エディ・ジョージ

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エディ・ジョージ

Eddie George  No. 27

Eddie George.jpg
ランニングバック
生年月日:1973年9月24日(40歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア
身長:6' 3" =約190.5cm 体重:240 lb =約108.9kg
NFLデビュー
1996年ヒューストン・オイラーズ
経歴
大学オハイオ州立大学
NFLドラフト1996年 / 1巡目(全体の14番目)
 所属チーム:
通算ラッシングヤード     10,441ヤード
平均     3.6ヤード
TDラン     68回
レシーブ     268回
レシーブ獲得ヤード     2,227ヤード
TDレシーブ     10回
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録
カレッジフットボール殿堂入り

エディ・ジョージ(Edward Nathan George, Jr.1973年9月24日-)は、NFLで活躍した元アメリカンフットボール選手。アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。ポジションはランニングバック。大型のパワーRBだったことで「ザ・ビースト」のニックネームで呼ばれていた[1]1999年シーズンにはQBスティーブ・マクネアと共にチームを牽引し、チーム初のスーパーボウル進出を果たした[2]マッデン2001のカバープレイヤーに選ばれている[3]

経歴[編集]

プロ入りまで[編集]

オハイオ州立大学に入学、1年次のシラキューズ大学戦では3TDをあげる活躍を見せたが、イリノイ大学戦では敵陣4ヤードラインでファンブル、これが96ヤードのファンブルリカバーTDにつながってしまった。さらに2点をリードした第4Q、敵陣1ヤードラインでファンブル、これが相手の逆転TDにつながった。その試合まで25回のキャリーで5TDをあげていたが、それ以降12回のキャリー、TDなしに終わった。レイモント・ハリスの控えとして、彼の出場は、試合終盤大量リードした場面での起用などに限られるようになり、42回のキャリーに終わった。3年次には先発RBとなり、1,442ヤードを獲得、12TDをあげた。

4年次の1995年には大学記録となる1,927ヤード(平均152.2ヤード)を獲得、24TDをあげた。また44回のレシーブ(過去3年間でわずか16回のレシーブであった。)で399ヤードを獲得、1TDをあげた。ノートルダム大学ではシーズン3回目となる200ヤードラッシュを記録、イリノイ大学戦では大学記録となる314ヤードを走って3TDをあげた。この年チームは10勝2敗の成績をあげた。彼はオールアメリカンファーストチームに選ばれるとともに、ハイズマン賞を受賞した[4]

1996年のNFLドラフトでヒューストンオイラーズ(現テネシー・タイタンズ)から1巡全体14位で指名された。ルーキー年から5年連続で1,200ヤード以上を記録し、キャリア9年のうち7シーズンで1,000ヤードラッシュを記録した。またルーキーから8年間は一度も欠場はなく、8年連続300キャリーというリーグ記録を打ち立てた[5]。1997年から2000年まで4年連続プロボウルに選出、第34回スーパーボウルにチームを導いた。スーパーボウルでは95ヤードを走り、2回のレシーブで35ヤード、2TDをあげたが、16-23でセントルイス・ラムズに敗れた。

2003年通算10,000ヤードを達成したが、デビューから1試合も欠場せずに記録を達成したのは、ジム・ブラウン以来史上2人目のことであった。またRBとして128試合に連続先発出場したが、この記録を上回るのはウォルター・ペイトンの170回のみである[6]

2004年7月21日、サラリーキャップを開けるため、タイタンズから放出され、7月23日にダラス・カウボーイズと1年契約を結んだ。カウボーイズでは先発はわずか8試合、432ヤードの獲得に終わった。2005年シーズン前に引退を表明した。

現役通算でラン10,441ヤード、68TD、268回のレシーブで2,227ヤード、10TDをあげた。

タイタンズ時代の通算ラン10,009ヤードはチーム歴代トップである[7]

2007年にはFOXスポーツBCSナショナル・チャンピオンシップ・ゲームの試合前に放送された番組で解説を務めた。また同年全米で公開されたゲーム・プランカメオ出演している。同年4月28日には、背番号27をつけて、LPフィールドの周囲がコースのハーフマラソンに出場、2時間4分8秒の記録だった。後にジョージは、NFLの試合よりタフだったと語った。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙ではバラク・オバマ上院議員を支持することを表明した[8]

2011年、カレッジフットボール殿堂に選ばれた[9]

2012年のNFLドラフトではタイタンズの元選手として招待され[10]、タイタンズの2巡指名選手を発表した。

人物[編集]

パスプレーでは、相手ディフェンスのブリッツを止めることに長けていた[7]

ジョージの母親はフライトアテンダントであり、ジョージが1996年7月にオイラーズと契約するため、フライトの予定を変更した(ジョージの代理人の提案による)。その結果、母親は当初常務する予定だったトランスワールド航空800便に乗らないこととなり、命を取り留めた[11]

前妻との間に息子が1人、SWVのメンバー、タージとの間に息子が1人いる。

タイタンズの本拠地、LPフィールドからカンバーランド川の対岸、ナッシュビル市内と(Eddie George Sports Grille)、母校オハイオ州立大学のそば、コロンバスに(Eddie George's Grille 27)スポーツをテーマとしたレストランを開いている。

1995年に彼が受け取ったハイズマントロフィーニューヨークの空港でのX線検査で損傷した。

年度別成績[編集]

チーム 試合数 ラン回数 ヤード 平均 TD
1996 ヒューストン・オイラーズ 16 335 1,368 4.1 8
1997 テネシー・オイラーズ 16 357 1,399 3.9 6
1998 テネシー・オイラーズ 16 348 1,294 3.7 5
1999 テネシー・タイタンズ 16 320 1,304 4.1 9
2000 テネシー・タイタンズ 16 403 1,509 3.7 14
2001 テネシー・タイタンズ 16 315 939 3.0 5
2002 テネシー・タイタンズ 16 343 1,165 3.4 12
2003 テネシー・タイタンズ 16 312 1,031 3.3 5
2004 ダラス・カウボーイズ 14 132 432 3.3 4
通算 142 2865 10441 3.6 68

脚注[編集]

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  1. ^ ビル・マークレビッツ. “「エディー・ジョージ "THE BEAST"」”. NFL JAPAN. 2012年8月15日閲覧。
  2. ^ 懐かしのレジェンド集結! ~タイタンズ~”. NFL JAPAN (2012年6月9日). 2012年8月15日閲覧。
  3. ^ マッデン2001 スーパーボウル”. EAスポーツ. 2012年8月15日閲覧。
  4. ^ チーム別ドラフト成功トップ5 -タイタンズ-”. NFL JAPAN (2013年4月11日). 2013年4月14日閲覧。
  5. ^ プレイヤーリスト”. NFL.com. 2012年8月15日閲覧。
  6. ^ About Eddie”. eddiegeorge.com. 2012年9月9日閲覧。
  7. ^ a b Chad Minton (2011年2月2日). “Tennessee Titans: The 20 Best Offensive Players In Oilers/Titans History”. bleacherreport.com. 2013年4月14日閲覧。
  8. ^ Obama Looks to Score Big”. ウォール・ストリート・ジャーナル (2008年2月27日). 2012年9月9日閲覧。
  9. ^ College Football Hall tabs Class of 2011”. ESPN (2011年5月17日). 2012年9月9日閲覧。
  10. ^ Evans Silva (2012年4月23日). “NFL alumni to announce second-day draft picks”. NBCスポーツ. 2012年9月9日閲覧。
  11. ^ Agent's Persuasion Kept Heisman Winner's Mother Off Doomed Airliner”. texnews.com (1996年8月10日). 2012年9月9日閲覧。

外部リンク[編集]