マクデブルク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
紋章 地図
Wappen von Magdeburg Lage Magdeburgs in Deutschland
基本情報
連邦州: ザクセン=アンハルト州
郡: 郡独立市
面積: 200.97 km²
人口:

229,924人(2012年12月31日現在) [1]

人口密度: 1,144 人/km²
標高: 海抜 43 m
郵便番号: 39104-39130 (旧 3010-3090)
市外局番: 0391
緯度経度: 北緯 52度08分
東経 11度37分
ナンバープレート: MD
自治体コード: 15 0 03 000
市の構成: 40 小市区
市庁舎の住所: Alter Markt 6
39104 Magdeburg
ウェブサイト: http://www.magdeburg.de
E-Mail: info@magdeburg.de
行政
上級市長: ルッツ・トゥリュンパー
(Dr. Lutz Trümper)
(SPD)

マクデブルクMagdeburg)はドイツ連邦共和国都市ザクセン=アンハルト州の州都。主な宗教はルター派プロテスタント。人口は約23万人。

歴史[編集]

1900年のマクデブルク

マクデブルクは、東方のスラヴ人と戦う際の要衝として重要な役割を果たした。 805年カール大帝時代の文書に初めてこの名があらわれる。 神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世が即位前に過ごした街としても知られる。かつてその宮殿が在った場所には、ドイツ最初のゴシック建築と言われる聖マウリトス大聖堂が立っており、オットー大帝とその妻エドギタの棺が安置されている。 968年に大帝によって司教座が置かれ、以後、大司教の保護の下で大いに栄えることになる。後にはハンザ同盟の一員となった。 1301年、ツンフト(同職ギルド)が市政参加を求めて蜂起したが失敗、首謀者が処刑された。 1524年宗教改革に際しルター派に転じる。 マクデブルク大学は初めて創設されたルター派の大学である。 三十年戦争で打撃を受け(マクデブルクの戦い)、市長オットー・フォン・ゲーリケが復興に力を尽くした。 この市長は優れた物理学者でもあり、真空の実験(マクデブルクの半球)を行ったことで知られる。 第二次大戦前にはクルップ社の製鉄所が作られ工業が栄えたが、連合軍の空爆で破壊された。戦後ソ連の援助により製鉄所は復興されたが、東西統一後旧式となった製鉄所が閉鎖され、失業率が今も高い。

地勢[編集]

マクデブルクの風景
ミレニアムタワー
フンデルトヴァッサーハウス

エルベ川の左岸に位置し、郊外でミッテルラント運河とエルベ・ハーフェル運河がエルベ川と合流する。そのため、街にも河港があり水上交通の要所となっている。辺りは平地。近隣の都市としては、約75キロ西にブラウンシュヴァイク、75キロ南にハレ、100キロ東にポツダムが位置する。

文化[編集]

18世紀に活躍した作曲家ゲオルク・フィリップ・テレマンの出身地で、隔年でテレマン音楽祭が開催される。


姉妹都市[編集]

出身の有名人[編集]

関連項目[編集]

引用[編集]

外部リンク[編集]