ナタリー・ポートマン

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ナタリー・ポートマン
Natalie Portman
Natalie Portman
トロント国際映画祭2009にて
本名 Natalie Hershlag
ヘブライ語נטלי הרשלג
生年月日 1981年6月9日(30歳)
出生地 イスラエルの旗 イスラエル エルサレム
国籍 イスラエルの旗 アメリカ合衆国の旗(二重国籍)
民族 ユダヤ系アメリカ人
活動期間 1994年 -
主な作品
レオン
スター・ウォーズ』シリーズ
クローサー
Vフォー・ヴェンデッタ
ブラック・スワン

ナタリー・ポートマンNatalie Portman, 本名: ナタリー・ヘルシュラグNatalie Hershlag1981年6月9日 -) は、アメリカで活躍するイスラエル出身の女優。公称身長160cm。

目次

[編集] 生い立ち

イスラエルの首都エルサレムにて、ナタリー・ヘルシュラグNatalie Hershlagヘブライ語נטלי הרשלג )として生まれる。父アブナー・ヘルシュラグはイスラエル人の産婦人科医、母シュリー・スティーヴンスはユダヤアメリカ人のアーティスト(現在はナタリーのエージェント)。ひとりっ子。父方はポーランドルーマニア系からの、母方はロシアオーストリア系からのユダヤ教徒の血を引く。ルーマニア出身の父方の曾祖母は第二次世界大戦中、イギリスのスパイを務めていた[1]。また父方の祖父母はアウシュビッツ強制収容所で死亡している。芸名のポートマン(Portman)は母方の祖母の旧姓である。

3歳の時にアメリカのワシントンD.C.に移住。1988年からはコネチカット州で、1990年からはニューヨーク州ロングアイランドで育つ。インタビューで『私はアメリカを愛しているけど、気持ちはエルサレムにある。そこが本当の家だと思っているから。』と答えている[1]

ヘブライ語と英語を習ったのち、ニューヨーク州グレン・コーヴにあるユダヤ人の小学校に入学する。本人曰く、高校時代は、試験では常に平均90点以上を維持し続け、成績はオールAだった。また高校の最終試験を受けるため、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』のワールド・プレミアには欠席している。その後、ハーバード大学イェール大学に現役合格。1999年にハーバードへ進学しローウェル・ハウスに入寮する。心理学を専攻し、心理学研究所ではアラン・ダーショヴィッツのアシスタントも務めた[2]。また、ハーバード大学法学部生が学生新聞ハーバード・クリムゾンに寄稿したイスラエル人の入植を批難する記事に対し、反論記事を寄せている[3]。2003年に卒業。2004年春にはヘブライ大学大学院にて中東問題の研究に参加。2006年にはコロンビア大学にてテロリズム対テロ作戦について、ゲストとして講義を行った[4]

[編集] キャリア

[編集] 1990年代

2005年時のナタリー

4歳からダンスレッスンを始める。10歳の時にロング・アイランドのピザレストランで、エージェントに化粧品会社レヴロンモデルとしてスカウトされる。当初モデルに興味は無かったがスカウトの「パトリック・スウェイジにも会える」との言葉に惹きつけられたという。モデルよりも演技に興味があるということで、俳優を目指す。

1994年にオフ・ブロードウェイでの舞台『Ruthless!!』でデビューし、リュック・ベッソン監督の『レオン』で2000人以上の候補者からマチルダ役に選ばれ、映画デビューも果たす[5]。マチルダは国際的に称賛され、ハリウッド・レポーター誌が後援するヤング・スター賞のドラマ部門最優秀女優賞を受賞。1996年公開の「ビューティフル・ガールズ」でも批評家の絶賛を集めた。『レオン』で一気に注目を集めたが、『ロリータ』のロリータ役を拒否するなど、ロリータ的イメージやラブシーンを敬遠する。1997年に95年刊行の新版を基に新たな視点で描いた「アンネの日記」の主役アンネ役を演じる。

1999年公開の『スター・ウォーズ』新三部作でヒロインのパドメ・アミダラを演じ、上品な美しさと確かな演技力で人気を不動のものにする[6]。同年公開の『地上より何処かで』でスーザン・サランドンの娘を演じ、ゴールデングローブ賞 助演女優賞にノミネートされた。

[編集] 2000年代

大学在学中は学業を優先にしていたため、映画の出演は少ない。2001年にマイク・ニコルズが監督した舞台『かもめ』に出演し、メリル・ストリープケヴィン・クラインフィリップ・シーモア・ホフマンと共演。2003年には小さい役ながら『コールド マウンテン』に出演。

2004年に俳優ザック・ブラフの初監督作品『終わりで始まりの4日間』に出演。同年公開の『クローサー』でのストリッパー役でゴールデングローブ賞 助演女優賞を受賞し、アカデミー助演女優賞にもノミネートされた。

2005年には『Vフォー・ヴェンデッタ』で役柄に合わせて髪型をスキンヘッドにし、この姿で第58回カンヌ国際映画祭(『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』のワールドプレミアのため)に出席した。同年4月に出演した『サタデー・ナイト・ライブ』では自身の自虐的なラップ・ビデオのパロディに出演。

2008年公開の『ブーリン家の姉妹』ではアン・ブーリンを演じ、同年開催の第61回カンヌ国際映画祭では審査員を務めた。同年、映画製作に興味を持っていることから、映画製作会社(Handsomecharlie Films)を設立。自身初の監督作品である短編映画『Eve』、ホラー映画『サスペリア』のリメイク、自身が主演する『17 Photos of Isabel』を手がける。また、ブラッド・ピットと共演予定の『Important Artifacts and Personal Property from the Collection of Lenore Doolan and Harold Morris,Including Books,Street Fashion,and Jewelry』の映画化作品の企画も進めている。 

2009年にクリスティン・アイルワードと共に映画サイト(makingof.com)を開設した。

[編集] 2010年代

2010年に公開されたダーレン・アロノフスキー監督作の主演映画『ブラック・スワン』では9キロ減量し、次第に精神が壊れていくバレリーナ役を熱演し、その演技を絶賛され、第83回アカデミー主演女優賞をはじめとするさまざまな賞を受賞。映画の大ヒットにも貢献した。日本では2011年に公開され、日本で公開されたナタリー出演作品では「スター・ウォーズ」シリーズ以来の大ヒットとなった。 2011年1月には主演映画『抱きたいカンケイ』が全米で公開され週末興行収入初登場1位を獲得。彼女には珍しいラブコメ映画で新境地を開いた。

[編集] 人物・エピソード

自身のキャリアで最も長期間演じたということもあり、『スター・ウォーズ 』シリーズのパドメ役には最も愛着があるという。それだけに、『エピソード3/シスの復讐』ではシリーズ完結作にも拘らず出番が少ない(実際は出番が予定されていたが完成した作品では大幅にカットされた)ことがやや不満だったという。

キーラ・ナイトレイと容姿が似ており、キーラはその理由で『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』のパドメの影武者(侍女サーべ)役に抜擢されている。後にキーラは『パイレーツ・オブ・カリビアン』3部作を撮り終えた後、「今度ナタリーに会ったら3部作やり遂げたわねって握手しなきゃ(笑)」と語っている。

運動能力が高い。4歳からダンスレッスンを始めた他、『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』ではアクションシーンを演じている。『ブラック・スワン』ではバレリーナ役を演じるために約1年間特訓し、ほぼ全てのバレエシ-ンを自身で演じた。

8歳の頃からベジタリアンであり、食肉そのものはもちろん、加工品やゼラチンも食さない。菜食主義について、「9歳の時に見た鶏のレーザー手術のドキュメンタリーを観て以来、肉も魚も口にしていない。ただ動物が好きだから価値観に従うまでです。絶対に食しません。」と語る[7]

端正な容姿で女性からの人気も高く、女性誌に登場する際は健康的で引き締まった腹筋や肢体が美しいと評されている他、「世界の最も美しい顔2008」で1位に選ばれている。ちなみに2位はレイチェル・ワイズだった。

高校生だった1998年に書いた“A Simple Method To Demonstrate the Enzymatic Production of Hydrogen from Sugar”はIntel STSに掲載された[8]

6ヶ国語に精通している。英語ヘブライ語(後者は若干なまりがあると言われる)が母語で、それ以外にもフランス語日本語ドイツ語を独学、アラビア語も学んでおり、流暢に話せる。

2008年の大統領選挙民主党内の予備選挙)においてヒラリー・クリントンを支持していたが、「オバマも好き」という発言をしている[9]

恋多き女性であり、1999年にはルーカス・ハースと、その後モービー[10]と、2003年から2004年まではガエル・ガルシア・ベルナルと交際。その後もジェイク・ギレンホールヘイデン・クリステンセンマルーン5アダム・レヴィーン[11]と交際の噂があり、2005年にイスラエル人俳優リロン・レボと、2007年にはファッションブランド「Rag & Bone」の創始者のひとりで元モデルのネイサン・ボーグルと交際、2008年3月頃からはプロモーションビデオで共演したミュージシャンのデヴェンドラ・バンハートと交際を始めたが、同年9月30日付で破局[12]2010年12月、『ブラック・スワン』で共演したフランス人振付師のべンジャマン・ミルピエ(Benjamin Millepied)との婚約妊娠を発表。2011年6月14日、男児を出産した。

以前までは喫煙者だったが、妊娠・出産の準備により2010年12月31日付で卒煙する決意をした。2011年以降は非喫煙者

好きな映画は『ダーティ・ダンシング』で主演のパトリック・スウェイジのファン。他に好きな俳優はベン・キングスレー

[編集] 主な出演作品

[編集] 映画

公開年 邦題
原題
役名 備考
1994 レオン
Léon
マチルダ
Developing ニーナ 短編映画
1995 ヒート
Heat
ローレン・グスタフソン
1996 ビューティフル・ガールズ
Beautiful Girls
マーティ
マーズ・アタック!
Mars Attacks!
タフィー・デイル
世界中がアイ・ラヴ・ユー
Everyone Says I Love You
ローラ・ダンドリッジ
1999 スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス
Star Wars Episode I: The Phantom Menace
パドメ・アミダラ
地上より何処かで
Anywhere But Here
アン・オーガスト ゴールデングローブ賞 助演女優賞ノミネート
2000 あなたのために
Where the Heart Is
ノヴァリー・ネイション
2001 ズーランダー
Zoolander
本人 カメオ出演
2002 スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃
Star Wars Episode II: Attack of the Clones
パドメ・アミダラ
2003 コールド マウンテン
Cold Mountain
サラ
2004 終わりで始まりの4日間
Garden State
サマンサ
クローサー
Closer
アリス/ジェーン・ジョーンズ ゴールデングローブ賞 助演女優賞受賞
アカデミー助演女優賞ノミネート
2005 スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐
Star Wars Episode III: Revenge of the Sith
パドメ・アミダラ
フリー・ゾーン 〜明日が見える場所〜
Free Zone
レベッカ
2006 Vフォー・ヴェンデッタ
V for Vendetta
イヴィー・ハモンド
パリ、ジュテーム
Paris, je t'aime
フランシーヌ 「フォブール・サン・ドニ」編に出演
宮廷画家ゴヤは見た
Goya's Ghosts
イネス/アリシア
2007 マイ・ブルーベリー・ナイツ
My Blueberry Nights
レスリー
ダージリン急行
The Darjeeling Limited
ジャックのガールフレンド
ホテル・シュヴァリエ
Hotel Chevalier
短編映画
『ダージリン急行』と同時上映
マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋
Mr. Magorium's Wonder Emporium
モリー・マホーニー
2008 ブーリン家の姉妹
The Other Boleyn Girl
アン・ブーリン
2009 ニューヨーク、アイラブユー
New York, I Love You
リフカ
マイ・ブラザー
Brothers
グレース・ケイヒル
水曜日のエミリア
The Other Woman
エミリア・グリーンリーフ 別題:Love and Other Impossible Pursuits
2010 メタルヘッド
Hesher
ニコール
ブラック・スワン
Black Swan
ニナ・セイヤーズ ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門)受賞
英国アカデミー賞 主演女優賞受賞
アカデミー主演女優賞受賞
2011 Your Highness イザベル
抱きたいカンケイ
No Strings Attached
エマ・フランクリン
マイティ・ソー
Thor
ジェーン・フォスター

[編集] 舞台

[編集] CM

[編集] ミュージック・ビデオ

[編集] TV

[編集] 主な受賞

[編集] 関連書籍

[編集] 脚注

  1. ^ a b Chris Heath. “The Private Life of Natalie Portman”. Rolling Stone. http://natalieportman.com/articles/nparticles_en.php?viewarticle=1&article_number=199 2006年5月11日閲覧。 
  2. ^ Peretz, Evgenia (2006年4月). “What Natalie Knows”. Vanity Fair. natalieportman.com. 2010年6月9日閲覧。
  3. ^ Natalie Portman Strikes Back”. 2010年9月6日閲覧。
  4. ^ Mary-Lea Cox (2006年3月31日). “Hollywood Star Leads Columbia Class in Discussion of Political Violence”. Columbia News. http://www.columbia.edu/cu/news/06/03/nataliePortman.html 2006年4月25日閲覧。 
  5. ^ ディレクターズ・カット版のDVDは、本名の「Natalie Hershlag」と記載する。
  6. ^ キネマ旬報2005年12月号
  7. ^ NCR2 (2008年1月4日). “ナタリー・ポートマン、映画を観て菜食主義に”. 2008年1月7日閲覧。
  8. ^ Hershlag, Natalie; Ian Hurley and Jonathan Woodward (October 1998). “A Simple Method To Demonstrate the Enzymatic Production of Hydrogen from Sugar”. Journal of Chemical Education 75 (10): 1270. doi:10.1021/ed075p1270. http://jchemed.chem.wisc.edu/Journal/Issues/1998/Oct/abs1270.html 
  9. ^ The Hollywood Gossip (2008年3月6日). “Natalie Portman Supports Hillary Clinton”. 2008年8月4日閲覧。
  10. ^ MTV JAPAN Celebrity News (2008年2月29日). “モービー、ナタリー・ポートマンと交際していた”. 2008年9月27日閲覧。
  11. ^ レヴィーンが音楽誌『INROCK』で交際を否定
  12. ^ MovieWalker (2008年9月27日). “ナタリー・ポートマン、ミュージシャンと破局”. 2008年9月27日閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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