
| 監督 | ロバート・ワイズ |
| 脚本 | アーネスト・レーマン |
| 原作 | ハワード・リンゼイ ラッセル・クローズ |
| 製作 | ロバート・ワイズ ソウル・チャップリン |
| 出演者 | ジュリー・アンドリュース クリストファー・プラマー エリノア・パーカー リチャード・ヘイドン ペギー・ウッド |
| 音楽 | リチャード・ロジャース オスカー・ハマースタイン二世 アーウィン・コスタル |
| 撮影 | テッド・マッコード |
| 編集 | ウィリアム・レイノルズ |
| 配給 | 20世紀フォックス |
| 公開 | |
| 上映時間 | 174分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 製作費 | $8,200,000 |
『サウンド・オブ・ミュージック』(The Sound of Music)は、同名のミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』を原作とするミュージカル映画。1965年公開。20世紀フォックス提供。
目次 |
ストーリー[編集]
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
オーストリアのザルツブルク。1938年のドイツによるオーストリア合邦(アンシュルス)及び第二次世界大戦の前夜。
オープニング《The Sound of Music》
マリアは修道女見習い。おてんばでまわりの修道女にからかわれていた《Maria「マリア」》。ある日、修道院長に、トラップ大佐の7人の子供たちの家庭教師をするように勧められ、大佐宅へ向かう《I Have Confidence in Me「自信を持って」》。
トラップ大佐(ゲオルグ)はオーストリア=ハンガリー帝国海軍の退役軍人。数年前に妻を亡くして以来、子供たちの家庭教師がどれも長続きせず困っていた。大佐は、子供たちを軍隊的に厳しくしつけているが、子供たちはいたって快活。早速カエルをマリアのポケットにしのばせるいたずらをする。
夕食。子供たちのいたずらで席に置かれた松かさの上に知らずに座ったマリアは悲鳴をあげるが、大佐には「持病のリウマチの発作で」と誤魔化し、子供たちに朗らかに「歓迎の意」のお礼を述べる。
大佐に電報が届き、翌日から大佐はウィーンに出かけることになる。長女リーズルは電報配達のロルフと密かな恋仲であり、夕食途中で席を立ちロルフに会いに行く。ふたりは互いの愛を確かめ合い、甘やかなひとときを過ごす《Sixteen Going on Seventeen「もうすぐ17才」》。だが、時を忘れてしまい家から締め出されたリーズルは、マリアの部屋の窓からそっと家に戻る。外は雷鳴が音高く轟き、雷を怖がる弟妹たちも次々にマリアの部屋に集まってきた。雷鳴と電光におびえる子供たちにマリアは、「哀しいときやつらいときは楽しいことを考えましょう」と教える《My Favorite Things「私のお気に入り」》。すっかり打ち解けたマリアと子供達だったが、就寝時間を守らなかったことでトラップ大佐にたしなめられる。
マリアは海軍の制服のような子供たちの衣服をかわいそうに思い、部屋のカーテンで遊び着を作って山に遠足に出かける。子供たちがいたずらや悪さをするのは父であるトラップ大佐の気を引きたいからだと聞かされたマリアは、歌を歌って気を引いてはどうかと提案するが、母を亡くしてから長く家に音楽がなかったため知っている歌はひとつもないと聞き驚く。そこでマリアは子供たちに歌を基礎の基礎、ドレミの階名から教える《Do-Re-Mi「ドレミの歌」》。
数日してマリアと子供たちが川遊びをしているところに、大佐が婚約者のエルザ男爵夫人(未亡人)と友人マックス・デトワイラーを連れて戻る。奇妙な遊び着を着ていることで大佐は激昂するが、マリアは子供達に目を向けて欲しい、寂しさに応えてあげて欲しいと必死で訴える。取りつく島もなく大佐はマリアに解雇を言い渡すが、子供たちの合唱する声に吸い寄せられ、自らも長い間忘れていた歌を歌う《The Sound of Music》。自分の教育方針は独りよがりだったと大佐は詫び、マリアは引き続き家庭教師としてトラップ邸に留まるよう依頼される。
マリアと子供たちは男爵夫人とマックスを歓迎する会を開く。その歌のすばらしさと人形劇のおもしろさに大佐は大喜びする《Lonely Goatherd「ひとりぼっちの羊飼い」[1]》。マックスは子供たちを合唱団として売り込むことを提案するが大佐は一笑に付す。そこでマリアは大佐に「次はあなたの番」とギターを差し出す。大佐は照れて拒むが、子供たちに押し切られる形でギターを受け取り、昔を懐かしむかのように情感をこめて「Edelweiss「エーデルワイス」」を歌い上げる。
大佐邸で婚約披露のパーティーが開かれる《So Long, Farewell「さようなら、ごきげんよう」》。民族舞踊を踊るマリアと大佐。二人の目が合うと、マリアは「これ以上はもう忘れた」と言って踊りをやめるが、顔を赤くして立ち尽くしてしまう。
マックスはマリアがパーティーの食事に出席するよう提案し、大佐も了承する。着替えのために下がったマリアに男爵夫人が、大佐がマリアに気があるのではないかと伝える。男爵夫人は大佐とマリアが互いにそれと気付かず惹かれあっていると感じており、二人の仲が進むのを危惧していた。大佐の気持ちを本気にするなと言う男爵夫人の言葉に、これ以上大佐邸にいられないと思ったマリアは置き手紙をしてそっと修道院に戻る。【この直後に2~3分間の休憩が入るバージョンもある。】
突然のマリアとの別れを寂しがる子供たちは修道院(ザルツブルクにあるノンベルク修道院)にマリアを訪ねるが、マリアは部屋にこもっていると言われ会えずに戻ることとなる。一方マリアは修道院長に励まされ、大佐の邸宅に戻ることに《Climb Ev'ry Mountain「すべての山に登れ」》。修道院へ行っていたため昼食に遅れた子供たちは父親に叱責され、歌を歌って元気を出そうと歌っていると《My Favorite Things「私のお気に入り」》、重なるようにマリアの歌声が聞こえた。
その晩、バルコニーで結婚を語り合う大佐と男爵夫人だが、大佐の目は夜の庭をそぞろ歩くマリアの後姿を追っていた。大佐はすでに自分の心がマリアに向いていることに気づき、男爵夫人に婚約解消を告げる。大佐とマリアは、邸宅の庭で互いの愛を告白する《Something Good「何かいいこと」》。
二人は子供たちや修道院の修道女たちに祝福されて結婚式を挙げ《Maria「マリア」》、新婚旅行に出かける。
二人が新婚旅行に行っている間に、アンシュルスに伴いドイツ軍がザルツブルクにも駐屯していた。ある日、出かけ先で会ったロルフがリーズルに大佐宛の電報を託すが、ロルフはリーズルに対しどこか冷たくなっていた。ロルフはオーストリア・ナチス党の突撃隊員になっており、ナチス式敬礼をした上に大佐もドイツ軍人としての任務に就くよう忠告する。一方、母国の不穏な雰囲気を察して急いで新婚旅行から戻った大佐の家には今やドイツのみならずオーストリアの国旗となったナチス旗が掲げられており、激昂した大佐はその旗を引きずりおろす。また、マックスは子供たちを合唱団として売り込む事を諦めておらず、大佐が居ない間にコンクールへの出場を決めてしまっていたが、大佐はなおも反対した。リーズルから渡された電報は、有能な軍人であった大佐を欲するドイツ第三帝国海軍からの出頭命令であった。愛国者でありドイツのオーストリア併合に反対する大佐は、ドイツ軍の言うとおりに出頭する気はなく時代の大きな波を感じとり、命令を無視し中立国であるスイスへ一家で亡命することを決意する。
その晩、トラップ一家が亡命する為に屋敷を出たところでドイツの官吏が待っていた。実は大佐邸の執事でオーストリア・ナチス党員のフランツが亡命の計画を密告していたのである。官吏は出頭命令のもと大佐を新たな任務先へ護送しようとするが、大佐は自身が反対していた歌のコンクールを口実にし、官吏はコンクールが終わり次第護送するという条件を出して、護送の延長を許した。ナチス突撃隊らの厳重な監視の下、ザルツブルクの祝祭劇場で行われたコンクールで《Do-Re-Mi「ドレミの歌」》と、オーストリアの愛国歌(という劇中の脚色で)《Edelweiss「エーデルワイス」》、《So Long, Farewell「さようなら、ごきげんよう」》を歌う一家。審査の結果、トラップ一家が優勝するが、その表彰式の隙に家族は逃げ出す。
家族はマリアのいた修道院(ザルツブルクにあるノンベルク修道院)に逃げ込むが、ナチス突撃隊も修道院を捜索する。その中にはロルフもおり、一家が墓場に潜んでいることに気付いたロルフは銃を構えるが、長女と大佐に声をかけられ一瞬躊躇する。同行するよう諭す大佐に反発したロルフは大声をあげ上官に通報するが、一家は裏口から車で逃走する。ナチス突撃隊も追跡しようとするが車のエンジンがかからない。修道院長に対し罪を犯したと嘆く修道女たちの手には、その車から外された部品[2]が握られていた。
国境線が全て閉鎖されているため、家族は山を越えて逃亡先のスイスへと向かう《Climb Ev'ry Mountain「すべての山に登れ」》。
キャスト[編集]
| 役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| ソフト版 | DVD新録版 | NETテレビ版 | フジテレビ版 | テレビ東京版 | ||
| マリア | ジュリー・アンドリュース | 武藤礼子 | 島田歌穂 | 武藤礼子 | 新妻聖子 | |
| トラップ大佐 | クリストファー・プラマー | 金内吉男 | 布施明 | 井上孝雄 | 若山弦蔵 | 井上和彦 |
| エルザ男爵夫人 | エリノア・パーカー | 増山江威子 | 増子倭文江 | 寺島信子 | 藤波京子 | 戸田恵子 |
| マックス | リチャード・ヘイドン | 永井一郎 | 坂部文昭 | 中村正 | 真木恭介 | チョー |
| 修道院長 | ペギー・ウッド | 京田尚子 | 伊集加代 | 中西妙子 | 藤波京子 | |
| リーズル | シャーミアン・カー | 玉川砂記子 | 華原朋美 | 横沢啓子 | 藤村歩 | |
| フリードリッヒ | ニコラス・ハモンド | 松田辰也 | 大沼遼平 | 永久勲雄 | 代永翼 | |
| ルイーザ | ヘザー・メンジース | 冨永みーな | 仲原舞 | 玉川砂記子 | 須藤祐実 | |
| クルト | デュアン・チェイス | 中沢佳仁 | 戸野塚祐亮 | 松田辰也 | 小林翼 | |
| ブリギッタ | アンジェラ・カートライト | 渕崎ゆり子 | 石川愛梨 | 市原由美子 | 宇山玲加 | |
| マルタ | デビー・ターナー | 土方結香 | 黒葛原未有 | 冨永みーな | 諸星すみれ | |
| グレーテル | キム・カラス | 建田小百子 | 山内初音 | 三好由里子 | 松本春姫 | |
| ロルフ | ダニエル・トゥルーヒット | 田中秀幸 | 岸祐二 | 水島裕 | 日野聡 | |
| ツェラー | ベン・ライト | 大木民夫 | 稲垣隆史 | 島宇志夫 | 小川真司 | |
| シュミット夫人 | ノーマ・ヴァーデン | 島美弥子 | 沼波輝枝 | 火野カチコ | ||
| 執事フランツ | ギル・スチュアート | 仲木隆司 | 小島敏彦 | 上田敏也 | 浦山迅 | |
| 日本語版制作スタッフ | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 役職 | ソフト版 | DVD新録版 | NETテレビ版 | フジテレビ版 | テレビ東京版 | |
| 演出 | 山田悦司 | 佐藤敏夫 | 春日正伸 | 木村絵理子 | ||
| 翻訳 | 森みさ | 森田瑠美 | 森みさ | |||
| 訳詞 | 森みさ | 『ドレミの歌』: ペギー葉山 『ドレミの歌』以外: もりちよこ |
森みさ | |||
| 調整 | 荒木勝也 | 長井利親 | 山田太平 | 田中和成 | ||
| 録音 | アートセンター | |||||
| 効果 | PAG | サウンドボックス | ||||
| 配給 | ビデオフィルム | |||||
| 制作担当 | 山本悌嗣(東北新社) | |||||
| 制作 | 東北新社 | ブロードメディア・スタジオ | 東北新社/テレビ東京 | |||
- NETテレビ版初回放映日:1976年10月10日『日曜洋画劇場』
- フジテレビ版初回放映日:1978年11月3日『ゴールデン洋画劇場』
- テレビ東京版初回放映日:2011年1月4日『池上彰と見る! 20世紀名作シネマ特別企画』
追加曲[編集]
リチャード・ロジャースによって、以下の2曲が追加されている。
- 自信を持って(I Have Confidence in Me)
- はじめて大佐邸をマリアが訪ねて向かうときの歌。
- なにかよいこと(Something Good)
- マリアと大佐が互いに恋を告白したときに自分たちのしあわせを「なにかよいことをしたからか」と歌う。
受賞[編集]
| 受賞 | 人物 | |
| 作品賞 | ロバート・ワイズ ソウル・チャップリン |
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| 監督賞 | ロバート・ワイズ | |
| 編集賞 | ウィリアム・H・レイノルズ | |
| 音楽賞 | アーウィン・コスタル | |
| 録音賞 | ジェームズ・P・コーコラン フレッド・ヘインズ |
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| ノミネート | ||
| 主演女優賞 | ジュリー・アンドリュース | |
| 助演女優賞 | ペギー・ウッド | |
| 撮影賞 | テッド・マッコード | |
| 美術賞 | ボリス・レヴィン ウォルター・M・スコット ルディ・レヴィット |
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| 衣装デザイン賞 | ドロシー・ジーキンス | |
- ゴールデングローブ賞(第23回・1966年)ミュージカル・コメディ部門 作品賞
豆知識[編集]
- 原作者のマリア・フォン・トラップ本人がワンシーンだけ通行人として映画に出演している(『自信を持って』の曲中)。
- 地元のザルツブルクを含むドイツ語圏ではヒットしなかった。
- 西ドイツではこの映画の9年前、ミュージカルが作られるより以前の1956年と1958年に同じくトラップ一家の物語を題材とした映画『菩提樹』、『続・菩提樹』が制作されており、ドイツ語圏での『サウンド・オブ・ミュージック』の不評とは対照的に『菩提樹』は「1950年代で最も成功したドイツ映画のひとつ」とも言われている[3]。
- 修道女の一人、シスター・ソフィア役はマーニ・ニクソン(映画『王様と私』におけるデボラ・カー、映画『ウエストサイド物語』におけるナタリー・ウッド、映画『マイ・フェア・レディ』におけるオードリー・ヘップバーン等の歌唱部分の吹き替えで有名[要出典])である。
- 長女リーズル役のシャーミアン・カーは将来を嘱望されていたが本作の直後に結婚出産したため女優業を引退してしまった。しかしながら今でもこの作品の思い出話などの講演依頼が途切れることはなく、それなりの副収入になっていると本人は語っている。
- 当時トラップ大佐役のクリストファー・プラマーは35歳、マリア役のジュリー・アンドリュースは28歳。実話ではトラップ大佐はマリアより25歳年上であった。ちなみにリーズル役のシャーミアン・カーは、当時UCLAの学生で21歳であったが、16歳の長女役を演じた。
- トラップ男爵はかつてオーストリア海軍の潜水艦隊司令官を勤めていた。第一次世界大戦中多くの戦果をあげ、その功績によりいくつかの勲章と准男爵の爵位を得ている。ドイツが男爵を引き込もうとした背景には、こういった戦歴や名声を政治的宣伝に利用する目的もあったと思われる。
- トラップ大佐はオーストリアでは制服が軍事史博物館に展示されるほどの英雄ではあるが、当時の敵国であったイタリアなどでは大佐は商船を攻撃した極悪人であり、それがイタリアと第二次世界大戦時に同盟国であったドイツに抵抗する英雄且つ格好よく描かれているという点で反感を買い、本映画の上映が禁止されている町もある。
- 当時20世紀フォックス社は、巨費と歳月をかけた超大作『クレオパトラ』の失敗で倒産も囁かれていたが、この映画の空前の大成功により経営を立て直すことができた。収入はアメリカだけでも7900万ドル、これは当時の配給収入記録の最高額である。
- 2010年12月、製作45周年記念して、HDニューマスター版:ブルーレイ・コレクターズBOX (数量限定生産)がリリースされた。尚、HDニューマスター版:ブルーレイ盤はDVD盤同様に、正規レンタルも行われている。
史実との相違点[編集]
本作品は、あくまでマリアの自伝を「基にした」ミュージカルを「基にした」映画であり、史実とは異なる点が多々ある。(元のミュージカルの時点で相当史実と違いが生じていた)
- 映画ではマリアは修道女のまま、修道院の紹介でトラップ家に家庭教師にやってくるが、史実では家庭教師になった時すでにマリアは修道院をやめていた。
- トラップは「大佐」と呼ばれているが、これはオーストリア・ハンガリー帝国海軍の複雑な階級制度から来る誤訳であり、実際には少佐が最終階級であった。
- 実際の合唱団にはトラップ少佐の7人の連れ子の他に、マリアが産んだ3人の子供も加わっていた。
- 実際にトラップ・ファミリーに音楽を教えたのはマリアではなく、トラップ一家に居候していた神父フランツ・ヴァスナーである。
- 実際のマリア・フォン・トラップも活動的ではあったが、同時に勝ち気な癇癪持ちでもあり、トラップ少佐の方がむしろマリアを優しくなだめる一家のまとめ役だった(渡米後にトラップ・ファミリー合唱団が解散したのは、トラップ少佐の死後マリアだけで子供達をまとめきれなかったのも一因とされる)。伝記がミュージカル化される際、マリアは事実が脚色して描かれる事には寛容だったが、亡き夫が横暴に描かれるシーンにだけは納得しなかった。
- 実際にはオーストリアにおいてもドイツによるオーストリア併合を支持する国民も多く、動画サイトなどではこの映画の演出と異なりドイツ国旗を振りながら喜んでドイツ軍やアドルフ・ヒトラーを迎えるオーストリア国民の群衆を見ることが出来る。ドイツ軍進駐後にドイツ政府によって行われた国民投票では97%が賛成したとされるが、ドイツ軍進駐前に国民投票を行えば合併拒否が選択されることは確実であったという見解もある。ただしヒトラー自身がオーストリア出身である。詳しくはアンシュルス#ドイツによる併合を参照のこと。
- トラップ一家が亡命したのは、トラップ少佐の元に召集令状が届いたためではなく、ヒトラーの誕生日に一家の合唱団が歌を歌えとドイツ軍に命令されたためである。
- 映画ではコンクールの最中に徒歩で逃げ出してナチス突撃隊の追跡を振り切るが、史実では列車と車を乗り継いでチロル州の山奥に逃げ、警備が比較的甘かったイタリアとの国境をアルプス越えして平和裏にオーストリアを脱出した。
- またオーストリアを脱出の山越えのシーンは視覚効果のためか、ザルツブルク-スイス越えルートとは全くかけ離れた場所で撮影された。このため地元民から見ると唖然とするような、地理的にありえないラストシーンとなった(ザルツブルクから山越えすれば現在のドイツ領に入る。その傍にはアドルフ・ヒトラーの別荘すら存在する)。
脚注[編集]
- ^ 「羊飼い」と覚えられることが多いが、これはペギー葉山が日本語詞を書く際に「山羊飼い」ではメロディーに合わないために「羊」に変えたためである。
- ^ 取り外した部品はイグニッションコイルとディストリビューター
- ^ de:Die Trapp-Familie
外部リンク[編集]
- サウンド・オブ・ミュージック - allcinema
- サウンド・オブ・ミュージック - KINENOTE
- The Sound of Music - AllMovie(英語)
- The Sound of Music - インターネット・ムービー・データベース(英語)
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