クサンテン
| 紋章 | 地図 |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | ノルトライン=ヴェストファーレン州 |
| 行政管区: | デュッセルドルフ行政管区 |
| 地域連合: | ルール地域連合 |
| ラインラント地域連合 | |
| 郡: | ヴェーゼル郡 |
| 標高: | 海抜 24 - 75 m |
| 面積: | 72.4 km² |
| 人口: |
21,506人(2011年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 297 人/km² |
| 郵便番号: | 46509 |
| 市外局番: |
0 28 01 あるいは 0 28 04 (マリエンバウム地区) |
| ナンバープレート: | WES |
| 自治体コード: | 05 1 70 052 |
| UN/LOコード: | DE XTE |
| 街区数: | 6 地区 |
| 市庁舎の住所: | Karthaus 2 46509 Xanten |
| ウェブサイト: | www.rathaus-xanten.de |
| E-Mail: | post@rathaus-xanten.de |
| 行政 | |
| 市長: | クリスティアン・シュトルンク (Christian Strunk) (CDU) |
クサンテン(Xanten)はドイツ連邦共和国の都市。ノルトライン=ヴェストファーレン州に属する。人口は約2万1千人(2004年)。古代ローマの軍営都市がその起源であり、一部の遺跡は復元がなされている。
目次 |
地勢・産業 [編集]
オランダ国境に近く、ライン川左岸に位置する小さな街。古代ローマの遺跡が発掘・復元されており、とりわけ1980年代より観光産業にも力をいれている。近隣の都市としては、約45キロ北西にオランダのナイメーヘン、30キロ南東にはデュイスブルクが位置する。
歴史 [編集]
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの時代に、ライン川右岸のゲルマン人に対抗して建設された軍営都市が起源である。しかし、ここから出兵したローマ軍はトイトブルクの戦いで敗北し、ライン川がローマ・ゲルマンの国境となった。トラヤヌス帝の時代に植民市としての地位が認められ、コロニア・ウルピア・トラヤーナと称されるようになった。この植民地はコロニア・アグリッピナ(現在のケルン)に続いて重要な地位を占めた。
ローマ帝国が衰退していく中、275年にはゲルマン人の襲撃を受けて荒廃した。中世になると新たな集落が教会・修道院の脇に建てられた。9世紀になると「聖者たちの場所」を意味するクサンテンという地名が史料にみられるようになる。一時、ノルマン人の襲撃を受けて荒廃したが、まもなく復興した。12世紀末より聖ヴィクトル大聖堂の建築が始まり、1530年に完成した。ライン川沿いの交易都市として栄え、1228年にはケルン大司教から都市特権を認められた。
第二次世界大戦では連合国による空襲の攻撃対象となり、大聖堂も含めた街の多くが深刻な打撃を受けた。最終的に街はカナダ軍の占領を受け、連合国側に屈服した。
宗教 [編集]
聖ヴィクトル大聖堂の守護聖人ヴィクトルは、キリスト教徒の大迫害で知られるディオクレティアヌス帝の時代に、クサンテンの近くで殺害されたとされる。現在は大聖堂の前にヴィクトルの立像が飾られている。
ニーベルングの指環 [編集]
クサンテンは、ブルグント族の英雄叙事詩に基づいて作られたワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』に登場するジークフリートの生誕地ともされている。
姉妹都市 [編集]
引用 [編集]
外部リンク [編集]