ルイーズ・ブルックス
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| ルイーズ・ブルックス Louise Brooks |
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| 本名 | Mary Louise Brooks |
|---|---|
| 生年月日 | 1906年11月14日 |
| 没年月日 | 1985年8月8日(満78歳没) |
| 出生地 | カンザス州Cherryvale |
| 国籍 | |
| 配偶者 | A. Edward Sutherland (1926-1927) Deering Davis (1933) |
ルイーズ・ブルックス(Louise Brooks, 1906年11月14日 - 1985年8月8日)は、アメリカ合衆国カンザス州出身の女優。1920年代、サイレント映画で活躍した。おかっぱの黒髪がトレードマークであった。
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来歴 [編集]
早い時期からエンターテインメント業界に関心を示し、10代からダンサーとして活躍。ブロードウェイの舞台『ジーグフェルド・フォーリーズ』に出演、注目されるようになる。
パラマウント映画に引き抜かれ、1925年に映画デビュー。数年間は軽いコメディ映画に多く出演していたが、1928年、ハワード・ホークス監督の『港々に女あり』でヨーロッパからもその存在を知られるに至った。
1929年にハリウッドからドイツに渡り、ゲオルク・ヴィルヘルム・パープスト監督の元で撮った『パンドラの箱』では、周りを不幸に陥れる「運命の女」たる踊り子のルルを演じた。同じくパープスト監督の『淪落の女の日記』では運命に翻弄される主人公ティミアンを演じた。1930年の『ミス・ヨーロッパ』もあわせた3本の作品は、ブルックスを伝説的女優として歴史に留めることになった一方で、その性的描写や社会批判的内容によって厳しい検閲を受けた。
その後ハリウッドに戻るが時代の変化に馴染めず、舞台興行でも失敗。1938年にジョン・ウェイン主演の西部劇(Overland Stage Raiders)に出演した後に、芸能界を引退した。
単なる一時代のファッションリーダーやセックス・シンボルに留まらず、知的な視点を持った女性でもあった。第二次世界大戦後は博物館の学芸員となり、映画の学術的研究に取り組んで、鋭い批評眼に富んだ著述を残したほか、自叙伝でも文才を示した。
主な出演作品 [編集]
- 弥次喜多空中の巻 Now We're in the Air (1927)
- 港々に女あり A Girl in Every Port (1928)
- 人生の乞食 Beggars of Life (1928)
- パンドラの箱 Die Büchse der Pandora (1929)
- 淪落の女の日記 Das Tagebuch einer Verlorenen (1929)
- ミス・ヨーロッパ Prix de beauté (1930)
関連項目 [編集]
- ロータス・イーターズ (The Lotus Eaters) -It Hurtsという曲のプロモーションビデオで『パンドラの箱』からの抜粋が使われる 。
- 大岡昇平 -『ルイズ・ブルックスと「ルル」』 (中央公論社 、1984)という著作があるほどのファン。