アメリカ合衆国農務省

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アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国の行政官庁
アメリカ合衆国農務省
United States Department of Agriculture
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アメリカ合衆国農務省ロゴマーク
役職
長官 トム・ヴィルサック
副長官 キャスリン・メルガン
概要
所在地 アメリカ合衆国ワシントンD.C.インディペンデンスアベニュー1301
北緯38度53分16.58秒 西経77度1分48.12秒 / 北緯38.8879389度 西経77.0300333度 / 38.8879389; -77.0300333座標: 北緯38度53分16.58秒 西経77度1分48.12秒 / 北緯38.8879389度 西経77.0300333度 / 38.8879389; -77.0300333
定員 10万5,778人 (2007年6月時点)
年間予算 1323億米ドル(2011年度)
設置 1862年5月15日
ウェブサイト
www.usda.gov
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アメリカ合衆国農務省

アメリカ合衆国農務省(アメリカがっしゅうこくのうむしょう、英語:United States Department of Agriculture、USDA)は、アメリカ合衆国農業政策を司る官庁である。

歴史[編集]

原型[編集]

米国では、その歴史の早い時期から農業は重要な産業であった。そのため連邦政府では、新種や改良種の輸入を求めていた。1836年エール大学出身の弁護士ヘンリー・リビット・エルスワース国務省での委員職を得た。彼はすぐに新種や改良種の収集を行い、それらを議員らと農業従事者らへ配布した。1839年、議会は特許庁内に農務部門を設置し、1,000ドルを "the collection of agricultural statistics and other agricultural purposes."(農業上の統計業務、およびその他の農政目的での使用)に割り当てた。

エルスワースの農業促進への関心は、彼のレポート(新種・改良種の保管および配布のための倉庫設置依頼)などからも明らかで、"The Father of the Department of Agriculture."(米国農務省の父)とあだ名されるほどだった。

1849年、特許庁は新設されたアメリカ合衆国内務省に移管された。その後の数年は、庁内の農業部門分離を目論む者による扇動が続いた。

設置[編集]

1862年5月15日リンカーン大統領により、アメリカ合衆国農務省が非内閣級での独立した省として設立された[1] 。リンカーンは当時、農務省を"people's department"(人民の省)と呼んでいたという。1880年代、多くの利益団体が「工業・商業省」の設立を望んでおり、農家らは農務省の内閣級への昇格を望んでいた。1887年合衆国下院および上院は、農務労働省の内閣級への昇格法案を可決したが、両院協議会は労働を付け加えた事に対する農家らの反対を受け、同法案を否決した。1889年2月9日グラヴァー・クリーブランド大統領は、農務省の内閣級への昇格法案に署名し、立法化した。

組織[編集]

  • 農業マーケティング局(AMS
    • 国立有機生産計画(NOP
  • 農業調査局(ARS
    • 国立農業図書館(NAL
  • 動植物検疫局(APHIS[2]
    • 動物処置(AC)
    • 生物工学規定局(BRS)
    • 国際活動局(IS)
    • 植物保護検疫局(PPQ)
    • 獣医局(VS)
    • 野生動物局(WS
  • 栄養政策プロモーションセンター(CNPP
  • 統計・教育・拡大共同体(CSREES
  • 経済調査局(ERS
  • 農業局(FSA
  • 食糧栄養局(FNS
  • 食品安全検査局(FSIS
  • 海外農業局(FAS
  • 林野局(FS
  • 穀物及び包装業者・飼育場検査管理部(GIPSA
  • 国立農業統計局(NAS
  • 国立経済局(NFC
  • 天然資源保護局(NRCS
  • 危機管理局(RMA
  • 農業発展(RD
    • 社会発展局(OCD
    • 農業住宅局(RHS

脚注[編集]

  1. ^ 12 Stat. 387, now codified at 7 U.S.C. § 2201.
  2. ^ APHIS Organization. USDA. Retrieved on 2009-03-09.

外部リンク[編集]