アドルフ・マンジュー

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アドルフ・マンジュー
Adolphe Menjou
Adolphe Menjou
スタア誕生』(1937)より
本名 Adolphe Jean Menjou
生年月日 1890年2月18日
没年月日 1963年10月29日(満73歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 ペンシルベニア州ピッツバーグ
死没地 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州ビバリーヒルズ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 俳優
活動期間 1916年 – 1961年
配偶者 Kathryn Conn Tinsley (? - ?)
Kathryn Carver (1928–1934)
Verree Teasdale (1934–1963)

アドルフ・マンジュー(Adolphe Jean Menjou、1890年2月18日1963年10月29日) はアメリカ合衆国の俳優。サイレント映画からトーキーの移り変わりから活躍を開始し 『シーク』、『巴里の女性』、『モロッコ』、『スタア誕生』と言った作品に出演した。また、1931年に『犯罪都市』に出演したことでアカデミー賞にノミネートされた。

略歴[編集]

フランス人アイルランド人の血を引いて、ペンシルベニア州ピッツバーグに生まれた彼は[1]カトリック教会を信仰する一家に育てられ、Culver Military Academyを出て、コーネル大学でエンジニアリングの学位を取得して卒業。ヴォードヴィルの魅力に引き付けられ、1916年The Blue Envelope Mysteryで俳優デビューを果たす。第一次世界大戦のさなか、彼は救護班のリーダーとして活躍した。

1947年、マンジューはハリウッドで赤狩りが猛威を振るった時、下院非米活動委員会と手を組み[2]Motion Picture Alliance for the Preservation of American Idealsという、ハリウッドにおける共産主義対策の自己流パトリオティズム団体の主要メンバーを務めていた。この団体には1939年に『ゴールデン・ボーイ』で共演した バーバラ・スタンウィックとその夫 ロバート・テイラーもいた。

政治的信念のためにキャサリン・ヘプバーンとは対立していた。マンジューは『ステージ・ドア』と『愛の立候補宣言』に、スペンサー・トレイシーと共に出演したが、へプバーンが共産主義者と疑われた際、彼女はアメリカ人の告げ口に反対した[3]。ウィリアム・マンが著したヘプバーンの伝記 Kateによれば、『愛の立候補宣言』で脚本上やむを得ずしゃべらなければいけない時だけしか2人は口を利かなかったとされる。

1948年、自伝 It Took Nine Tailorsを出版。

1961年に放送されたCBSの The DuPont Show with June Allyson というテレビ番組のアメリカ合衆国の漫画家ジェームズ・サーバーの作品を基にした The Secret Life of James Thurber という回ではオーソン・ビーン(ジョン・モンロー役)とスー・ランドール(エレン・モンロー役)と共演した。

1963年10月29日肝炎のため死亡。Hollywood Forever Cemeteryに埋葬された。

ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム 6822 Hollywood Blvdに星がある。

ステージ・ドア』(1937年)

主な出演作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1921 勝手口から
Through the Back Door
ジェームズ・ブリュースター
生に勝つ力
Courage
ブルース・ファーガソン
三銃士
The Three Musketeers
ルイ13世
シーク
The Sheik
ラウール
1922 結婚は失敗か
Is Matrimony a Failure?
ダドリー・キング
向ふ見ずの女
Head Over Heels
スターリング
速達郵便列車
The Fast Mail
キャル・ボールドウィン
永劫の焔
The Eternal Flame
ランゲエ公爵
桃色の神々
Pink Gods
ルイス・バーニー
1923 ベラ・ドンナ
Bella Donna
チェプストウ氏
風雲のゼンダ城
Rupert of Hentzau
Count Rischenheim
巴里の女性
A Woman of Paris: A Drama of Fate
ピエール
西班牙の踊り子
The Spanish Dancer
Don Salluste
1924 結婚哲学
The Marriage Circle
ジョセフ・ストック教授
巴里の暗影
Shadows of Paris
ジョージ
縺れ行く情火
Broadway After Dark
ラルフ・ノートン
輝く一路
Broken Barriers
トミー・ケンプ
浮気征伐
The Fast Set
アーネスト・スティール
禁断の楽園
Forbidden Paradise
Chancellor
1925 子の心親知らず
Are Parents People?
Mr. Hazlitt
1926 三日伯爵
A Social Celebrity
マックス
不良老年
The Ace of Cads
Chappel Maturin
サタンの嘆き
The Sorrows of Satan
ルチオ・リミネス公爵
1927 金髪か黒髪か
onde or Brunette
アンリ・マルテル
夜会服
Evening Clothes
ルシアン
婦人に御給仕
Service for Ladies
アルバート
セレナーデ
Serenade
フランツ・ロッシ
1928 一夜の秘密
A Night of Mystery
フェレオル大尉
虎御前
His Tiger Wife
アンリ
パリのしゃれ者
His Private Life
ジョルジュ・サンジェルメエン
1929 結婚商売
Marquis Preferred
ダルジャンヴィル侯爵
コンサート
Fashions in Love
ボール・ドゥ・レミ
1930 モロッコ
Morocco
ラ・ベシュール
ニュウ・ムウン
New Moon
ボリス総督
1931 犯罪都市
The Front Page
ウォルター・バーンズ
1932 たそがれの女
Forbidden
ボブ
ナイトクラブの女
The Night Club Lady
サッチャー・コルト
戦場よさらば
A Farewell to Arms
リナルディ
1933 十三日の殺人
The Circus Queen Murder
サッチャー・コルト
勝利の朝
Morning Glory
ルイ・イーストン
1934 夫の日記
Journal of a Crime
ポール
喇叭は響く
The Trumpet Blows
パンチョ・ゴメス
可愛いマーカちゃん
Little Miss Marker
ジョーンズ
舞台に立つ妻
The Great Flirtation
ステファン
曲芸団
The Mighty Barnum
ベイリー・ウォルシュ
1935 ゴールド・ディガース36年
Gold Diggers of 1935
ニコレフ
1936 ロイドの牛乳屋
The Milky Way
ギャビー・スローン
銀盤の女王
One in a Million
スペンサー
1937 スタア誕生
A Star Is Born
オリヴァー
オーケストラの少女
One Hundred Men and a Girl
ジョン・コードウェル
ステージ・ドア
Stage Door
アンソニー・パウエル
1938 華麗なるミュージカル
The Goldwyn Follies
オリヴァー・マーリン
忘れがたみ
Letter of Introduction
ジョン・マナリング
1939 ゴールデン・ボーイ
Golden Boy
トム
1942 晴れて今宵は
You Were Never Lovelier
エドゥアルド
1944 芸人ホテル
Step Lively
ワグナー
1945 生きていた良人
Man Alive
キスメット
1947 私はあなたのもの
I'll Be Yours
J.コンラッド・ネルソン
自信売ります
The Hucksters
キンバリー氏
1948 愛の立候補宣言
State of the Union
ジム
1949 夢はあなたに
My Dream Is Yours
トーマス
1950 スピード王
To Please a Lady
グレッグ
1951 ミズーリ横断
Across the Wide Missouri
ピエール
1953 綱渡りの男
Man on a Tightrope
フェスカー
1955 野性地帯
Timberjack
チルトン
1956 恋は巴里で
The Ambassador's Daughter
ジョナサン・カートライト
歓びの街角
Bundle of Joy
マーリン
1957 さらわれた花嫁
The Fuzzy Pink Nightgown
アーサー・マーティン
突撃
Paths of Glory
ジョージ・ブルラール将軍
1960 ポリアンナ
Pollyanna
ペンダーガスト氏

脚注[編集]

  1. ^ IMDbのバイオグラフィによると、"His Irish mother was a distant cousin of novelist/poet James Joyce ("Ulysses") (1882-1941). His Frenczfather, an émigré, eventually moved the family to Cleveland, Ohio, where he operated a chain of restaurants."(訳:彼のアイルランド人の母親は、ジェームズ・ジョイスの遠いいとこである。彼のフランス人の父はフランス革命時の亡命貴族で、最終的に家族でオハイオ州クリーヴランドに移り住んだ際、レストランチェーンを開いた)とある。
  2. ^ “Hollywood Is a Main Red Center, Adolphe Menjou Tells House Body. Calls Hollywood A Center Of Reds”. New York Times. (1947年5月16日). http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=FA0810FF355A1B7B93C4A8178ED85F438485F9 2011年5月25日閲覧. "Adolphe Menjou, a veteran actor, told a House Un-American Activities subcommittee today that "Hollywood is one of the main centers of Communist activity in America." ..." 
  3. ^ http://www.tcm.com/tcmdb/title/91341/State-of-the-Union/articles.html

外部リンク[編集]