黄金狂時代

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黄金狂時代
The Gold Rush
靴を食べる名シーン
監督 チャールズ・チャップリン
脚本 チャールズ・チャップリン
製作 チャールズ・チャップリン
出演者 チャールズ・チャップリン
ジョージア・ヘイル
音楽 チャールズ・チャップリン(サウンド版
撮影 ローランド・トザロー
製作会社 ユナイテッド・アーティスツ
配給 ユナイテッド・アーティスツ
公開 アメリカ合衆国の旗 1925年6月26日
日本の旗 1925年12月17日
上映時間 82~96分(サウンド版は73分)
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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黄金狂時代』(おうごんきょうじだい、原題:The Gold Rush)は、1925年に製作されたアメリカ映画である。チャールズ・チャップリンが監督・脚本・主演を務めた喜劇映画で、彼の代表作として知られている。1942年にチャップリン自身がナレーションをつけて再公開したサウンド版が製作されている。

概要[編集]

ロールパンにフォークを刺し、足に見立ててダンスを披露する名場面。

本作は喜劇王と呼ばれたチャールズ・チャップリンの作品の中でも特に傑作と呼ばれている作品である。チャップリンが1919年D・W・グリフィスメアリー・ピックフォードダグラス・フェアバンクスらとともに創立したユナイテッド・アーティスツで製作・配給し、チャップリンにとって前作『巴里の女性』に続く同社での作品となった。また、彼の初の長編映画である。

飢えや孤独などに翻弄されながら、黄金を求めて狂奔する人々をチャップリンならではのヒューマニズムとギャグで面白おかしく描いている。空腹のあまりにチャップリンが靴をゆでて、靴底の釘を鶏肉の骨のようにむしゃぼり、靴ひもをスパゲティのように食べるシーンや、ロールパンにフォークを刺して足に見立てて、ダンスを披露するシーンなどが有名。

製作経緯[編集]

1923年に、チャップリンは友人であるダグラス・フェアバンクスメアリー・ピックフォード夫妻の家を訪れた際、ステレオスコープでアラスカ州のチルクート峠を越える探掘者の行列の写真を見て、作品のアイデアが浮かんだとされている。そのアイデアに、1846年シエラ・ネバダで発生した、入植団・ドナー隊の悲劇を取り入れており、彼らが飢えをしのぐために仲間の死体や動物を食べて生き延びたというエピソードから、靴を食べるなどといった場面を発想したという。

撮影[編集]

撮影は1923年の冬から始まり、山小屋のシーンがまず最初に撮影された。有名な革靴を食す場面は、靴の革を海藻で、釘を飴細工、靴ヒモはイカ墨スパゲッティで造ってある。このシーンは何度も撮り直しをしながら修正を行ったために、撮影に3日かかり、63回撮り直された。ちなみにチャップリンと、マック・スウェインは何度も海藻の靴を食べたために下痢に悩まされたという。

冒頭のチルクート峠を越える大勢の探掘者を映し出したシーンは、シエラネバダ山脈で撮影され、近くのサクラメントにいたホームレスなど600人をかき集めて撮影された。このようにチャップリン映画としては異例の大規模なロケーション撮影が敢行されたが、チャップリンが風邪を引いたり、悪天候で撮影が思い通りに進まなかったこともあり、他のシーンはチャップリン・スタジオでの収録に変えられた。スタジオ内に大掛かりな雪山や街のセットを作り、雪は塩と小麦粉で代用した。また、トム・マレイ演じる指名手配犯が雪崩に飲み込まれるシーンでは特撮も使われており、「チャップリン映画の中で最も力が入っている作品」とする評価もある。

ヒロイン役については、これまでの作品でヒロインを務めていたエドナ・パーヴァイアンスが太りすぎており、ヒロインには向かなかったため新しいヒロイン探しが行われた。その噂を聞きつけてヒロイン役に名乗り出たのは『キッド』で天使を演じた当時15歳のリリタ・マクマレイで、彼女の友人でのちに『サーカス』でヒロインを演じるマーナ・ケネディと共に撮影所に売り込みをかけた。リリタの売り込みによって1924年3月2日に週給750ドルで契約が結ばれ、彼女はこれを機に芸名を「リタ・グレイ」とした。リタも撮影に加わったが、9月頃にリタが妊娠していたことを告げられる。マクマレイ家(リタの実家)は憤激し、チャップリンにリタとの結婚を迫った。仕方なしにチャップリンはロケーション撮影と偽って、メキシコに向かい、11月25日に挙式を挙げることとなった[1]。これにより映画の撮影はストップしていたが、リタは「家庭に入る」という理由で役を降板。そこでヒロイン探しを再び行い、ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の『救ひを求むる人々』でヒロインを演じたジョージア・ヘイルが抜擢された。

撮影は1925年5月に終了し、撮影期間は1年3ヶ月もかかった。

公開後[編集]

作品は1925年6月26日ロサンゼルスのローマンズ・エジプシャン劇場でプレミア公開され、600万ドル以上の収益を上げたといわれる。日本では同年12月17日に公開され、1926年度のキネマ旬報ベストテン第1位にランクインされている。

1942年にはチャップリン自身が音楽・音響・解説をつけたサウンド版を製作し、第15回アカデミー賞喜劇映画音楽賞アカデミー録音賞にノミネートされた。

評価[編集]

作品は現在に至るまでチャップリン映画の最高傑作、並びにコメディ映画の名作として謳われ、高く評価されている。

1958年ブリュッセル万国博覧会で発表された「世界映画史上の傑作12選」で『戦艦ポチョムキン』に次いで第2位に選ばれた。また、1992年にはアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。

ランキング

以下は日本でのランキング

  • 1980年:「外国映画史上ベストテン(キネマ旬報戦後復刊800号記念)」(キネマ旬報発表)第12位
  • 1988年:「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋発表)第15位
  • 1989年:「外国映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)」(キネ旬発表)第14位
  • 1995年:「オールタイムベストテン・世界映画編」(キネ旬発表)第38位
  • 1999年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編(キネ旬創刊80周年記念)」(キネ旬発表)第51位

あらすじ[編集]

山小屋でのクライマックス。

雪深い山に金鉱を捜し求めてきた一人の金鉱探し・チャーリー。猛吹雪に難渋した上、転がり込んだ小屋にはお尋ね者のブラック・ラーセンがいた。やがて、同じく猛吹雪で転がり込んできた金鉱探しのビッグ・ジム・マッケイと避難生活を送ることとなる。寒さと飢えがピークに達し、ビッグ・ジムはチャーリーがニワトリに見える始末。やがて靴を食べる生活まで始めた。
ビッグ・ジムと別れ、麓に出来た新興の街にやってきたチャーリーは酒場で出会ったジョージアに一目ぼれ。最初はチャーリーの単なる片思いであったが、ジョージアも粗暴なジャックに愛想を尽かし、チャーリーに少しずつ思いを寄せるようになる。
酒場で偶然再会したビッグ・ジムと艱難辛苦の上、ついに金鉱を探し当て百万長者になったチャーリー。帰りの船上でジョージアと再会。めでたく結ばれる。

キャスト[編集]

メインスタッフ[編集]

  • 製作・監督・脚本:チャールズ・チャップリン
  • 助監督:チャールズ・リーズナー、エディ・サザランド、アンリ・ダバディ・ダラ
  • 制作主任:アルフレッド・リーヴズ
  • 撮影:ローランド・トザロー
  • 美術:チャールズ・D・ホール
  • カメラ:ジャック・ウィルソン、マーク・マーラット
以下はサウンド版でのスタッフ他
  • ナレーター・作曲:チャールズ・チャップリン
  • 音楽監督:マックス・テール
  • 録音:ピート・デッカー、ウィリー・ダルグリッシュ
  • フィルムエディター:ハロルド・マックガン
  • サウンドシステム:RCA

オリジナル版[編集]

1925年:アメリカ
制作会社:チャップリン=ユナイテッド・アーティスツ
モノクロ
上映時間:82~96分
フィルム:10巻/9000ft超→8555ft/スタンダード/モノラル
ワールド・プレミア(9000ft超版):1925年6月26日、ローマンズ・エジプシャン劇場(ロサンゼルス
ニューヨーク・プレミア(8555ft版):1925年8月16日、ストランドシアター

後述のサウンド版公開以降は、一部を除くとほとんど公開されることはなかったが、1993年にサイレント映画研究の第一人者であるケヴィン・ブラウンロウとディヴィッド・ギルが修復している。1925年ベルリンプレミアの際には、チャーリーがロールパンのダンスを披露するシーンで、観客の喝采によってそのシーンを繰り返し上映している。

なお、オリジナル版は作品中に著作権表記があるものの公開時期が古く、リニュー(著作権更新手続き)が行われなかったことから公開当時の米国の法律(方式主義)により権利放棄とみなされ、米国に於いてはパブリックドメインとなった[2]。なお、現在[いつ?]の版権保有者であるリヒテンシュタインの法人は米国以外(監督没年を基準とする国)では著作権存続を主張している。

サウンド版[編集]

1942年:アメリカ
制作会社:チャップリン=ユナイテッド・アーティスツ
モノクロ
上映時間:73分
フィルム:7巻/8498ft/スタンダード/モノラル
リヴァイバル・プレミア:1942年4月16日

1941年6月9日からローランド・トザローとともにすべてのネガを見直し、冗長と思われるカットや、字幕・シーンの差し替えなどを行った。この編集により、バーテンダー役のスタンリー・サンフォードの出演シーンが、ストーリー上カットできない部分を除いてすべてカットされた。一部シーンを別テイクに差し替えたため、同じ演技でもサイレント版とニュアンスが若干異なる部分もある。また、サイレント版でのラストはチャーリーとジョージアの熱いキスシーンで終幕となるが、サウンド版では二人が甲板に上がるだけのおとなしいものに替わっている。
冒頭に、『黄金狂時代』の初公開時にこの作品を激賞し、1942年1月23日に急逝した評論家のアレクサンダー・ウールコットへの献辞"Dedicated to ALEXANDER WOOLLCOTT In appreciation of his praise of this picture."が添えられている。

リヴァイバル・プレミア以降、現在では特に断りのない場合『黄金狂時代』といえばこのサウンド版を指す。

ギャラリー[編集]

その他[編集]

  • 極度の飢餓感からチャーリーが鶏に見えてしまうシーンで、食人を危惧し彼が卓上から隠した筈のナイフが場面転換後再び置かれている。

脚注[編集]

  1. ^ リタはその後、チャップリンとの子であるチャールズ・チャップリン・ジュニアシドニー・チャップリンを出産するも、1927年に離婚訴訟を起こし、翌年にチャップリンとの離婚が成立した。
  2. ^ Stephen Fishman (2010). The Public Domain: How to Find & Use Copyright-Free Writings, Music, Art & More. Nolo. p. 176. ISBN 9781413315127. http://books.google.com/books?id=4WKTNLRtUAsC&pg=PA176. 

発展資料[編集]

  • デイヴィッド・ロビンソン(宮本高晴・高田恵子翻訳)「チャップリン」文藝春秋、1993年
  • 大野裕之「黄金狂時代」『Love Chaplin Collector's Edition・ライナーノーツ』日本ヘラルド映画、ジェネオン・エンタテインメント、2004年
  • 大野裕之「チャップリン再入門」日本放送出版協会、2005年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]