マッデンNFL
マッデンNFL(Madden NFL)はEAスポーツから発売されているアメリカンフットボールゲームシリーズの名称である。ゲームの開発・製作はEAティブロンが行っている。
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概要[編集]
NBCスポーツ(サンデーナイトフットボール)の元解説者で、プロフットボール殿堂のジョン・マッデンが監修し、なおかつ、世界で唯一NFL公認ソフトでもある[1]。
歴史は1988年に発売されたジョン・マッデン・フットボールが最初である。1990年代の半ばには現在のマッデンNFLとしてNFL公認ソフトになる。毎年シーズンが始まる9月に発売される。
シリーズ[編集]
- 1988年:ジョン・マッデン・フットボール
- 1990年:ジョン・マッデン・フットボール
- 1991年:ジョン・マッデン・フットボール'92
- 1991年:ジョン・マッデン・フットボールII
- 1992年:ジョン・マッデン・フットボール'93
- 1993年:マッデンNFL'94
- 1994年:マッデンNFL'95
- 1995年:マッデンNFL'96
- 1996年:マッデンNFL97
- 1997年:マッデンNFL64
- 1997年:マッデンNFL98
- 1998年:マッデンNFL99(カバーはガリソン・ハースト)
- 1999年:マッデンNFL2000(カバーはバリー・サンダース、ドーシー・レーブンス)
- 2000年:マッデンNFL2001(カバーはエディ・ジョージ)
- 2001年:マッデンNFL2002(カバーはダンテ・カルペッパー)
- 2002年:マッデンNFL2003(カバーはマーシャル・フォーク)
- 2003年:マッデンNFL2004(カバーはマイケル・ヴィック)
- 2004年:マッデンNFL2005(カバーはレイ・ルイス)
- 2005年:マッデンNFL06(カバーはドノバン・マクナブ)
- 2006年:マッデンNFL07(カバーはショーン・アレキサンダー)
- 2007年:マッデンNFL08(カバーはヴィンス・ヤング)
- 2008年:マッデンNFL09(カバーはブレット・ファーヴ)
- 2009年:マッデンNFL10(カバーはトロイ・ポラマルとラリー・フィッツジェラルド)
- 2010年:マッデンNFL11(カバーはドリュー・ブリーズ)
- 2011年:マッデンNFL12(カバーはペイトン・ヒリス)
- 2011年:マッデンNFLフットボール
- 2012年:マッデンNFL13(カバーはカルビン・ジョンソン)
- 2013年:マッデンNFL25
マッデンの呪い[編集]
1988年よりマッデンが解説を担当しているゲームソフトである「Madden NFL」シリーズ(EA)はEntertainment Software Association(ESA)による全米ゲームソフト年間販売数ランキングでは毎年上位にランキングされている。
- 2005年(「Madden NFL 06」) - PS2版(1位)、Xbox版(3位)
- 2006年(「Madden NFL 07」) - PS2版(1位)、Xbox 360版(5位)、Xbox版(20位)
- 2007年(「Madden NFL 08」) - PS2版(7位)、Xbox 360版(12位)
しかし毎年ゲームの表紙となる選手はケガで不本意な成績を残す(更に所属チーム自体も不本意な成績に終わることも多々ある)ことから「Maddenの呪い」「Maddenジンクス」と言われている[2][3]。
- 2003 マーシャル・フォーク
- 怪我で成績を大きく落とし、チームもプレーオフを逃す。この怪我をきっかけに急速に能力が衰えていく。この年からジンクスが始まった。
- 2004 マイケル・ヴィック
- チームはプレーオフ進出を果たし、インターセプトは相変わらず多いものの、前年度より成功率やレイティングを上げた。ジンクスを乗り越えたかに思われたが、シーズン終了後に闘犬容疑で逮捕、禁固刑を言い渡される。2009年7月に刑期を終え現役復帰を表明。8月13日にフィラデルフィア・イーグルスと2年契約を結んだ。
- 2005 レイ・ルイス
- 怪我でシーズンを棒に振り、チームもプレーオフを逃す。
- 06 ドノバン・マクナブ
- 怪我でシーズンを棒に振り、前年度スーパーボウル出場チームながらプレーオフを逃す。
- 07 ショーン・アレキサンダー
- 怪我で爆発力を失い、成績を大きく落とす。さらにエース欠場にもかかわらずチームは3年連続地区優勝を果たしたため、アレキサンダー不要論もささやかれた。
- 2007年シーズン終了後に解雇され、ワシントン・レッドスキンズに移籍。
- 08 ヴィンス・ヤング
- 怪我で長期離脱もベテラン控えQBコリンズの活躍によりチームはカンファレンス第1シードでプレイオフ進出した。
- 09 ブレット・ファーブ
- 2007年シーズン後、引退表明したため、ジンクスは関係ないと思われたが、2008年シーズン前に現役続行を発表。表紙ではグリーンベイ・パッカーズのユニフォームを着用しているが、ニューヨーク・ジェッツにトレードされた。個人としてはプロボウルに選出されるなどまずまずの成績を残したが、AFC東地区はまれに見る接戦となり、プレイオフ進出を逃した。また、怪我を理由にわずか1シーズンを過ごしただけで2度目の引退を宣言した。なお、この年のプロボウルも辞退している。
- 10 トロイ・ポラマル
- 09-10年シーズン開幕戦で、左膝を負傷し長期離脱を余儀なくされた。
- 11 ドリュー・ブリーズ
- フル出場を果たすもののインターセプト数を前年の二倍に増やし、QBレーティングを20点近く落とす不振の年となった。チームはプレイオフ進出を果たしたが、史上初となる負け越し出場のシアトル・シーホークスに初戦で破れ去った。
- 12 ペイトン・ヒリス
- 故障、契約問題などによるトラブルもあり、不振に陥った[4]。
- ジェリー・ライスの持っていたレシーブ獲得ヤード数を塗り替えるなど大活躍しており、現時点において彼個人はジンクスを打ち破ったかのように見える。ただし、所属するデトロイト・ライオンズは4勝12敗で地区最下位に沈んだ。
このようなジンクスがあることからMaddenのカバーにオファーされても断るスター選手もいる。ラダニアン・トムリンソンはこのことからカバーのオファーを受けなかった。
2010年ボルチモア・レイブンズのファンがジョン・マッデンに呪いの存在を信じているか質問したところ、彼は明確に否定した[5]。
マッデンボウル[編集]
1995年より、マッデンNFLの最新バージョンを用いて、マッデンボウルが開催されている。2006年のマッデンボウルは、第40回スーパーボウルのスーパーボールウィークエンドにスーパーボウル開催地であるデトロイトで行われた。2011年にはマッデンNFL11を用いてチームプレーで優勝が争われた。
優勝者[編集]
- 1995 レジー・ブルックス
- 1996 レジー・ブルックス
- 1997 ジミー・スペンサー
- 1998 モリス・チェストナット
- 1999 レイ・ミケンズ
- 2000 テリー・ジャクソン
- 2001 ジャッケズ・グリーン[6]
- 2002 ジャッケズ・グリーン
- 2003 ドワイト・フリーニー
- 2004 ドワイト・フリーニー
- 2005 マイケル・ルイス
- 2006 アレックス・スミス
- 2007 アレックス・スミス
- 2008 ウィリス・マゲイヒー
- 2009 アントニオ・ブライアント
- 2010 モーリス・ジョーンズ=ドリュー
- 2011 パトリック・ウィリス、チャド・オチョシンコ、マリア・メノウノス
- 2012 ドリュー・ブリーズ、ジミー・グレアム、ティム・ティーボウ
脚注[編集]
- ^ 渡辺史敏 (2011年4月12日). “脳振とうルール、人気NFLゲームも採用”. NFL JAPAN. 2011年4月28日閲覧。
- ^ ““マッデンの呪い”、今年の犠牲者はフィッツジェラルドか?”. NFL JAPAN (2009年4月9日). 2011年8月29日閲覧。
- ^ “いわくつきゲームのカバー、今年はQBブリーズが抜てき”. NFL JAPAN (2010年4月23日). 2010年4月23日閲覧。
- ^ “今年も被害継続、「今ならのろいも信じられる」とRBヒリス”. NFL JAPAN (2011年12月30日). 2011年12月31日閲覧。
- ^ “ブリーズは大丈夫? マッデン氏が“のろい”否定”. NFL JAPAN (2010年8月5日). 2010年8月5日閲覧。
- ^ “NFL TOKYO2003 選手紹介”. NFL JAPAN (2003年). 2012年10月2日閲覧。