ライマン公会堂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ライマン公会堂

ライマン公会堂(Ryman Auditorium)はアメリカ合衆国テネシー州ナッシュビルの五番街北116番地に位置する2,362席のライブ会場で、かつてのグランド・オール・オープリー会場として有名。以前はグランド・オールド・オープリー・ハウスともゴスペル礼拝堂としても有名。

歴史 [編集]

1892年、ゴスペル礼拝堂としてオープン。蒸気船の船長トーマス・ライマン(1843年 - 1904年)といくつかの酒場を持つナッシュビルの実業家によって建てられる。ライマンは、この公会堂を有力な信仰復興論者サム・ジョーンズのための礼拝堂と考えた。ライマンの死後、礼拝堂は彼に敬意を表しライマン公会堂と名前を変えられた。

1911年から1914年、公会堂はトレヴェッカ・ナザレン大学の本拠地としても使用された。

1943年から1974年までグランド・オール・オープリーの放送のために使われ、その後オープリーはナッシュビル郊外のオープリー・ランドにさらに大きな会場を設立。ライマン公会堂はそれ以降あまり使われず、1992年にエミルー・ハリスと彼女のバンドのザ・ナッシュ・ランブラーズが一連のコンサートを行うまで荒廃に落ち入った(コンサートの模様はアルバム『At the Ryman 』に収録)。ハリスのコンサートはライマン公会堂を復興させる機会となり、1994年親しみやすい公演会場及び博物館として再開。改築したにも関わらず席は礼拝堂の信者席を思い起こさせ、礼拝堂としての公会堂の起源を思い出させるため、ニックネームは『カントリー・ミュージックの教会』と呼ばれる。

1971年アメリカ合衆国国家歴史登録財に、2001年アメリカ合衆国国定歴史建造物に認定。

出演者 [編集]

多くの著名なカントリー・ミュージシャンは、ライマン公会堂の歴史の早い段階から出演していた。一部を以下に示す。

カントリーの他にオルタナティブ・ロックブルーグラスブルースクラシック音楽ゴスペルジャズポップ・ミュージックフォークソングロックンロール、そしてミュージカル公演、スタンド・アップ・コメディでも使用される。

ライマン公会堂で演奏を行ったアーティストは数え切れない。一部を以下に示す。

コールドプレイはここでしか買えない限定版サイン入りポスターを販売。

2003年1月30日に、パティ・グリフィンは、ライマン公会堂でライブ・アルバム『A Kiss in Time 』をレコーディング。

2005年、ニール・ヤングはライマン公会堂でジョナサン・デミと映画『Heart of Gold 』を収録。

2006年4月、ジョシュ・ターナーはライマン公会堂でライブ・アルバムを録音。

2007年後半にニッケル・クリークはライマン公会堂でライブDVDを収録する予定だったが中止になった。

1999年、ビル・ゲイザーステイトラー・ブラザースオーク・リッジ・ボーイズガイ・ペンロッドサンディ・パティなど他のアーティストとカテドラルズのサヨナラ公演のビデオとアルバムをライマン公会堂で録音。

2006年5月に、イギリスのバンドのイレイジャーは『On The Road To Nashville 』というタイトルのライブCDとDVDを収録。

雑記 [編集]